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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ

貴方のいちばん大事なもの

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 舞奈と明日香は激戦の末、神話怪盗ウィアードテールに勝利した。
 次いであらわれた『夜闇はナイト』も、2本のステッキが暴走して生み出された魔獣すら、2人の敵ではなかった。

 だから周囲の色彩は正気の世界のそれへと変容し、元の宝物庫に戻る。
 暴走した魔力が具現化した結界が消えたのだ。そして、

「きゅう……」
 目前では、長髪の少女が目を回していた。
 今度はむっくり起き上がって余計な騒ぎを起こす様子はない。

「やれやれ、手間取らせやがって」
 舞奈は背中のポーチに改造拳銃ジェリコ941改を仕舞う。
 明日香も得物をクロークに仕舞う。

 そんな2人の目前で、

「!?」
 周囲の色彩が蠢いた。

 異次元の色をした混沌の魔力。
 霧散したはずのそれが、何処かへ集っているのだ。
 虹の色に似た光の粉が群なして流れる様は、なかなかに美しい。

 向かう先は、舞奈が弾き飛ばした2本のステッキだ。
 ウィアードテール=陽子に貸し与えた魔力を回収しているのだろう。
 流石はエイリアニストが創りだした混沌魔術の魔道具アーティファクトといったところか。

 舞奈は口をへの字に曲げる。

 この危険なステッキが魔獣を生み出した元凶だ。
 速やかに破壊するか、せめて確保すべきだろう。
 これが【機関】からの依頼ならば、当然、契約に盛りこまれている類の常識だ。
 それは『バカ』に持たせ続けるには余りに危険な力だ。しかも、

「ハハハハハハハハ!」
 横たわる少女の後に誰かが舞い降りた。
 夜闇はナイト氏だ。

 なるほど彼は協力者の夜空ちゃんとやらが召喚した天使らしい。
 だから新たに召喚しなおすことも可能だ。
 それはいいのだが……

「……服を着ろよ」
 舞奈はジト目で天使を見やる。
 その目前で、天使は少女を抱き上げる。

 全裸の男が、気を失った女子中学生を担いでいる。
 それは見るからに酷い絵面で、怪盗とは別の意味で警察沙汰になるべく案件だ。

 だが舞奈たちは何もしない。

 ウィアードテールが私闘に負けて官憲に引き渡されるという末路は大概だ。
 ステッキを失って変身が不可能になるという末路も。
 この見た目だけは可愛い残念女が、児童向け雑誌の誌面を飾れないのは面白くない。

 なにより舞奈たちは、こういう絵面を子供に見せまいとする大人を表で倒してきた。

 彼女らは(偽)ウィアードテールの正体を探り、必要とあらば倒そうとしていた。
 余人に被害が及ばぬように。

 だが、ウィアードテールという存在を消し去るつもりはなかったはずだ。
 彼女は子供たちのアイドルだから。

 それはプラスの感情を魔力に変える【協会S∴O∴M∴S∴】の思惑ではない。
 子供に誇れる大人であろうとする、彼女たち自身の意思だ。

 だから舞奈たちも、この酷い絵面を黙って見送る度量は見せるべきだろう。
 そう思った。

 そんな舞奈の肩からハリネズミが跳び下りる。

 可愛らしく床を駆けつつ前足を器用に使って2本のステッキを回収する。
 そして夜闇はナイト氏の肩に跳び乗り、舞奈にペコリと一礼する。

「約束だ、聞かせてくれ」
 舞奈はハリネズミに語りかける。
 全裸の肩で、ハリネズミは礼儀正しくうなずく。

 とはいうものの、聞きたかったことはすべて、何となく察しがついていた。

 まず彼女の言動がまともな理由。
 それはエイリアニストが得手とする『狂気による洞察』によるものだ。

 狂気とは自身の主観や常識と、感じ取るものとの相違だ。
 だから自身が理解できない全く異質な思考を取り入れることにより、正常な思考の外側に隠された真実を導き出す。即ち常識を超えた発想。
 一般的な魔法における預言に似た、混沌魔術における探知魔法ディビネーション
 それが狂気による洞察の正体だ。

 天啓は術者に直接もたらされる場合もある。
 だが使い魔がいれば、そちらから伝えられることもある。
 そこらへんは混沌魔術の名に相応しく適当だ。

 ともかく、そんな技術をバカで陽キャな中学生が使うとどうなるか?
 その結果が、このハリネズミの使い魔だ。

 つまり一週まわって『正気による洞察』になるのだ。
 術者には一生理解できないであろう理性的で常識的な言葉を常に口にする使い魔。
 それはバカにとって饅頭のように恐ろしい存在だろうが、役にも立つ。
 例えば陽キャなのに社会生活を送れたりとか。

 もうひとつ、彼女はネコポチの母猫だ。
 今では確信が持てる。

 舞奈が楓や紅葉と出会う前に珍走団に轢かれ、幼い子猫を残して逝った猫。
 それが何者かの手によって蘇ったのだ。
 3年前、可愛くて勇敢な子犬のビクティムがそうなったように。

 そもそもスードゥナチュラル生物というものは、そうやって生まれる。

 彼女はスードゥナチュラル・ビクティムがしていたような触手による攻撃をしない。
 それは、おそらく今の姿が仮初の姿だからだ。
 正気による洞察を司る関係で、あまり不自然な姿になれないのかもしれないが。

 どちらにせよ、それ以上、彼女の過去に踏みこむつもりはない。

 何故、ハリネズミなのか?
 雌猫を生き返らせ、女子中学生に変身の魔道具アーティファクトを授けたのは何者なのか?

 どちらも改めて尋ねるほどのことではないと思った。
 だって側の明日香は舞奈の過去を詮索したことはないし、舞奈だってそうだ。
 誰に対しても、そうでありたいと思っている。
 何よりハリネズミの彼女は可愛らしいし、堂に入っている。

 だから舞奈は一瞬だけ考えて、

「あんたは今、幸せか?」
 何食わぬ表情のまま、問いかけた。

 それは3年前、ビクティムに聞けなかった問いだ。
 幼い舞奈は、変容した子犬に対する自分の気持ちで頭がいっぱいだった。
 あの小さな子犬自身の思惑に考えを巡らせる余裕はなかった。

 だから、今、知りたいと思った。

 あの時の子犬と同じスードゥナチュラル生物の思惑を。

 子犬が最後に残した、ありがとうという言葉の意味を。

 そんな舞奈の問いに、ハリネズミは虚を突かれた様子だ。
 おかしなこと言ったか?
 主人と同一視されていたら嫌だなあとちょっと思った。

 だがハリネズミは真摯な表情で、ちょこんと舞奈に向き直る。

「幸せの定義は人によって異なるものだとわたしは思うわ」
 相変わらず混沌魔術の使い魔とは思えぬほどまともな言動。
 そんな彼女の口元が、少し笑っているような気がした。
 だから舞奈も無意識に笑みを浮かべたまま、視線だけで先をうながす。

「わたしの半生は平穏とは言えなかった」
「……そりゃそうだ」
 でなければ混沌魔術の魔法少女と行動を共にする羽目にはならない。
 なによりスードゥナチュラル生物になったりはしない。
 あらゆる生命体の生涯のうち、それは真っ当な生き方から最もかけ離れている。

「それでも」
 ハリネズミは語る。

「今の暮らしには満足してるわ。それに――」
 語りながら小さな口元に笑みを浮かべる。
 舞奈も笑う。

「――退屈はしていないわ」
「そりゃそうだ」
 何食わぬ口調を崩さぬまま、それでも舞奈も笑みを浮かべる。
 今度は満面の笑みを。

 そんな舞奈と明日香に、語り終えたハリネズミは一礼する。
 次の瞬間、ハリネズミを肩に乗せたナイト氏の姿が消えた。
 空気に溶けるように透明化したのだ。

 術者が天使を通して行使した【燐光の外套クレール・ルマント】。
 彼女らのバックアップは相当な使い手らしい。
 ……あまり変な奴じゃないと良いのだが。

 天使と少女とハリネズミの気配は、開け放たれたドアの向こうへと消える。
 足音がしないのは天使だからか、何らかの技術か。

 代わりに同じ方向から、複数の足音が聞こえてきた。
 警官隊が追いかけてきたようだ。
 ここでの激戦のせいで、明日香が急場しのぎで行使した【拠点バズィス】が解除されたか?
 あるいは2人の術者のどちらかが穴を開けたか?

 先に行ったウィアードテールたちが出くわさないといいなと思った。
 だが舞奈たちにはどうしようもない。
 奴らも仮にも怪盗なのだから、自分でどうにかしてもらうしかない。それより、

「あたしたちも行くか」
「ええ」
 舞奈と明日香も走り出す。
 2人が本当に盗まなければいけないもののところに。

 足音が聞こえる方向から、警官たちは手分けして侵入者を追っているようだ。
 それでも音の動き方は散漫で遅く、広い屋敷を探し終えるには時間がかかりそうだ。
 ここから委員長の部屋まで行く分には問題ない。

「――見つけたぞ! ウィアードテールだ!」
「おい!?」
 遠くに聞こえる叫びに驚き、

「ゴ~リラゴリラ♪ なに見て走る♪」
「全員で捕まえろ!」
「じゅうごやーウッホッホ♪ ウッホッホ♪ ウッホッホ♪ ニャー!!」
「……そいつはウィアードテールじゃないだろ」
 否、この際ウィアードテールの6号に加えてやるべきか。
 言動もよく似てるし。

 みゃー子が何でこんなところにいるのかは、正気の舞奈にはわからない。
 だがまあ、手伝ってくれるつもりなのなら素直に有り難い。
 複数の足音は、委員用の部屋へと続くルートから遠ざかりつつある。

 ……正直なところ官憲の手際の悪さに、治安維持に対する不安を感じなくもない。

 ともかく舞奈たちは、豪華だが誰もいない廊下を素早く駆け抜ける。

 そして今度こそ、目的の場所にやってきた。
 見取り図で何度も確認した、委員長の自室。だが、

「……待ちなさい」
 ドアの前には男がいた。

 園香父よりスマートで、チャビー父よりがっしりとした体格。
 少しばかりやつれていて頭頂も薄いものの、ハンサムな顔立ち。
 社長という立場にふさわしい、堂に入った立ち振る舞い。

 委員長の父親だ。

 だが彼は、ポンプアクション式のショットガンレミントン M870を構えていた。
 構え方から、察せられる重さから、モデルガンではないことはわかる。
 撃ち方を知らないわけでもないことも。

 それを彼は、2人のウィアードテールに向ける。
 真新しい鉄色の銃口がギラリと光る。

 舞奈と明日香も何食わぬ顔で、油断なく身構える。
 銃を向けられるのには慣れている。
 その普段と変わらぬ立ち振る舞いは、逆に相手が驚くほどだ。

 それより、なるほど委員長の父親は運送会社の社長だと聞いた。
 彼の自宅も会社も軍人街の統零とうれ町に所在する。

 外資系らしい彼の会社は以前に怪異の襲撃を受けたことがある。
 その際に、ガードマンは普通に銃で応戦していた。

 おそらく彼の会社は銃火器の輸入を担っているのだろう。
 顧客は【機関】か【安倍総合警備保障】か。

 そんな代物を、丸腰で守るのも間抜けな話だ。
 だから彼や彼の会社の人間は、限定的ながら銃の使用を認められている。
 舞奈たちと同じように。

 委員長は、そのことを知ってまではいなくとも感づいてはいたのだろう。
 だから彼女は銃が嫌いだった。
 それが自分の趣味に理解のない父親の何かを象徴するものだから。

「お前たちに娘を渡すわけにはいかん」
 委員長父は、並ぶ舞奈たちの中心に狙いを定める。
 威嚇のつもりか。
 引き金に指がかけられていない。
 練習でしか撃ったことがないからだろう。

 それでも銃口が小刻みに震えているのは、彼が銃に慣れてないからじゃない。

 彼は大人だ。
 家庭を持ち、会社を持ち、部下を持つまっとうな大人だ。
 だから常識的に、思慮に思慮を重ねたうえで、こういう結論に達したのだ。

「娘のために、ここまでのことをしてもらったことには感謝する」
 彼は銃を手にしたまま、静かに語る。
 唐突な謝意に虚を突かれた動揺を、舞奈はいつもの笑みで覆い隠す。

「だが」
 委員長父は言葉を続ける。

「帰ってくれないだろうか? 銃を向けられたというのなら言い訳も立つだろう」
 言いつつ2人の顔を順繰りに見やる。

 明日香を見やって、少し驚く。
 取引先の社長の娘によく似ているからかもしれない。

 それでも銃を手にしていながら冷静に、あくまで相手を説得しようとしている。
 しかも相手の顔を立て、逃げ道まで用意している。
 そんな生真面目さ、根の善良さは娘である委員長とよく似ている。

 あくまで彼にとって、銃という絶対の力すら交渉材料のひとつだ。

 何より彼は、娘の部屋のドアの前で、怪盗が来るのを待っていた。
 宝物庫ではなく。

 そう。
 彼の『いちばん大事なもの』は、宝物庫に納められた宝物じゃなかった。
 娘だった。

 あるいは銃を持ちだしたのも、社会的な立場や信用をかなぐり捨ててすら娘を守りたいのだと、示す意図があったのかもしれない。

 それが公安の術者を倒し、本物のウィアードテールすら破った舞奈への回答だ。
 その事実が、素直に嬉しかった。

 それでも、

「あんたには撃てない。そうだろう?」
 自身に向けられた銃口を真正面から見据えながら、舞奈も静かに語る。
 側で、明日香も無言でうなずく。

 舞奈たちに、このまま帰るという選択肢はない。

 娘を守りたいという、彼の愛情は理解できた。
 娘を行かせたくないという、彼の決意も理解できた。
 彼には彼にしか理解できない理由がある。
 娘を歌わせたくない理由が。

 それ故に、委員長にも『Joker』で歌いたい理由があるのだと確信できる。
 父と娘は余りにも似すぎているから。

 この国で、銃を持てる資格と撃てる資格は同じではない。
 私用で子供に向けて発砲などしたら、彼は社会的に無事では済まない。

 だが正直なところ、本当に撃たれた場合に厄介なのも事実だ。
 如何に舞奈でも、狭い廊下で散弾を避けることはできない。
 この距離で、銃を構えた相手を撃つ前に無力化するのも難しい。
 すると明日香の魔術で身を守ることになるのだが、それは民間人に魔術を目撃されるという失態を意味する。

 彼が撃てば、どちらも痛手は免れ得ない。
 舞奈が引けば、すべてが穏便に終わる。

 だから双方、動けないまま立ち尽くす。
 そうやって永遠のような数分が過ぎた後、

「もう止めるのです」
 部屋のドアがガチャリと開いた。

「紗羅!?」
 父親が悲鳴のように叫ぶ。
 出てきたのは委員長だった。

「外出を許した覚えはない。戻りなさい」
 父は努めて感情を押し殺した、静かだが威厳ある声色で背後に語る。
 彼は今まで、そうやって娘に接してきたのだろう。

 娘が意にそぐわなくても怒らない。
 諭す。
 それは教育方針というより、不器用で生真面目な彼の生き方なのだろう。
 だからこそ社長になどなれた。だが、

「これ以上、お父さんの言うことは聞けないのです!」
 委員長も負けじと返す。
 父という権威に負けぬためか、普段は見せない激情を叩きつける。

 父が手にしたショットガンレミントン M870には目も向けない。
 相手の得物を見るのではなく、撃つか撃たないかを察する。
 常に相手の思惑を推し量ろうとする。
 そんなところも親子そっくりだ。

「わたしは舞奈さんたちと一緒に『Joker』に行くのです」
 そう言って父親の側を通り過ぎ、歩き出す。

「待ちなさい! 紗羅!」
 父親は叫ぶ。
 娘に横切られた父親の顔が、悲痛な表情に歪む。

 だが所詮は女児3人を、彼は力づくで止めようとすることはなかった。

 他の使用人を呼ぶこともなかった。

 ただ豪華な絨毯の上に崩れ落ちながら、娘の背中を見送っていた。
 まるで止めることではなく、諦めさせることが目的だったかのように。
 そして、それは果たせなかった。

 明日香は父親に一礼し、舞奈も頭を下げる。

 そして2人は父親に背を向け、後ろ髪引かれる思いで委員長に続いた。

「何故ロックなんだ……」
 背後で父親ががっくりと膝をつく音が聞こえる。
 こんな時ばかりは、耳の良さが少し恨めしかった。

「何故……『Joker』なんだ……」
 慟哭を思わせるほど深く悲しい父の声が、耳にこびりついて離れなかった。

 それでも舞奈たちは、委員長は進まなければならない。
 そうでなければ捨ててきたもの、倒してきたもののすべてが無駄になる。

 舞奈の直観と聴力を頼りに警官たちを避けつつ、3人は難なく裏口から屋敷を出る。

 明日香はこっそり認識阻害を使っていた。
 ……警官たちの健康が少し案じられた。

 それを差し引いても、庭に人っ子ひとりいないのは擁護できないと舞奈は思った。
 警官たちは人員を残さず、全員で屋敷に突入したらしい。
 なのにウィアードテール6号を捕まえたわけでもなさそうだ。
 この調子なら、本物のウィアードテールも楽に撤退できただろう……。

 なので近くで待機してくれていた装甲リムジンに悠々と乗りこみ、出発した。

 その後は何事もおこらず、3人は無事に『Joker』にたどり着いた。

 店には園香たちが、一足早く到着していた。
 警官に連れ去られたはずのチャビーと桜も一緒だ。
 無事に解放されたようで何よりだ。

 それでも時間はギリギリ。
 委員長はオーナーに連れられ楽屋へと急いだ。
 舞奈たちは客席に移動し、双葉あずさのライブを途中から鑑賞する。

 そしてあずさの歌声で連戦の疲れを癒した後、

「……お、出番か」
 あずさは一旦、舞台の袖へと下がる。
 そしてドレスアップした委員長が舞台に上がった。

 いつもは三つ編みの髪をほどいた委員長が、礼儀正しく一礼する。
 そして普段と同じように眼鏡をずらし、ギターをつま弾き、

――夕暮れの街、君に会いたくて
――見慣れたコート、探して、目を凝らす

 歌い始めた。

――そこにいるはずなんてないこと、わかっているけど
――君のいた場所、いつまでも、見つめていた

 曲目は予定通りの『GOOD BY FRIENDS』。
 ギターの音色と委員長の歌に、客席は静まり返った。

――ふと振り返る
――そこには誰もいない
――けれど僕らが、来た道、確かにあるよ

――2人で歩いてきた道、間違ってなかったと
――確かめるように、口元、歪める

――それが笑顔に見えたらいいな
――だって僕が笑うと
――君も微笑んで、くれたから

 楽しげなあずさの歌の合間に流れる、深く静かなブルース。
 あずさよりさらに幼い女子小学生が紡ぐ、プロ顔負けの確かなメロディ。

 その落差は観客たちの心をわしづかみにした。
 まるで明るいピンクの合間に引かれた、深い色のラインのように。

――この広い世界の中、ただ君が、いてくれるだけで
――光輝く、楽園だった

――僕がここまで来られたのは、君がいたからだって
――何度でも伝えたいよ

――君が何処にいても聞こえるように
――笑ってくれるように
――僕の気持ち、歌にして、送るよ

――天国でも、地獄でもない、この世界の中
――この道はまだ、ずっと先まで、続いてるけど
――ひとりで歩く道じゃないよ
――僕にはまだ歌が、あるから

 委員長のギターと歌声に、皆が聞き惚れていた。
 前の席の親子連れも。
 後ろに控えた大友も、等しく。

 チャビーや桜たちも、目を輝かせて感動していた。だが、

――2人で歩いた道
――2人で歌った歌
――絶対に、忘れやしない

「なんて悲しいブルースなんだ……」
 舞奈の口元には、乾いた笑みが浮かぶ。

――そうさ君は、歌になって
――吹き抜ける春の風になって
――僕の隣に、いるよ

 静かなブルースの奥底に流れる、深い悲しみの理由わけを知っているから。

 そんな舞奈を、園香は気づかわしげに見やっていた。

――あの懐かしい歌になって
――まばゆい木漏れ日になって
――僕の隣に、いるよ
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