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第14章 FOREVER FRIENDS

祭の後2

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 舞奈と愉快な仲間たちが、音楽室に再臨したおばけに対処した、その翌日。
 給食をそこそこに済ませた昼休み。
 高等部校舎の一角にある視聴覚室で、

「ネットの情報から、あの日に歌ったのが委員長だって調べるのは不可能だと思う」
 端末から顔をあげたテックが普段通りの無表情で告げる。
 舞奈は天才ハッカーの友人に力を借り、一連の事件のその後について調べていた。

 事件の元凶として排除されたKASCの悪党どものこと。蔓見雷人のこと。
 双葉あずさ復活ライブの野外演出に偽装した空中戦。
 街に溢れた屍虫、対する執行人エージェント&有志による討伐戦。
 そして委員長とKASCアーティストとの対決ライブ。

 皆が死力を尽くしたあの作戦の結果を、知りたいと思うのは自然なことだ。
 悪党どもが表向きにも死去したことになっていたのは今朝のニュースで確認した。

「誰かが携帯で、写真を撮ってたりとかしてないのか?」
「いくつかアップロードはされてるけど、全部が不自然にピンボケしてるわ」
「……そんなことまでできるのか」
 テックの答えに思わず舞奈は苦笑する。
 まあ回答の内容そのものは、むしろ好ましい部類に入る。

 委員長はKASCアーティストとの音楽勝負に勝利した。
 そしてファイブカードの幻の新曲――母親の歌を歌う権利を守り抜いた。
 その上で歌を独占する権利を放棄した。
 自分と亡き母親の思い出の歌を、皆が自由に歌えるように。

 だが、あの日『Joker』に忽然とあらわれ、KASCの刺客を歌とギターで打ち負かした少女を特定できる情報は、謎めいた手段によって消し去られていた。

 もうしばらく普通の小学生で居続けたい。
 そんな彼女の願いを、無理やりに叶えるように。

 おおかた技術担当官マイスターニュットあたりが頑張ったのだろう。
 あるいはアーティストの卵を守るために【協会S∴O∴M∴S∴】が一肌脱いだのかもしれない。
 ルーン魔術等、ある種の魔術は【物品と機械装置への魔力付与】技術を内包する。
 その御業によってニュットが携帯の写真を消すのを以前に見たことがある。
 だから、ふと、

「……蔓見雷人のこともか?」
 舞奈はテックに問いかける。

「ええ。舞奈から聞いてなければ、そういう可能性にすら行き当らなかったと思う」
「そっか」
 表情のないテックの答えに何気に返す。

 蔓見雷人。
 あるいはファイブカードのジャック。フォーカードのライト。
 あの金髪で鋲付きコートのロッカーがKASC巣黒支部長だった事実も、何らかの手段によって消し去られていた。

 それが誰の仕業なのか、舞奈には見当もつかない。
 心当たりが多すぎるのだ。
 KASC、あるいは蔓見自身の差金なのか?
 あるいは【機関】【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】のいずれかか?

 彼の存在は、あまりに影響力がありすぎた。
 様々な組織の利害が入り混じって、その根本を読み切ることは不可能だ。それでも、

「おまえが調べられないってことは、もう誰にもわからないってことか……」
 小さくひとりごちつつ側を見やる。
 口元にかすかな笑みが浮かぶ。
 無言で見返すテックの視線をいなして窓に目を向け、

「なら、それでいいさ」
 ひとりごちるように、答えた。

 彼はただファイブカードのジャックでいたかった。
 だが彼の名声と能力に目がくらんだ周囲はそれを許さなかった。
 それでも彼は聴衆が2人だけのコンサートの最後に、たぶん、その願いを叶えた。

 そんな彼についての情報は、何者かによって消された。
 その何者かの思惑はわからない。
 だが、その行為は奇しくも蔓見雷人ではなくジャックになりたかった彼の望みに忖度することのように思えた。
 だから、それでいい。

 晴れ渡った青空に、白い雲がゆっくりと流れる。
 そこに虹などかかっていない。
 人気のない視聴覚室には音楽も流れていない。

 だが、澄んだ空気の遥か彼方に、彼の生きた証がある気がした。
 そう思いたかった。

 そんな舞奈の感傷を他所に昼休みは終わり、午後の授業もつつがなく進んだ。
 みゃー子も何事もなかったかのように徘徊していた。

 そして放課後。
 校舎裏の、ウサギ小屋とは少し離れた場所にあるレンガ造りの納屋の前に、

「おーい草持ってきたぞー!」
「なのですー!」
 舞奈と委員長が、2人並んで飼葉を抱えてやってきた。
 籠いっぱいの飼葉に半ば顔をうずめながらの元気な声に、

「マイちゃん、委員長、お疲れさま」
「2人ともありがとう!」
 ドアが開いて園香と梓が出迎えた。

 納屋の奥ではチャビーと鷹乃、美穂が、大柄なヤギと戯れている。
 テックと明日香がそれを見ている。

 ヤギ小屋だ。
 舞奈たちはヤギの小屋に餌を運んでいたのだ。

 レンガ造りのヤギ小屋は、ウサギ小屋や初等部の校舎から少し離れた中等部寄りに位置する。世話する6年生はいつもちょっと大変だなあと舞奈は思う。
 まあ有事の際に小学生じゃヤギを止められないからだろう。
 だが、こいつの身体能力じゃあ中学生でも相手にならないだろうとも思う。

 そんなヤギに、先日、舞奈と委員長は力を借りていた。
 刺客に追われる2人を、ヤギは『Joker』まで乗せて行ってくれたのだ。

 なので事件が一件落着した今日は、そのお礼だ。
 皆でヤギ小屋を訪れて、タフでハンサムなヤギを世話しつつ労うことにしたのだ。

 幸いにも今日の当番は気心の知れた梓、美穂、鷹乃の3人だ。
 舞奈たちの申し出を、彼女らは快諾してくれた。

 後輩たちと一緒にヤギの面倒を見ている3人は、今日もすこぶる元気だ。

 自動車暴走事件から休止していた双葉あずさは、先日、正式に復帰を宣言した。
 だが結局のところ、舞奈は梓が立ち直れた理由を聞かされていない。

 それでも楽しげな3人を見ていると、まあ丸く収まったならいいだろうと思える。
 今度の日曜日からはバイトにも入るという。
 張も日常に戻ったようで何よりだ

「先輩方は、張先輩のお家のお仕事を手伝っているのですね。立派なのです」
「日曜日だけだけどね」
 賛辞に梓は照れてみせる。
 委員長も梓たちとすっかり打ち解けている。
 先日もおばけ騒ぎの末に皆でわいわい世話話などしたばかりだし、なにより互いに世間を揺るがせたアーティスト同士だと知っているせいでもあるのだろう。

「わたしもお父さんの仕事を何か手伝いたいのです」
「そいつは難易度が高すぎだろう……」
 真面目な顔で言った委員長に苦笑する。
 彼女の父親は運輸会社の社長だ。
 それも明日香の実家の稼業にも関わる、少しばかりヤバイ品を扱う。

「バフおーよしよし」
 美穂はブラシでヤギの毛づくろいをしている。
 剛毛のヤギは気持ちよさそうに「メェ~~」と鳴く。
 バフおというのが彼の名前らしい。
 チャビーはそれを羨ましそうに眺めている。

「……一時的な能力上昇?]
「……バフォメット?」
 傍で見ていたテックと明日香が、何かの呪文みたいな謎の言葉をひとりごちる。

 ちなみに以前に動物園に行ったときにも思ったが、テックは地味に動物が好きだ。
 警戒してか自分から触ろうとこそしないものの、生で見られる機会を逃さないようにしているのは見ていてわかるし、知識も豊富だ。
 なので皆がヤギと戯れる放課後の催しを、無表情ながらも楽しんでいる様子だ。

「チャビーちゃん、これを食べさせてあげて」
「わーい! ありがとう!」
 梓から飼葉を手渡されたチャビーが、

「は~い、バフおちゃん」
 うきうきとヤギの鼻面にそれを押しつける。
 それだと食いにくくないか?
 苦笑しつつ、その隣で明日香が飼葉を持って順番待ちする様子に苦笑する。
 そんな一同が見やる前で、

「やめるのじゃ! わらわの髪は食い物ではない!」
「わっ鷹乃ちゃん大丈夫?」
 ヤギはちっちゃな鷹乃の髪に喰らいついた。
 持ってきた草を食えよと少し思った。

「鷹乃ちゃんすごーい! いいなー!!」
「鷹乃さん……」
 遊んでいると思ったのか羨ましがるチャビー。
 明日香も羨ましいのと笑いたいのと半々の表情で、テックは無表情……あるいは冷静を装って、園香は微笑ましそうに鷹乃を見ている。

「よくないわっ!」
 鷹乃は割と本気で慌てている。
 ヤギは目が笑っている(ように見える)
 反応が面白いのかもしれないと思いながらひとりと1匹を見やっていると、

「わっ」
 ヤギは唐突に鷹乃を放り出し、梓の大きな胸に鼻面を押しつけた。
 舞奈は少し驚く。
 反応する隙もない早業だった。
 同じくらい巨乳な美穂がさりげなく後ずさると、

「わわっ」
「メェ~~」
 代わりにヤギは園香に目標を変えて、気持ちよさそうに胸を堪能する。
 舞奈を見やり、ヤギの目が笑っているように見える!

「それ、園香の親父さんに見つかって出入り禁止にされた奴なんだがなあ」
 睨みつけたい気持ちを抑え、舞奈は仕方なく肩をすくめた。

 そんなこんなで一行はヤギの世話をかしましく完遂し、下校した。

 舞奈は皆と別れ、ひとり商店街を歩く。

 ふとケーキ屋のシャッターに描かれた、アニメチックなキャラクターが目に入る。
 プリンアラモードの帽子をかぶってケーキの服を着た、3頭身の女の子だ。

「そっか。今日『シロネン』定休日か」
 別に学校帰りにひとりでケーキを食う趣味はない。
 だが店を訪れる高等部のお姉さんたちの甘酸っぱい雰囲気を楽しめないのは惜しい。
 そんなことを考えながら歩く舞奈は、

「……まだいやがったのか」
 くわえ煙草の団塊男とすれ違った。
 相も変らぬ悪臭に、思わず顔をしかめる。

 脂虫どもはすべからく先日の一件で屍虫と化し、排除されたと思っていた。
 だが運がいいのか悪いのか、進行を免れ生き残った個体もいたらしい。
 そんなことを考えながら足早に立ち去ろうとする舞奈の後ろで――

「――なんだい! オタクみたいなアニメのキャラクターなんか使いやがって!」
「っ!? あの野郎!」
 舞奈の背後で、薄汚い団塊男は悪態をつきつつシャッターを蹴りつけた。
 どうやらシロネンのマスコットが気に入らないらしい。

 その粗暴さにイラつきながらも、なるほどなと舞奈は思う。
 臭くて汚い喫煙者は、人に似て人ではない脂虫という名の怪異だ。
 人に仇成す怪異どもはヤニの悪臭と負の感情を糧とする。
 そして美しく清浄なものを忌み嫌う。

 つまり十字架や旭日旗、神社の柏手や除夜の鐘といった聖なるものと同じように、アニメチックにデフォルメされた少女の絵も祓いと魔除けの効果を持つ。
 そんな現代版の魔除けのシンボルは、今や街中に溢れている。
 それは、この国の無辜の人々が怪異に抗い続けている証だと舞奈は思う。
 術者として魔力を媒介しなくても、美は邪悪な存在への対抗策になり得るから。
 そんなことを考えながら歩く舞奈の背後で、

「……?」
 気配が動いた。

 見やると先ほどの脂虫がいない。
 不審に思い、少し戻って近くの裏路地を覗きこむと……

「……おっ、やってるな」
「あ! 舞奈ちゃんだ。こんばんわっすー」
「わっすわっすー」
 学ラン姿の少年たちが、先ほどの団塊男を囲んでいた。
 ヤニ狩りだ。

 薄汚い脂虫を狩る地道な活動は、衛生管理と治安維持の礎である。
 現に先日の屍虫や大屍虫の大発生によって市民や討伐隊に被害が出なかった理由のひとつは、脂虫の数がヤニ狩りによって減らされていたからだとも舞奈は思う。
 そんな大切な業務を、一連の事件が終息した後も彼らは堅実にこなしてくれていた。

「おお、そなたが志門舞奈か」
 どうやら今日は見慣れない友人も一緒のようだ。

 黒い法衣に身を包み、目元を仮面で隠した少女。
 近隣から応援に来てくれたカバラ魔術師だったはずだ。
 屍虫や大屍虫の駆除を手伝ってくれたと聞いている。
 今日はついでに見物がてら、ヤニ狩りも手伝ってくれているといったところか。
 付近の人払いをしているのも彼女だろう。
 たしか【畏怖の後光オール・ヤーレー】という魔術があると、以前に聞いたことがある。

 見やると脂虫は、石材でできたロボットに拘束されている。
 彼女が創造したゴーレムだ。
 さらに見やると、ゴレームの腕は複数のパーツで……なんというか男子が好きそうな感じに伸縮できるギミックになっているようだ。
 そいつを使って舞奈が気づかぬ一瞬で脂虫を路地裏に引きずりこんだのだろう。

 そんなゴーレムを操る彼女は、背丈はあろうほどの巨大なハサミを構えている。
 そいつを使って、ゴーレムに拘束させた脂虫の手足を切断しようとしているらしい。

「なんだありゃ?」
技術担当官マイスターがゴリラのために試作した新しい武器だよ」
「ゴリラ……? ったく、暇になった途端にしょうもないこと始めやがって」
 少年のひとりの説明に苦笑する。
 糸目の言動の意味不明さは割とみゃー子といい勝負だと思う。
 奴の自由すぎる振舞いに、そろそろ誰かがツッコむ必要があると思った。

「むむ、これは中々に歯応えがあるな……」
 一方カバラ魔術師の彼女は巨大なハサミのバランスの悪さによろけながらも、どうにかして喫煙者の腕か脚か首をちょんぎろうと頑張っている。
 手伝いを申し入れた途端に意味不明な酔狂に付き合わされて若干、不憫だと思う。

 もちろん、それが人間に対して行われようとしているなら即刻、止めねばならない。
 カバラ魔術師も執行人エージェント仕事人トラブルシューターも、罪なき市民を傷つける権限など持たない。
 だがゴーレムに拘束されて死を待つのは、唇に煙草を癒着させた喫煙者――脂虫だ。
 そもそも殺されるための存在だから、叩きのめし痛めつけるにも理由はいらない。
 そんなことより、むしろ、

「がんばえー!」
 少年たちが応援してるだけで仕事してないことが少し気になった。
 だが、それよりも……

(……いつまでも、仲間と仲良くな)
 ふと、そんな思いが胸中をよぎった。

 彼らは数年後、どうなっているのだろうか?
 願わくば彼らのうち誰もが、蔓見のような孤独とは無縁でありますように。
 そう素直に願いながら、内心を覆い隠して軽い調子で笑う舞奈の前で、

「……あ」
「うわあっ」
 少女がよろめいた拍子に狙いがそれ、大バサミは脂虫の頭にズブリと突き刺さった。
 彼女はあわてて引き抜こうとグリグリハサミを動かす。
 だが頭蓋の切れ目に引っかかったか、一向に抜ける様子はない。

 脂虫は激痛と恐怖に叫ぶ。
 少年たちは笑う。
 舞奈も笑う。

 そんな舞奈の視界の端。
 表の大通りを、こちらも見知ったリヤカーが通った。
 どうやら我らが執行人エージェントの真面目な働きによって、勤勉な小学生が危ない目や不愉快な目に合わずに済んだようだ。

 だから舞奈も彼ら彼女らを労うと、何食わぬ顔で裏路地を出た。

「よう、委員長に桜じゃないか。今日もバイトか?」
「あっ志門さん先ほどぶりなのです。おっしゃる通りなのです」
「往生寺までお花を運ぶのー」
 仏花が積まれたリヤカーを仲良く引きながら、委員長と桜は笑顔で答える。

 そういえば先ほどいないと思ったら、桜は速攻で帰って小遣い稼ぎをしてたらしい。
 委員長もヤギの世話をした後、桜と合流して手伝っているのだろう。
 舞奈がのんびり街を歩いている間に骨の折れることだ。

 ふと舞奈は思う。
 執行人エージェントたちの働きっぷりに、少しばかり勤労意欲を刺激されたところだ。
 このまま2人を見送って帰るというのも少し味気ない。
 それに一連の事件のどさくさで脂虫が減って綺麗になった街を歩きがてら、他の脂虫がうろついてないかパトロールするのも悪くない。そんな訳で、

「なら手伝ってやるよ」
 3人はリヤカーを引きつつ、往生寺への道をのんびり進み始めた。

 同じ頃。
 往生寺の本堂では、

「あの立ち振る舞いで一発で気づいたね。ああ、これがSランクなんだなって」
「へえ、そんな神童がいるんですかい」
 住職は増援に来ていた仏術士たちと酒盛りをしていた。
 タコのように禿げあがった赤ら顔の住職が、雑な格好のヤンキー女たちと一緒に車座になって酒瓶を転がしてる様は割と人には見せられない。
 デブ猫の弁才天は女の胡坐の上でつまみを貪って酒池肉林を堪能していた。

 しかも酒の肴は仏術士たちが会ったというSランクの話だ。
 女どもは【機関】絡みの活動のことを一般人にばらしそうになっていた。

 まあ実際に彼女らが会ったのはエリコなのだが。
 しかも聞いてる方も酒が抜けたら話の内容など覚えてもいないのだが。

「あの悪童に、爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいくらいですよ」
「なんだいタコ坊。子供となんかあったのか?」
「いやね、出入りの業者の連れ子が生意気な悪童でしてねえ」
「ハハハ! まあガキはそのくらい元気があったほうがいいだろう!」
「そうはおっしゃいますがねぇ……」
 そんな風に酔っ払いどもが盛りあがっているところに、

「おじさーん、お花を持ってきたのー」
「お手伝いに来たのですー」
「ようタコ! 来てやったぞ!」
 桜と委員長、そして出入りの業者が連れている生意気な悪童がやってきた。
 3人が引いているのは仏花が積まれたリヤカーだ。
 住職は仕方なしなし、草鞋を履いて境内に出る。

「やあ、桜ちゃんに紗羅ちゃん、お疲れ様」
 タコは桜と委員長を労う。
 赤ら顔して千鳥足で歩く様子は、映画の火星人そのものだなと舞奈は嘆息しつつ、

「(子供の前で、なに昼間っから飲んだくれてやがる)」
「(おまえこそ何しに来たんじゃ。駄賃は2人分しか用意しとらんぞ!)」
「(手伝ってただけだよ! あんたのはした金なんかいるか)」
 タコと鼻面を突きつけてにらみ合う。

 すったもんだの末、タコは2人にワンコインを支払った。
 そして3人は寺を退散した。

「マイちゃん、お駄賃もらえなかったのー」
「まあ別に、金目当てで手伝ったわけじゃないからなあ」
 むしろ火星人が普段から居もしない霊を祓うために【掃除屋】に支払っている多額の報酬が明日香と折半なことを考えると、舞奈が2人にいくら払いたいくらいだ。
 そんな風に舞奈が苦笑していると、

「そうなのです! 3人でお菓子を買って、天使の木のところで食べるのです」
 委員長が提案した。

「それは良い考えなのー」
「おっ、そいつは楽しそうだ」
 桜もニッコリ大賛成。
 舞奈も思わずニヤリと笑う。

 よくよく考えれば、タコから貰った駄賃がはした金なのは委員長も同じなはずだ。
 なのに文句も言わずに桜を手伝い、満面の笑みを浮かべている理由。

 労働の後に友と語らう時間が楽しいのだ。
 それは、たぶん10年前に蔓見雷人が……伝説のロックバンドの面々が感じていたのと同じ気持ち。仲間と何かを成し遂げたという自負。側に仲間がいるという事実。

 それに菓子を買う駄菓子屋は、違法薬物を売買していた園芸用品店の跡地だ。
 あれは舞奈たちが桂木姉妹と戦い、友人になった日。
 小夜子とサチが攻略した怪異の巣窟をそのまま焼き払ったのだ。

 そして天使の木とやらは、双葉あずさを襲った長屋親子の家の跡地らしい。
 件の家は住人の悪行のせいで悪魔の家などと呼ばれていた。
 そこに奈良坂が結界を張って、鷹乃が大魔法インヴォケーションをぶちかましたのだ。
 その跡に残された大樹が、悪魔を祓った天使の木と呼ばれるようになった。

 人に仇成す怪異を滅ぼした跡。
 そこが人々の憩いの場所になっているのが喜ばしい。

 だから3人は軽くなったリヤカーを引きながら、元気よく先を急いだ。
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