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第12章 GOOD BY FRIENDS

GOOD BY LONG FRIENDS

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 執行人エージェントたちは舞奈を見やり、明日香を見やり、無事な萩山を見やり……

「髪が……ないでござる!」
「ハ、ハゲで! ハゲでござるぅぅ!!」
 ……笑った。

 一斉に笑った。
 大爆笑した。

「ツルツルだよ! ツルッツルだよお兄ちゃん!」
「前も後も髪がない! 髪が! ない!!」
「これは見事な禿頭なりよ!」
「すまぬ頭をこちらに向けないでくだされ腹が……よじれて笑い死んでしまうぅ!!」
 天地を揺るがす大爆笑。
 まるで結界の中に歌が響き渡るように、広くもない倉庫の中を笑い声がこだまする。

 だから、その中心にいるハゲ――萩山は頭を抱え、うずくまるしかなかった。

 彼の頭にはもう、美しく輝く金髪はなかった。
 デーモンの魔力を喚起する余力もなかった。
 もう何もなかった。
 だから四方八方から降り注ぐ笑いに、涙して耐えるしかなかった。

――ハゲ山ピッカー♪ ツルピッカー♪
――キャハハ! ハゲ山君ってハギだったんだ!

 忌まわしい過去がフラッシュバックし、思わず彼は涙する。その時、

「笑うな!」
 鋭い叫びが少年たちを一喝した。
 舞奈だった。

「そいつはな、足掻いてたんだよ!」
 萩山は思わず舞奈を見やる。
 最強Sランクの女子小学生は、本気で憤慨していた。
 先ほどまで命を賭して戦っていた萩山を、誰かが笑ったという理由で。

「大事なものを失くして、代わりを探して必死に……死に物狂いで頑張ってたんだ!」
 空気が張り裂けんほどに叫ぶ。

「そういう奴を笑うな!!」
 やり場のない怒りをぶつけるように叫ぶ。そして、

「……笑わないでくれ。頼む」
 頭を下げた。

 だから少年たちは静まり返った。
 無言で舞奈を見やり、萩山を見やる。
 彼らにとってSランクの舞奈は絶対強者で、最強のヒーローだから。

 そんな一行に見守られながら萩山は立ち上がり、

「俺は……俺は……」
 口ごもる。
 そして舞奈を、少年たちを順繰りに見やり――

――!!

「!?」
「ああっ! 逃げた!!」
 舞奈たちの目をくらませて逃げた。
 悪魔術において瞬間的な閃光を放つ術は【目くらましダズル・ダズル】。
 眩しい以上の物理的な影響力を持たない反面、ごく微量の魔力で行使できる。

 ……そして数刻後、倉庫街の一角。

 萩山はわき目もふらずに走っていた。
 無茶苦茶に走っていた。
 行き先なんかわからない。あの場所から離れたかった。

 正直なところ、どうして自分が走っているのかわからなかった。
 どこに向かっているかわからなかった。
 あのとき、どうして逃げたのかすらわからなかった。
 ただ、あのまま成り行きにまかせていたら大事な何かを失くしそうで、怖かった。

 もう失くすものなんて何もないのに。
 もう髪はないのに。
 本当の髪も、ニセモノの髪も。

 ……そうやって走って、走って、そして自分がどこにいるのかわからなくなった頃、

「あら、萩山君? 萩山君じゃないですか?」
 ふと声をかけられた。
 見やると、そこにはジャージ姿の中学生みたいな女教師がいた。

「栗原先生!?」
 萩山は驚いた。

 彼女は萩山が蔵乃巣くらのす学園にいた頃の、高等部の担任だ。
 容姿と仕草の幼さは、萩山が在校していたころと変わらない。

「そんなに急いでどうしたんですか?」
「それは……その……」
 かつての担任は首を傾げつつ萩山を見上げる。
 ちっちゃな中学生みたいな容姿の彼女は、当時も今も萩山より背が低い。

「まあ! その頭! カツラを落としちゃったんですか?」
 剥き出しの頭皮に気づき、栗原先生は気づかわしげに顔を覗きこむ。
 そして萩山の表情を見やり、

「もしかして萩山君、誰かに頭を笑われたんですか?」
 そう言って憤慨した。

 少しばかり短絡的なところは当時から変わっていない。
 けど、それは彼女の愛情の裏返しだ。
 だからクラスの皆は、そんな彼女が好きだった。
 萩山もそうだった。

「その人は何処にいるんですか? 先生が説教をしてあげます!」
 ぷりぷりと怒りつつ、栗原先生は明後日の方向に歩き出す。
 そんな彼女を押し止め、

「違うっす……そんなんじゃないっす」
 慌てて否定した。
 自分でもビックリするくらい涙声だった。だから、

「でも萩山君、泣いてるじゃないですか」
 萩山の顔を真正面から見つめながら、先生は心配そうな顔をした。
 あのときと同じように。

 気弱で人見知りな萩山が泣いていたから。
 誰かに泣かされたせいだと思ったから。
 萩山の代わりに、怒ってくれた。
 在学中の、あの事件のときと同じように。

 そんな彼女の言動が誰かに似ている気がして、そして萩山は気づいた。

「怒って……くれたっす」
 思ったことがそのまま口に出た。
 あるいはそれが、かつての担任の前だったからかもしれない。

「……え?」
「怒ってくれたっす。俺のこと笑うなって。……初等部くらいの女の子、それに俺のこと、たすけるために、必死で戦ってくれて、それに……」
 たどたどしい言葉で想いをぶちまける。

 そんな萩山を、先生は笑顔で見つめていた。
 その関係が生徒と先生であった頃と同じように。

「よかった。萩山君は良い人と巡り合えたんですね」
 先生は屈託なく笑う。そして、

「その子に、ちゃんとお礼をいいましたか?」
 笑顔のまま、問いかけた。

「お礼……」
 口ごもる萩山に「ええ」と答える。

「だって先生は萩山君をからかった人を叱ってあげることはできるけど、萩山君に親切にしてくれた人にお礼を言えるのは萩山君自身だけですもの」
 その笑顔を、思わず真正面から見やる。

 先生も萩山を真正面から見ていた。
 あの頃からずっと。だから、

「俺……俺……」
 萩山はぎこちなく笑い、

「すんません、俺、行くとこ思い出して!」
「はい、いってらっしゃい」
 再び駆けだした。
 かつての担任に見送られながら。
 今度は先ほどと違い、晴れやかな笑顔で。

「青春ですねぇ」
 彼の背中を見やり、栗原先生も笑った。

 本当にこれでよかったのか、萩山にはわからない。
 だが、自分がどこに向かっているかはわかった。

 だから全速力で走りながら、脳裏をあの時の情景がよぎる。

 ――萩山が内気な高校生だった頃。

 当時から彼はハゲだった。
 周囲に禿がばれないように、無難なカツラを付けていた。
 カツラは彼の頭の一部だった。
 そのはずだった。

 だが、それは、あるうららかな日の授業中。
 開け放たれた窓から、悪戯な風が吹きこんだ。

 黒板の問題を解いていた萩山は、不意に頭が涼しくなって戸惑う。
 クラスのざわめきと皆が自分を見やる視線で、カツラが落ちたことに気づいた。

 皆の好奇の視線が萩山の禿頭に突き刺さる。

「ハゲ山ピッカー♪ ツルピッカー♪」
「キャハハ! ハゲ山君ってハギだったんだ!」
 クラスメートが茶化す声、笑い声が教室にこだまする。
 耐えられなかった。
 だから涙目になって教室から飛び出そうとした、その時、

「笑ってはいけません!」
 栗原先生が、萩山をかばうように立ち塞がった。

 先生の背丈は当時から中学生くらいだった。
 萩山も当時から、男子高生としては身長が高めだった。
 だから先生が何をしようが萩山のハゲは隠せない。けど先生は、

「萩山君の頭を笑うなら――」
 憤慨しつつ、何を思ったか自身のシャツの襟首から手を突っこんで、

「その前にわたしのパッドを笑いなさい!」
 胸パッドを取り出し、掲げて見せた。

 その強烈な奇行に、教室は一瞬静まり返った。そして……

 ……次の瞬間、大爆笑に包まれた。
 クラス全員の笑い声が、教室を割らんばかりに揺るがした。
 高校生たちの笑いっぷりは凄まじかった。
 別の校舎の教師から苦情が来るほどだった。

 けど以降、クラスの誰ひとり萩山のハゲを笑わなかった。

 ――そんな事件があった日の放課後、

「先生、どうしてあのとき、俺のこと……」
 校舎のテラスに腰かけて、若き萩山は栗原先生に問いかけた。
 萩山の隣に座った先生は、
 
「先生もね、昔、授業中にパッドが取れちゃったことがあったんですよ」
 笑顔で答えた。
 そんな彼女の胸元に、無意識に目を向けてしまうのを自制するのに苦労した。

「そのときに教育実習に来ていらした先生が、自分のカツラを持ち上げておっしゃったんです。『彼女のパッドを笑うなら、その前に俺のハゲを笑え』ってね」
 そう言うと栗原先生は、不意にジュースの缶を差し出した。

 萩山はそれを受け取ろうとして、緊張のあまり取り落としそうになる。
 そんな萩山を見やって栗原先生は微笑む。
 彼女の笑みが可愛らしくて、萩山は照れ隠しに缶のラベルを凝視する。

「わかめジュース……」
 聞きなれない飲み物の名をひとりごちる。

「ええ、先生の担任の先生が飲んでらしたんですよ。髪が生えるようにって」
 言いつつ先生はパックの牛乳をあおる。
 こちらは背と胸が大きくなるようにということだろうか。
 だから萩山もジュースを飲んで、

「……おいしくないっす」
 口をへの字に曲げる。

 けど、そんな萩山を見て先生が笑ったから、萩山はその味が好きになった。

 ――それから月日が経って、萩山は大学生になった。

 本当はハゲのことを知っている知人のいない遠くの大学に行きたかった。
 しかも音楽関係の勉強をしたかった。
 何故ならロックンロールは、ハゲで孤独な彼を支えてくれたから。

 だが、なまじ頭が良いのが災いした。
 親に医学部のある地元の大学を強く勧められ、気の弱い彼はそれを断れなかった。

 心にわだかまりを残したまま訪れたキャンパスで、だが萩山は彼女に出会った。

 生真面目な顔立ちをした眼鏡の彼女。
 知的で堂々とした彼女は、萩山の目にだけ全裸ストッキングに見えた。
 萩山はたまげた。

 その見事な乳房に見惚れ、困惑し、だが内向的ゆえの好奇心と向学心に突き動かされて自分と彼女をとりまく状況について調べた。

 そして資料室の片隅で、朽ちかけた古びた書物を見つけた。
 聖書に似て、だが明らかに異なるそれは、萩山に魔法の存在をほのめかした。

 なんと眼鏡の彼女は、神秘の御業を操る魔法使いのひとりだった。
 しかもこの界隈には魔法使いの組織があり、彼女もその一員らしい。

 さらに古文書には、天使と称される神秘的な力を操る祓魔術エクソシズムについて記されていた。
 それは人や生き物に宿る、生命とよく似た力だという。
 つまり、彼の朽ち果てた毛根を復活させられる。

 そうだ。
 この神秘の御業で髪を生やし、彼女に声をかけよう!
 そう思った。

 彼女と同じ魔法使いとして。
 彼女の豊満な胸に釣り合うような、ふさふさの髪をなびかせて。

 だから萩山は、この技術を我がものとすべく探求と学習、修練を重ねた。

 だが献身的な鍛錬は挫折に終わった。

 天使の力や、命を操る一般的な付与魔法エンチャントメントは男には効かない。
 つまり彼には髪が生えない。
 彼にだけは。

 その事実に、萩山は慟哭した。
 世界そのものを呪った。

 その時、そんな思いに答えるように、どうにか天使の力と接触しようと修練によって解放した魔法的なチャンネルに天使ではない何者かが語りかけてきた。
 それは造物魔王デミウルゴスから放出されたものではない、森羅万象に宿る意思。
 祓魔術エクソシズムを学んだ萩山は、それをデーモンと認識した。

――力が欲しいか?
――そんなものいらない! 欲しいのは髪だけだ!
――力も髪も、源は同じものなんだよ
――!?

 悪魔の別名を持つそれを、萩山は受け入れた。
 髪を失い、神に見捨てられた彼に、他に選択肢などなかった。

 そうやって萩山は悪魔術師になった。

 もともと勤勉で探求心あふれる彼は、悪魔術の腕前をみるみる上達させた。
 そして、ついにデーモン利用した付与魔法エンチャントメントによって髪を生やす儀式を会得した。

 彼は迷わずそれを実践した。
 それまで人だと思っていた存在を生贄にするのには少し戸惑った。
 だが魔法を学ぶ中で脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者について理解していた。
 だから彼らを殺すのも、解体するのも平気だった。

 そして萩山は、念願の髪を手に入れることができた。
 彼は神に……否、悪魔に感謝した。

 その後も彼は研鑽を続けた。

 髪が生えたおかげか精神的にも余裕ができた。
 だから医学生として学業に励み、趣味のロックンロールにも精力的に取り組んだ。
 その双方が、彼の悪魔術をさらに強化した。

 デーモンの髪を維持するためには定期的に贄をあげる必要があった。
 だから彼は元素のデーモンの力を借りて幾度となく脂虫を狩った。

 そんなある日。
 いつも通りに儀式の贄を調達していた彼の前に、あの少女があらわれた。
 小さなツインテールをなびかせた、小学生くらいの少女。
 高校時代の担任みたいに小柄で、キャンパスで会った彼女のように堂々とした少女。

 解体途中の脂虫を見られて慌てる彼を、だが彼女は気さくに労った。
 そしてジュースを放り寄越した。

 あの、おいしくないワカメジュースを。
 思い出のワカメジュースを。 

 髪とは無縁な辛い過去ごと彼を祝福するように。
 世界に否定され続けた彼を、全肯定するように――

 走る萩山の脳裏を、ロックンロールが駆け巡る。
 正確には、ロックを歌うときと同じ、凄まじいまでのプラスの感情が。

 ツインテールの彼女は萩山の儀式を妨害しようとした。
 だから萩山は彼女と対立した。

 けど彼女は萩山の歌を、聞きたいと言ってくれた。
 実力以上の施術を試みてデーモンに取りこまれた彼を、命がけで救ってくれた。

 彼女の小柄な四肢は鍛え抜かれて引き締まっていて。
 子供サイズのブラウスの下は硬くて逞しい胸板で。
 彼が好きだったもの、憧れたものを凝縮したみたいで。だから、

「俺……大事なもの、もう持ってたよ」
 涙声でひとりごちる。

「たくさん……たくさんもらってたよ……」
 つぶやきながら、萩山は笑っていた。その時、

「……!!」
 萩山の前に何者かが立ち塞がった。
 中高生の集団。
 揃いの学ランに身を包み、各々の得物を構えた不細工な少年たち。
 先ほどまいたはずの執行人エージェントたちだ。

「通してくれ、俺は……」
 萩山は再戦に備えてギターを構える。だが、

「……え?」
 彼らは萩山に道を譲った。
 学ラン姿の少年たちは、誰からともなく一斉に道を開けたのだ。
 その様子はまるで、執行人エージェントの海が割れるようだった。

「僕たちが探しているのはツチノコ頭のハゲなんだ」
 執行人エージェントのひとりが、戸惑う萩山に告げた。
 それを皮切りに、他の少年たちもぎこちなく笑う。そして、

「そなたみたいに輝く……七色の髪の者は関係ないでござる」
 別の少年の言葉に、

「カ……ミ……?」
 萩山は自身の頭を触る。
 そして目を見開いた。

 それは頭皮の触り心地じゃない。
 やわらかな、あたたかな、もう二度と得ることはないと諦めていた感触。

 そう。萩山の頭には、失ったはずの髪が生えていた。
 6種の元素の付与魔法エンチャントメントから得られる髪型のどれとも異なる、虹色に輝く長い髪。

 脂虫を贄にして得られた魔力はとうに尽きた。
 だから、この髪はヤニ臭い儀式で創った髪じゃない。

 そう。
 それは純粋にロックンロール――プラスの感情から生まれた聖なる髪。だから、

「ありがとう……みんな……ありがとう……!!」
 萩山は走り出した。

 すべて彼女のおかげだ。
 彼女と出会えたから、萩山は髪を超えた真実の髪を手に入れることができた。

 だから行こう。
 あの力強い少女のくれたものに答えることのできる、あの場所に。

 彼らと接触できる手段も、場所もとうに知っている。
 今の自分なら、胸を張ってそこに行けると思うから。

 真正面から向かい合えると、思うから――

 そして数刻後。
【機関】支部の会議室で、

「……というわけで、あと一歩のところで逃した。スマン」
 舞奈は渋い表情で、向かいに座ったフィクサーに報告していた。
 側の明日香も無言でうなずく。

「次こそは奴をふん捕まえて――」
「――その必要はないのだよ」
 鼻息も荒い舞奈の言葉を遮り、ドアからニュットがあらわれた。

「萩山氏は【協会S∴O∴M∴S∴】の保護下に入ったのだ。つい先ほど連絡があったのだよ」
 ニュットは普段通りの糸目のままで告げた。

「時間切れってわけか」
 舞奈は口元を歪める。
 だがニュットは糸目を細めて舞奈を、明日香を見やる。

「その際に萩山氏は、舞奈ちんとの対話によってその方面の真理に到達したと強固に主張しているらしいのだが……何か心当たりはあるかね?」
「真理だと?」
「特には何も……」
 問いに2人は困惑する。

 激戦の最中、舞奈は彼と多くの言葉を交わした。
 そのどれかが彼に過ちを気づかせたというのなら、そうなのかも知れない。
 だが逆に気のせいだったと言われても、まあそうだろうなと思える。

 ありていにいうと、わけがわからない。
 そもそも舞奈の言葉に感銘を受けたのなら、逃げなくてもいいじゃないかと思う。

「まあ、もとより魔術結社の思惑を我々が理解できるとは思っていない」
 フィクサーは気にもならない(というか気にしても仕方がない)様子で前置きし、

「だが、その件は【協会S∴O∴M∴S∴】にとって重要なことらしい」
 普段通りの口調で告げる。

「よって【協会S∴O∴M∴S∴】から要請に従い、君たちには報酬を支払わせて頂く。正規の成功報酬に加えて追加の手当という形になるが、構わないだろうか?」
「いや、構わないかって、あたしに聞かれてもなあ……」
 舞奈は明日香と顔を見合わせ困惑する。

 別に舞奈としては、貰うものを貰えるのなら申し分ない。
 だが、理由が不明瞭となると少しばかり躊躇する。
 意味不明な贈り物は施しと同じだし、舞奈は仕事人トラブルシューターであって物乞いじゃない。

 それに舞奈は知人のハゲに、ハゲだからという理由で聞きこみまくった。
 彼らは本当に、萩山と違ってハゲを気に病んではいなかったのだろうか?
 髪など気にせぬ様子で笑っていた彼らが、舞奈と同じように大事な何かを失くした痛みを覆い隠していなかったと確証が持てる根拠はあるのか?

 そんな気分で報酬をもらうのは、何となくすっきりとしない。

 だが【協会S∴O∴M∴S∴】からの肝いりの報酬をつっぱねても方々の面子を潰すだけだ。

 そんなことを考える間にニュットは立て付けの悪いドアを開ける。
 そこから大量の札束を抱えた奈良坂があらわれた。

「えへへー、舞奈さんたちへのプレゼントです」
「何の真似だ?」
「いやなあ、可能であればパレットいっぱいの札束をフォークリフトでと要請されたのだが、あいにく備品にその手のものがなくてな」
「……奴らが何を考えてるのか、本気でわからん」
 人知を超えた【協会S∴O∴M∴S∴】への認識を、みゃー子と同じレベルまで引き下げる。
 そんな舞奈の前で、札束が乗ったパレットを抱えた奈良坂は危なっかしく歩を進め、

「……あ」
「わわっ……と」
 盛大に転んだ。
 ある意味、予想通りの展開だ。

 身体強化に手慣れた奈良坂本人は無事だが、古びた机はひっくり返る。
 抱えていた札束は周囲一面にまき散らされる。

「何をしているのかね」
「気をつけて運ぶようにと再三の注意をしたはずなのだが」
 呆れるフィクサーに苦笑するニュット。

「ううっ、ずびまひぇん……」
 床を這ったまま凹む奈良坂。
 そして、舞奈の隣で肩をすくめる明日香。

 彼女ら全員が、頭から札をかぶっていた。
 もちろん舞奈もだ。
 その様が、そういう種類のカツラウィッグをかぶっているみたいで何だか可笑しかったから、

「とっととこいつを集めちまおうぜ」
 言いつつ舞奈は立ち上がった。

 口元には清々しい笑みが浮かぶ。
 この報酬を使ってやりたいことが、できたから。
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