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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ

コンサート前夜/怪盗前夜

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 双葉あずさのコンサートと、場繋ぎを務める委員長の晴れ舞台。
 そして偽ウィアードテールの晴れ舞台を間近に控えた、とある朝。
 舞奈が通学路をだらだら歩いていると、

「……舞奈ちゃん、聞いたわよ」
 不意に声をかけられた。

 思わずビクリと側を見やる。
 隣を小夜子が歩いていた。
 陰気な表情で美人が台無し女子高生は、今日も一段と不機嫌そうだ。
 その理由を何となく察して身構える舞奈の隣で、

「こんど千佳ちゃんたちと一緒に、お友達の家に強盗しに行くんですってね」
 ボソリと言った。
「酷い言われようだ」
 舞奈は肩をすくめて見せる。

 小夜子の目は、いつにも増して笑ってない。
 平均的な小5の背丈から見上げる高校生の身長で、それをされると怖い……。

 なんで止めてくれなかったのかと、思っているのは明確だ。
 彼女はチャビーのお隣さんだ。
 なので相応に仲もいい。

 今週末の双葉あずさのコンサートのこと。
 場繋ぎで歌う委員長のこと。
 それに反対する彼女の父親のこと。
 だから彼女を連れ出すために偽ウィアードテールをでっちあげたこと。

 無邪気なお子様チャビーから、彼女はどこまで聞いているのだろうか?
 そんなことを考えながら、

「怪盗の仮装して、遊びに行くだけだよ。危ないことなんてないさ」
 少なくとも桜とチャビーは。
 言って口元に笑ってみせる。

 そんな舞奈を一瞥し小夜子は――

 ――口元に安堵の笑みを浮かべてみせた。
 知人として、【機関】の仲間として、舞奈は彼女に信頼されている。
 舞奈がその手の約束を違えたことがないからだ。

 これでも舞奈は最強Sランクの仕事人トラブルシューターだ。
 危機管理や身の安全に関する約束には、他にはない重みがある。

 ……加えて、それ以上の追及がないところから察すると、どうやら公安零課のことまでは知らないようだ。
 舞奈は少しほっとした。
 話す必要のないことは、無理に別に話さないほうがいい。
 それは10年ちょっとと言う短い人生の中で舞奈が得た教訓のひとつだ。

 その甲斐あってか、舞奈はどうにか無事に登校することができた。

 そしてホームルーム前の教室で、

「日曜日の準備は万全なのです。みなさんよろしくお願いなのです」
 委員長がペコリと頭を下げる。
「ああ、まかせときな」
 舞奈はニヤリと笑みを返す。

 委員長の自身に満ち溢れた表情からすると、肝心の歌の方は申し分ないようだ。

 今週末の日曜日、『Joker』で行われる双葉あずさのコンサート。
 委員長はロックの腕前を見こまれて、場繋ぎを任された。
 舞奈たちの偽ウィアードテールのそもそもの目的は、委員長を歌わせることだ。

 だから計画が首尾よくいけば、舞奈たちも委員長の歌を聞くことができる。
 そちらのほうも楽しみだ。

「楽しみだねー」
「桜のウィアードテールなのー」
 言いつつチャビーと桜はポーズを取ってみせる。

 舞奈たちも練習の末、4人用の決めポーズを確立していた。
 けっこう何度も練習して、いい感じに決まるようになってきた。
 正直、割とどうでもいいが。

 ちなみに公安の術者はともかく警察沙汰になっていることは皆も承知済みだ。
 それでも計画を中止しようとならないのは、友人の晴れ舞台を守りたい一心か。
 それとも舞奈を信頼しているからか。

 あるいはウィアードテールの真似ができるのが嬉しくて、それ以外の面倒な事柄について何も考えていないのかもしれない……。

「おまえら、本来の目的は委員長を連れ出すことだって、忘れるなよ」
 言って舞奈は苦笑する。

「「はーい」」
 2人は元気いっぱいに返事する。
 本当に理解してくれてればいいのだが。

 前述のとおり、今回の計画の目的は、委員長を『Joker』に送ることだ。
 委員長は父親に音楽活動を反対されていて、そうでもしないと歌えない。

 だが舞奈には個人的な目的ができた。
 委員長の父親の真意を見極めることだ。

――貴方のいちばん大事なものをいただきます

 楓がでっちあげた予告状の文面が、不意に舞奈の脳裏をよぎる。
 彼女の父親にとってそれが何なのか、知りたかった。

 どちらの目的を達成するにも、舞奈たちは委員長の元まで辿りつく必要がある。
 神話怪盗ウィアードテールとして。
 そのためには、公安零課から差し向けられた術者を倒さなければならない。

 だが舞奈が今までしてきた仕事に比べれば、その程度の障害は些事だ。
 だから舞奈は、

「ま、週末が楽しみなのは間違いないがな」
 そう言って、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 そして放課後。
 舞奈はスミスの店を訪れていた。
 看板のネオン文字の『画廊・ケリー』の、消えかけた『ケ』の字の横線を見やる。

 舞奈たちが週末に計画しているウィアードテールごっこ。
 そいつも、他人から見ればこれと同じように見えるのだろうか?
 肝心な部分を何処かに置き忘れた、子供っぽい出し物に。
 そんな想いが胸中をよぎり、思わず苦笑しながら、

「看板なおせよ、スミス」
 何食わぬ顔で店に入る。

「あ~ら、舞奈ちゃん!」
 店の奥からハゲマッチョの店主が出てきて、
「頼まれたもの、できてるわよ」
 手にした何かを差し出した。
「さんきゅ」
 舞奈は受け取り、満足げにそれを見やる。

 一見すると何の変哲もないウェストポーチ。
 その実は、2丁の拳銃ジェリコ941を収納可能なホルスターだ。

 念のためにと作ってもらった、コンシールドキャリー用のホルスター。
 それをまさか、本当に活用する羽目になるとは思っていなかった。

 だが、そのおかげで公安の術者に対して丸腰で挑まずに済む。
 ウィアードテールのドレスに銃を隠せる隙間はない。
 それに舞奈は、明日香みたいに都合よく装備を呼び出せる魔法の倉庫を使えない。

「それと45口径のゴム弾よ。これで足りるかしら?」
「ああ、バッチリだ」
 手渡されたケースの重さを確かめ、舞奈は笑う。

 萩山光との戦闘でも使った非致死性の弾丸。
 正直なところ付与魔法エンチャントメントで武装した相手を45口径の拳銃で撃つ場合、通常弾でも別に命の危険はない。
 ただ付与魔法エンチャントメントが破壊され、ショックでしばらく動けなくなるだけだ。

 それでも明示的に非致死性弾を使うことで、気分的に戦いやすくなることも事実だ。
 舞奈は殺し屋じゃないからだ。

 それに今週末の戦場に、滅ぼすべき悪はいない。
 怪盗を止めに来る公安がいるだけだ。

 だから公安零課の術者と、正々堂々と華麗に戦ってやろうと思った。
 勝手に使った怪盗の名に恥じないように。

 そうやって舞奈が決意を固めているのと同じ頃。
 九杖邸の応接間で、

「小夜子ちゃん、こっち終わったわよ」
「……ん。もう少しやって」
 小夜子はサチに耳掃除をしてもらっていた。

 四六時中どこか陰気な表情で、慰安旅行より脂虫を殺害してるほうが生き生きしている小夜子の、それは意外にも人間らしい幸福を感じる時間だった。
 小夜子とは真逆に朗らかなサチは、小夜子の無二のパートナーだ。
 業務でも、そして私生活でも。
 かつて恋人未満の幼馴染を亡くした小夜子を、サチは慰め、元気づけてくれた。

 そんな幸福な静寂の中に、

 ピンポーン♪

 来客を告げる軽やかなチャイムの音が響いた。

 小夜子は一瞬、嫌そうに顔をしかめる。
 2人の時間を邪魔されて面白いわけがない。

 それでもサチを困らせるつもりはないので、素直に膝から顔をあげる。
 サチは手にした耳かきを側のちゃぶ台に置いて、

「ごめんね、小夜子ちゃん」
 立ち上がりつつ言い残し、「はーい」と返事しながら玄関へ向かう。

 小夜子は体温が残った座布団に頭を乗せたまま、サチの背中を見送る。
 そしてゴロリと向きを変え、ぼんやりと縁側を見やる。

 開け放たれた障子の向こうで、庭のししおどしがタンとなった。
 ちゃぶ台の上にはサチが置いていった耳かきが乗っている。
 だが続きを自分でしたいとは思わない。

「ウサウサウサウサウサ、ニャー!」
 ふわふわ髪の小学生がウサギ跳びしながら、視界を右から左へ通り過ぎる。
 けど別にみゃー子と遊びたい気分でもないので、小夜子はそっと目をそらす。

 小夜子は必要だと思えることには割と精力的に取り組む方だ。
 なればこそ強力な呪術師ウォーロックたりえる。
 だが社交性に欠ける彼女は、興味もない遊びに付き合ったりはしない。

「ニャーニャーウサウサ♪ ニャーウサウサ♪」
 再びみゃー子が左から右へ通り過ぎていく。

 小夜子はウザそうにみゃー子を睨む。
 玄関から、楽しそうなサチの声が聞こえてきたからだ。

「――本当に久しぶりね。前にあったときは里帰りのときだったかしら」
「サチさんも、お元気そうで何よりです」
 錫杖の遊環が鳴るように涼やかで、だが小夜子の知らない声。
 地元の知人か、あるいは神社庁の関係者だろうか?

 盗み聞きは不作法だと思いつつも、聞こえるものは仕方ないと耳を凝らす。
 視界の端で踊るみゃー子はもはや気にもならない。

「今はお巡りさんを手伝ってるんだったかしら。今日は仕事で?」
「ええ。今は公安部に務めておりまして、怪盗ウィアードテールがこの街の富豪に予告状を出したと聞いて、追ってきたのです」
「まあ!」
 まあ!

 小夜子は心の底から嫌そうに、顔をしかめる。

 お隣さんのチャビーもまた、小夜子にとって大事な友人だ。
 無邪気な彼女はかつて亡くした幼馴染の妹で、同じ悲しみを共有した同胞だ。
 そんな友人が、無駄に危ない目に合うのは面白くない。だから、

(大事になってるじゃないの)
 新開発区の方向に顔を向け、思い切り睨みつけてみせた。

 そして、その夜。
 舞奈は新開発区の片隅に建つアパートの自室で、踊っていた。

 ステージは天井と壁と床しかない殺風景な自室。
 左右の手には、それぞれ拳銃ジェリコ941と、改造拳銃ジェリコ941改
 引き締まった四肢を飾るは、黒とピンクを基調としたフリルつきのドレス。
 衣装の馴らしも兼ねた、いつもの健康体操だ。

 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。
 次の瞬間、両腕を交差させる。
 両手の銃を前に向けて構える。

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。
 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。

 舞奈の肌には玉の汗が浮かんでいる。
 だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。
 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。

 そんな舞奈を、タンスの上から額縁が見守る。
 収められた写真には、幼い舞奈とかつての仲間が写っている。

 かつて舞奈と仲間たちは、3人で揃いのドレスをまとったピクシオンだった。

 そして今週末、舞奈と新たな仲間たちは、4人でウィアードテールを演ずる。
 その事実が嬉しかった。

 明日香が素材を準備し、園香が裁縫し、チャビーや桜たちと揃いの衣装は、まるで良い魔法で創造したみたいに着心地が良い。
 まるで、あの懐かしい戦いの日々に着ていた魔法少女のドレスのように。

 だから今週末、舞奈たちは、襲い来る公安零課の魔道士メイジと戦い、勝利する。
 予告状の宣言通りに委員長を連れ出し、『Joker』に送り届ける。
 そして委員長の父親の、娘への想いを確かめる。

 そのすべてを完遂してみせる。
 かつてピクシオンが尋常ならざる手段で万難を跳ね除け、世界を守ったように。

 踊りながら、舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。
 己が勝利を確信した者だけが浮かべられる、絶対強者の笑みを。

 そして同じ頃。
 統零とうれ町の一角にある寂れた教会で、

「『来週の日曜日、貴方のいちばん大事なものをいただきます』ね」
 ひとりごち、長髪の少女が笑う。
 整った顔立ちの少女の、大きな瞳がいたずらっぽく光る。

 年の頃は中学生ほどか。
 だが着ている制服は蔵乃巣くらのす学園中等部のそれではない。
 首都圏の私立中学で採用されているブレザーの制服だ。

「このあたしに断りもなく! 舐めた真似してくれちゃって!!」
「ふふ、洒落たメッセージですよね」
 憤慨する長髪の話を聞いていない感じで、側の少女がおっとりとうなずく。
 こちらは仕草に似合わぬショートカット。
 だが着こんでいるのは、側の少女と同じ首都圏のブレザー制服だ。

「どうなさいます?」
 短髪の少女は問いかける。

「決まってるじゃない!!」
 長髪の少女は勝気に答え、口元に不敵な笑みを浮かべた。
 自身に満ち溢れたその笑みは、どこか舞奈に似ていた。
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