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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ
戦闘1-1 ~銃技vs梵術
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「マイちゃんたち、大丈夫かな……」
園香は晴れ渡った空を見上げて、ひとりごちる。
そして視線を戻す。
広大な梨崎邸の敷地の要所に配置された警官たちが、侵入者を警戒している。
今日はあずさのライブの日。
そして場繋ぎで歌う委員長の晴れ舞台の日。
空は舞台の成功を早くも祝うような快晴だが、園香の表情は晴れない。
今日は舞奈たちがウィアードテールに扮して委員長を連れ出す日でもあるからだ。
舞奈たちは警官隊を突破して、委員長を連れ出さなければならない。
園香は警官隊の側に停められたパトカーの陰から、不安げに玄関口を見つめていた。
「ご安心ください、お嬢さん」
側の恰幅の良い警官が、園香を安心させるように笑いかけた。
「お友達の家の財産を、不埒な怪盗などには指一本触らせません」
「あ、はい……」
自信ありげな台詞に、園香は困ったように相槌を返す。
警察官を名乗った彼には、以前に委員長について尋ねられたことがある。
委員長がウィアードテールの予告状を受け取ったからだ。
偽ウィアードテールの正体を知ってる園香は、ちゃんとしたことを話せなかった。
代わりに委員長のライブに反対する父親のことを相談した。
確執と言うほどでもない父と娘の関係について、彼は親身に相談に乗ってくれた。
今日は舞奈たちが心配で近くまで様子を見に来たところ、彼と出くわしたのだ。
以前にした相談が功を奏したか、彼は状況が終わった後に父親をどうにか説得し、委員長を『Joker』に送ってくれると約束してくれた。
だから万が一にも舞奈たちが失敗しても、委員長はライブができる……はずだ。
なので今は、彼らの警備を見学している。
そんな園香の側には、何故か微妙な表情の小夜子とサチ。
「フランシーヌのお友達の方たちも、我々の活躍をそこで見ていてください」
自信ありげな警部の言葉に、
「はあ……」
「どうも」
小夜子とサチは顔を見合わせる。
どうやら警官の中にサチの知人がいるらしい。
さすがは高校生だ。
そう園香は思った。そのとき、
「!?」
不意にスモークが周囲を満たした。
事前の打ち合わせ通り、明日香が用意してくれたものだ。
明日香の会社で使っているという7色の煙は、舞台のセットの如く不自然にもくもくと周囲を漂い、その向こうにあるものを覆い隠す。
そんな煙に警官隊が怯んでいると、
「ウィアードテール!」
「デビュー!」
煙の中から、怪盗の扮装をした桜とチャビーが跳び出した。
舞奈と明日香も後に続く。
頑張って作った衣装がみんな似合っていたので、思わず微笑む。
「ウィアードテール1号!」
「2号!」
「3号」
「……やれやれ、4号だ」
練習のかいあって、決めポーズはバッチリ決まった。
舞奈は目ざとく園香を見つけ、笑みを返す。
そして屋敷までの距離を目算する。
屋敷まで全力で走るには、ちと遠い。
チャビーや桜は、そもそも走っていくのは無理そうだ。
普段は車で門まで移動するのだと、委員長や、以前にお邪魔した園香が言っていた。
だが実際の距離以上に広く感じるのは、オブジェが不自然に少ないからだ。
有事の際に銃を持って屋敷に籠城するつもりかと、ふと思った。
屋敷の上の階から銃で応戦する気なら、遮蔽のない庭の広さは防御力になる。
それが証拠に敷地外から屋敷まで、ぎりぎり狙撃が不可能な距離がある。
まさか屋敷に近づこうとする舞奈たちを撃ってきたりはしないだろうが、代わりに、
「ウィアードテール! 今日こそは逃がしませんぞ!」
パトカーの傍に控えた恰幅の良い警官が、マイクを片手に見得を切る。
園香や、何故かサチや小夜子が同じパトカーの陰にいる。
おそらく、あのパトカーは指揮車。
そして彼が福神晴人警部。
結界化の異能力【自陣警備】を操る、大人の異能力者。
そんな警部は怪盗の集団を見やって「……4人?」と首を傾げてみせる。
そりゃそうだと舞奈は苦笑する。
だが警部は気にせず、
「こんなこともあろうかと、今回は秘策を準備してきたのですよ!」
マイク片手に宣言した。
「あろうかとって……」
側の明日香がツッコミをいれる。
「先生たち、お願いします!」
「先生って……」
律儀にツッコむ明日香。
思わず無言で見守る舞奈。
たぶん相手の出し物を、わくわくして待つチャビーと桜。
そんな4人の目前で、スモークを切り裂くように3つの人影が跳び出した。
体格からして3人とも大人の女性。
「ああっ! 敵の怪人だ!」
「マイちゃんの出番ね!」
チャビーと桜が盛り上がる。
日朝のアニメと勘違いしているらしい。
あと名前で呼ぶな、番号決めたろう? と桜を睨む。
だが舞奈の出番なのは本当らしい。
煙に視界を遮られていたとは思えぬ鮮やかな動き。
彼女らが経験を積んだプロである証拠だ。
舞奈は不敵に笑う。
側の明日香も。
舞奈たちの前に立ちふさがった3人は身構える。
ひとりは地味な身なりの婦警。
ひとりは深編笠をかぶった行者。
そして、ひとりはサングラスをかけたコートの女。
……まあ、チャビーや桜の気持ちも分からなくもない。
彼女らの格好に、怪人呼ばわりも止む無しと思えてしまったから。
特殊な任務もあるだろう彼女らに常に制服を着ていろと言うつもりはない。
だが公務中の公務員には、もう少し普通の格好をしてほしいと舞奈は思う。
頭が固いと言われても、その気持ちは誰にも止められない。
「我が公安警察が誇るエリート警官がひとり、猫島朱音!」
ノリにノッた警部の台詞に答えるように、コートの女がサングラスを外した。
その下からあらわれたのは、予想通りに鋭く精悍な双眸だ。
舞奈は朱音を見やる。
朱音も舞奈を見返す。
互いに不敵な笑みを交わす。
いつかカレー屋で会ったコートの女。
彼女と何時か会うだろうとは思っていた。
それが今日であったとしても、とりたてて驚くには値しない。
なぜなら彼女が張の恐れた梵術士だというのなら、話のすべてに合点がいく。
「南亜の山奥で修行を積み、幾つもの犯罪組織を単身で壊滅させたカバディ婦警!」
「カバディ婦警って……」
舞奈はその珍妙なネーミングに脱力し、
「公務員が……独断で組織を壊滅? エリートが!?」
明日香はツッコミが追いつかない様子だ。
その後ろではチャビーと桜がキャッキャして喜んでいる。
そんな4人の反応には構わず、
「次なるはフランシィ――ヌ・草薙ぃ!」
続く台詞に従って、行者が深編笠を宙に放り投げる。
あらわになったのは、輝くような金髪をなびかせた掘りの深い美女だ。
深編笠は綺麗な軌跡を描いてパトカーの方に飛んでいく。
それをサチがキャッチして笑う。
……知人なのだろうか?
「都内の霊山・高尾山で修行を積み、数多の犯罪組織を壊滅させた虚無僧婦警!」
訝しむ舞奈を無視して警部はこぶしをきかせて紹介を続ける。
公安の要人が、桜と同じメンタリティーの人間だったら嫌だなあと不安になる。
「虚無僧……」
「婦警……」
「だいたい公安ってのは、山で修業しなきゃならん決まりでもあるのか?」
「壊滅って……幹部の大半を逮捕したってことよね?」
舞奈も明日香は辛抱たまらず、交互にツッコみをいれまくる。
「ねぇねぇマイちゃん! 金髪よ!」
いつかのロッカーを思い出したか桜がはしゃぎ、
「……?」
「たくさんの悪い人たちを、ひとりで捕まえたってことよ」
「ええっ! 強そう!」
明日香に説明を受けたチャビーもはしゃぐ。
舞奈はやれやれと苦笑する。
この面白おかしい公安の背後にいるのも、本当は【協会】なんじゃないのか?
あるいは今回の予告状が本当に子供のイタズラで、ウィアードテールごっこを適当に楽しませてからあしらって帰る展開も考慮されていたのだろうかと、ふと思う。
わりと親切な公安だ。
少し優しい目つきで見やる舞奈の目前で、
「そして最後のひとり、KAGE!」
地味な婦警が、にへら~っと笑った。
3人の中で唯一普通の婦警の格好をした彼女。だが、
「その真の……本当の名前を誰も知らず、警視庁の……おまわりさんの職員名簿にすら記述のないステルス婦警!」
「……学がなくてスマン」
幼児に向けた気づかいに思わず苦笑する舞奈の側で、
「それは婦警の格好してるだけの部外者なんじゃ……?」
メガネがツッコむ。
流石の明日香もツッコミに疲れた様子だ。
たしかに目前の婦警の前髪は目元が見えぬほど長い。
建ち振る舞いもぎこちなく、婦警と言うよりコスプレか不審者に見える。
それでも、
「そいつらに、あたしを捕まえられると思うかい?」
舞奈も負けじと大見得を切る。
もともと、この茶番を仕掛けたのは舞奈たちの側だ。
乗り掛かった舟は最後まで面倒を見るのが舞奈の流儀だ。だから、
「皆さん、ウィアードテールたちを捕まえるのです!」
「そうこなくっちゃ!」
ニヤリと笑いつつ走る舞奈たちの前で、3人の公安も走る。
朱音は舞奈と、フランシーヌは明日香と相対する。そして、
「きゃー」
「捕まっちゃったのー」
「速攻だな!」
見やるとチャビーと桜はKAGEに抱きかかえられていた。
野暮ったい見た目のわりに俊敏なのだろうか?
「ふふ……女子小学生の頭皮のにほひ……」
「……あれは通報とかしなくていいのか?」
苦笑する舞奈の前で、KAGEは2人を抱えて霧の中へと消え去った。
……そう。霧だ。
一見して舞奈たちが出てくるときにまいたスモークと同じ。
だが安倍謹製とはいえ、スモークにそんなに長時間の効果はない。
スモークにまぎれて周囲が結界化されていたのだろう。
警部の異能力【自陣警備】によって。
おそらく、その後におこる出来事を部外者の目から隠すために。
要所に配置されている警官は地元警察の人間だし、園香はそもそも一般人だ。
……すると今までの面白おかしい人物紹介は異能を誤魔化すためのパフォーマンス?
正直なところ、偽ウィアードテールがただの子供のイタズラだったなら、適当にあしらってから捕まえて、説教でもして終わらせる算段だったのだろう。
だが、この短い邂逅の中で敵は気づいた。
相対した4人のうち、2人は本物のウィアードテールに匹敵する使い手だと。
舞奈たちが相手の力量を把握したのと同じように。
そう。
3人のエリート警官とやらも、そのうち2人は難敵だ。
張の評価が誇張ではないと感じる程度には。だから、
(早い……!?)
視界の端を朱音が駆ける。
舞奈も走りながら、背中のポーチを意識して身構える。
スミス特製のポーチの中には2丁の拳銃が収まっている。
朱音は激しく舞い踊りながら、舞奈の周囲を旋回する。
素早いサイドステップを繰り返しているのだ。
対する舞奈は、朱音を追って走ったりはしない。
なぜなら舞奈は空気の流れで敵の動きを察知できる。
だから、ただ静かに立ち、平常心で朱音の隙を待つ。
そして何度目かの周回の後。
朱音が舞奈の背後を取った途端、
「来たか!」
横に跳んで避けつつ、舞奈はポーチから拳銃を抜いて撃つ。
その残像を、凍てつく氷の塊が通り過ぎる。
即ち【大自在天の雹撃】。
周囲の冷気を操り、大気中の水分を固めて撃ち出す術だ。
結界を構成する霧を材料に使ったか。
それを梵術の特性によって強化したのだろう。
しかも公安の術者に伝わる秘術によって、人に当たれば【大自在天の枷】と化す。
一方、舞奈が放った大口径弾はコートの端をかすめて飛び去る。
柄にもなく、初弾は外れ。
抜き撃ちにしくじったのではない。
朱音の動きが速すぎるのだ。
「一筋縄ではいかないって訳か」
口元に笑みを浮かべつつ、舞奈は素早く体勢を立て直す。
自身も身体を鍛えたからこそわかる、人間の限界を超えた朱音の超機動。
しかも激しく踊りながら。
即ち【韋駄天の健脚】。
魔力を循環させることによる高速化の梵術だ。
加えて【風天の疾走】を併用し、周囲の空気を移動に都合良く操っている。
つまり進行方向の空気をどかして抵抗を減らし、後ろの空気に自身を押させて移動速度を上げている。しかも舞奈からすると、空気の流れが妙に変わって読みにくい。
その上、鍛錬の結果か朱音は横向きに疾駆しながら呪術の行使が可能らしい。
踊りと一体化した連続ステップで地を駆けながら、早くも次なる呪文を唱えている。
仏術と同じ仏を奉ずるが、それとは明らかに異なる梵術の咒。
そんな施術に応じ、駆ける朱音の頭上が光る。
次の瞬間、地面を転がる舞奈の残像めがけて雷が落ちた。
落雷の呪術【帝釈天の雷撃】だ。
避けてすら肌を焼く閃光が、アスファルトの地面を焦がす。
「これ本当に拘束の術になるんだろうな?」
軽口を叩きつつ一挙動で立ち上がった舞奈めがけ、氷塊の追撃。
だが今度は舞奈は撃たない。
今、撃っても避けられるのは確実だからだ。
「45口径のジェリコ941。……あんたが巣黒支部のSランクか」
元仕事人の公安警官は縦横無尽に地を駆けながら、落雷と氷塊を交互に放つ。
激しく踊る彼女もまた、コートの下にリボルバー拳銃を提げている。
だが抜く気は無い様だ。
手加減しているのではない。
むしろ逆だ。
舞奈を討つには銃弾より強力な攻撃魔法による砲撃が必要だと、理解している。
「そういう風に噂が伝わるのか」
だから舞奈も拳銃を構えながら、攻撃魔法の猛攻をのらりくらりと避ける。
そうしながら口元を歪める。
朱音は常に相手の周囲を旋回し、好きなタイミングで攻撃できる。
対して朱音の攻撃対象は、自分も回りながら術者の動きを追うので精一杯だろう。
動きについてこれなければ呪術によって仕掛けられる。
あるいは三半規管が対応しきれず、バランスを崩しても同じ。
まるで檻に囚われた小鳥だ。
無論、相手のスタミナ切れを待っても無駄だ。
彼女の【韋駄天の健脚】はスピードのみならず、持久力をも強化する。
なるほど高速で機動する敵の、全周囲どこから放たれるかわからない攻撃魔法。
呪術と体術を組み合わせた、攻防一体の恐るべき攻撃。
自走しながら真横に撃てる近代戦車を相手にしているのと同じだ。
あるいは、まるで三面六臂の如く激しい踊りと呪文から繰り出される猛撃は、南亜に古来から伝わるラーマーヤナに記された大戦争を彷彿とさせる。
だが、それだけで舞奈を討てないことは朱音も知っている。
先日にはカレー屋で、舞奈は卓越した感覚を見せつけた。
そして先ほども。
「イタズラにしちゃあ、ちょっと派手すぎるんじゃないのか?」
「あんたたちがしゃしゃり出てこなけりゃ、怪盗ごっこで済んだ気がするんだが」
「否定はしないがね」
苦笑しながら放たれた落雷を、舞奈も余裕で避ける。
だが高速で走り回る朱音に反撃するには至らない。
複数の呪術によって身体強化された朱音だから可能な持続可能な高速戦闘。
それでラッシュを仕掛け、逆に舞奈のスタミナ切れを誘う算段か。
詠唱のスピードもけっこう速く、会話しながら施術できるほどだ。
朱音の軌跡を視界の端におさめつつ、明日香ともうひとりの術者を盗み見る。
あちらの状況もこちらと同じ。
金髪のフランシーヌの猛攻を、明日香は防御魔法を駆使して防いでいる。
明日香が珍しく攻めあぐねている。
敵の火力より機動力を重視した戦闘スタイルのせいだろう。
今までは、そういう敵は舞奈が相手し、圧倒してきた。
舞奈がスピードタイプの完全上位互換だからだ。
こちらも成り行きとはいえ、そういう相手を明日香に任せたのは失策だったか?
今から合流するのも無理そうだ。
朱音と戦ううち、明日香たちとは相当に引き離されてしまっていた。
だから今は考えるのを止める。
舞奈が今すべきことは、割り当てられた目前の敵を倒すことだ。
「だいだい、子供にゃあ子供の都合ってものがあるんだよ!」
幾度目かに放たれた雷撃の光と音に、紛れるように撃つ。
委員長の歌への情熱。
父親との確執。
その父親の真意を知りたいと思った舞奈の思惑。
だが舞奈は思いを歌に託せるほど器用でも上品でもない。
だから、すべての感情を一発の銃弾にこめる。
如何に熟練の術者とて、自身が放った激しく輝く雷撃を直視したりはしないはず。
いわば死角からの攻撃だ。
舞奈はそう判断した。
もちろん自身も回避しながら、素早く動く的を射るのは困難だ。
少なくとも並の射手には。
だが舞奈は予測射撃の腕も一流だ。
避けも守りもされなければ確実に当てられる。造作もない。
それに身体強化の付与魔法を行使した相手には、この距離で当てても大事はない。
ただ付与魔法が破壊され、ショックで動けなくなるだけだ。
良くも悪くも、それが拳銃用の大口径弾の限界だ。
だから躊躇もない。だが、
「そいつが悪いって言ってるわけじゃないさ」
朱音は笑う。
如何な手段で察したか。
次なる氷塊は飛来せずに、膨らみ広がり盾と化した。
人間ひとりを覆う程度の壁になった氷塊が、朱音に迫った大口径弾を阻む。
即ち【大自在天の加護】。
「子供はそのくらい元気な方がいい」
透き通った氷の壁の向こうで、変わらず激しく舞い踊りつつ、
「そうじゃなきゃ、あんたはあんたの大事なものを守れない」
「……知ったような口たたきやがって」
いや、たぶん彼女は知っているのだろう。
舞奈のように無頼な少女の生き様の、その先を。
張の話では、若かりし彼女は地元警察と軋轢があったという。
今回のウィアードテール騒ぎの目的に、彼女はどこまで気づいていたのだろうか?
そんな朱音の猛撃は、いつの間にか止まっていた。
カバディによる素早い横移動はそのまま、踊りと詠唱だけが続く。
今の防御で隙ができたか?
会話に気でも取られたか?
――どちらも否。
舞奈は素早く前に跳び、朱音との距離をゼロまで詰める。
気づいたか、と言わんばかりに朱音は笑う。
理由は前触れもなく周囲の熱が消えたかのような不自然な悪寒。
敵は必殺の呪術を放つ気だ。
以前に萩山光の【爆熱の雨】を見切ったのと同じ状況。
朱音が使おうとしている術は、目標の周囲に氷塊を降らせる呪術。
舞奈は呪術の雹雨を避けるべく、この手の術の安全地帯へ跳びこんだのだ。
即ち術者自身の懐に。だが、
「ちょっとまて! FPSかよ!」
目をむく舞奈の目前で、跳んだ舞奈と同じ速度で朱音は後退する。
まるでテックがたまに遊んでいるゲームのキャラクターのような不自然な挙動!
だが、これもカバディだ。
素早いバックステップを繰り返しているのだ。
つまり開けた空間がある限り、朱音の敵は距離を詰めることすらできない。
それでも素早く体勢を立て直した舞奈の頭上で、いくつもの冷酷な光がまたたいた。
無情にも朱音の術が完成したのだ。
「糞ったれ!」
悪態をつきつつ、舞奈は左手のワイヤーショットを中空めがけて撃つ。
小口径弾に押されて飛び出たフック付きワイヤーが、天に向かって放たれる。
同時に天からは無数の雹が降り注ぐ。
即ち【大自在天の雹雨】。
天にまたたく無数の光のひとつひとつが【大自在天の雹撃】に匹敵する氷弾だ。
それらが重力にひかれて膨らみながら、舞奈めがけて飛来する!
対して舞奈は左腕を振りまわす。
腕の動きに合わせてワイヤーがゆれ、いくつかの雹に触れる。
雹ははじけて氷の蓮花と化す。
なるほど、あれが【大自在天の枷】。
蓮を咲かせてかさの増したワイヤーは、さらに広範囲の雹を撒きこむ。
そうやって雹雨に女子小学生がぎりぎり凌げる程度の隙間が開けることに成功する。
同時に、舞奈の周囲に無数の雹が降り注ぐ。
アスファルトに落ちた雹が砕けて霜になり、舞奈の周囲を白く彩る。
雹雨に隙間を開けられなければ、無数の氷の蓮に全身を氷漬けにされていた。
「ほう……!」
雹と霜の奔流の向こうで、朱音が息をのむ気配。
無理もない。
おそらく敵の最大の手札であろう大規模呪術を、舞奈は術すら使わず防いだのだ。
呪術と体術を組み合わせた熟練の技も、舞奈の前では通用しない。
だが敵に有効打を与えられていないのは舞奈も同じだ。
しかもワイヤーショットは使い切った。同じ回避手段はもう使えない。
それでも舞奈は不敵に笑う。
子供の舞奈は確かに彼女らと比べて人生経験は浅い。
だが潜り抜けてきた修羅場の数は劣らないと自負している。
だから舞奈は朱音を倒す。
委員長の……そして舞奈自身の目的を果たすために。
園香は晴れ渡った空を見上げて、ひとりごちる。
そして視線を戻す。
広大な梨崎邸の敷地の要所に配置された警官たちが、侵入者を警戒している。
今日はあずさのライブの日。
そして場繋ぎで歌う委員長の晴れ舞台の日。
空は舞台の成功を早くも祝うような快晴だが、園香の表情は晴れない。
今日は舞奈たちがウィアードテールに扮して委員長を連れ出す日でもあるからだ。
舞奈たちは警官隊を突破して、委員長を連れ出さなければならない。
園香は警官隊の側に停められたパトカーの陰から、不安げに玄関口を見つめていた。
「ご安心ください、お嬢さん」
側の恰幅の良い警官が、園香を安心させるように笑いかけた。
「お友達の家の財産を、不埒な怪盗などには指一本触らせません」
「あ、はい……」
自信ありげな台詞に、園香は困ったように相槌を返す。
警察官を名乗った彼には、以前に委員長について尋ねられたことがある。
委員長がウィアードテールの予告状を受け取ったからだ。
偽ウィアードテールの正体を知ってる園香は、ちゃんとしたことを話せなかった。
代わりに委員長のライブに反対する父親のことを相談した。
確執と言うほどでもない父と娘の関係について、彼は親身に相談に乗ってくれた。
今日は舞奈たちが心配で近くまで様子を見に来たところ、彼と出くわしたのだ。
以前にした相談が功を奏したか、彼は状況が終わった後に父親をどうにか説得し、委員長を『Joker』に送ってくれると約束してくれた。
だから万が一にも舞奈たちが失敗しても、委員長はライブができる……はずだ。
なので今は、彼らの警備を見学している。
そんな園香の側には、何故か微妙な表情の小夜子とサチ。
「フランシーヌのお友達の方たちも、我々の活躍をそこで見ていてください」
自信ありげな警部の言葉に、
「はあ……」
「どうも」
小夜子とサチは顔を見合わせる。
どうやら警官の中にサチの知人がいるらしい。
さすがは高校生だ。
そう園香は思った。そのとき、
「!?」
不意にスモークが周囲を満たした。
事前の打ち合わせ通り、明日香が用意してくれたものだ。
明日香の会社で使っているという7色の煙は、舞台のセットの如く不自然にもくもくと周囲を漂い、その向こうにあるものを覆い隠す。
そんな煙に警官隊が怯んでいると、
「ウィアードテール!」
「デビュー!」
煙の中から、怪盗の扮装をした桜とチャビーが跳び出した。
舞奈と明日香も後に続く。
頑張って作った衣装がみんな似合っていたので、思わず微笑む。
「ウィアードテール1号!」
「2号!」
「3号」
「……やれやれ、4号だ」
練習のかいあって、決めポーズはバッチリ決まった。
舞奈は目ざとく園香を見つけ、笑みを返す。
そして屋敷までの距離を目算する。
屋敷まで全力で走るには、ちと遠い。
チャビーや桜は、そもそも走っていくのは無理そうだ。
普段は車で門まで移動するのだと、委員長や、以前にお邪魔した園香が言っていた。
だが実際の距離以上に広く感じるのは、オブジェが不自然に少ないからだ。
有事の際に銃を持って屋敷に籠城するつもりかと、ふと思った。
屋敷の上の階から銃で応戦する気なら、遮蔽のない庭の広さは防御力になる。
それが証拠に敷地外から屋敷まで、ぎりぎり狙撃が不可能な距離がある。
まさか屋敷に近づこうとする舞奈たちを撃ってきたりはしないだろうが、代わりに、
「ウィアードテール! 今日こそは逃がしませんぞ!」
パトカーの傍に控えた恰幅の良い警官が、マイクを片手に見得を切る。
園香や、何故かサチや小夜子が同じパトカーの陰にいる。
おそらく、あのパトカーは指揮車。
そして彼が福神晴人警部。
結界化の異能力【自陣警備】を操る、大人の異能力者。
そんな警部は怪盗の集団を見やって「……4人?」と首を傾げてみせる。
そりゃそうだと舞奈は苦笑する。
だが警部は気にせず、
「こんなこともあろうかと、今回は秘策を準備してきたのですよ!」
マイク片手に宣言した。
「あろうかとって……」
側の明日香がツッコミをいれる。
「先生たち、お願いします!」
「先生って……」
律儀にツッコむ明日香。
思わず無言で見守る舞奈。
たぶん相手の出し物を、わくわくして待つチャビーと桜。
そんな4人の目前で、スモークを切り裂くように3つの人影が跳び出した。
体格からして3人とも大人の女性。
「ああっ! 敵の怪人だ!」
「マイちゃんの出番ね!」
チャビーと桜が盛り上がる。
日朝のアニメと勘違いしているらしい。
あと名前で呼ぶな、番号決めたろう? と桜を睨む。
だが舞奈の出番なのは本当らしい。
煙に視界を遮られていたとは思えぬ鮮やかな動き。
彼女らが経験を積んだプロである証拠だ。
舞奈は不敵に笑う。
側の明日香も。
舞奈たちの前に立ちふさがった3人は身構える。
ひとりは地味な身なりの婦警。
ひとりは深編笠をかぶった行者。
そして、ひとりはサングラスをかけたコートの女。
……まあ、チャビーや桜の気持ちも分からなくもない。
彼女らの格好に、怪人呼ばわりも止む無しと思えてしまったから。
特殊な任務もあるだろう彼女らに常に制服を着ていろと言うつもりはない。
だが公務中の公務員には、もう少し普通の格好をしてほしいと舞奈は思う。
頭が固いと言われても、その気持ちは誰にも止められない。
「我が公安警察が誇るエリート警官がひとり、猫島朱音!」
ノリにノッた警部の台詞に答えるように、コートの女がサングラスを外した。
その下からあらわれたのは、予想通りに鋭く精悍な双眸だ。
舞奈は朱音を見やる。
朱音も舞奈を見返す。
互いに不敵な笑みを交わす。
いつかカレー屋で会ったコートの女。
彼女と何時か会うだろうとは思っていた。
それが今日であったとしても、とりたてて驚くには値しない。
なぜなら彼女が張の恐れた梵術士だというのなら、話のすべてに合点がいく。
「南亜の山奥で修行を積み、幾つもの犯罪組織を単身で壊滅させたカバディ婦警!」
「カバディ婦警って……」
舞奈はその珍妙なネーミングに脱力し、
「公務員が……独断で組織を壊滅? エリートが!?」
明日香はツッコミが追いつかない様子だ。
その後ろではチャビーと桜がキャッキャして喜んでいる。
そんな4人の反応には構わず、
「次なるはフランシィ――ヌ・草薙ぃ!」
続く台詞に従って、行者が深編笠を宙に放り投げる。
あらわになったのは、輝くような金髪をなびかせた掘りの深い美女だ。
深編笠は綺麗な軌跡を描いてパトカーの方に飛んでいく。
それをサチがキャッチして笑う。
……知人なのだろうか?
「都内の霊山・高尾山で修行を積み、数多の犯罪組織を壊滅させた虚無僧婦警!」
訝しむ舞奈を無視して警部はこぶしをきかせて紹介を続ける。
公安の要人が、桜と同じメンタリティーの人間だったら嫌だなあと不安になる。
「虚無僧……」
「婦警……」
「だいたい公安ってのは、山で修業しなきゃならん決まりでもあるのか?」
「壊滅って……幹部の大半を逮捕したってことよね?」
舞奈も明日香は辛抱たまらず、交互にツッコみをいれまくる。
「ねぇねぇマイちゃん! 金髪よ!」
いつかのロッカーを思い出したか桜がはしゃぎ、
「……?」
「たくさんの悪い人たちを、ひとりで捕まえたってことよ」
「ええっ! 強そう!」
明日香に説明を受けたチャビーもはしゃぐ。
舞奈はやれやれと苦笑する。
この面白おかしい公安の背後にいるのも、本当は【協会】なんじゃないのか?
あるいは今回の予告状が本当に子供のイタズラで、ウィアードテールごっこを適当に楽しませてからあしらって帰る展開も考慮されていたのだろうかと、ふと思う。
わりと親切な公安だ。
少し優しい目つきで見やる舞奈の目前で、
「そして最後のひとり、KAGE!」
地味な婦警が、にへら~っと笑った。
3人の中で唯一普通の婦警の格好をした彼女。だが、
「その真の……本当の名前を誰も知らず、警視庁の……おまわりさんの職員名簿にすら記述のないステルス婦警!」
「……学がなくてスマン」
幼児に向けた気づかいに思わず苦笑する舞奈の側で、
「それは婦警の格好してるだけの部外者なんじゃ……?」
メガネがツッコむ。
流石の明日香もツッコミに疲れた様子だ。
たしかに目前の婦警の前髪は目元が見えぬほど長い。
建ち振る舞いもぎこちなく、婦警と言うよりコスプレか不審者に見える。
それでも、
「そいつらに、あたしを捕まえられると思うかい?」
舞奈も負けじと大見得を切る。
もともと、この茶番を仕掛けたのは舞奈たちの側だ。
乗り掛かった舟は最後まで面倒を見るのが舞奈の流儀だ。だから、
「皆さん、ウィアードテールたちを捕まえるのです!」
「そうこなくっちゃ!」
ニヤリと笑いつつ走る舞奈たちの前で、3人の公安も走る。
朱音は舞奈と、フランシーヌは明日香と相対する。そして、
「きゃー」
「捕まっちゃったのー」
「速攻だな!」
見やるとチャビーと桜はKAGEに抱きかかえられていた。
野暮ったい見た目のわりに俊敏なのだろうか?
「ふふ……女子小学生の頭皮のにほひ……」
「……あれは通報とかしなくていいのか?」
苦笑する舞奈の前で、KAGEは2人を抱えて霧の中へと消え去った。
……そう。霧だ。
一見して舞奈たちが出てくるときにまいたスモークと同じ。
だが安倍謹製とはいえ、スモークにそんなに長時間の効果はない。
スモークにまぎれて周囲が結界化されていたのだろう。
警部の異能力【自陣警備】によって。
おそらく、その後におこる出来事を部外者の目から隠すために。
要所に配置されている警官は地元警察の人間だし、園香はそもそも一般人だ。
……すると今までの面白おかしい人物紹介は異能を誤魔化すためのパフォーマンス?
正直なところ、偽ウィアードテールがただの子供のイタズラだったなら、適当にあしらってから捕まえて、説教でもして終わらせる算段だったのだろう。
だが、この短い邂逅の中で敵は気づいた。
相対した4人のうち、2人は本物のウィアードテールに匹敵する使い手だと。
舞奈たちが相手の力量を把握したのと同じように。
そう。
3人のエリート警官とやらも、そのうち2人は難敵だ。
張の評価が誇張ではないと感じる程度には。だから、
(早い……!?)
視界の端を朱音が駆ける。
舞奈も走りながら、背中のポーチを意識して身構える。
スミス特製のポーチの中には2丁の拳銃が収まっている。
朱音は激しく舞い踊りながら、舞奈の周囲を旋回する。
素早いサイドステップを繰り返しているのだ。
対する舞奈は、朱音を追って走ったりはしない。
なぜなら舞奈は空気の流れで敵の動きを察知できる。
だから、ただ静かに立ち、平常心で朱音の隙を待つ。
そして何度目かの周回の後。
朱音が舞奈の背後を取った途端、
「来たか!」
横に跳んで避けつつ、舞奈はポーチから拳銃を抜いて撃つ。
その残像を、凍てつく氷の塊が通り過ぎる。
即ち【大自在天の雹撃】。
周囲の冷気を操り、大気中の水分を固めて撃ち出す術だ。
結界を構成する霧を材料に使ったか。
それを梵術の特性によって強化したのだろう。
しかも公安の術者に伝わる秘術によって、人に当たれば【大自在天の枷】と化す。
一方、舞奈が放った大口径弾はコートの端をかすめて飛び去る。
柄にもなく、初弾は外れ。
抜き撃ちにしくじったのではない。
朱音の動きが速すぎるのだ。
「一筋縄ではいかないって訳か」
口元に笑みを浮かべつつ、舞奈は素早く体勢を立て直す。
自身も身体を鍛えたからこそわかる、人間の限界を超えた朱音の超機動。
しかも激しく踊りながら。
即ち【韋駄天の健脚】。
魔力を循環させることによる高速化の梵術だ。
加えて【風天の疾走】を併用し、周囲の空気を移動に都合良く操っている。
つまり進行方向の空気をどかして抵抗を減らし、後ろの空気に自身を押させて移動速度を上げている。しかも舞奈からすると、空気の流れが妙に変わって読みにくい。
その上、鍛錬の結果か朱音は横向きに疾駆しながら呪術の行使が可能らしい。
踊りと一体化した連続ステップで地を駆けながら、早くも次なる呪文を唱えている。
仏術と同じ仏を奉ずるが、それとは明らかに異なる梵術の咒。
そんな施術に応じ、駆ける朱音の頭上が光る。
次の瞬間、地面を転がる舞奈の残像めがけて雷が落ちた。
落雷の呪術【帝釈天の雷撃】だ。
避けてすら肌を焼く閃光が、アスファルトの地面を焦がす。
「これ本当に拘束の術になるんだろうな?」
軽口を叩きつつ一挙動で立ち上がった舞奈めがけ、氷塊の追撃。
だが今度は舞奈は撃たない。
今、撃っても避けられるのは確実だからだ。
「45口径のジェリコ941。……あんたが巣黒支部のSランクか」
元仕事人の公安警官は縦横無尽に地を駆けながら、落雷と氷塊を交互に放つ。
激しく踊る彼女もまた、コートの下にリボルバー拳銃を提げている。
だが抜く気は無い様だ。
手加減しているのではない。
むしろ逆だ。
舞奈を討つには銃弾より強力な攻撃魔法による砲撃が必要だと、理解している。
「そういう風に噂が伝わるのか」
だから舞奈も拳銃を構えながら、攻撃魔法の猛攻をのらりくらりと避ける。
そうしながら口元を歪める。
朱音は常に相手の周囲を旋回し、好きなタイミングで攻撃できる。
対して朱音の攻撃対象は、自分も回りながら術者の動きを追うので精一杯だろう。
動きについてこれなければ呪術によって仕掛けられる。
あるいは三半規管が対応しきれず、バランスを崩しても同じ。
まるで檻に囚われた小鳥だ。
無論、相手のスタミナ切れを待っても無駄だ。
彼女の【韋駄天の健脚】はスピードのみならず、持久力をも強化する。
なるほど高速で機動する敵の、全周囲どこから放たれるかわからない攻撃魔法。
呪術と体術を組み合わせた、攻防一体の恐るべき攻撃。
自走しながら真横に撃てる近代戦車を相手にしているのと同じだ。
あるいは、まるで三面六臂の如く激しい踊りと呪文から繰り出される猛撃は、南亜に古来から伝わるラーマーヤナに記された大戦争を彷彿とさせる。
だが、それだけで舞奈を討てないことは朱音も知っている。
先日にはカレー屋で、舞奈は卓越した感覚を見せつけた。
そして先ほども。
「イタズラにしちゃあ、ちょっと派手すぎるんじゃないのか?」
「あんたたちがしゃしゃり出てこなけりゃ、怪盗ごっこで済んだ気がするんだが」
「否定はしないがね」
苦笑しながら放たれた落雷を、舞奈も余裕で避ける。
だが高速で走り回る朱音に反撃するには至らない。
複数の呪術によって身体強化された朱音だから可能な持続可能な高速戦闘。
それでラッシュを仕掛け、逆に舞奈のスタミナ切れを誘う算段か。
詠唱のスピードもけっこう速く、会話しながら施術できるほどだ。
朱音の軌跡を視界の端におさめつつ、明日香ともうひとりの術者を盗み見る。
あちらの状況もこちらと同じ。
金髪のフランシーヌの猛攻を、明日香は防御魔法を駆使して防いでいる。
明日香が珍しく攻めあぐねている。
敵の火力より機動力を重視した戦闘スタイルのせいだろう。
今までは、そういう敵は舞奈が相手し、圧倒してきた。
舞奈がスピードタイプの完全上位互換だからだ。
こちらも成り行きとはいえ、そういう相手を明日香に任せたのは失策だったか?
今から合流するのも無理そうだ。
朱音と戦ううち、明日香たちとは相当に引き離されてしまっていた。
だから今は考えるのを止める。
舞奈が今すべきことは、割り当てられた目前の敵を倒すことだ。
「だいだい、子供にゃあ子供の都合ってものがあるんだよ!」
幾度目かに放たれた雷撃の光と音に、紛れるように撃つ。
委員長の歌への情熱。
父親との確執。
その父親の真意を知りたいと思った舞奈の思惑。
だが舞奈は思いを歌に託せるほど器用でも上品でもない。
だから、すべての感情を一発の銃弾にこめる。
如何に熟練の術者とて、自身が放った激しく輝く雷撃を直視したりはしないはず。
いわば死角からの攻撃だ。
舞奈はそう判断した。
もちろん自身も回避しながら、素早く動く的を射るのは困難だ。
少なくとも並の射手には。
だが舞奈は予測射撃の腕も一流だ。
避けも守りもされなければ確実に当てられる。造作もない。
それに身体強化の付与魔法を行使した相手には、この距離で当てても大事はない。
ただ付与魔法が破壊され、ショックで動けなくなるだけだ。
良くも悪くも、それが拳銃用の大口径弾の限界だ。
だから躊躇もない。だが、
「そいつが悪いって言ってるわけじゃないさ」
朱音は笑う。
如何な手段で察したか。
次なる氷塊は飛来せずに、膨らみ広がり盾と化した。
人間ひとりを覆う程度の壁になった氷塊が、朱音に迫った大口径弾を阻む。
即ち【大自在天の加護】。
「子供はそのくらい元気な方がいい」
透き通った氷の壁の向こうで、変わらず激しく舞い踊りつつ、
「そうじゃなきゃ、あんたはあんたの大事なものを守れない」
「……知ったような口たたきやがって」
いや、たぶん彼女は知っているのだろう。
舞奈のように無頼な少女の生き様の、その先を。
張の話では、若かりし彼女は地元警察と軋轢があったという。
今回のウィアードテール騒ぎの目的に、彼女はどこまで気づいていたのだろうか?
そんな朱音の猛撃は、いつの間にか止まっていた。
カバディによる素早い横移動はそのまま、踊りと詠唱だけが続く。
今の防御で隙ができたか?
会話に気でも取られたか?
――どちらも否。
舞奈は素早く前に跳び、朱音との距離をゼロまで詰める。
気づいたか、と言わんばかりに朱音は笑う。
理由は前触れもなく周囲の熱が消えたかのような不自然な悪寒。
敵は必殺の呪術を放つ気だ。
以前に萩山光の【爆熱の雨】を見切ったのと同じ状況。
朱音が使おうとしている術は、目標の周囲に氷塊を降らせる呪術。
舞奈は呪術の雹雨を避けるべく、この手の術の安全地帯へ跳びこんだのだ。
即ち術者自身の懐に。だが、
「ちょっとまて! FPSかよ!」
目をむく舞奈の目前で、跳んだ舞奈と同じ速度で朱音は後退する。
まるでテックがたまに遊んでいるゲームのキャラクターのような不自然な挙動!
だが、これもカバディだ。
素早いバックステップを繰り返しているのだ。
つまり開けた空間がある限り、朱音の敵は距離を詰めることすらできない。
それでも素早く体勢を立て直した舞奈の頭上で、いくつもの冷酷な光がまたたいた。
無情にも朱音の術が完成したのだ。
「糞ったれ!」
悪態をつきつつ、舞奈は左手のワイヤーショットを中空めがけて撃つ。
小口径弾に押されて飛び出たフック付きワイヤーが、天に向かって放たれる。
同時に天からは無数の雹が降り注ぐ。
即ち【大自在天の雹雨】。
天にまたたく無数の光のひとつひとつが【大自在天の雹撃】に匹敵する氷弾だ。
それらが重力にひかれて膨らみながら、舞奈めがけて飛来する!
対して舞奈は左腕を振りまわす。
腕の動きに合わせてワイヤーがゆれ、いくつかの雹に触れる。
雹ははじけて氷の蓮花と化す。
なるほど、あれが【大自在天の枷】。
蓮を咲かせてかさの増したワイヤーは、さらに広範囲の雹を撒きこむ。
そうやって雹雨に女子小学生がぎりぎり凌げる程度の隙間が開けることに成功する。
同時に、舞奈の周囲に無数の雹が降り注ぐ。
アスファルトに落ちた雹が砕けて霜になり、舞奈の周囲を白く彩る。
雹雨に隙間を開けられなければ、無数の氷の蓮に全身を氷漬けにされていた。
「ほう……!」
雹と霜の奔流の向こうで、朱音が息をのむ気配。
無理もない。
おそらく敵の最大の手札であろう大規模呪術を、舞奈は術すら使わず防いだのだ。
呪術と体術を組み合わせた熟練の技も、舞奈の前では通用しない。
だが敵に有効打を与えられていないのは舞奈も同じだ。
しかもワイヤーショットは使い切った。同じ回避手段はもう使えない。
それでも舞奈は不敵に笑う。
子供の舞奈は確かに彼女らと比べて人生経験は浅い。
だが潜り抜けてきた修羅場の数は劣らないと自負している。
だから舞奈は朱音を倒す。
委員長の……そして舞奈自身の目的を果たすために。
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