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第14章 FOREVER FRIENDS

空中戦1 ~陰陽術vs異能力

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 夕焼けを地に追いやろうとするように、夜闇のカーテンがのしかかる。
 そんな満天の星空の下、

「やれやれ、スーパー帰りのモヤシの気持ちがわかる気がするよ」
「もうちょっとマシな例えしなさいよ」
 ポークに抱えられて高高度の空を飛びながら、側の明日香と軽口を交わす。
 舞奈は夜風にトレンチコートをはためかせ、手には肩紐スリングで吊られた改造ライフルマイクロガラッツ
 明日香の肩には、胸元に金属製の髑髏があしらわれた戦闘カンプフクローク。
 髪はなびいてポークの邪魔にならぬよう団子状に結っている。

 でっぷり太ったポークの肩には魔改造された育児用肩紐。
 彼はそれで2人の女子小学生を抱えながら、自身の異能力【鷲翼気功ビーストウィング】で街の上空を飛行しているのだ。さながら人間輸送機といったところか。
 高高度の冷たい風は明日香の【力盾クラフト・シュルツェン】で遮断している。

 舞奈も明日香も飛行能力を持たない。
 そんな2人が空からKASC支社ビルに突入するための苦肉の策だ。

 普通の異能力者であるポークが眼下に遠い夜景に恐れる様子もないのは、異能力の副作用ともいえるアドレナリンの過剰分泌のせいでもあるだろう。
 舞奈は異能力すら持たないが、修羅場をいくつもくぐってきたので平気だ。
 それでも地に足がつかないのは落ち着かない。
 敵に襲われても避けることすらできないのだ。
 まさに袋の中で揺られるモヤシの気分だ。
 そんな3人の側に、

「待タセタナ」
「ああ、待ちかねたぜ」
 声とともに戦闘機F-15J――正確には人間サイズのドローンが飛来して並ぶ。
 鷹乃の式神だ。

 流石の舞奈と明日香も、空輸されている最中は無力。
 だから高高度を飛行可能で術者とリンクできる彼女の式神がボディーガードだ。
 互いに相応の速度で飛んでいるので、会話は胸元の通信機ごしにしている。

 ちなみに彼女が舞奈たちを運んだ場合、有事の際に計3人分の戦力が戦うこともできぬまま敵の攻撃にさらされることになる。加えて式神は消去される可能性がある。
 だから飛行以外の能力を持たない異能力者のポークこそが運送の適任者である。
 それを鷹乃が式神で護衛するというこの布陣は最良の選択……のはずだ。
 つまり今の舞奈の役目は、飛行の負担にならぬよう静かにしてること。なのだが、

「……おい。どうするんだよ、あれ」
 口をへの字に曲げる舞奈の視線の先には、夜闇を覆う無数の影。
 影の合間に瞬く光。星ではない。

 相応に距離はあるが、相手もこちらに向かって飛んできているようだ。
 間もなく接敵するだろう。

 雲霞の如く影のひとつひとつは、遠目には鳥に見える。
 だが夜半に空を埋め尽くす勢いで飛ぶ鳥なんて聞いたこともない。
 くちばしから異能を吐く鳥も。

 そう。
 一行の行く手を阻むようにあらわれたのは怪異の群れだ。
 舞奈はスコープのような視力で詳しく見やる。
 黒いハゲワシに似た飛行型の怪異だ。見覚えがある。

「怪鳥、トイウ種類ノ怪異デアル」
「そのまんまだな! ……っていうか、そんな名前がついてたのか」
「聞いたことがあるわ。たしか大陸に多く発生する怪異だとか」
 鷹乃と明日香のうんちくに、舞奈は再び怪鳥に目を向ける。

 3年前、同じ種類の怪異を一樹がたまに連れ歩いているのを見たことがある。
 肩に乗せたりして、けっこう懐いていた。
 手懐けていたのか、術で支配したのかは今となってはわからない。
 どちらにせよ今は懐かしいだけの過去の記憶だ。

「気をつけて。口から攻撃系の異能力を投射してくるわ」
「……吐くのか? 汚ったねぇ野郎だな」
「歩行時ニ上空カラ襲ワレルヨリマシダ。奴ラメ異能力ヲ投下シテ来オル」
「糞ったれ、何てものけしかけてきやがる」
 2人がかりのうんちくに、舞奈は追憶を誤魔化すように顔をしかめる。

「けど鷹乃ちゃんだけで、あいつらをどうにかできるのか?」
「問題ナイ。元ヨリわらわヒトリデ対処スル必要ハナイ」
「どういうことだ……?」
 鷹乃の答えに首を傾げた刹那――

「――こちらは『ドーター1~4』。これより貴方らを援護する」
 後方から何かが飛んできた。
 次の瞬間、舞奈たちを追い越したのは4機のステルス戦闘機F-35A
 鷹乃のそれと同じ人間サイズのドローンだ。さらに、

「同じく『ドーター5』。皆様を護衛するですぅ」
 両側に大型ローターを備えた輸送機V-22Jが、鷹乃とは反対側の横に付く。

「『マザー1』デアル。貴殿ラノ協力ニ感謝スル」
「鷹乃ちゃんの友達か?」
「空自ノ陰陽師部隊ニ協力ヲ仰イダ。伝手ガ有ルノデナ」
「そいつは心強い」
「安心シテ守ラレルガ良イ。アト公ノ場デ鷹乃チャント呼ブナ」
「へいへい」
 機械音を聞きながら、思わぬ増援に舞奈は笑う。
 Sランクという立場柄、予想外の敵と相対することは多いが守られることは少ない。

「「「よろしくお願いしまーす(ますぅ)」」」
「おう、頼む!」
 黄色い声に挨拶を返し、

「ソレニシテモ、何トイウ格好ヲシテオルノダ」
 装備重量の関係上、ふくよかな上半身を晒したポークに鷹乃が文句をつける。
 これでも彼女は小6の女子だ。

「協力者タチハ皆、女性ナノダゾ」
「「大丈夫でーす!」」
「「わたしたち全員、成人でーす(ですぅ)!」」
 焦る鷹乃に答える黄色い声。

 同時に舞奈たちの側を飛ぶ輸送機V-22Jが動く。
 両脇のエンジンナセルが稼働してローターが上を向く。
 本体後部は下側に移動し、展開して腰と脚になる。
 最後に上部から頭がせり出る。
 その間、数秒。

 ナセルの後部がのびて腕になる。
 それぞれの手には2丁の短機関銃9ミリ機関拳銃
 肩の上側で回転するローターの浮力で飛んでいるようだ。
 陰陽師の式神は機械装置を模倣し、物理法則を利用することで魔力を節約する。

 人型に変形した式神V-22Jは舞奈たちの真横ぴったりを飛ぶ。
 ボディーガードのつもりだろう。

 V-22J。通称セイクリッドオスプレイは、米国から輸入されたV-22オスプレイをベースに改良された対怪異用の聖なるセイクリッド軍用機だ。
 優れた鍛冶技術にて設えられたローターは回転により特殊な電磁波を放つ。
 それは神術【鳴弦法めいげんのほう】と同様の効果を持ち、低級の怪異を怯ませる。
 もちろんそれを模した式神も同様。
 なるほど、空飛ぶ怪異からの守りには最適な人選だ。

 他の戦闘機F-35Aたちも、舞奈たちを守るようにフォーメーションを組む。
 こちらは人型への変形はなし。
 人型で飛行するためのギミックがないのだろう。

 一方、鷹乃の式神F-15Jも人型へと変ずる。
 エアインテークと胴体後部燃料タンクを内包する機体下部の外側が脚になる。
 下部内側が腕になる。
 機首が下を向いて胴になる。
 機体後部に位置するエンジンと主翼、尾翼が折りたたまれて背になる。
 完全な人型になった鷹乃は虚空から布を取り出し身体に巻き、着流しと化す。
 陰陽術による防御魔法アブジュレーションのひとつ【六合・衣法りくごう・きぬのほう】。

 微細な風の流れの異変から、重力を操って無理やりに飛行しているとわかる。
 たしか【荼枳尼天・飛翔呪だきにてん・ひしょうじゅ】と言ったか。
 機械化により魔力の消費を抑える陰陽術の理念とは真逆な戦術。
 だが鷹乃は過去に幾多の実戦経験を積み、生成できる魔力も増えている。
 さらに―― 

――FLY AS LIGHTNING BULLET! 闇夜を切り裂いて……!!

 声とともに、空中に巨大な人影が浮かびあがった。
 双葉あずさだ。
 未来的なステージ衣装をまとったあずさの身体は透き通っている。
 魔術によって映像が投影されているのだ。
 以前のマンティコア戦で出現したチャビーの幻と同じ【幻影の像ファンタズマル・イメージ】。
 同じく音を奏でるケルト魔術【魔術の幻聴ベントリロキズム】。

「今夜のゲストは、うちの委員長じゃなかったのか?」
 軽口を叩きながら、だが舞奈の口元には笑みが浮かぶ。

 あずさは暴走事件のショックで歌えなくなっていたはずだ。
 だが今、あずさの魅惑の歌声が夜空に響く。

 録画だと思うことも可能だろう。
 アイドルへの造形の浅い舞奈には、過去のデータからその可否を判断できない。

 だが今の彼女の表情は、今まで誰も見たことのないものだと舞奈は思う。
 迷いに打ち勝ち、新たな一歩を踏み出した者だけが浮かべられる最高の笑顔。
 育ち盛りの現役学生アイドルの、最新の姿。

 そう。
 双葉あずさは復活したのだ。

 そして更なる高みに達した彼女の歌は、鷹乃に――陰陽師たちを強化する。
 アイドルは、歌は、この世界のあらゆる美しいものは、人の心に力を与える。
 プラスの感情を――魔術師ウィザードたちが最重要視する魔力の源を賦活する。

 遠くの空で、ほうきに乗った少女が微笑む。
 例によって上層部からの制限を受けて動けないSランクの彼女。
 それでも上空の異変を悟られぬようイベントに偽装すべく駆り出されたか。
 あるいはライブを投影することで舞奈たちを援護しようとしているのだろうか。

――星明かりに光る銀の翼
――紫電のように飛ぶ!

 同じ頃、『Joker』のステージの隅。
 あずさを見守る張と美穂の足元。
 そこで足の短いマンチカンの猫が、じっとあずさを眺めていた。

 歌いながら、あずさは客席に向かって流れるような動作で手を差し伸べる。
 その優雅な仕草に聴衆たちは魅了される。
 あずさは魅惑的な、そして満面の笑みを浮かべる。

――ひとすじ輝くラインを描いて
――暗い夜空を駆ける!

 あずさが歌い始めたのは張のためだ。

 張は自分を愛し、献身的に自分に尽くしてくれた。
 なのに記憶の奥底に残る、彼の謝罪の言葉。

 だからあずさは彼に、そんな必要ないって伝えたかった。
 彼に笑って欲しかった。
 だからアイドルを目指した。
 何故なら歌は聴衆を笑顔にするから。

 けれど最近、何者かが自分の歌を奪おうと蠢いているのを感じていた。
 サイン会の最中に、あの恐ろしい事故が起きた。
 犠牲者が出た。
 張もあずさをかばって傷ついた。
 なのに張は、あのときと同じように後悔の視線をあずさに向ける。
 友人である美穂や、鷹乃までも。
 だから歌えなくなった。歌うのが怖くなった。

 けど、そんな自分の前に、あの三つ編み眼鏡の少女があらわれた。

 ステージ衣装すら着ていない、ありのままの彼女。
 それでも自身の大事なものを奪おうとしていた相手を歌とギターで打ち負かした。

 そして言った。
 ここは歌う場所だと。
 罪を裁く場所じゃないと。
 謝る必要なんてないと。

 だから、あずさも歌で伝えたくなった。
 感謝の気持ちを。
 応援してくれるファンに、張に、美穂に。

 そして鷹乃に。

 いつも自分と美穂の隣にいて、でも何処か遠くにいた小さなクラスメート。
 自分がアイドルだということを、たぶん彼女は知っている。
 でも気づかないふりをして、ただの友達として仲良くしてくれている。
 活動を休止した自分の姿に心を痛めながら、それでも普段通りに接してくれた。
 たぶん彼女自身も……何かを抱えているから。
 自分も、おそらく美穂も、そんな鷹乃の存在に救われていた。

 だから今、ここにはいない彼女に伝えたい。
 自分はもう大丈夫だと。
 貴女が想っていてくれたのと同じくらい、わたしも貴女を想っていると――

――あの日から、ずっと待ち焦がれてたよ
――星屑を拾い集めて
――勇気で編んだ羽根を広げて
――大地を蹴って飛び立つ!

 そして再び高高度。

 怪鳥どもは飛来しながらくちばしを広げ、奇声とともに火弾を、光弾を吐く。
 体内で生成した何かに【火霊武器ファイヤーサムライ】【雷霊武器サンダーサムライ】を付与しているのだろう。
 まるで火矢の一斉攻撃だ。

 だが先陣を切る鷹乃は【六合・衣法りくごう・きぬのほう】による着流しの袖で異能力を払いのける。
 造作もない。

 反撃とばかりに虚空から符の束を取り出し、怪鳥の群れめがけて放る。
 同時に機械音で口訣。

 途端、符は輝く火の玉へと変化し、炎の軌跡を残して飛ぶ。
 即ち【騰蛇・朱雀・焔嵐法とうだ・すざく・ほむらのあらしのほう】。
 いくつかの火球は鳥型怪異に直撃して爆発する。
 別のいくつかは近接信管のように適当な怪鳥の近くで紅蓮の花を咲かせる。
 どちらの爆炎も周囲の怪鳥を巻きこみ、突出した群の一部をまとめて焼く。

――暗闇にまたたく閃光
――希望という名の星
――ずっと昔に無くして、なのに忘れられなかったもの!

 空自の戦闘機F-35Aたちも負けてはいない。

 4機の戦闘機F-35Aはフォーメーションはそのまま、空に華麗な弧を描いて避ける。
 同時に機銃で反撃。
 放つ弾丸は実機とは異なり小口径のライフル弾ほど。
 それでも火矢程度の敵の射撃とは射程も初速も雲泥の差だ。
 たちまち数十匹の怪鳥が粉砕され、塵と化して吹かれて消える。

「流石は空自の精鋭ね」
「まったくです」
「ああ、心強いぜ」
 明日香の言葉に、空飛ぶポークに抱えられながら舞奈も軽口を返す。
 だが口元には乾いた笑み。

 何故なら、夜空を覆う怪異の数が減ったようには見えない。
 敵の数が多すぎるのだ。
 気のせいか、何処からか補充されている気すらする。

 そんな雲霞の如く群れの中央に、他の鳥より大柄な個体。
 群のリーダーだろうか?

 そいつがあずさの歌をかき消さんばかりに大音量で奇声を発する。
 同時に先ほどに数倍する数の怪鳥が群から離れる。
 そして舞奈たちめがけて飛来する。
 まるで鳥の絨毯から放たれる無数のミサイルの如く。

――今、ふたたび出会ったよ
――だからもう逃さない!

「オノレ! 小癪ナ!!」
 鷹乃は虚空から錫杖を取り出し、片手でつかむ。
 そして機械音で不動明王アチャラ・ナータの咒を紡ぐ。
 突き出した杖の先から灼熱の炎が噴き出す。
 それを鷹乃は横に薙ぎ、怪鳥どもを焼き払う。
 即ち【不動・炎熱地獄法ふどう・えんねつじごくのほう】。

 戦闘機F-35Aたちは機体下部のウェポンベイを開く。
 その内部には符。
 次の瞬間、符はそれぞれ無数の魔弾と化して放たれる。

 無数の石つぶて【勾陣・石雨法こうちん・いしのあめのほう】。
 大ぶりな金属の針【白虎・征矢雨法びゃっこ・そやのあめのほう】。
 流水で形作られた魔術の矢の雨【玄武・征矢雨法げんぶ・そやのあめのほう】。
 鋭く尖った木製の矢【青龍・征矢雨法せいりゅう・そやのあめのほう】。

 4機の戦闘機F-35Aから放たれた無数の魔弾が、飛来する怪鳥どもを穿って引き裂く。
 攻撃魔法エヴォケーションの雨の中、鳥たちは成す術もなく消し飛ぶ。だが、

「ドーター5! そっちに行ったわ!」
 撃ち漏らした数匹が、無防備なポークめがけて突き進む。

「了解ですぅ!」
 ボディーガードの式神V-22Jが2丁の短機関銃9ミリ機関拳銃を乱射する。
 屈強な腕力を持ち弾薬を召喚できる式神の兵士にとって、2丁拳銃は良い選択だ。
 短めな射程は機動力でカバーできる。

「このっこのっこのっ! 墜ちるです! 墜ちるですぅ!!」
「……成人なんだよな?」
「らしいわね」
 一見すると狙いのあやしい小口径弾9ミリパラベラムが、それでも怪異を蜂の巣にする。
 ひとまず一行は息をなでおろす。それでも、

「しま……っ!」
 戦闘機F-35Aのうち不運な1機が被弾した。
 迎撃に手が回らなかったか。
 加えて飛行形態では防御魔法アブジュレーションで防御できない。

「ドーター2、被弾!」
 エンジンから光の粉を噴きながら落下する。
 式神の構造を維持できなくなったらしい。

 対して怪鳥どもは勢いづく。
 強敵のうち1機に手傷を負わせたからか。

 舞奈は舌打ちする。
 中央にいるリーダー格も、この状況を機と見なしたようだ。
 残りの怪鳥が一斉に襲ってきたら、今度は防げない。

「ポーク、群の中心めがけて全力で飛べるか?」
「何言ってるの!? 正気!?」
「考えがあるんだ! 合図したら戻ってくれ!」
「……了解した」
 言い合う2人を抱えたままポークは速度を上げる。
 生き残るために誰の言葉に従うべきか、過去に数多の友を失った彼にはわかる。

――FLAMING HEART!

――渦巻く想い、願い、胸の奥の熱をぜんぶ
――光り輝く翼で強く強く抱きしめて

「ですぅ!?」
「貴様!? 何ヲ!」
 驚く2体の式神を背に【鷲翼気功ビーストウィング】は一直線に空を駆ける。

 対して大柄な怪鳥はひときわ大きな奇声をあげる。
 そして他の怪鳥を押しのけながらポークめがけて飛来する。
 襲い来る巨大な鳥を見やりながら明日香は【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】を行使する。
 飛行するポークたちの周囲に4枚の氷塊があらわれる。
 舞奈は笑う。狙い通りだ。

 これほどまでに大量の同胞を束ね、組織的に戦わせるにはリーダーが必要だ。
 それは獣であっても、怪異であっても同じ。
 奴らと日常的に相対する舞奈には、それがわかっていた。

 そしてリーダーに必要なのはカリスマだ。
 人間の天敵である怪異にとって、それは人に対抗しうる強さと勇気だ。

 だから奴は舞奈の挑発を無視できない。
 逃げることはリーダーの資格の喪失と、軍団の瓦解を意味するから。

――ハートに煌めく炎を燃やし続けたなら
――わたしを止められるものなんて何処にも居やしない!

「ちょっとでかい反動があるから踏ん張ってくれ」
 言った直後、取り巻きたちが放つ魔弾を明日香の斥力場が阻む。

 幾つもの炎と爆発が奏でる、光と音。
 その直後、

「キイィィィィィィ!!」
 リーダーが奇声をあげた。
 同胞を鼓舞するための雄叫びではない。

「退いてくれ!」
「了解!」
 ポークはヘリコプター並みの機動性で、来た時と同じ速度で後退する。

 だが怪鳥のリーダーに追う余裕はない。
 何故ならリーダーの左目は潰れ、体液をまき散らせていた。

 対するポークが抱えた舞奈の手には改造ライフルマイクロガラッツ
 その銃口からは硝煙。

「なんですって……!?」
「あの距離からカービンで!?」
 動揺の気配。
 戦闘のプロである空自の式神たちから。

 そう。
 舞奈はポークに抱えられて高速飛行しつつ、怪異の左目を正確無比に射抜いたのだ。
 難易度としては走行中の新幹線の屋根から拳銃で豆粒を狙撃するくらいか。
 普通の射手には不可能だが、舞奈には可能だ。
 というか、そのくらいできなければ生き残れない修羅場をいくつもくぐってきた。

 リーダーの潰れていない右目は、左目よりも酷く歪んでいた。
 畏怖に。

 奴は見てしまったのだ。
 自分たちが人間の天敵であるのと同じくらい、自分たちとって致命的なそれを。
 怪異の天敵である少女、志門舞奈を。

「無茶ヲシヨッテカラニ」
「びっくりしたですぅ、でぱすぅ」
「いや、すまんすまん」
 追いついてきた鷹乃とドーター5の横に挟まりながら舞奈は笑う。
 隣で明日香が肩をすくめる。

 見やると、先ほど撃墜された戦闘機F-35Aが復帰していた。
 彼女らの式神も、鷹乃のそれと同じ複数の式神を組み合わせた群体だ。
 だから破損した個所を再召喚することにより自己修復が可能だ。

 対して数秒前とは真逆に、事実上リーダーを失った敵軍は総崩れだ。

――SHINING BULLET!

――おそれるものなんて何もないよ。この先には
――だから、ただ前だけ向いて鋭く突き進む!

「ドーター1より全機に通達。これより各機、ビーストモードに移行する」
「「了解!」」
 合図とともに、戦闘機F-35Aたちも形を変える。
 下部後方のエンジン部分が剥がれて脚になる。
 上部が無理やりに剥がれて腕になる。
 その手に虚空から取り出した各々の得物をつかむ。

 飛行性能と施術能力を折衷したガウォーク状態。
 鷹乃と同じ半重力で浮かびつつ、自在に動く足裏からのジェット噴射で機動する。
 
 そうしながら、ドーター1はアサルトライフルを両手に構えて掃射する。
 陸自に採用された新型だ。
 頑強な式神の身体をもってすれば長物の2丁持ちも容易い。

 掃射を免れた怪鳥どもは異能力で反撃する。
 だが式神は手首から符を放ち、【大陰・鉄楯法だいおん・くろがねのたてのほう】の魔術を行使する。
 符が変じたライオットシールドが数多の火矢を揺るぐこともなく防ぎきる。

――闇を貫く銀糸のドレスはためかせながら
――わたしの前に立ち塞がるすべてを焼き尽くす!!

 ある者は本来は車載するような重機関銃ブローニングM2をぶちかます。
 対物ライフルに使うような超大口径ライフル弾12.7ミリ弾の嵐が怪鳥の群を粉砕する。

 別のある者は左手にアサルトライフル89式小銃、右手に割五鈷杵を構える。
 怪鳥の群れの真っただ中に踊りこみつつ小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾をばらまく。
 そして真言とともに、五鈷杵の先からプラズマの砲弾を放ってとどめを刺す。
 即ち【帝釈天・雷法たいしゃくてん・いかずちのほう】。

――DEAR MY GIRL!

――ゆらめく蒼い炎のマント風になびかせて
――わたしの望みぜんぶ、ぜんぶその手に掴みとる!

 そして、ある者は縦に延び、頭部がせり出て完全に人型へと変じた。
 次なる施術で1枚の布を生みだし、僧兵のように頭に巻く。
 背にはプロペラ戦闘機雷電がマウントされ、本体を無理やりに滞空させる。

「いあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 僧兵は手にしたバヨネット30年式銃剣付きアサルトライフル99式小銃を乱射しながら突撃する。
 肉薄する怪鳥を銃剣で八つ裂きにする。

 そして再び戦闘機F-35Aに変じ、機体上部にマウントしたアサルトライフル99式小銃で怪鳥どもを蹴散らしつつ背負った戦闘機雷電をブースターにした超加速でリーダーの懐に踊りこみ、

「必ぃっ殺! B29墜としぃぃぃぃぃぃぃやぁ!!」
 怪鳥のそれに劣らぬ凄まじい雄叫びとともに、機銃を掃射しながら突撃する。
 おそらく得物に【大陰・鉄装法だいおん・くろがねのよそひのほう】を行使したのだろう。
 銃剣でリーダーの腹を貫き、背から飛び出し、再び僧兵に変じながら振り返りつつ胴に風穴を開けた巨体をアサルトライフル99式小銃で蜂の巣にしてとどめを刺す。
 大柄な怪異は塵の塊と化し、次の瞬間、吹き散らされて消えた。

「……空自って、定年とかある組織だよな?」
「らしいわね」
 舞奈も明日香も苦笑する。
 その目前で、リーダーを失った怪鳥が散り散りに逃げ去る。

――そして握りしめたその手をもう何があっても
――この翼に誓う、離さないと。永久に……

 一行はあずさの歌の、戦闘の余韻をかみしめながら安堵する。だが、

「まだだ!」
「12時方向に因果律の改変を確認! 大規模です! すごく大きいですぅ!!」
「転移の前兆? 空間振動じゃなくてか!?」
「はいですぅ! 陰陽術や高等魔術による普通の転移じゃないです! でぱすぅ!」
 風の流れで察した舞奈、取り乱したドーター5の警告の直後、

「なんだと!?」
 目前に巨大な怪鳥があらわれた。

 不自然な空気の動きで察してはいたものの、流石の舞奈も目を剥く。
 虚空にいきなり出現したそれは、先ほどの怪鳥のリーダーよりはるかに大きい。
 もはや魔獣と同レベルだ。

「あ、あの、悪魔術の【あなたをどこかへブロー・ユー・トゥ】です。ケルトの【智慧の大門マス・アーケインゲート】に相当する、その……大規模転移の大魔法インヴォケーションです……」
「野郎、んな手札まで持ってやがるのか」
 遠くを飛んでいたSランクからの情報に、舞奈は思わず顔をしかめる。
 怪鳥とやらを大陸から呼びこんでいたのはKASC須黒支部長、蔓見雷人。
 一連の事件の黒幕とも言うべき大魔道士アークメイジだ。

「大怪鳥……ダト!?」
「大陸にしか発生しないはずの!?」
 あらわれたそれを見やり、鷹乃と明日香が驚愕する。

 その目前で、大怪鳥は大きく翼を広げて全身から何かを放つ。
 怪鳥だ。
 巨大な怪異は表面に無数の怪異を張りつけていたらしい。
 それが一斉に飛び立ったのだ。

 今しがた散らした群れに匹敵する――否、数倍する怪鳥の大群。
 その中心に鎮座する大怪鳥。

 予想をはるかに超えた障害に、一行は成すすべもなく攻めあぐねる。
 そのとき、

「!?」
 不意に2条の光が夜空を切り裂いた。
 光は数十匹の怪鳥を飲みこみ、消滅させる。

「レーザー光線!?」
 側で明日香が目を見開く。
 陰陽師たちも各々、驚愕のあまり動きを止める。

 だが舞奈は笑う。
 何故なら、その光線を放った者を、舞奈は知っていた。
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