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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY

戦闘3-2 ~銃技&戦闘魔術&高等魔術vs最高の方天画戟

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 辛くも襲撃から守られた支倉美穂は、ライブ会場へと向かっていた。

 美穂は普段、あずさのライブを生では見ない。
 自分の役目はライブが始まる前に終わっていると心得ているからだ。

 けど今日だけは、自身と同じく危険にさらされているあずさのライブを見たかった。
 そうすれば彼女と――自分をかばって消えた魔法使いと、また会える気がしたから。

 ベティとクレアは快く許可してくれた。
 警備対象が一か所に集まれば、守るのも楽だと思ったのかもしれない。

 だから武骨な装甲ベンツにゆられながら、美穂は考えていた。

 双葉あずさの代表曲『HAPPY HAPPY FAIRY DAY』。
 この曲は1年前、【音楽芸術保証協会SOMAS】と提携しているネットゲーム運営会社から新作MORPGのイメージソングとして作成を依頼されたものだ。
 それが有名になり、あちこちで使われるようになった。

 ターゲットは若い女性層。
 美穂や梓と同年代~OLくらいまでの年代を想定していたらしい。

 先方から、1曲目は幻想的なゲームの世界へ誘う歌詞にしてほしいと要望された。
 だから現実の隣にあるファンタジー世界と、そこでの楽しい出来事を歌にした。

 そして2曲目への要望は、仲間とのパーティプレイを誘う内容であること。

 曲を作る際に、イメージしたのは鷹乃だ。
 自分たちの秘密に気づきながら尊重してくれる、不思議な少女。
 そんな彼女自身も秘密を持っていることに、美穂は気づいていた。

 だから互いに秘密を秘密のままにしたまま、思いをこめて2曲目を作った。
 冒険に慣れ始めた少女が、魔法使いの少女に、友達になろうと誘う歌を。

――見なれた通学路も、ファンタジーへの通り道♪
――そっと手をのばしてみたら、貴女の隣に、仲間はいるよ♪

 一方、コンサート会場内部に形成された結界内。
 そこで舞奈たちは、最高の豚男と対峙していた。

「肉人壺は、あの彼の粗悪なコピーを大量に創りだしていました」
 歌う梓を魔術によって守りつつ、両手に杖を構えたチャムエルが語る。

「その過程で偶然にできた最高のコピーでしょう」
「ったく、余計なもんまで作りやがって」
 説明に、舞奈は思わず舌打ちする。

 おそらく方天画戟の効果も大きいのだろう。
 だから奴だけ、体内から爆散させる炎の弾丸を受けて生き残った。

――ステッキ持った貴女の隣、玩具のピストル握りしめ、一緒に歩きだすよ♪

 あずさは歌う。

 戦場はステージを中心に形成された戦術結界の中。
 観客からは、舞奈たちは薄暗いドームの中でスタントをしているように見える。
 そして紅葉の【水の言葉メデト・ネン・ジェト】によって、あずさの歌だけが聞こえる。
 その上からプロジェクションマッピングで映像を投影し、中の出来事をステージの演出のように誤魔化している。

 だが誤魔化しがきくのは、あずさが無事に歌いきり、襲撃者が屠られた場合だけだ。

「俺ハ! 俺ハ! あずさヲ……!!」
「……うるせぇ」
 最高の豚男が突き出す槍を、舞奈は右に左にかわす。

 目前の豚の身体能力は大屍虫と同程度。
 他のコピーより方天画戟の効果が高かろうという予想は残念ながら正解だ。
 加えて体内から爆発してもこの通りだ。

「……で、どうするんだ? こいつ」
「内部からさっきのを超える攻撃を加えて、木端微塵にするしかないわね」
 ひとりごちるような舞奈の問いに、明日香が答える。

「手はあるのか?」
大魔法インヴォケーションを使えばあるいは……」
「下手な手を打つと、あずさを巻きこむんじゃないのか?」
 豚男の槍を避けながら、チャムエルの言葉を否定する。
 あずさがいる閉ざされた結界内で大魔法インヴォケーションを使うことは躊躇われる。
 それに大魔法インヴォケーションによる攻撃は、多くの場合に大爆発を引き起こす。
 見た目の威力ほど人間サイズの単体目標へのダメージは高くない。

「なら貴女には、いい案があるっていうの?」
 チャムエルと並んだ明日香の文句に歯噛みする。
 他に手段がないのは事実だ。

 舞奈は槍の猛撃をしのぎつつ、牽制がてら土手っ腹に改造拳銃ジェリコ941改の残弾を叩きこむ。
 豚が反応する間もなく、腹に風穴がこじ開けられる。
 次の瞬間、その孔が爆発する。
 先ほどの【燃弾ブレンネン・ムニツィオン】の効果が残っていたのだ。
 
 だが破片になった豚の腹は、不気味な音を立てながら寄り集まって元に戻る。
 やはり方天画戟の再生能力が最大限に発揮されているのだ。

「……ったく」
 舌打ちすると同時に、再生した豚男が仕返しとばかりに突く。
 舞奈は難なく跳んで避ける。

 その横を轟音と閃光が通り過ぎる。
 オゾンの匂い。
 次の瞬間、目前の豚はプラズマの弾丸に飲みこまれた。
 即ち【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。
 明日香の援護だ。

 だが豚男は消し炭と化してすら、次の瞬間に元の醜い肥満体へと戻る。
 長くのびた触角は、もはや少しくらいの変化では違いがわからないほどだ。

――手ごわい敵も、難解なナゾも、いっぱいあるけれど♪
――貴女がそばに、いてくれたなら、何だってできるはず♪

「さっきのみたいに、【雷嵐ブリッツ・シュトルム】を弾丸にかけられないか?」
 豚男の槍を避けながら、舞奈は背後に問いかける。

「無茶言わないで! 専用のドッグタグを使ってるのよ」
「ま、そりゃそうか」
 明日香の返事に苦笑する。だが、

「舞奈さん、少し長めに足止めできますか?」
 不意にチャムエルが問いかけた。
 何か策があるのだろうか?

「どうするつもりだ?」
大魔法インヴォケーションを使います」
「おうっ!? おまえ、さっきの話を聞いてなかったのか」
 舞奈はツッコむ。だが、

「ふふっ、おまかせください」
 チャムエルの口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 その表情は気配でわかる。
 自暴自棄ではない。
 高等魔術師の彼女には、何か打開策ががあるのだろう。だから、

「明日香! この前の奴だ!」
 言いつつ舞奈は空になった弾倉マガジンを捨て、素早く次をセットする。

「オーケー!」
 明日香は一瞬だけ真言を念じ、「兵站《フェオ》」と締める。

 途端、手の中の改造拳銃ジェリコ941改が一瞬だけ放電に包まれる。
 さすがに【雷嵐ブリッツ・シュトルム】じゃないだろう。
 だが今、舞奈の弾丸に宿っているのは、それに類する雷撃の力だ。

 舞奈は改造拳銃ジェリコ941改を乱射する。
 
 ――否、豚男の四肢が、関節とは関係ない位置で折れ曲がる。

 舞奈が放った弾丸は、正確無比に豚男の四肢を穿った。
 しかも弾丸は骨に命中した。
 強すぎる威力で貫通しないためだ。

 方天画戟の能力により穿たれた傷はたちまち癒え、へし折れた四肢も元に戻る。
 だが骨にめり込んだ銃弾は、ぶくぶく肥えた肉の奥に埋まったままだ。

 そして次の瞬間、爆発した。
 即ち【衝弾ショッキエレンド・ムニツィオン】。
 ナイフを帯電させた付与魔法エンチャントメントは、銃にかければ銃弾すべてに雷を宿らせる。

 凄まじい放電。
 轟音。
 絶叫。

 身体の内側から絶えず放たれる電流が筋肉を委縮させ、再生を阻み動きを封じる。
 豚男は電撃に苦しみながら、触角だけが徐々にのびる。

――勇者様なんていなくったって平気♪
――仲間と手をつないでほら、魔法の呪文を唱えたなら♪
――どんな願いだって、叶うから♪

 その隙に、チャムエルは施術を終えていた。
 呪文が終わると同時に、高等魔術師の大魔法インヴォケーションが発現する。

 そして出現したのは、巨大な金属の輪だった。

「【大天使の虐殺戦闘機械カマエルズ・ジェノサイド・ウォーマシン】……?」
 明日香が訝しげにひとりごちる。

「戦闘用ドローンを召喚する大魔法インヴォケーションなんだけど……」
 舞奈は油断なく構えながら、その言葉に納得する。

 高等魔術の【エレメントの創造と召喚】は各属性に対応した大魔法インヴォケーションを内包する。
 その中で、周囲に被害をもたらさず、攻撃を集中させるための選択だろう。

 巨大な鉄の輪は、如何なる仕組みか宙を舞う。
 その内側に、痺れて動けない豚男を捉える。
 そして輪の内側に設置された幾つものハッチが同時に開く。
 そのすべてから、透明で鋭く尖った硝子の槍が顔をのぞかせた。

「……こいつはえげつない」
 舞奈は笑う。

 同時に明日香が「兵站《フェオ》」と唱える。
 舞奈が手にした改造拳銃ジェリコ941改の内側から風。
 今度は【力弾クラフト・ムニツィオン】――斥力場の呪文だ。

 舞奈は輪に囚われた男の周囲を舞いつつ、斥力の弾丸を全弾をぶちまける。
 魔術で鋭く補強された弾丸が、豚男の胸に、腹に、幾つもの風穴を開ける。

 その穴が塞がる前に、金属の輪の内側から槍が跳び出した。

 鋭く尖った硝子の槍は、豚男の全身に開いた穴にすっぽりと収まる。
 舞奈は槍の位置と角度を計算し、銃弾で下穴を開けたのだ。
 正確無比な射撃によって開けられた穴に、槍は深く埋まりこむ。

「アァァァァァァァァ!!」
 豚は激痛のあまり叫ぶ。
 癒えた皮膚が槍に癒着し、輪の中に完全に固定される。

 豚は喚き散らしながら、痺れた四肢を蠢かしてもがく。
 だが体内にがっちり埋まりこんだ槍はびくとも動かない。

 実のところ、舞奈がチャムエルの大魔法インヴォケーションを不安視した理由は他にもあった。
 彼女は魔力の生成が不得手だ。
 肝心な時に術が消えたら元も子もない。

 だが、今、その心配は杞憂だと悟った。
 彼女の魔力もまた、あずさの歌で極限まで強化されていた。
 アイドルの可憐な姿と美しい歌声、歌にこめられた真摯な思い、それらの美を魔力へと昇華させて自らの魔法に織りこむことこそが【協会S∴O∴M∴S∴】の理念だからだ。

 そう考えて笑う舞奈の目前で、輪の上側にハッチが浮き出て開いた。

「まさか……」
「明日香さん、その中に大規模魔術のルーンを!」
「……ああ、やっぱりか」
 舞奈は苦笑する。

 そして輪と豚男に背を向け、素早く明日香たちの元に走り寄る。
 明日香はチャムエルの意図を計りかねた様子だ。
 それでもクロークの内側からドッグタグをベルトごと取り出す。

 だが舞奈にはわかっていた。
 巨大な輪の形をした異形のドローンの、本当の機能を。

「あんた、きっと楓さんと気が合うよ」
 軽口を叩きつつ、ドッグタグをベルトごとつかむ。
 そして豚男と輪の所にとんぼ返りし、

「そのままでいいのか?」
「はい、機械の中で処理します故」
 輪の上側にあるハッチにドッグタグを投げ入れる。

 するとガラスの槍の中を、ルーンが彫られたドッグタグが通って行った。
 ようやく合点の行った明日香が、真言を唱えながら何とも微妙な表情をする。

 チャムエルが大魔法インヴォケーションで召喚した戦闘機械。
 それは硝子の槍で犠牲者の肉体をこじあけ、体内に無理やりにルーンを送りこむためのものだったのだ。

 さらにチャムエルは呪文を唱える。
 すると輪の周囲に斥力場のドームが形成される。
 即ち【力場の護殻フォース・フィールド】。

 かつて魔獣マンティコアが大能力として使ったそれを、今は舞奈の仲間が施術した。
 その目的は、内側からの衝撃を外に漏らさないためだ。

――おそろしいトラップだって、愉快なアイテムに早変わり♪
――木の実のスイーツ♪
――お花のドレスに♪
――魔法のほうきで夜空を飛ぶよ♪

「今です! 明日香さん!」
 チャムエルの合図に、真言を唱え終えた明日香が「災厄ハガラズ」と締める。

 次の瞬間、豚男は内側から爆発した。
 即ち【雷嵐ブリッツ・シュトルム】。
 数十枚のドッグタグをプラズマの砲弾と化し、敵に雷弾の雨を浴びせる大規模魔術。
 それを敵の体内で一斉に点火したのだ。

 以前に【装甲硬化ナイトガード】と完全体を倒すために、敵の首にベルトごとぶら下げたドッグタグを一斉発火したことがあった。
 だが、今回はそんな生易しいものじゃない。

 豚の身体は内側から光に包まれ、一瞬で焼き尽くされた。
 さらに爆発の威力は斥力場のドームの中で循環し、消し炭すら残さず焼き尽くす。
 その威力はドームの耐久力すら凌駕し、斥力場障壁が弾ける。

 そして圧倒的な光の奔流がおさまった後、輪の中には何もなかった。

――未知の世界を、貴女と歩きたい♪

 そして歌の締めと同時に、結界が解除された。

 砂漠だった世界がライブハウスのステージへと変わる。
 観客の歓声があずさを迎える。

 舞奈と明日香、チャムエルは笑う。

 だが次の瞬間、

「あずさァァァァ!!」
 ステージの袖から豚男があずさに走り寄った。

「何だとっ!?」
 舞奈は驚愕する。

 先ほど屠った豚男と寸分違わず同じ顔のコピーの手には、何の変哲もない手斧。
 だが非力なアイドルに致命傷を与えるには十分だ。

 振り回した斧の刃が、何かの機材に当たって火花を散らす。

 相手の背後には怪異の組織がいる。
 そして豚男をコピーすることによって手札を無限に用意できる。
 だから切り札が通じなかった場合に備え、更に伏兵を用意しておいたのだ。

 そう考えて舞奈が舌打ちする隙に、動いたのは明日香だ。

 豚男の目前に『何か』が出現する。

 それは胴のあたりが極彩色で、ドレスを着ているのだろうことは察せられる。
 歌っている仕草のつもりか大きく開けた口は真っ赤。
 八重歯のつもりか鋭い牙が生えている。
 肌色をした手足の長さは左右まちまち。
 おそらくマイクのつもりであろう禍々しい錫杖を振りかざしている。

 そんな、まるで未就学児が描いた悪魔の絵。
 光学迷彩による幻影【虚像ロックフォーゲル】に、認識阻害の【洗脳ゲヒルンヴァッシェン】を組み合わせ、あずさのつもりで作ったのだが人間にすら見えないクリーチャー。

 同時にあずさ本人の姿が薄れながら、いくつかの像にぶれるように消える。
 こちらは【隠形タルンカッペ】に光学迷彩による透明化【迷彩タルヌンク】を組み合わせた隠形術。

 明日香はその一連の施術を、敵の狙いをそらすつもりで行使したのだろう。だが、

「アァァァァァァァ!! 俺のあずさがァァァァァ!!」
 豚男は取り乱し、女のように甲高い声をあげて慟哭した。
 クリーチャーから発せられる電波のせいか、手斧を取り落して頭を抱える。

 殺したいほど好きだったアイドルが、目の前で化け物になったらショックだろう。

 さらに先ほど壊れた機材が放電し、小さな稲妻になって豚を撃つ。
 他の術者の援護だろうか?

 だが今度こそ思考を切り上げ、舞奈は豚男を追う。

 豚は逃げる。
 駆けつけた警備員を振り切り、関係者用の出入り口へと走る。
 奴が求めるあずさが、そこにいるのかもしれないと思ったのだろう。

 舞奈は走る。

 だが豚のようなたるんだ容姿に反し、豚男の走るスピードは舞奈以上。
 別の宝貝パオペエでも使っているか。

 改造拳銃ジェリコ941改は手にしているが弾切れだ。
 だから跳びかかるタイミングを見計らっていると、

「……!?」
 通路の奥からあずさがあらわれた。
 タイミングの悪さに舞奈は思わず顔をしかめ、

「あずさァァァァ!!」
「逃げろ梓!」
 2つの怒号が重なり合い――

 ――あずさは目からビームを放った。

「……へっ?」
 舞奈は驚く。

「――あずさちゃんかと思いましたか?」
 声と共に、あずさの姿が滲むようにゆらぐ。
 そして再び修復されるように、ゆっくりと別の何かの姿へと変わった。
 目と眉毛だけが描かれた釣鐘状の身体に、2本の足が生えたそれは……。

「ざーんねん、メジェドでした」
 同時に虚空からにじみ出るように、側に楓と紅葉があらわれた。

「あ、どうも」
 その側には奈良坂。
 メジェドの額に貼られた1枚の符が燃え尽きる。

 対象に幻影をまとわせる仏術【乾闥婆護身法ガンダルヴェナ・ラクシャ】。
 奈良坂はそれを行使し、メジェドをあずさに見せかけていたのだ。
 そして自分たちは【摩利支天九字護身法マリーチナ・ラクシャ】【力ある秘匿のヴェールヘペス・セシェシェト・シェム】によって透明化して控えていたのだ。

 一方、撃ち抜かれた豚男は身動きもせず立ち尽くしていた。

 舞奈はひょいっと跳び上がって改造拳銃ジェリコ941改握把グリップで後頭部を殴る。
 豚男はそのままノーガードで、うつぶせにどうと倒れた。

「舞奈さん、肉人壺の破壊に成功しました」
「おっ、やったじゃないか奈良坂さん」
 動かない豚は放っておいて奈良坂をねぎらう。
 すると彼女は野暮ったいセミロングの髪を揺らしてエヘヘと笑う。

 奈良坂には小夜子とサチによる肉人壺の破壊を手伝ってもらっていた。
 おそらく一筋縄ではいかなかった激戦の末、彼女は吉報を持って駆けつけてくれた。
 そんな彼女には、もう感謝しかない。

「けどさ、なんで奴がここを通るとわかったんだ?」
「いや、それが……」
 首をかしげる舞奈に対し、紅葉は珍しくおずおずと答える。

「舞奈ちゃんのクラスメートに案内? されたんだ……」
 歯切れの悪い紅葉の言葉に、思わず視線を追ってみると、

「コケーコッコッコ、ニャー!」
 通路の隅でみゃー子が何かやっていた。
 手には売店で売ってる駄菓子の袋。

「あの……。ポテチ返して」
「ニャー!」
 みゃー子は袋を紅葉に袋を渡す。
 桂木姉妹は偽装のためか、ポテチ食いながら結界を張っていたらしい。
 それをみゃー子がパクッて追いかけさせたのだろう。

「……何やってんだ、おまえ」
 舞奈はジト目でみゃー子を見やる。

 いや、姉妹と奈良坂を案内してくれたのなら、感謝すべきなのはわかる。
 だが相手がみゃー子となると、話は別のような気もする。
 なので態度を保留して、足元に横たわる豚男を見やる。

 幾度となく屠った脂虫の豚は、だが今度は崩れて消えたりはしなかった。
 他の豚のような粗悪なコピーではなく、本来の用法で復活したのだろう。
 肉人壺が破壊され復活の手段を失った今は、彼こそがオリジナルということになる。

 その後ろから、本物のあずさが張といっしょにやってきた。

「あずささんを狙う暴徒がここにいたのですが、ふふ、ご安心ください。舞奈さんがぶちのめしてくれました」
 楓が笑顔で言った。
 不安そうに見やるあずさの前で、豚男は微かに動いた。

「(生きてるのか?)」
「(ええ、医術の知識を用い生命維持には関与しない箇所を撃ち抜きましたから)」
 楓はにこやかに答えた。

「ニャーニャーコッコ♪ ニャーコッコ♪」
「トリニャンコ知ってるんだ。すごいねー」
「ニャー」
「……何だそりゃ」
 気づくと、あずさがみゃー子を構っていた。
 みゃー子も実はあずさのファンなのか、ニャーニャー鳴いて喜んでいる。

「キミのお父さんとお母さんはどこにいるのかなー?」
「……まったくだ。誰だよ? アイドルのライブにみゃー子なんか連れてきた奴は」
 目線をあわせて問いかけるあずさの横で、舞奈はやれやれと肩をすくめた。

 一方、客席の前列中央のとある席で、

「最後のおばけのところ、ビックリしたね」
「うん。すごく凝った演出だったよね」
 チャビーと園香は感想を言い合う。
 結界に覆われた激戦の模様を、彼女らは舞台仕掛けのライブだと解釈していた。
 舞奈たちの目論見通りである。

 その側で、事情を知っているテックは胸をなでおろしていた。
 情報収集という彼女の役目は終わっているので、今日は2人に誘われるまま客席だ。

 あずさは慌ただしくステージを去り、ひとまず前半戦は終了した。
 今は場繋ぎのロッカーが熱唱している。
 あずさと真逆のパンクな容姿の兄ちゃんだからか、真面目に聞いてる客は半分ほど。
 園香もチャビーも雑談してるし、客席もあずさにあわせた休憩ムードだ。

 熱くシャウトする彼には申し訳ないが、テックも携帯を見ていた。
 先ほど犯人撃破を示すメールが届いたからだ。
 舞奈と仲間たちの手によって、あずさは無事に守られたのだ。

 だから以降は舞台鑑賞に専念しようとステージを見やっていると、

「そういえば、みゃー子ちゃんは何処行ったんだろう?」
 先ほどまで友人がいたはずの空席を見やり、チャビーが首をかしげた。

 実は舞奈を誘い損ねた2人は、舞奈に言われるがままテックを誘ったのだ。
 だが券が1枚あまったので、いっしょにいたみゃー子も誘った。
 つまり何気ない舞奈の一言が、結果的にあずさを救ったことになる。

 それはさておき、2人の後ろ、最後列のさらに後ろの立ち見の席。
 そこで支倉美穂もまた、一部始終を見やっていた。

 どうやら無事に進行してはいるものの、打ち合わせとは何もかもが違うステージに困惑しつつ気をもんでいると、

「まったく、せわしない舞台じゃのぉ」
 側に鷹乃が立った。
 美帆は友人のつむじを見下ろし、ほっとして笑う。

「じゃが、良い歌じゃ」
 鷹乃の声も笑っていた。だから、

「……うん」
 美穂も笑顔で答える。

 互いに別々の秘密を抱えながら。
 そして、互いに互いの秘密から目をそらしたまま。
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