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第14章 FOREVER FRIENDS

依頼4 ~KASC須黒支部ビル襲撃

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 委員長とKASCアーティストとの音楽勝負を控えた、とある平日。
 唐突にウィアードテールがKASCに予告状を叩きつけた。
 朝からそんなニュースを聞いた日の、放課後。

「……ん?」
 携帯に通知が来ていた。
 舞奈は何気に携帯を見やり、

「おっ、来たか」
 ニヤリと笑う。
 支部からの呼び出しだった。
 先日に張から聞いた通り。

 明日香にも同じ通知がいっていたらしい。
 なので舞奈は明日香とともに【機関】支部を訪れた。

 そして、打ちっぱなしコンクリートが物々しい会議室で、

「ひゅー! こいつはまた大層な面子を揃えたもんだ」
 流石の舞奈も驚いた。
 古びた会議机についていたのは、それほどまでの面々だった。

 進行役のフィクサーにニュットはわかる。
 諜報部からは小夜子にサチ、側には異能力者の少年たちまで並んでいる。
 そして執行部からは奈良坂にハットリにエリコ、でっぷり太ったポーク。
 加えて鷹乃、仕事人トラブルシューター【メメント・モリ】こと桂木姉妹。
 そして舞奈たち【掃除屋】。

 まるで知人の執行人エージェント魔道士メイジを片っ端から集めたようなオールスター。
 これほどの面子が一堂に会するのは先のチャビー争奪戦以来か。
 あるいは、ちゃんとした作戦という意味であればマンティコア戦以来だ。

 余談だが鷹乃は前回のミーティングには長身の式神の姿で参加した。
 だが今回は中の人がそのまま来ている。
 何かふっきれたのだろうか。

「無理もないのだ」
 糸目のニュットが舞奈に答える。

「なにせ【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】の双方から協力要請を受けているのだからな」
「ほう」
 その言葉にニヤリと笑ってみせる。

 たしかに先日、張から【組合C∴S∴C∴】からの依頼があるだろうとは聞いていた。
 だが【協会S∴O∴M∴S∴】までもがこの件に関わってきている。
 少しばかりは驚いたものの、その状況に納得できるのも事実だ。

 魔道士メイジのための組織である【クロノスChronus賢人Sage組合Circle】だけじゃない。
 魔力の源となる芸術活動を振興する【ミューズSocietyOf探索者Muse協会Seeker】からしても、超常の力を悪用してアーティストを害するKASCの存在は目障りだというわけだ。

 だから、さらに加えて、

「昨日に神話怪盗ウィアードテールが、KASC須黒支部長宛に犯行を予告した」
「らしいな」
「知っているなら話は早い。我々は、彼女のパフォーマンスと同時にKASC須黒支部ビルを襲撃する。詳細及びビルの間取りは手元の資料を参照してほしい」
 フィクサーが言葉を継ぐ。
 それが、この急なタイミングで一同が招集された理由だ。

 おそらく【機関】も【組合C∴S∴C∴】も【協会S∴O∴M∴S∴】も、動くタイミングを見計らっていたのだろう。なにせKASCという組織に対する宣戦布告だ。
 組織同士の駆け引きのようなものすらあったのかもしれない。
 そんな均衡を崩したのは、他でもないバカで陽キャのウィアードテールだ。

 トラブルの解決は有能な常識人にしかできない。
 だがリスクやデメリットを度外視して停滞した状況を転がすのは、何も考えていないバカの役目なのかもしれない。
 とにかくバカで短慮で頭がおかしいほど良く転がる。
 そう考えるのは悪い気分ではない。

「目的は?」
「ビル内に潜伏している怪異の排除だ。奴らは人間の姿と立場を持っている」
 明日香の問いに、答えるフィクサーのサングラスが剣呑に光る。
 そんな様子を黙して見やる皆の目にも同じ輝き。

 そう。皆も舞奈と同じだ。
 憤っていたのだ。
 奴らの身勝手な犯行に、それを黙認する社会に、警察に。
 そして奴らに一矢を報いる機会を待っていた。だから、

「人としての奴らの名は死塚不幸三、屑田灰介、長屋博吐、疣豚潤子」
「ああ」
 続くフィクサーの言葉に、舞奈も鮫のような笑みを浮かべてみせる。

 舞奈が疑っていた4人の悪党……否、4匹の人型怪異。
 奴らに対して【機関】も疑念を抱いていたのだ。
 だから秘密裏に奴らを調査し、人間の敵であるその本性を暴き、せん滅するための下準備までしてみせた。

 それは舞奈たちが1年前、滓田妖一に対して仕掛けたことと同じだ。
 だが【機関】はそれを業務として日常的に行っている。
 何故なら自身の周囲を守ることの延長として怪異を狩る舞奈たちに対し、怪異の駆逐は【機関】の理念であり日常的な業務だ。だから、

「で、残りのひとりは……」
「君も気づいていたか」
「……まあな」
 舞奈の言葉にフィクサーもまた不敵に笑う。

 人間の顔と異能を奪って妖術を得た泥人間の道士は、人の世に災いをもたらす。
 倒しても顔と異能は他の泥人間に受け継がれる。
 それを繰り返すことで完全体へと進化できるようになる。

 そして、奴らには五行でチームを作る習性がある。
 かつて舞奈たちが葬り去った滓田妖一と4人の息子たちのように。

 死塚不幸三は金属で悪を成し、楓に倒され、復活した。
 屑田灰介は火を使って成そうとした。
 長屋博吐はしばし以前に、土行の道士として舞奈に倒され、復活した。
 疣豚潤子も水行の妖術の片鱗を見せた。

 そんな4匹の悪党には、もう1匹の仲間がいる。
 その法則を舞奈や【組合C∴S∴C∴】同様、【機関】も把握していた。
 まあ当然と言えば当然か。

 ともかく、それは一度は小夜子らと交戦し、Sランクが葬った悪魔術師にして道士。
 そして、その名は、

「……KASC須黒支部長、蔓見雷人だ」
「ああ」
 舞奈は再び頷く。
 実のところ、ここまでは先日に張から聞いた情報と同じだ。
 だが【機関】の調査には続きがあった。

「蔓見雷人って……あの蔓見雷人かい!?」
 側で紅葉が驚愕する。
 その反応に舞奈は訝しむ。だが、

「君の世代で知っているとはな……」
 フィクサーは口元に乾いた笑みを浮かべ、

「ああ、君の知っている蔓見雷人で間違いない。ファイブカードのジャック、そしてフォーカードのライトだった男だ」
 語った。
 硬く冷たく……どこか諦観したような平坦な口調で。

「KASCは役員の情報を公開していないが、諜報部の調査により発覚した。……どうやらグループ解散後しばらくして就任したらしい」
「そうだったのか……」
 紅葉は少なからずショックを受けた様子だ。
 他のメンバーも多少の差こそあれ、それは変わらない。
 無理もないと舞奈だって思う。

 ファイブカードはロックの定番だ。
 フォーカードはその原点だ。
 そのかつてのメンバーが、KASCの先兵として音楽を消し去ろうとしている。

 最近まで音楽なんて興味もなかった舞奈ですら驚いたのだ。
 ロックに造詣の深い面々にとって、その事実は衝撃であると同時に屈辱だ。

 だが、ここでも舞奈の疑惑は解消された。
 以前に小夜子たちが交戦した大魔道士アークメイジは稲妻のギターを手にしていたという。
 それはファイブカードのジャックが持っていたのと同じものだったのだ。

 あるいは彼は、ロックだけでなくこの街の悪魔術師としても原点やも知れない。
 だから萩山光も彼を真似て、稲妻を意匠したギターを手にしていた可能性はある。
 それも新たな疑惑ではあるが、今、考えることではないだろう。

「【心眼】の見立て、及び諜報部の見解によれば、排除対象たちは当日、更なる力を得るための儀式を執り行う」
 かつての滓田妖一のように。
 フィクサーは言外にそう言った。

「その力の源は?」
 明日香が静かに問う。
 小夜子と楓、紅葉の双眸が剣呑に光る。

 1年前、滓田とその一味は同様の儀式を行った。
 その際に5人の異能力者を贄にした。
 それは小夜子の幼馴染であり、楓と紅葉の弟だった。
 そんな彼女らの内なる激情を前に、それでもフィクサーは冷徹に告げる。

「先日の自動車暴走事故の際、市井の異能力者が犠牲になった。……彼の遺体が警察病院から遺失していることが発覚した」
「……野郎」
 奴らは今回もまた、異能力者を贄にした。
 歯噛みする舞奈の怒りを、

「……ほう」
 それを凌駕する憎悪が上塗りした。
 堪えてすら溢れだすほどの凄まじい怨嗟、憤怒。
 修羅場に慣れた面々すらぞっとするほど冷たく、暗い声色。
 楓は何かを呪い殺そうとするような険しい視線を虚空へと向けていた。

 1年前、楓と紅葉は弟を失った。儀式の贄にされて。

「加えて、一連の騒動で市民の間に生まれたマイナスの感情を、マイナスの魔力に転嫁して使用するものと予想される」
「……そういうこと」
 ひとりごち、小夜子も楓と同じ表情を浮かべる。
 その横顔を思わずサチが不安げに見やるほど。

 他の面子のうち幾人かも、同じように怒りをあらわにしていた。

 死塚不幸三が引き起こした件の自動車暴走事件。
 長屋博吐の女児ストーキング事件。
 屑田灰介のスタジオ放火未遂。
 あるいは先日にピアノ教室を襲撃した疣豚潤子。
 そしてKASCによるファイブカードの新曲の発表。それはロックの定番曲が亡者どもの金づると成り果て、聴衆たちの前から姿を消すのに等しい。

 立て続けに引き起こされた数々の騒動。
 それすら社会不安を誘発してマイナスの魔力を発生させるための御膳立てだった。

 こちらの企ては舞奈の、執行人エージェントたちの活躍と機転によって多少なりとも食い止められたと信じたい。
 長屋博吐の件は奈良坂が対処した。
 屑田と疣豚の件は舞奈たちが未然に防いだ。
 そしてファイブカードの新曲は、委員長が取り戻す算段だ。

「儀式の性質上、儀式の中核を成すと思われる大魔道士アークメイジの蔓見雷人は上層階の施術室を離れることはない。だが他の排除対象は比較的自由に行動できる」
 フィクサーは淡々と作戦を伝える。

「よって今回の作戦では各々で小数精鋭の遊撃チームを編成し、作戦開始とともに一斉にKASC支社ビルに侵入。追撃にあらわれた排除対象を各個撃破する」
 その言葉に小夜子とサチ、楓と紅葉、他の面々もそれぞれ頷く。
 中でも小夜子と楓の口元には、ぞっとするような残虐な笑み。

 2人とも怪異に大事なものを奪われた。
機会 今回の作戦で、その暗い欲望を満たせると思っているのだ。
 そんな彼女らの情動を無言で容認し、フィクサーは言葉を続ける。

「なお【協会S∴O∴M∴S∴】の魔道士メイジが2名、増援として作戦に参加する」
「自分たちまで直接にやりあうたあ、奴らも本気のようだな」
「なにせ相手がKASCだからなあ」
 後を継いだニュットの台詞に舞奈もニヤリと笑みを浮かべ、

「もちろんウィアードテール当人もビル内に侵入するはずなのだが、まあ、あちらには手出し無用なのだ。自由にやらせておくのだよ……」
「まあな……」
 続く台詞に苦笑する。
 なんというか、彼女の人となりをニュットも知ってはいるらしい。
 バカで陽キャな彼女と、共闘しようとするのは割とリスクの高い行為だ。
 自分たちとは別の場所で暴れてもらっていたほうが都合がいい。

 別に敵でもないのに『危険。単独での接触禁止』という評価は、3年前に舞奈たちピクシオンに与えられていたそれと同じだ。
 なのに、あの中坊は頭がおかしいからというだけの理由で、その評を得た。
 そんな事実に釈然としない思いはあるが、口元を歪めるだけに抑える。

「無論、間違っても交戦だけは避けてほしいのだ。彼女は敵じゃないのだからな」
「……いや、こっちから喧嘩売ったことは一度もないからな!」
 何故かこっちを見てきたニュットに、たまらず声を張りあげる。
 対してニュットは素知らぬ顔で、

「精鋭以外の面子には、ビル付近に大量発生すると思われる屍虫への対処を頼むのだ」
 その言葉には奈良坂やハットリ、エリコがうなずく。
 学ラン姿の異能力者たちも、思い思いに同意する。

 精鋭以外とは言うものの、彼女ら、彼らの役目も責任重大だ。
 奴らが力を得るための儀式は、周囲の脂虫を強制的に屍虫へと変化させる。
 つまりビル周辺にいる脂虫――人の姿をしているが臭くて邪悪な喫煙者どもが、正真正銘のバケモノになって周辺住民に襲い掛かるのだ。
 それを奈良坂たち別動隊は、数を頼りに1匹残らず駆除しなければならない。

 そもそもこれは、1年前は彼女の先輩でもあるAランクに割り当てられた任務だ。

 それでも……あるいは、だからこそ、

「わかりましたっ!」
「了解しまシた」
「ええ、やってみせるわ」
 奈良坂は必要以上に鼻息荒く、ハットリもエリコも力強く頷いてみせる。
 彼女らとて、1年前より成長している。

 そうやって各々が己が役割を把握する中、

「すまんが、ひとつ問題がある」
 手を挙げて立ち上がったのは舞奈だった。
 皆の視線が集まるが、素知らぬ顔で言葉を続ける。

「別件で依頼を引き受けてる。例のファイブカードの新曲を発表する『Joker』のアーティストの護衛だ」
 その言葉に側の明日香も頷く。

 2人は当日、委員長を『Joker』まで護送しなければならない。
 そこで彼女は音楽勝負によってKASCのアーティストを打ち負かし、奪われそうになっているファイブカードの新曲を取り戻す算段だ。

 無論、正式な契約でもない子供同士の口約束だと言われればそれまでだ。
 それでも舞奈は友人との約束を違える気はない。

 そもそも委員長はKASCの魔手から新曲を守るための切り札ジョーカーだ。
 今回の作戦とも無関係ではないだろう。
 だから、せめて護衛を他の面子に任せたいと思ったのだが、

「問題ないのだよ」
 ニュットは何食わぬ顔で答えた。

「もとより【掃除屋】には上空からビルの上層階へ突入してもらう手筈なのだ。そちらの仕事が終わってからでも十分に間に合うのだよ」
「空からだと?」
「うむ。そのほうが施術室に近いのでな」
「そいうことなら構わんが、足はあるのか?」
 予想外の展開に、思わずニュットに問いを返す。

 魔法に縁のない舞奈は無論、明日香にも実は飛行の手札はない。
 だから以前に復活した滓田妖一を襲撃した際は、張に不思議な乗り物を借りた。
 だが、この場所に張はいない。
 後で店まで頼みに行くことはできるだろうが、正直なところ病み上がりの彼に負担をかけたくない。

 何故なら飛行の補助魔法オルターレーションは大量の魔力を消費し続ける。
 故に老齢の術者や、魔力の集積や生成に秀でた力ある魔道士メイジの専売特許だ。
 具体的には、この面子の中ではサチと小夜子。
 あとは飛行可能な式神やメジェドに空輸されるくらいか。
 だが、それだと少数精鋭のチームで遊撃&追撃にあらわれた敵を各個撃破という作戦の方針には反することになる。それでもニュットは「うむ」と頷き、

「今回はふとしちんの力を借りるのだ」
「ポークです」
 ツッコみつつ立ち上がったのは、肥え太った学ラン姿の異能力者だ。

「彼の異能は【鷲翼気功ビーストウィング】。空を飛ぶことができるのだ」
 ニュットの紹介にあわせて一礼する。
 普段は温和と思われる彼の顔には、激情を覆い隠した鋭い笑み。

 1年前に贄にされた異能力者は、彼の仲間だったとも聞いている。
 だから今回、彼はその大任を引き受けたのだろうか。
 かつての仲間への手向けとして。
 あるいは自身が前へと進むために。

「あとは念のために、そちらの護衛にも我々からも人員を割きたいところだが……」
「何だよ、サービスいいなあ」
 意外な申し出に驚いてみせる。
 だが今回の作戦の趣旨を鑑みて納得する。
 そんな舞奈の視界の端で、

「ではその役目、【メメント・モリ】が引き受けましょう」
 楓が優雅に立ち上がり、宣言した。

「あんたたちの役目はどうするよ?」
「それなら心配ご無用。その彼女の歌を私利私欲で弄ぼうとするために、奴らのうち何人かが暗躍する可能性は高いでしょう。その排除を我々が受け持ちます」
 舞奈の問いに楓は答える。
 その表情はあくまでも優雅に。
 だが口元には鮫のように剣呑な笑みが浮かぶ。あるいは残虐な。

 人々から歌を奪ってKASCの金づるへと変える試み。
 それに対抗しようとするアーティストの排除。
 それを実行するのが5匹の悪党のうち誰なのか、楓には見当がついたのだろう。
 だから、

「そっか。なら、よろしく頼む」
 舞奈も楓に不敵な笑みを向けた。

 その後スケジュールの詳細を詰め、夕方の少し遅い時間にミーティングは終わった。

 今週末のイベントは、予想外に派手で楽しくなりそうだ。
 舞奈も当日を思って血をたぎらせつつ、それでも今日のところは大人しく帰宅した。
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