上 下
319 / 524
第15章 舞奈の長い日曜日

戦闘1 ~銃技vs異能力

しおりを挟む
「こっちだ」
「ま、待ってくださいませ!」
 舞奈は麗華を連れて廊下を進む。

 イワンとマッチョをぶちのめし、牢屋代わりの倉庫室を抜け出した後。
 2人は無人の廊下を歩いて外へと向かっていた。

 耳の良い舞奈は足音から追っ手の動きを察知できる。
 そんな優れた聴覚が、先ほど殴り倒した彼ら以外の足音はないと告げる。
 つまり誘拐犯たちは2人が倉庫室を抜け出したことに気づいていない。

 捕まえたのが子供だからと油断しているからだろうか?
 人手が少ないせいもあるかもしれない。

 まあどちらにせよ、運ばれて来た際に建物の構造はあらかた把握済みだ。
 この調子なら、そのまま適当な通用口から廃工場を抜け出すのも容易い。
 そう考えてほくそえんだ途端、

「おおっと」
「……!?」
 麗華をかかえて跳び退る。
 そんな2人の残像を叩き潰しながら、上から何かが落ちてきた。

 ド派手な激突音。
 床を揺らす衝撃。

「ひいっ!?」
「っぶねぇな。トラップか?」
 事態を察した麗華が腕の中で身を硬くする感触。
 訝しみつつ見やってみると、落ちてきたのは天井パネルだ。
 次いで頭上を仰ぎ、水道管や電源ケーブルが走る天井の穴の端を見やり、

「野郎……!?」
 思わず悪態が口をつく。
 耳だけでなく目も良い舞奈だから見つけられた。

 錆食い虫だ。
 先ほどキャンディー缶に張りついていた奴だろう。
 倉庫室から逃げ出すどさくさで見失ったまま存在自体を忘れていた。
 そいつが天井に逃げこみ、金属部品を食い荒らしていたらしい。
 手始めはパネルの留め金といったところか。

 錆食い虫は、サソリと違って人体にさほどの害はない。
 だが尻尾の先の異能力で金属を錆びさせて喰らう。
 小さくても怪異の一種に違いはないのだ。

 新開発区が荒れ放題なのも、ある意味でこいつらのせいだ。
 舞奈のアパートの付近の虫は魔法の百合が【断罪発破ボンバーマン】で対処してくれる。
 だが、それ以外の家屋やビルは、こいつらに鉄骨を錆びさせられたせいで信じられないくらいの速さで劣化、倒壊している。

 そんな虫の都合で天井が降ってくる廊下に長居するのは危険だ。
 この調子で天井パネルを落とされまくったら麗華を守るのにも限度がある。
 それに加えて、

「あーあ……」
 足音が近づいてきた。
 複数だ。

 先ほどの麗華の悲鳴に続く、今しがたの轟音である。
 呑気でヌケてる誘拐犯たちも、さすがに不審に思ったのだろう。

 正直、敵の練度がイワンたちと同程度なら鉢合わせた順番に片づけていける。
 だが油断は禁物だ。
 天井には金属を食らう錆食い虫が徘徊している。
 頭上からは天井パネルや、金具で固定された更にヤバイ物がランダムに降ってくる。
 足止めを食らうだけでも危険だ。

 加えて気がかりなのが、マッチョの彼が『センセイ』と呼んでいた何者かの存在だ。
 正直なところ、狭くて危険な場所で遭遇したいとは思わない。

 よって計画変更だ。
 目指すは表の搬入口。
 こちらの方が通用口を目指すより廊下を走る距離は短い。

 まあ、こちらは十中八九、残りの白人男どもと鉢合わせるだろう。
 だが外から見た限り、工場の表側半分は巨大な機械室になっているらしい。
 トラックや重機が入れるくらいに天井が高い。
 落下物に対処しやすいぶん廊下よりは安全……なはずだ。
 そうと決まれば危険な廊下に長居は無用。

「ちょいと失礼」
「ひゃっ!? 何を!」
 麗華を抱き上げて走る。
 舞奈は屈強で機敏だ。
 クラスメートをお姫様抱っこしながら全速力で走る程度は造作ない。
 だから背後で再び鳴り響く激突音を置き去り、たちまち廊下を駆け抜ける。

 そしてドアを蹴破って跳びこんだ先は、大広間だった。
 元は巨大な重機が幾つも並んでいたのだろう。
 だが廃工場となった今は、何もないがらんとした空間になっている。

 外からの見立て通りに天井も高い。
 錆びかけたパイプが這い回ってはいるが、落ちてきても避ける余裕は十分にある。

 今しがた通ってきたドアの側には危なっかしい感じで階段が設えてある。
 建物の奥側には2階があるらしい。
 だがまあ、そちらは関係ない。
 舞奈たちが向かうのは上ではなく外だ。

 そんな舞奈と麗華の目前、

「えっ? なんだと!?」
「おまえたちどうやって!?」
「イワンとジェイクは何してたんだ!?」
 大広間の中央で、3人の白人男が待ち構えていた。
 まあ予想通りではある。

 表にいた見張りとも、先ほど会った2人とも違う顔だ。
 どうやら敵は最低でも8人はいるらしい。
 さらに背後からは足跡とともに、

「お、追いついたんだナ……」
 舞奈が2度ほど昏倒させた太っちょのイワンと、

「おまえ! 大人しくしてろと言っただろう!」
 倉庫まで舞奈を担いできた【放電剣エレクトロ・ソード】のマッチョ。
 察するに彼がジェイク氏だろうか。
 舞奈はやれやれと苦笑すると、

「ちょっと待っててくれ」
 麗華を下ろし、庇うように前に出て身構える。

「志門さん何を!?」
 まるで挨拶でもするかのように気軽に、舞奈は5人の成人男性に戦いを挑む。
 そんな舞奈の挙動に麗華は目を丸くする。

「なに、すぐ終わるさ」
 舞奈は不敵に笑ってみせる。
 麗華を安心させたいという思惑が半分。
 もう半分は……

「……そうですわっ!! 志門さん! さっきのナイフを!」
「いきなり物騒なこと言うな。ゲームの装備品だと思ってるだろ、おまえ」
 後からドヤ顔でアドバイスしてくる麗華に苦笑する。

 必要ない。
 刃物は相手を殺すためのものだ。
 人間である彼らをいたずらに傷つける必要はない。

 だが最大の理由は……何というか彼らを相手に苦戦する要素がない。
 平均的な小5女子の麗華にとって絶対的な力と恐怖をもたらす大人たちも、最強の舞奈からすれば組み伏せやすい素人だ。

 なので素手で十分。
 背に麗華を庇って戦うハンデがあってすら実力の差は埋まらない。
 そんな舞奈の余裕に気づいたか、

「大人をコケにしやがって!」
「おまえには少し痛い目を見せてやる!」
「そうだそうだ!」
 対する男たちも、舞奈と比べるとぎこちないながらも身構える。
 大柄な大人の男らがそうする様に、舞奈の背後で麗華が怯む。
 だが舞奈は動じず笑う。

「難しい日本語を知ってるなあ」
「なにを!」
 軽口にキレかけたジェイクが叫ぶと同時に、その拳が帯電する。
 かすかなオゾン臭を漂わせながら、パチパチと光りながら放電する。

 放電の異能力【放電剣エレクトロ・ソード】。【雷霊武器サンダーサムライ】と似た電気操作の異能力だ。
 よくよく見やると、やはり媒体は指輪らしい。
 男たちの何人かが同じ指輪をはめている。

「な、何ですの!? あれは」
 麗華が驚愕に目を見開く。

「こけおどしのトリックだ」
 舞奈は麗華を背にかばったまま何食わぬ口調で誤魔化して、

「……麗華様がいるんだ。気安く異能を使わんでくれ」
 口元を歪める。
 そんな2人の目前で、

「ジェイクにばっかり良い格好させないんだナ! Wowwwwwww!」
 太っちょイワンが叫びながら相撲のような四股を踏み、

「え? 何ですの?」
「見てわからないかナ? お嬢さん」
 得意げにニヤリと笑う。

(見てわかるような異能を使わんでくれ)
 舞奈が苦笑する傍らで、

「だから、何ですの……?」
「ボクの超能力サイオンは【不屈の鎧コージャ・プローチヌィ】!」
「……ロシア語? 何言ってますの? 西園寺はわたくしですわ?」
「お嬢さんには難しいかナ? 【要塞化フォートレス】と言ったほうが通りはいいかナ?」
「え、えぇ……?」
 麗華は首をかしげて困惑する。

 まあ無理もないだろう。
 彼の異能は【不屈の鎧コージャ・プローチヌィ】あるいは【要塞化フォートレス】。
 どちらにせよ【装甲硬化ナイトガード】……身に着けた武具や防具を無敵にする異能力だ。
 地味なのは仕方がない。
 故に異能の存在など知らない麗華様が「何言ってるのこの人?」みたいな視線をイワン氏に向けるのも、それによって彼が少しばかり傷つくことも。

 もちろん空気の流れを読める舞奈は気づいた。
 イワンの着ているチェック模様のシャツが、布とは違った何かと化していることに。

 だが、そういうことなら彼自身の隙の多さはなおさら致命的だとも思う。
 折角の強力な防御の能力が、まるで役に立っていない。

 あと一般人の麗華様に異能力や超能力サイオンのことを説明しようとするのはやめて欲しい。
 舞奈はやれやれと苦笑しながら、ふと気づき、

「ロシア語ってことは、あんたは超精神工学サイコトロニクス超能力者サイキックか」
「ああ、その通りなんだナ。良く知ってるんだナ君は!」
「志門さんまで何を言ってますの?」
「……スマン麗華様、少し奴と話をさせてくれ」
 同類を見る目で睨んでくる麗華をいなしながらイワンを見やる。

 超精神工学サイコトロニクスとは、超心理学パラサイコロジーに相当する魔法に対する学問だと聞いた。
 だから、その理論をもとにした超能力サイオンもロシア語で呼称される。
 割とややこしい。

 超精神工学サイコトロニクスの理論では超能力サイオンを特殊な電波と位置付ける。
 なので我が同士プロートニクと同様、ロシアの超能力者サイキックは電波を放って術と成す。
 故に得手とする能力は超心理学パラサイコロジーによるそれとは別の3種。
 即ち【エネルギーの生成】【念力と身体強化】、そして【物品と機械装置の操作と魔力付与】。単一の能力者も同じだ。
 身に着けた衣服を固くする超能力サイオンの開発は、こちらのほうが得意なのだろう。
 そんなことを考えつつ、ドヤ顔を向けてくるイワンを見ながらふと気づき、

「……ここにいるのは、ヨーロッパ系の白人じゃなかったのか?」
 ふとジャネット情報が脳裏をよぎって苦笑する。
 まあ所詮は襲われた際の印象だ。正確にとも言えんだろう。
 あるいは隙が多くて太っちょの彼は襲撃の際にはいなかったのかもしれない。

「ハハッ! ボクは顔がシュッとしてるからフランス人にでも間違われたかナ?」
(((何言ってるんだこいつ?)))
 妄言に、舞奈や麗華どころか仲間のはずの他の白人まで一斉にジト目を向ける。
 ある意味で敵味方を超えて皆の心がひとつになった瞬間だった。
 そんな風に思わず皆で和んでしまった、次の刹那、

 パァン!

 不意に銃声。表から。
 白人たちの表情が警戒のそれに切り替わる。

「拳銃か!?」
「馬鹿な! この国では銃は……」
「今度は何ですの!?」
 男たち、一瞬遅れて気づいた麗華が動揺する。

 対して舞奈はニヤリと笑う。
 外に仕掛けてきたトラップが少しばかり役に立ったらしい。
 隙を見て強行突破するチャンスか? だが、

「落ち着けおまえら! 表の奴らにまかせればいい」
 ジェイクの一言で男たちは我に返り、再び舞奈に向かって身構える。
 舞奈は「へえ」と感嘆の表情をジェイクに向ける。

 緩んだ空気からの唐突な銃声。
 彼自身も驚かなかった訳ではないだろう。
 だが少なくとも表面上は平静を装い、男たちの動揺を制した。
 なかなかのカリスマ性だ。
 この集団のリーダーだろうか。
 そんなジェイクは、

「俺だって、さっきみたいなヘマは踏まないぜ!! Wowwwww!」
 拳に宿った稲妻を、気合と共に長くのばす。
 そうして、なるほど【放電剣エレクトロ・ソード】の名前通りの稲妻の剣にする。

 その明確な超常現象に、その叫びと気迫に、舞奈の側で麗華が怯む。
 そんな麗華を見やり、舞奈を見やってジェイクはニヤリと笑う。

「おまえには、少し大人の怖さを教えてやる!」
 稲妻の剣を振りかざし――

「――うっ」
 崩れ落ちた。

「おっと失礼」
 目前には拳を突き出したポーズの舞奈。
 何のことはない。
 数メートルの距離を一瞬で詰め、みぞおちを殴ったのだ。

 ……うん、弱い。

 背後で麗華が目を丸くする。
 舞奈も一周回って驚愕する。
 まあ彼が口ほど強くないのは身のこなしから察していた。

 それでも稲妻を剣にしたということは、接近戦を挑むつもりだったはずだ。
 それが、まさか、ここまで案山子のように普通に殴り倒せてしまうとは。

 不意打ちだっただけ先ほどのイワンの方がまだフォローのしようがある。
 まあ2回目はどうかと思うが。

 嗚呼ジェイク。
 小規模なチームのリーダーとしては次第点だが、荒事の実力は……

「ジェイクが!?」
「よくもジェイクを!」
 舞奈たちを取り巻く白人たちが口々に叫ぶ。
 その割に、こう、全員で舞奈に襲いかかってくる様子でもなく、ありていに言うと揃って微妙に腰が引け気味な様子に苦笑していると、

「今度はボクが相手なんだナ!」
 倒れた仲間をかばうように、舞奈の前にイワンが立ち塞がる。

「おっ格好いいぜ大将!」
 恰幅の良いイワンに肉薄し、みぞおちを一撃。

 だが効かない。
 舞奈の拳はコンクリートを殴ったように、太ましい腹に受け止められる。
 正確には、出張った腹を覆う形で硬化したチェック模様のシャツに。

「へへっ! 言ったんだナ! 俺の超能力サイオンは【不屈の鎧コージャ・プローチヌィ】――」
 イワンは不敵に笑う。
 後で麗華が驚愕し、

「――ぐふっ!」
 イワンが倒れた。
 その背後には手刀を構えた舞奈。

「イワンは何をされたんだ……?」
 周囲の白人男たちがざわつく。

 だが、何ということはない。
 イワンがくっちゃべってる特大の隙に、土手っ腹に足をかけて格闘ゲームみたいにジャンプして、頭上を飛び越え背後に回りこんだのだ。
 身に着けた防具を硬く無敵にする【不屈の鎧コージャ・プローチヌィ】【要塞化フォートレス】【装甲硬化ナイトガード】。
 その特性を逆手に取れば、こんな芸当も不可能ではない。
 正直なところ飛刃を蹴ってジャンプするのに比べればデブは動かないだけ容易だ。
 加えて人間の目は上下の動きを追うのには向いていない。
 なので今しがたの舞奈の挙動を把握できた者もいない。

 そしてイワンの首の後ろに手刀を叩きこんだ。

 今回の件で、舞奈がすっかり慣れてしまった当て身。
 だが実は異能力者や術者(特に妖術師ソーサラー)を昏倒させるための手段だったりする。

 プラスの感情から生まれた魔力は、消える間際にすら善を成そうとする。
 例えば以前に、マンティコアの身体を形成していた美佳の魔力が舞奈とネコポチが落下するのを防いだようなものか。
 だから術者が身にまとった防御魔法アブジュレーション付与魔法エンチャントメントを破壊すると術者は衰弱する。
 代わりに本体への損傷は不自然なほど軽微に抑えられる。
 少なくとも致命傷にはならない。
 魔法が無理やりに術者を守ろうとするからだ。
 でなければ、身体強化を銃で破壊して術者を無力化するなんて無茶はできない。

 舞奈の当て身も同じだ。
 異能力者の身体に宿る善き魔力に能力者自身を守らせ、弱らせる。

 だが逆に、そうでない相手に迂闊にくらわすと怪我させたり後遺症になってしまう。
 うっかり殴った相手が異能力者で幸いだった。

 そういった技術を、実は3年前に一樹から教わっていたのだ。
 だが当時の舞奈は射撃専門だった。
 一樹は殺害専門だった。
 なので少し練習こそしたものの、実戦で使わないので今の今まで忘れていたのだ。

 そんな懐かしい、偶然の成り行きで思い出すことができた技術。
 それを用いた圧倒的な攻防……というか舞奈のワンマンショーに白人男たちは怯む。

「まさか奴も超能力サイオンを……?」
「【加速能力アクセラレート】か? いや【浮遊能力レビテーション】? 【転移能力テレポーテーション】?」
「ま、まさか、おまえも【精神剣マインド・ソード】なのか!?」
 驚愕に狼狽えながら、女子小学生2人を恐れるようにじりじりと後ずさる。
 何もしてないのに舞奈の同類にされた麗華が困惑する。

「いや距離をとるのは構わんが……」
 舞奈もやれやれと苦笑する。

「その位置だと、あたしは麗華を抱えて出ていけるぞ?」
「な、なに!?」
「いや考えて動けよ……」
 苦笑する。
 そうしながら舞奈も麗華の手を取りじりじりと搬入口へ近づく。

 それでも正直なところ、残る3人を振り切って逃げられるかは五分と五分。
 表の見張りがどう動くかで戦況は変わる。
 そう考えた刹那、

「大変だ!」
 当の搬入口から新手が跳びこんできた。
 まったく嫌なタイミングだ。
 まあ、舞奈がこの手のシチュエーションで幸運に恵まれた試しはないのだが。

 まあ新手は3人ともが潜入前に確認した見張りだ。
 つまり倒れたジェイクとイワンを含めた8人が彼らの総数か?
 これ以上の増援の可能性が低くなったのは少しだけメリットか。

「表に銃のトラップが仕掛けられていた!」
「なんだと!?」
 新手りの言葉に、建物内の3人の間に動揺が走る。

 うちひとりが舞奈の拳銃ジェリコ941を手にしている。
 ひょろっとした感じの、悪く言えばモヤシっぽい男だ。
 サイズの合っていないビン底眼鏡をかけていて、中途半端な長さの髪も、金髪が何故こんなにみっともなくなるのかと思えるくらいボサボサで不潔そうだ。
 正直、誘拐犯と言うより誘拐されてて保護された人だと言われた方がしっくりくる。

「イスラエルのジェリコ941だ!」
 モヤシ君は見た目通りに力の無さを知識で補うタイプらしい。
 銃の種類を言い当ててみせる。

 そんな彼の言葉を聞いた途端、白人男たちは更なる動揺にざわめいた。
 舞奈は身構えながら訝しむ。

「まさか……懲戒担当官インクィジターベリアルがこの件に介入したっていうのか!?」
「バカな!? 今この街に奴はいないはず!?」
 男たちは口々に叫びながら恐れおののく。
 舞奈にその言葉の意味はわからないが、単語のひとつに聞き覚えがある。

 ベリアル。

 以前のKASC支部ビル襲撃の際に、ゴーレムを遣わせて協力してくれた術者の名。
 それは滓田妖一との対決の際、舞奈に銃を貸し与えた者の名でもある。
 そんな恩人の名が、こんなところで聞けるとは奇遇だと思った。だから、

「安心しな」
 舞奈は笑う。

「あんたらの言うベリアルってのがあたしの知人と同じなら、奴の銃はCZ75。しかもレールに宗教のシンボルがついた、有り難い特別製だ」
 口元に不敵な笑みを浮かべつつ語る。
 そんな舞奈を見やり、白人たちは困惑する。

「なら尚更おかしな話だ」
「ああ、こいつはこの街の組織……安倍が使う銃じゃない……」
 ひとりごちるように口に出された言葉に、舞奈は思わず「ほう」と呟く。

 確かに巣黒の【機関】支部に銃を卸している民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】は、中東の銃を扱っていない。
 無論、ジェリコ941は表の執行機関――警察や自衛隊で使うような銃ではない。
 その事実を知り得る程度に、彼らは下調べをしていたということか。

 だが今は彼らの素性を詮索するよりすることがある。
 だから次の瞬間、

「なら一体、この銃の使い手は――」
「――志門舞奈だ」
 モヤシ男の目前に舞奈がいた。

 数メートルの距離を一瞬で詰める程度は舞奈にとって容易い。
 ついでに男が手にした銃を奪うことも。
 なんというか、予想をはるかに上回る抵抗の無さだった。
 うっかり突き指でもさせてやしないか逆に不安になるほどだ。
 そんな舞奈を見やり、

「サィモン・マイナーだと!?」
 男のひとりが絶叫した。
 角張った顔の、金髪の生え際が後退し始めた年配の男だ。
 その双眸は恐怖に見開かれている。

「サィモン……」
「サィモン……マイナー……」
「う、うそだろ? まさか奴が……」
「だが聞いていた特徴とは一致する……」
 他の白人たちも反応は似たり寄ったりだ。
 目を見開いて舞奈を見やりつつ、包囲の輪をさらに広げて後退る。
 やれやれ、自分の名前を言っただけなんだがなあ。

 だがまあ無理もない。
 この界隈で異能や怪異について調べる伝手があれば嫌でも耳にする名だ。
 その名を聞いた者が、そういう反応を示す程度のことを、それまで舞奈はしてきた。
 だから、

「……紹介が遅れてスマン。あたしのことだ」
 言いつつ不敵に笑う。

 途端、白人たちは震えあがった。
 その表情は恐怖の色に塗りつぶされている。
 先ほどベリアルの名を恐れたときより、さらに強く絶対的な恐怖の色に。

 そう。
 戦闘技術は下の下だが、無駄に知識だけは蓄えた彼らは気づいたのだ。
 自分たちが相対している女子小学生が、怪異や異能力者の天敵であることに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します

バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。 しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。 しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生ーーーしかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく・・? 少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。 (後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。 文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。 また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...