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第12章 GOOD BY FRIENDS

襲撃1 ~銃技&戦闘魔術vs天使?

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「……天使か?」
「……ケルト呪術で召喚された妖精にも見えるわね」
 舞奈と明日香は油断なく身構える。

 人気のない通りに出現した何者か。
 少女の形をしたそれらは、人間よりずっと小さな人形サイズ。
 そして多種多様な元素のエレメントで形作られている。

 ある者は燃えさかる炎のドレスと髪をゆらめかせ。
 ある者は流れる水で形作られたローブと長髪をなびかせ。
 ある者は白いワンピースと草木めいた緑色の髪を嵐の中のようにはためかせ。
 ある者は岩石の鎧で身を固め。
 ある者は白霜の衣装と髪をなびかせ。
 また、ある者は、まばゆく輝く金髪と金衣をパチパチと放電させている。

 そんな天使(?)たちが、2人を幾重にも取り囲んでいた。

 だが舞奈の口元にはニヤリと笑みが浮かぶ。

 もとより知人にあたっただけで犯人のハゲを見つけられるなんて思っていない。
 派手な聞きこみの目的の半分は、犯人への示威行為だ。
 2人の少女が、ハゲの貴様を探していると。
 ゆっくり貴様を追い詰めていくぞと。

 そして焦った犯人が動くのを待っていた。

 無論、知人を人質に取られる可能性もないわけではない。
 だが2人を知らない者から見れば、舞奈も明日香もただの女子小学生だ。
 事を大きくするより直接的に口封じする方が早いと判断するはずだ。
 逆に【掃除屋】について知っているなら人質など無意味なこともわかるだろう。

 まあ、正直なところ逃げられる可能性もなくはなかった。
 だが舞奈たちは歩の悪い賭けに勝ったらしい。

 犯人は舞奈たちに刺客を送りこんだ。
 それは戦闘では最強の舞奈たちにとって、大量の手がかりを投げてきたのと同義だ。

 2人は身構えたまま相手の出方をうかがう。

 そんな2人の前に、天使のうち1体が包囲の輪を離れて進み出る。
 青く透き通った流水の髪を、流れるようになびかせた水の天使のうちの1体。

『こいつは警告だ』
 水の少女は語る。
 挙動が他の個体と比べて格段に自然だ。あと、

「いや、いいけど……」
 声色が、可愛らしい少女の見た目にそぐわぬ男のそれだ。
 絵面としては限りなく微妙だ。

 この時点で十中八九、術者は男だ。
 年の頃は大学生から新社会人ほどだろうか。

 男は異能力者になれるが、術者には不向きだ。
 己が身に魔力を宿し異能力と成す男の精力が、魔法を習得する妨げとなるからだ。

 にもかかわらず、彼は天使のうち1体にリンクして完全にコントロールしている。
 なかなかの腕前だ。

 しかも彼は、その技術を応用して本拠地から魔力を送っている。
 そうやって大量の天使に加え、結界を維持しているのだろう。

 そう。
 いつの間にか、周囲には戦術結界が形成されていた。
 見た目は普段の街並みと変わらないが、空気の流れは普段のそれとは明らかに違う。
 先ほどまで普通に歩いていたこの通りは、今や周囲から隔離されている。
 出入りするには結界を破壊するか、穴を開けるか、術者を倒すしかない。

 そして術者がリンクした1体を倒しても、結界は天使ごと消える。
 魔力の供給源が消えれば構造を維持できないからだ。
 その方が天使を全滅させて結界に穴をあけるより手っ取り早い。

 だが逆に、術者は結界内にはいない。
 おそらく遠方から刺客を操っている。
 慎重なのか、あるいは舞奈たちと真っ向から交戦するとどうなるか知っているのか。

『これ以上ハゲを探すのを止めろ。おまえたちには関係ないだろう?』
 天使は男の声で警告する。

「確かに関係ないな」
 舞奈は律儀に答える。

「だがな、」
 ジャケットの裏から流れるような動作で拳銃ジェリコ941を抜き、

「止める理由はないな! この豪勢な歓迎で、あんたがどんなハゲだか興味がわいた」
 先頭の1体の胴に狙いを定める。

 銃声。

 だが水の天使の前に、石の天使が立ちふさがった。
 あらかじめプログラムされていたような隙のない反応。

 大口径弾45ACPが天使の石鎧を穿つ。
 髪と同じ材質で形作られた岩石の鎧がひび割れる。
 だが、それだけ。倒すには至らない。
 さらに、
 
「……糞ったれ!」
 舞奈は舌打ちする。

 何故なら、天使の胴の穴がふさがったからだ。
 作成時にこめられた余剰魔力を使って欠損個所を修復したらしい。
 この大量の天使(あるいは妖精)のすべてが、おそらくこの仕様だろう。
 術者は相応の使い手のようだ。

『なら少しばかり、痛い目を見せてやるぜ!』
 水の天使は男の声で叫ぶ。

 同時に天使の群れが一斉に魔弾を放った。

 炎の髪の天使は火弾を。
 流水の髪の天使は水の矢を。
 緑色の髪の天使は見えざる大気の矢を。
 先ほど銃弾を防いだ個体と同じ種類の岩石の天使は石弾を。
 白霜の髪の天使は氷の矢を。
 そして、まばゆく輝く金髪の天使は雷弾を。

 だが同時に、2人の周囲にも4枚の氷の塊が出現した。
 詠唱もなく行使された【氷盾アイゼス・シュルツェン】。
 明日香が創った氷盾が、四方八方から襲い来る魔弾を阻む。
 熟達した戦闘魔術師カンプフ・マギーアの手による魔術の盾は、降り注ぐ魔弾の雨を辛うじて防ぐ。

 体重を移動させた舞奈のジャケットの端を、数発がかすめる。
 盾の隙間をすり抜けた魔弾を、最低限の動作で避けたのだ。

 同じものを、小型拳銃モーゼル HScを構えた明日香は放電する電磁力場のドームで弾く。
 こちらは稲妻の盾を作り出す【雷盾ブリッツ・シュルツェン】の魔術。

 そして――

――Welcome to Purgatory.
――I aaaaaaam, Demon Load.

「歌だと?」
 普段と変わらぬ風景を模した結界の内部を、かすれた声が満たす。
 いつか委員長が歌っていた『DEMON∵LOAD』のイントロだ。
 ただし歌い手は先ほどの男。

 音源は、先ほど討ち損ねた水の天使。
 だが口を動かして歌っているのではない。
 ギターやドラムの音色を含め、天使の身体そのものから響いている。
 天使を構成する魔力を利用して紅葉の【水の言葉メデト・ネン・ジェト】と似た術を使っているらしい。

――切り立った崖の頂きに立つ!
――神さえ恐れる異形の王!

――DEMON LOAD!! DARK STAR EMPEREOR!!

 大音響のロックンロールが響き渡る。

 同時に天地たちの包囲の中心、6種のエレメントが爆ぜた爆煙の中に氷片が舞う。
 限界を超える集中砲火を受け止めた明日香の氷盾が破壊されたのだ。

 だが薄れかけた煙の中心から、一筋の雷光が放たれた。

 まばゆい稲妻の砲弾は岩石の天使を飲みこむ。
 大口径弾45ACPを防いだ堅牢な天使も、魔術による雷の砲撃にまでは無力。
 修復する暇もなく一瞬で破壊され、石の欠片と貸して飛び散る。

 次いで軌道を変えて手近な氷の天使めがけて突き進んで粉砕する。
 次は緑色の髪の天使を飲みこみ、霧散させる。
 そうやって天使の群れはたちまち半壊した。

 即ち【鎖雷ケッテン・ブリッツ】の魔術。

――瞳に地獄の炎を宿し!
――頭上には嵐を呼ぶ男!

――DEMON LOAD!! BLACK ARTS MASTER!!

 残る天使が威圧され、後退る気配。

 会心の攻撃魔法エヴォケーションによる多大な戦果に、明日香は笑う。
 彼女は人気のない通りとはいえ確認もなしに大技をぶっぱなした。
 魔力の流れで結界の存在を察していたのだ。

 一方、舞奈は口をへの字に歪める。
 目前には胴に大穴を開けた水の天使。
 女の形をしたものが傷つき、消えるのはやはり気に入らない。

 雷の鎖の軌道とは離れた場所で、水の天使がしぶきになって飛散する。
 男の声で警告を発し、曲の震源になっていた水の天使。
 つまり結界や他の天使の魔力の供給源になっている個体だ。

 明日香の反撃に応じて1体だけ回避行動をとったので、代わりに舞奈が倒したのだ。
 空気の流れすら読む舞奈の卓越した感覚から、逃れられる者などいない。だが、

『なんだとっ?』
 背後で男の叫び。

 振り向くと、流水の髪をした天使が驚愕の表情を浮かべていた。
 先ほど倒したのと同じ種類の天使。
 だが明らかに別の個体。

「……糞ったれ」
 舞奈も舌打ちする。

 驚いたのはこちらも同じだ。
 最初の1体が破壊される寸前に、別の個体にコントロールを移したらしい。

 敵もさるもの。
 リンクを切断するには、コントロールを移される前に倒すしかない。

 だが流石の敵も、一手で手駒が半減するとは思っていなかったようだ。
 魔術師ウィザードや高位の術者と戦うのは初めてらしい。
 詰めの甘さに、ふと紅葉や楓と戦った時のことを思い出す。

――千億の悪魔の群を連れて!
――冥府の底からやってきた!

 残った天使は数十体。
 ロックのリズムにのせて、各々が複雑な軌道をとって2人の前後左右に回りこむ。

 狙いは明日香だ。
 魔弾の斉射を氷盾で防ぎ、逆に群を半壊させた彼女の魔術を敵は恐れている。
 だから最初の猛攻で防御魔法アブジュレーションを破壊した今が無力化のチャンスと判断した。

――繋がれた愚かな人間どもを!
――悪魔の力に染めるため!

 舞奈は明日香を抱えて跳ぶ。
 転がる2人の残像を火弾が焦がし、石弾が、雷弾が穿って火花を散らす。

 それでも流れ弾すら当たらないのは魔弾が不自然の2人の周囲を避けているからだ。
 明日香が常道的に行使している【力盾クラフト・シュルツェン】。
 戦闘カンプフクロークに焼きつけられた斥力場障壁の魔術だ。
 クロークが発生させる少ない魔力で維持されるそれは攻撃を防ぐほど強度はない。
 だが、かすめるはずの矢弾を完全に外れさせる程度の効果はある。

――王も貴族もデタラメばかり!
――自分の嘘に縛られて!
――真実なんて語れやしない!!

 舞奈は一挙動で立ち上がりつつ拳銃ジェリコ941を構える。
 空になった弾倉マガジンを素早く落とし、流れるような動作で新たな弾倉と交換しつつ、

「天使って、あんなにカラフルだったか?」
 側の明日香に問いかける。

 祓魔術エクソシズムにおける天使召喚の術は【天使の召喚アンヴァカシオン・デュヌ・アンジュ】。
 造物魔王デミウルゴスの魔力を人の形に固める呪術だ。
 アモリ派が使うそれは、肉感的な女の姿をとることが多い。
 逆にカタリ派は、現実離れしたアニメチックな造形の天使を召喚する。
 ケルト呪術の妖精も後者に近い。

 いくら亜流とはいえ、元素やエネルギーそのままの特徴を持つ天使なんて初耳だ。
 倒された際に石片や水しぶきになるのも妙だ。
 天使の材料は造物魔王デミウルゴスの魔力。
 形状を維持できなくなれば、光の粉になって跡形もなく消える。そのはずだ。

 それに目前の天使(?)たちが象徴する元素は火、水、風、土、氷、雷。
 粒子ビームを司る天使はいない。
 雷ではなく本来の祓魔師エクソシストが得意とするはずの光の天使、本来そこにいなければならないはずのものだけがいない。

「似てると言えば、ケルト魔術のエレメンタルや高等魔術の大天使かしら……?」
 こちらも素早く立ち上がりつつ、明日香も答える。
 どちらも式神や魔人と同じ、因果律の外に存在する上位の被創造物の呼び名だ。

 そんな明日香の周囲に、新たな氷盾が出現する。
 一瞬で行使された【氷盾アイゼス・シュルツェン】。

 4枚の盾は各々動き、敵が放った火弾を、雷弾を、氷弾を防ぐ。
 初手の一斉射撃ほど攻撃にキレがないのは数が減ったからか、他に理由があるのか。

「敵は魔術師ウィザードなのか?」
「そのものじゃないのよ。あくまで似てるだけ。つまり……」
「――祓魔術エクソシズムを利用して魔術を真似ている?」
「そんな感じ」
 明日香は舞奈の言葉に同意を示す。
 だが訝しげな口調は、目の前にいるものの正体を正確に把握していない証拠だ。

 現時点で敵の正体は不明。
 だが兎にも角にも倒すしかない。

――騎士も勇者も身勝手な奴さ!
――力と名誉に酔いしれて!
――他人の痛みなど知りやしない!!

「明日香、大技をもう1回できるか?」
「この状況でなければね。防ぐので手一杯よ」
「そっか」
 悔しげに答える明日香に、舞奈は何食わぬ顔で答える。

 その間にも、数十体の天使が魔術師ウィザードめがけて矢継ぎ早に魔弾を放っている。
 明日香は氷盾の軌道を修正しつつ、電磁バリアを発生させて魔弾を防いでいる。
 流石の舞奈も魔弾の前に割って入ることはできない。だから、

「なら今回は役割交代だ!」
 氷盾の隙間から防護の外に躍り出る。

「あ、ちょっと!?」
 驚く明日香を尻目に地面を転がる。
 その残像を数多の魔弾が穿つ。

 火花。
 閃光。
 連なる轟音。

 同時に、天使のうち何体かの胴に穴が開く。
 そして水しぶきになって飛び散る。
 いずれも水の天使だ。

 天使の群れが驚愕する気配。
 舞奈は笑う。

 派手な明日香の魔術は警戒されやすい。
 敵が術者ならばなおさらだ。

 それに比べ、舞奈の射撃は警戒されづらい。
 自分たちのSランクを警戒しながら舞奈には無頓着な【機関】上層部と同じ。
 怪異や異能に詳しいほど、人間の力を極限まで高めた舞奈の技を軽んじやすい。

 そんな舞奈は、術者がリンクできるのは水の天使だけだと見当をつけた。
 紅葉の【水の言葉メデト・ネン・ジェト】同様、伝達の呪術には水の要素が必要なのだと。

 だから舞奈は、魔弾を回避つつ水の天使を撃ったのだ。
 地面を転がる一瞬の間に拳銃ジェリコ941を連射し、集団で宙を舞う人形サイズの天使のうち狙った種類のものだけ全てを的確に穿つ。
 その程度の神業、舞奈にとっては容易い。

――神も坊主もボンクラ揃い!
――象牙の塔に引きこもり!
――下々のことなど見もしない!!

――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!

 無論、何体かの水の天使は、先ほどと同様に石の天使に守られ破壊を免れた。だが、

『お、おまえら!? こっちの手札を知ってるのか!?』
「……焦ってそういうこと言わなきゃ、確証はできなかったんだがな」
 再び弾倉を交換しつつ、舞奈は笑う。

 やはり敵は、手練れと戦った経験は皆無のようだ。
 その隙を舞奈は逃さない。

 男の声で叫んだ個体に向き直る。
 片手で拳銃ジェリコ941の狙いを定め――

『――な!?』
 真後ろにいた別の天使を撃つ。3発。

 敵がコントロールする天使を変更できることは承知済みだ。
 だから該当する天使を追い詰めた次の瞬間、最も安全な場所にいる個体を撃った。

 姿を消して真後ろから襲ってくる相手と似てると、ふと思った。
 とっさに選び得る選択肢の中で、可能な限り安全な手札を選ぶ。
 それは修羅場慣れしていない者に共通する行動パターンなのかもしれない。

『あ……あ……』
 壊れたスピーカーのような断末魔とともに、水の天使の形が崩れる。
 そして水しぶきになって、アスファルトの道路に散らばった。

 一瞬遅れて、他の天使も解体される。

 炎の天使は一瞬だけ激しく燃えて、燃え尽きて。
 残り少ない水の天使はしぶきになって。
 緑色の髪はほどけて風に溶けて。
 岩石と氷の天使は砕け散って。
 金色の髪をした雷光の天使は放電になって。

 その様は、いつか見たコンサートの演出のように美しい光景だった。

――神も王も勇者もみんな叩きのめして!
――我が足元にひれ伏させてやる!

――本当のことを言ってやる!
――貴様らに痛みを教えてやる!
――俺様が世界を変えてやる!!

 以前に委員長が歌った時と同じように、ロックは唐突に終わった。

 だが舞奈はふと思う。
 リンクしていた天使を完全に倒したのに、敵が最後まで歌い切れたのは何故だ?
 その理由に思い当たる前に、

「……気をつけて。まだ終わってないわ」
 側の明日香が身構えた。

「らしいな」
 舞奈も気づいた。
 周囲が戦術結界に覆われている違和感はそのまま。
 2人はまだ結界の中だ。

 そんな2人の前の風景が揺らぐ。
 そして新たな何者かがあらわれた。

 またしても天使だ。
 だが今度は、人間サイズの大人の女がひとりだけ。

 舞奈のよく知るアモリ派の天使のように、肉感的な全裸の女を模している。
 その足はストッキングに覆われている。
 真面目な表情に造形された顔には眼鏡。

「チャムエル……だと!?」
 舞奈は驚愕する。

 その天使は、双葉あずさを巡る攻防で共闘した全裸の高等魔術師に酷似していた。
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