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第16章 つぼみになりたい

威力偵察前夜

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 今週末に新開発区奥地への威力偵察任務を控えた舞奈たち。
 だが、それまでは普段通りに学校生活を送る。
 そんな平和な平日の、昼休憩の終わり頃。

「マイちゃん、今日も大活躍だったね」
「へへっ、まあな」
 校庭に設置されたコートから立ち去りつつ、園香に不敵な笑みを返す。

 5年生の舞奈のクラスは、今日も給食を食べ終わると同時にドッジボールを始めた。
 流石は元気な小学生。

 打倒最強に燃える男子たちを、今日も舞奈は完膚なきまでにノックアウトしてきた。
 舞奈の運動能力は小5女子の平均を超えるどころか人外クラス。
 なにせ怪異や怪人、ヴィランと互角以上に戦うほどだ。
 そんなバケモノを相手に普通の小5男子が敵うはずもない。
 何分か持ちこたえただけでも立派なものだと舞奈は思う。
 なのに彼らは再戦を誓い、教室に走って帰っていった。
 なかなかのガッツだなあと舞奈は笑う。その側で、

「安倍さんも凄かった!」
「まあ、それほどでも」
 チャビーの賛辞に、明日香も満更ではない様子で微笑する。

 彼女の反射神経や身体能力そのものは普通にそこらの運動部員レベル。
 だが戦闘訓練と戦場で鍛えた判断力で、ひとりずつ着実に仕留めていた。
 明日香は戦術レベルでも術者の裏をかけるほどの策士だ。
 男子どもの鉄壁の対策を些細な隙から瓦解させまくる手管に、魔法のようなボールさばきと言わしめたほどだ。

 そんな明日香は背後のコートを一瞥する。
 コートの隅では大柄な6年生がしくしく涙を流していた。

 今日は男子との勝負の前に、6年生がサッカーの練習を理由に退去を求めてきた。
 なので舞奈たちはそいつらもも粉砕していた。

 手段自体はゴールキックの3本勝負という公平なものだった。
 だがしょっぱなの舞奈は脂虫を蹴り殺せるレベルの脚力でボールを蹴った。
 明日香は相変わらず策略家だった。
 まあ3人目のプロ志願だという男子が普通の小学生レベルだったのが幸いか。

 ちなみに防御側に回ったのは麗華様と取り巻き。
 初打は6年男子に「そのフィジカルは卑怯だ」と言わしめたデニスが普通に止めた。
 2発目は肥えてる割に俊敏なジャネットが華麗に止めた。

 締めは麗華様が顔面キャッチした反動でゴールして、皆の笑いを奪っていった。
 しかも明日香の「もう勝負は決まってるんじゃ」という制止に「さては安倍明日香! わたくしの華麗な活躍を見るのがこわいんですのね!」と強行した結果だ。
 舞奈たち5年生は実力で勝ち、笑いで勝ち、6年生に圧勝していた。

 そんな訳で男泣きする大柄な少年たちを、肩を叩いて慰めているのは鷹乃だ。
 友人思いの良い奴である。
 まあ見た目ちっちゃな女の子が肩をペシペシしている様は追撃に見えなくもないが。

 そんな鷹乃にチャビーは手を振る。
 チャビーは彼女と少しばかり面識がある。
 なので鷹乃も気づき、こちらに向かって軽く手を振る。

 園香も軽く会釈する。
 心優しい園香は6年生が凹みっぱなしじゃないのに安心した様子だ。
 なので、ふと気づいて何かを取り出し、

「そういえばマイちゃん、明日香ちゃん。来週の日曜日に時間ってとれるかな?」
「まあ来週なら予定はないけど、何かあるのか?」
「あのね、あずさちゃんのライブのチケットを貰ったんだけど、一緒にどうかな?」
「ゾマのパパが取ってきてくれたんだよ!」
 チャビーと一緒にそんな誘いをかけてきた。

「へえ、いいねえ」
 舞奈は笑みを返しつつ、園香が手にした4枚のチケットを覗きこむ。
 チケットには可愛らしいドレス姿の双葉あずさが描かれている。

「あら、新曲の発表会も兼ねてるのね」
 反対側から明日香が覗きこみ、

「ねえ! 安倍さんも行こうよ!」
「いいわよ。特に予定もないし」
「やったー!」
 チャビーの言葉に明日香はあっさりうなずいてみせる。
 するとチャビーは大喜びではしゃぎまくる。

 そういえば双葉あずさのコンサートには以前にも誘われたことがある。
 だが舞奈と明日香は当人の護衛のために断った。
 今回はそのリベンジといったところか。
 園香のそういうところも、地味に男子のガッツに負けていない。

 だから舞奈も園香の笑顔を盗み見て、再びチケットを見やる。

 双葉あずさこと張梓、支倉美穂は、実は鷹乃のクラスメートだ。
 以前に護衛をしたことがある。
 それに彼女らはKASC支部ビル攻略戦でも一役買ってくれた。
 だから人気のアイドルだからと言うだけでなく、彼女の歌う歌を聞くのが楽しみだ。

 だが、それにはまず、今週末の仕事を成功させなければならない。
 そんなことを考えながら、ふと鷹乃がいた場所を見やる。

 とぼとぼと歩いていく6年男子の後ろ。
 そこには鷹乃の両手をつかんで持っていく梓と美穂。
 友人の鷹乃を迎えに来たのだろう。
 長身巨乳の2人が、抵抗するちっちゃな鷹乃を持ち上げて運んでいく。
 そんな普段通りのトリオ漫才を見ながら舞奈は笑う。そして、

「……」
 ふと逆の方向を見やる。

「マイちゃん、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
 訝しむ園香に視線を戻し、何食わぬ調子で皆といっしょに教室へ向かう。

 またしても視線を感じた。
 誰かが舞奈を見ていた。

 だが見やった先には、誰もいなかった。

 そんなこんなで放課後。
 舞奈はゴーストタウンの一角にあるスミスの店にやってきた。

 来たるべく威力偵察作戦に向けて得物を用立ててもらうためだ。
 できれば長物……アサルトライフルガリルARMが欲しい。
 なにせ広い廃墟の何処かにあるはずだという敵の拠点を探しながら、正体不明の敵に備えなければいけないのだ。

 幸いにも大柄なマッチョの気配は店の中。
 スミスは今日は普通に店番をしているらしい。
 なのでネオン文字の『画廊・ケリー』の『ケ』の字が消えかけた看板の下を通り、

「おーいスミス。来たぞー」
 我が物顔で店に入る。
 だが店の中にいたマッチョは、

「む、他の客か?」
「おーしもんだ!」
 筋骨隆々とした金髪の女だった。

「この店は、いつからビルダーの集会場になったんだ?」
 舞奈は思わず苦笑する。
 この前のマッチョは自分が連れてきたことは棚上げだ。

 まあ舞奈もガタイの良い女の知り合いは何人かいる。
 クレアは着やせするが複数の重火器を持ち運べるほど屈強だ。
 ベティも劣らぬ筋肉に加え、長身で見た目にもインパクトがある。
 他所の支部に移動したが仏術士グルゴーガンも相応の巨漢だ。
 先日も鍛え抜かれた超能力者サイキックサーシャと面識を持ったばかりだ。

 だが目前の彼女は一線を画していた。
 ベティに劣らぬ長身が特にノッポに思えないくらい豊満な筋肉。
 あまりの筋量にジーンズがはち切れそうだ。
 セミロングの金髪と胸の膨らみがなければ、そもそも女だと気づかなかった。
 プロレスラーを片手でつかんで軽食代わりに食うと言われても信じられるほど。
 正に王者の風格だ。

 そんな彼女の格好は、クールな書体で英語がプリントされた信じられないサイズのシャツに、ダメージジーンズというアメリカンスタイル。

 厚い唇をした口元は硬く引き締まっている。
 天を仰ぐように見上げると、意志の強そうな碧眼と目が合った。
 その上の太い眉が彼女の精悍な印象に拍車をかけている。

「関係者か? すまんが勝手に見させてもらっている」
「ああ、いや、ゆっくりして行ってくれ。店主もそのうち帰ってくるはずだ」
 女マッチョを見上げたまま何食わぬ表情で笑いかけ、

「っていうかリコ。客の上に乗るんじゃない」
 さらに上のリコを見やる。
 バードテールの養女が当然のような顔をして女マッチョに肩車されていた。

「構わんさ。大して重くはない」
「まあ、そりゃそうだろうがなあ」
 マッチョは舞奈に、そして上目遣いにリコに笑いかける。
 まあ確かに体格差からして大した負担にはなってないだろう。
 せいぜい帽子をかぶるくらいの感覚だろうか。

 そんなことを考えて苦笑しつつ、彼女の笑みが誰かに似ていると思った。
 それが誰かを思い出そうとしていると――

「――Ouch!」
「ああっ、やめろリコ! そいつの髪は本物だ」
 リコがマッチョ女の金髪を引っ張った。

「とれない!? ほんもののかみだ!」
「こいつ金髪はみんなカツラだと思ってるな。……迷惑かけてスマン」
「hahaha、構わんさ。子供は元気な方がいい」
 女マッチョは気にもならない様子で笑う。
 ガタイと同じく毛根も丈夫らしくてなによりだ。

「おまえは、おひめさまなのか?」
「お姫様……プリンセスのことか。それをわたしが名乗るのは少々おこがましいな」
 そう言って女は笑う。
 その言葉の意味が何故か気になる舞奈の思惑を他所に、

「リコもおひめさまになったんだ!」
「ほう」
「こっちだ!」
 リコは足をパタパタ動かしてマッチョを壁際のコルクボードの前に連れて行く。
 そして1枚の写真を指差す。
 縦ロールの金髪カツラをかぶったリコの写真だ。

「これだ!」
「おっこれは可愛らしいお姫様だな」
 女マッチョは写真を見やって破顔する。
 雑にかぶったカツラから地毛がはみ出たプリンセスの格好より、隣に映ったなよっとした仕草のマッチョ店主の容姿より、彼女らの笑顔を好ましいと思った。
 そんな気がした。

 そんなマッチョの笑顔を眺めつつ、舞奈はふと先ほどの既視感の正体に気づいた。

 彼女の笑みはアーガス氏と似ている。

 そして、おそらく妖術師ソーサラー――超能力者サイキックだ。
 それも相当に強力な。
 アーガス氏や奈良坂のように、彼女の屈強な四肢にも良き魔法の力が宿っている。

 そんな直感を裏づけるように、彼女は厳つい容姿からは意外なほど子供に優しい。
 自分が大きくて強いという自覚を持ち、その上で小さく弱い相手を慈しみ丁寧に扱おうとしている。つまり魔力の源たる善なる意思に満ちている。

 だが同時に舞奈が思い出したのは、先日のミーティングで聞いたヴィランの名。
 クイーン・ネメシス。
 屈強な女の超能力者サイキックという触れこみに、彼女の容姿は一致する。
 ヴィランであってもヒーローであっても、人間の妖術師ソーサラーがその身に宿らせる魔力がプラスの感情を源としていることには変わりない。

 もっとも、舞奈はネメシスが出てくる映画を見たことはない。
 だから真偽の確認はできない。

 まあ、どちらにせよ、ここで彼女がヴィランかどうかを確かめる行為に意味はない。
 そんなことを考えながら、写真を見やって笑い合うマッチョとリコを見ていると、

「――あら、お客さんかしら?」
「スミスだ! しごとはおわったか!」
「主人か。勝手に見させてもらっている」
 店の奥からスミスが出てきた。
 裏で作業だか会計だかをしていたらしい。
 相変わらずの禿頭に、くねくねした巨躯がまとうスーツの水色が目に優しくない。

「あらまあ、初めてのお客さんかしら?」
「ああ。近くに用事があって、そのついでにな」
 オカマのマッチョと精悍な女マッチョは何食わぬ笑みを交わし、

「店主、これを貰おうか。気に入った」
 女マッチョは棚から小さな何かをつまみ上げてスミスに差し出す。
 どんぶりに盛られたラーメンを模した小さなキーホルダーだ。
 いやキーホルダーとして平均より小さい訳ではない。彼女の手の中でなければ。

「……好きなのか? ラーメン」
「ああ。ヌードルはわたしの国にもあるが、こっちで食ったほうのが美味い。このアクセサリも良くできてる。この国のものは何でも小さくて丁寧だ」
「リコもラーメンはすきだぞ! スミスがたまにつくってくれるんだ」
「へえ、そいつは優しい店主さんだ」
 言いつつキーホルダーをリコに見えるようにかざして笑う。
 そうしてから、

「これで足りるか?」
「はい、まいどあり」
 ジーンズのポケットから紙幣を取り出し、手早く返された釣銭を物珍しそうに見やってからポケットに仕舞う。
 大人の女がそうする様子を見やって舞奈は口元に笑みを浮かべる。
 金を持ち運ぶのに財布を使わない人間は自分だけじゃなかったらしい。

「それじゃあな、お嬢ちゃん。楽しかった」
 言いつつリコを軽々と持ち上げ、カウンター越しにスミスの肩に乗せる。

 器用に肩車の状態になったリコは、スミスの岩のような禿頭をなでる。
 先ほどまで目の前にあった金髪がなくなったからだろう。
 そういうところは幼女だなあと舞奈は笑う。
 マッチョ女も笑い、そして店を後にする。

「リコもたのしかった! またな!」
 スミスの肩の上から屈託なくリコが手を振り、

「ああ、さんきゅーな」
 釣られて舞奈も何となく手を振ってみる。
 途端、女マッチョは振り返り、

「THANK YOU」
 少ししゃがんで舞奈と視線を合わせながら、大きく口を動かしてそう言った。
 けっこう距離は離れているが、舞奈の視力なら口の動きも良く見える。
 発音が気になったから矯正したいらしい。
 舞奈は少しむっとして、

「サンキュー!」
「THANK YOU」
 ムキになって言いなおしたら、同じように矯正された。
 そして女は「haha!」と笑って舞奈に背を向け、後ろ手を振りながら今度こそ人気のない通りを去って行った。
 その広い背中を見やりながら、

「……ったく」
 舞奈は意識して口をへの字に曲げる。
 だが自然に口元が緩むのは止められなくて、自然と笑みの表情を作っていた。

 そして同じ頃。
 この世界のどこでもない、ゲームの中のファンタジー世界で、

 ダダダダダダダダダッ!
 ダダダッ! ダダッ! ダダダダダダダダダッ!

 巨大なフィールドボスモンスターめがけてガトリング砲M134 ミニガンが、重機関銃MG42が火を噴く。
 国内で普通に暮らしていればリアルでは絶対に目にしないであろう重火器を、景気よくぶちかましているのはアニメチックな容姿をした女子中学生たちだ。

 対して巨大なモンスターは、少女たちに炎を吹きかけて反撃する。
 少女たちの頭上のHPバーがみるみる減少する。

 だが彼女らの背後でスキンヘッドの巨漢がスキルを使った。
 少女たちめがけて怪光線が放たれ、HPバーを回復する。
 さらに巨漢は、両腕に構えたアサルトライフルガリル ARM機関銃ゲネヴを構える。
 現実世界では鍛え抜かれた舞奈ですらしないような出鱈目な2丁持ちだ。

 ダダッ! ダダッ! ダダダダダダダダダダダダダッ!

 そんな一行の側では、他チームの魔法使いたちが呪文を唱える。
 現実世界の高等魔法と似て異なる火の玉や稲妻がモンスターめがけて放たれる。

 上空からは対地攻撃機A-10がモンスターの頭上に爆弾をばらまく。

 足元では剣や日本刀を手にした戦士たちが踏まれている。
 そんな阿鼻叫喚の、ゲーム内では日常的な戦場は、

 ダンッ! ダンッ!

 対物ライフルバレット M82による一撃がとどめとなって終了した。
 モンスターの頭上でわずかに残っていたHPバーが0になる。
 巨大なモンスターは光の欠片になって飛び散り、後にはドロップ品が残される。

 モンスターを打倒した勇者たちは、お宝が詰まった光の結晶へと我先に駆け寄る。
 その側で女子中学生たちは、

「「おつかれさまっす! テックさん!」」
「「いつも回復ありがとうございます!」」
 見た目にそぐわぬ体育会系の仕草で巨漢に一礼する。

「構わんさ。回復職の醍醐味だ」
(あと女のキャラ使うなら仕草もそれっぽくしてくれ……)
 ミラーシェードで内心を覆い隠しながら巨漢は口元に笑みを浮かべる。
 あまりの巨躯に、スキンヘッドに名前表示が埋まっているのは御愛嬌だ。

「時間的に今のが今日最後のフィールドボスだ。俺は落ちるが、お前らはどうする?」
「「我らは少しインスタンスダンジョンに潜っていこうかと」」
「「より一層」」
「「チームワークを鍛えるために」」
「……そうか。あまり夜更かししないようにな。おまえら学生だろう?」
 あまりにバレバレなので無意識にリアルの話をふってしまって、少しばかりマナー違反したなあと思ったものの、彼……女らは気にせず、

「「そうなんすよ」」
「「そういえば一昨日、蔵乃巣くらのす学園と練習試合をしまして」」
 自分たちのリアルの話をし始めた。
 逆にリアルの話解禁の合図だと受け取られたらしい。

 なんというか、今のでリアルを特定できてしまった。
 顔も見たことがある。
 不用心にもほどがあるだろう……。
 まあ今さら止めるのも逆に角が立つので、そのまま聞く。

「「帰りに変なおばさんに絡まれたんすけど」」
「「親切な女性が何処かに連れて行ってくれたんすよ」」
「そうか。面倒なことにならずに良かったな」
 彼らも大変だなあと思いつつ無難な返事を返す。

 先日の放課後、友人が彼らをバスケの試合でコテンパンに負かした。
 意気消沈しながら帰路に就いた彼らは、道中でもトラブルに巻きこまれたらしい。

「そういえば彼女、ディフェンダーズの映画に出てくるクラフターに似てたっすね」
「「ああ」」
「「そう言われてみれば!」」
「「似てた! 似てた!」」
 ひとりの発言をきっかけに、彼らは華奢な見た目に似合わない腕組みなどしながら彼らは盛りあがる。

 そうやって、しばらく皆で話した後、テックは皆と別れてログアウトした。そして、

「……」
 自室のベッドの上で目を覚ました。
 目元を覆うバーチャルギアを外しながら起き上がる。
 血色の悪い小5女子の耳元で、すっきりボブカットの髪がゆれる。

巣黒すぐろ市に、クラフター似の女……」
 ひとりごちる。

 ミスター・イアソン、シャドウ・ザ・シャークは実在する。
 映画の中だけのヒーローではない。
 裏の世界の事情に詳しい友人たちから、そう聞いていた。

 しかも同様に映画の悪役レディ・アレクサンドラは、別の友人の誘拐に関与した。

 そんな中、地元を訪れた他校の中学生が遭遇したクラフター似の女。

 ヴィランの中でもクラフターの容姿ははかなり特徴的だ。
 正直なところ、国内の女性が相当に気合の入ったコスプレをしても『クラフターと似た格好をしたおばさん』になってしまう。
 それを『クラフター似の女』とまで言わしめた容姿。
 更に「アニメイトデッドは心を縛る魔法じゃないからね」という言葉。

 アニメイトデッドという単語は映画の中でも使われるし、ゲームの中にもあるし、そして現実世界にもある。
 映画やゲームに劣らぬほど刺激的らしい、日常の裏側にある裏の世界の戦い。
 だが怪異や怪人との戦闘による傷跡は本物の傷だ。
 そんな世界で人知れず戦う友人たちのことを考えて、

「……」
 テックは部屋の明かりを消して、今度は本物の眠りについた。
 明日の学校で、友人たちに気がかりな情報を伝えるために。
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