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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
戦闘1-2 ~ヴードゥー&銃技&陰陽術vs方天画戟
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支倉邸の2階の窓から、鷹乃は眼下の結界を見やる。
外からは黒いとばりに見えるその内側を、術者である鷹乃は見透かすことができる。
だが鷹乃は機械の口元を歪ませる。
戦況は思わしくない。
傭兵2人の戦力を、方天画戟が襲撃者に与えた耐久力が上回っていた。
「ねえ、鳩さん」
自室の机の側の、いつもの場所に座ったまま美帆が言う。
鷹乃は無言で振り返る。
「鳩時計さんは、魔法使いなんだよね?」
「ナッ……!?」
鷹乃は驚く。
そんな鷹乃を見やって美穂は普段のやり取りと同じように笑い、言葉を続ける。
「昔、絵本で呼んだことがあるんだ。魔法使いさんの魔法は、魔法を使えない人が見ると消えちゃうんだって」
「別ニ、ソウイウ訳デハ……」
「だから、わたしはこうして目をつむってるね」
言って美穂は鷹乃に背を向け、目をつむる。
口調と仕草からは、彼女が戯れているのか本気なのかはわからない。
だが、魔法の存在を余人に知られぬため、見られないよう留意しなければならないのは本当だ。【組合】を始めとする魔術結社は、そうやって魔法を守って来た。
だから美穂が魔法について、知っているはずはない。
先日の襲撃の際も、記憶に蓋をする必要すらなく彼女らは魔法を見ていなかった。
何かの見間違いか思い違いだと思ったらしい。
それが魔法や異能とは無縁の生活を送る一般人の、標準的な感覚だ。
だが美穂は今までもそうだった。
何も知らぬはずなのに、冗談めかした口調で、本質を見抜いたようなことを言う。
一見して梓と似ているが、あまり裏表なく天然な彼女とは真逆だ。
だが鷹乃は、そんな美穂の言動が嫌いではなかった。
「だから、魔法使いさんの魔法で、お友達をたすけてあげて」
「……」
結局、言葉の真意を介せぬまま、それでも鷹乃は美穂と背中合わせに座禅を組む。
そして集中する。
自身の魔力で創りだされた結界に同調し、ベティとクレアを援護するために。
そして結界の内部では、
「……!?」
「こいつは厄介っすね」
クレアとベティは、豚男を前に立ちすくんでいた。
豚の額からのびた蛾のような触角が不気味に揺れる。
肉で皮膚がはちきれそうな両手で握られた、長い槍の穂先が鈍く光る。
方天画戟。
銃と魔法の猛攻による致命的な損傷を、この宝貝の力で癒したのだ。
燃え尽きた炎の跡を踏みにじりながら、豚男は走り来る。
クレアは素早くアサルトライフルの弾倉を交換する。
ベティも小型拳銃を構え、銃身の下側から銃剣のように【鉄の術】をのばす。
だが、どちらの攻撃も敵への致命的な打撃にはなり得ない。
豚は突く。
ベティは【盾の術】を行使し風の盾で穂先を逸らす。
体勢を崩した豚の肩口を【鉄の術】の光のカギ爪で斬り裂く。
だが深くえぐったはずの傷は、不気味に泡立ちながら跡形もなく癒える。
これではキリがない。
そう歯噛みした、その時、
『苦戦シテイルヨウダナ』
何処からともなく声がした。
結界と同調した鷹乃である。
『力ヲ貸ソウ』
「そいつは重畳っす!」
同僚の言葉にベティが笑う。
陰陽師の結界は、いわば式神の一種である。
だから技量に長けた術者なら、式神にリンクするように同調することも可能だ。
そして自らの結界を意のままに操り、中にいる味方をフォローできる。
つまりベティとクレアにとっては、世界そのものが味方になったようなものだ。
「俺の邪魔ヲ! するナァァァァァァ!!」
豚男は槍を振り上げて襲いかかる。
その足首を、地面からのびた無数の鎖が縛める。
即ち【白虎・鉄鎖法】。
陰陽術のひとつであり、金行により金属を生み出し操る拘束術だ。
この結界は鷹乃とリンクした式神だ。
だから結界内部のどこからでも、鷹乃は自由に魔術を行使することができる。
しかも結界そのものが十分以上の魔力を内包している。
だから普段の式神の時とは違い、施術に符すら必要ない。
「邪魔をするナ! 俺はあずさニ! あずさニィィィ!!」
鉄の鎖に縛られながら豚男は叫ぶ。
声色も語る言葉も汚らしい、まさにケダモノのような叫びだ。
そんな豚を文字通り天から見下しながら、
『方天画戟ノ再生能力トテ無限デハナイ』
鷹乃はベティとクレアに語りかける。
『肉体ヲ完膚ナキマデニ引キ裂イテシマエバ、再生ハ出来ヌ!』
「そいつは良いことを聞いたっす!」
「では遠慮なくやらせていただきましょう」
クレアはグレネードランチャーを低く構える。
そして動けない豚男めがけ、残りの全弾を発射する。
5発の砲弾は豚男の周囲に着弾する。
そして一斉に爆発する。
連なる轟音、爆風、
圧倒的な火力が熱風となって周囲を炙る。
そして、その中心にいる豚男を焼き尽くす。
豚男の触角がのびる。
手にした方天画戟が持ち主を癒しているのだ。
だが、そんなことは承知の上だ。
クレアはグレネードランチャーを背に戻す。
そして再びアサルトライフルを構える。
『我ガ力ヲ使エ!』
声と共に、結界の床から魔力の塊が跳び出てクレアを包む。
クレアが構えたアサルトライフルが、その先端に取り付けられた銃剣が、炎の熱と光を浴びてギラリと光る。
即ち【大陰・鉄装法】。
異能力【装甲硬化】、その上位版である道術【金行・硬衣】と同様に、身に着けた武具を無敵にする。
そして勢いを減じた炎を突っ切って、クレアは標的めがけて走る。
再生した男が槍を構える暇すらない。
たるんだ腹にアサルトライフルの銃剣が突き刺さる。
10kg近い装備重量に疾走の勢いを乗せた銃剣突撃。
鋭利な刃が、醜く肥えた豚男の腹に埋まりこむ。
「アァァァァァァ!!」
男は豚のような悲鳴をあげる。
だがクレアの猛攻は止まらない。
突撃の勢いのまま、豚男を突き刺したままアサルトライフルを持ち上げる。
志門舞奈に勝るとも劣らぬ上腕二頭筋が、袖がはちきれそうなほど強固に膨らむ。
魔法を使えぬ警備員が、重火器で鍛えた筋力の賜物だ。
豚男は腹に刺さった銃剣だけを始点に宙吊りになって、激痛にもがく。
通常なら銃も銃剣も只では済まない荒業。
だが、【大陰・鉄装法】によって武具が無敵になった今なら可能だ。
豚は槍を手にしたまま、だが文字通り手も足も出ないまま激痛に呻く。
そしてクレアは容赦なく引き金を引く。フルオート。
銃声、悲鳴。
無数の小口径ライフル弾が豚男の腹で踊る。
弾丸の嵐が、身動きできぬ豚の腹をぐちゃぐちゃにかき混ぜてミンチにしながら背中から吐き出される。
豚は腹からヤニ色の臓腑をまき散らしながら宙を舞う。
そんな最中にも豚の額の触角はのび、傷口は不気味に蠢く。
だが今や方天画戟の再生能力は、豚男の苦痛を長引かせているだけだ。
そして醜く卑しい喫煙者の豚は、地に落ちことすら許されない。
落下地点の近くには長身のベティが待ち構えていた。
「疾風のオーヤよ! 力をお貸しくださいませ!」
ベティが叫ぶと、風が吹く。
そして腹をえぐられ落ちてきた豚の身体が横一文字に斬り裂かれ、跳ね飛ばされる。
大気を操りギロチン刃と化す【刃の術】の呪術。
『ソナタニハ是ダ!』
声と同時に、ベティと落下予測地点のまん中ほどに、光り輝く五芒星があらわれる。
即ち【セーマン】。
カバラの【ダビデの盾】、あるいは高等魔術【魔道聖印】と同等の、魔力を強化する文様の盾。
「疾風のオーヤ様! こいつを全部使ってデカイの一発お願いします!」
ベティはささみスティックを袋ごと取り出しつつ叫ぶ。
ささみは黒いもやになって未開封の袋から漏れ出す。
そして再びビュウと風が吹く。
今度はベティの目前の空気が軋み、幾つものつむじ風があらわれた。
その数は、消えたささみの数と同じ。
長身のベティの背丈ほどもある数多の渦が、ベティのショートアフロの髪と警備員の制服をはためかせながら荒れ狂う。
「さあ、行くっすよ!」
術者の命に応じ、竜巻たちは文様をくぐって巨大化し、幾つもの巨大な渦と化す。
ヴードゥーにおいて複数のつむじ風を放つ術の名は【竜巻の術】。
個々の渦が対象を追尾し、【刃の術】の要領で何度も斬り刻む恐るべき呪術。
ベティの技量では手持ちの贄を全部使わないと行使すらできない大技だ。
それを鷹乃のセーマンによって、更に巨大に鋭利に強化したのだ。
竜巻たちは落下予測地点に集い、落ちてきた豚男を受け止める。
何枚ものギロチン刃を重ねたような大気の渦が、豚を飲みこみ、斬り刻む。
ぶくぶくと醜く肥えた豚の四肢が、身体が、無残に引き裂かれる。
ヤニで歪んだ豚面が、恐怖と苦痛と斬撃によってひしゃげる。
それでも方天画戟は、ほぼ肉塊と化した所有者を癒そうと傷口を蠢かせる。
『コレデ終ワリダ!』
そんな無様な豚に引導を渡すように、地面から水の刃がいくつも飛び出した。
鷹乃の【天后・玄武・刃嵐法】である。
ベティの【刃の術】に匹敵する巨大な刃。
それが数十。
無数の水刃が、豚男の四肢を斬り刻む。
豚男の胴が、手足が、頭がばらばらに宙を舞う。
ベティは、クレアは、今度こそ勝利の笑みを浮かべた。
豚の四肢の断面は、明らかに人間のそれではない。
方天画戟によって体組織を昆虫のそれに変化させられていたからだ。
喫煙によって、彼は人ではない怪異になった。
肉人壺によって他者の骸を使って復活させられた。
さらに戦いの中で、宝貝によって肉体すら人外へ作り変えられていった。
人の道を外れた下種の、哀れな末路だ。
さらに豚男の四肢は、みるみる腐敗して崩れ落ちる。
肉人壺による復活は骸を使った紛い物だ。
その中でも、特に粗悪に急造されたのだろう。
データ化された脂虫の人格情報に敬意を払う者などいない。
脂虫――臭くて不潔な喫煙者は自ら人権を捨てた、いわば人間の不良品だ。
だから術者の、あるいは宝貝の都合によって複製される。
時に粗悪な肉体をあてがわれる。
だが一世一代の襲撃に際し、豚男を粗悪に急増する意図は……?
――直感に後押しされるように、鷹乃は鉄仮面の式神へと意識を戻す。
座禅を組んだ式神の顔を、間近で美帆が覗きこんでいた。
まったく、こちらを見ないと言っておったのに。だが、
「魔法使いさん!? よかった!」
美穂はほっとした、だが切羽詰まった表情で窓を指さす。
「あ、あの! 窓に!?」
悲鳴に窓を見やる。
そこには先ほど倒したはずの豚男がいた。
「伏兵ダト!?」
仮面の奥で驚愕する。
ここにきて、肉人壺に復活の技術を応用した外道の術があることを思い出す。
死んだ脂虫を複数回『復活』させて、同じ個体を何体も創りだすのだ。
いわば脂虫のコピー&ペーストだ。
死者を弄ぶ外道の術。
対象が脂虫だからこそ許される鬼畜の技。
そんな技術を使い、コピペした2匹の脂虫のうち1匹を囮にした。
だから先ほど屠った豚男は粗悪な急造品だった。
鷹乃たちは方天画戟で武装した囮に惑わされていたのだ。
その隙に、伏兵となったもう1匹が着実に美穂へと迫っていた。
窓は内側から施錠されていたはずだが、他の宝貝を使って開けたのだろう。
「あずさァァァァァ! 俺のあずさァァァァァァァ!!」
豚男は雄叫びをあげながら、サッシを乗り越えて部屋に跳びこむ。
そして手斧を振りかざす。
狙いは美穂だ。
鷹乃の式神の身体を美穂の近くに置いておいたのは正解だった。
だが防御魔法を行う暇はない。
……だから躊躇もなかった。
「あ……!?」
鷹乃は美穂の前に身を投げ出した。
豚男の手斧が、長身の鷹乃の胸に突き刺さる。
式神の身体を通じて激痛が伝わる。
だが怒りが痛みを払拭する。
もう一瞬、反応が遅れれば美穂が……。
「魔法使いさん!?」
「オ……ノレ……」
美帆の悲鳴を背中で聞きながら、鷹乃は最後の術を行使する。
「貴様如キニ、美穂ヲ傷ツケサセヌ!」
式神の身体が無数の水の刃へと変わる。
そして豚男を切り刻みながら部屋の外へと吹き飛ばす。
奴の宝貝が方天画戟ではなかったことだけは幸いだ。
豚男の破片は地に落ちる間もなく腐って消えた。
跡には何も残らなかった。
そして襲撃者も守り手もいなくなった部屋の中で、美穂は呆然と窓の外を見やる。
「魔法使い……さん……」
「美穂さん、無事ですか!?」
部屋のドアからクレアとベティが跳びこんできた。
結界が前触れもなく消滅したため、鷹乃に何かあったと察したのだ。
「あの、わたしは大丈夫です」
美帆はおずおずと声をかける。
「けど魔法使いさんが……」
ひとりごちるように言いつつ、開け放たれた窓を見やった。
結界も怪異もなくなった夜空には、普段と同じ星が瞬いていた。
外からは黒いとばりに見えるその内側を、術者である鷹乃は見透かすことができる。
だが鷹乃は機械の口元を歪ませる。
戦況は思わしくない。
傭兵2人の戦力を、方天画戟が襲撃者に与えた耐久力が上回っていた。
「ねえ、鳩さん」
自室の机の側の、いつもの場所に座ったまま美帆が言う。
鷹乃は無言で振り返る。
「鳩時計さんは、魔法使いなんだよね?」
「ナッ……!?」
鷹乃は驚く。
そんな鷹乃を見やって美穂は普段のやり取りと同じように笑い、言葉を続ける。
「昔、絵本で呼んだことがあるんだ。魔法使いさんの魔法は、魔法を使えない人が見ると消えちゃうんだって」
「別ニ、ソウイウ訳デハ……」
「だから、わたしはこうして目をつむってるね」
言って美穂は鷹乃に背を向け、目をつむる。
口調と仕草からは、彼女が戯れているのか本気なのかはわからない。
だが、魔法の存在を余人に知られぬため、見られないよう留意しなければならないのは本当だ。【組合】を始めとする魔術結社は、そうやって魔法を守って来た。
だから美穂が魔法について、知っているはずはない。
先日の襲撃の際も、記憶に蓋をする必要すらなく彼女らは魔法を見ていなかった。
何かの見間違いか思い違いだと思ったらしい。
それが魔法や異能とは無縁の生活を送る一般人の、標準的な感覚だ。
だが美穂は今までもそうだった。
何も知らぬはずなのに、冗談めかした口調で、本質を見抜いたようなことを言う。
一見して梓と似ているが、あまり裏表なく天然な彼女とは真逆だ。
だが鷹乃は、そんな美穂の言動が嫌いではなかった。
「だから、魔法使いさんの魔法で、お友達をたすけてあげて」
「……」
結局、言葉の真意を介せぬまま、それでも鷹乃は美穂と背中合わせに座禅を組む。
そして集中する。
自身の魔力で創りだされた結界に同調し、ベティとクレアを援護するために。
そして結界の内部では、
「……!?」
「こいつは厄介っすね」
クレアとベティは、豚男を前に立ちすくんでいた。
豚の額からのびた蛾のような触角が不気味に揺れる。
肉で皮膚がはちきれそうな両手で握られた、長い槍の穂先が鈍く光る。
方天画戟。
銃と魔法の猛攻による致命的な損傷を、この宝貝の力で癒したのだ。
燃え尽きた炎の跡を踏みにじりながら、豚男は走り来る。
クレアは素早くアサルトライフルの弾倉を交換する。
ベティも小型拳銃を構え、銃身の下側から銃剣のように【鉄の術】をのばす。
だが、どちらの攻撃も敵への致命的な打撃にはなり得ない。
豚は突く。
ベティは【盾の術】を行使し風の盾で穂先を逸らす。
体勢を崩した豚の肩口を【鉄の術】の光のカギ爪で斬り裂く。
だが深くえぐったはずの傷は、不気味に泡立ちながら跡形もなく癒える。
これではキリがない。
そう歯噛みした、その時、
『苦戦シテイルヨウダナ』
何処からともなく声がした。
結界と同調した鷹乃である。
『力ヲ貸ソウ』
「そいつは重畳っす!」
同僚の言葉にベティが笑う。
陰陽師の結界は、いわば式神の一種である。
だから技量に長けた術者なら、式神にリンクするように同調することも可能だ。
そして自らの結界を意のままに操り、中にいる味方をフォローできる。
つまりベティとクレアにとっては、世界そのものが味方になったようなものだ。
「俺の邪魔ヲ! するナァァァァァァ!!」
豚男は槍を振り上げて襲いかかる。
その足首を、地面からのびた無数の鎖が縛める。
即ち【白虎・鉄鎖法】。
陰陽術のひとつであり、金行により金属を生み出し操る拘束術だ。
この結界は鷹乃とリンクした式神だ。
だから結界内部のどこからでも、鷹乃は自由に魔術を行使することができる。
しかも結界そのものが十分以上の魔力を内包している。
だから普段の式神の時とは違い、施術に符すら必要ない。
「邪魔をするナ! 俺はあずさニ! あずさニィィィ!!」
鉄の鎖に縛られながら豚男は叫ぶ。
声色も語る言葉も汚らしい、まさにケダモノのような叫びだ。
そんな豚を文字通り天から見下しながら、
『方天画戟ノ再生能力トテ無限デハナイ』
鷹乃はベティとクレアに語りかける。
『肉体ヲ完膚ナキマデニ引キ裂イテシマエバ、再生ハ出来ヌ!』
「そいつは良いことを聞いたっす!」
「では遠慮なくやらせていただきましょう」
クレアはグレネードランチャーを低く構える。
そして動けない豚男めがけ、残りの全弾を発射する。
5発の砲弾は豚男の周囲に着弾する。
そして一斉に爆発する。
連なる轟音、爆風、
圧倒的な火力が熱風となって周囲を炙る。
そして、その中心にいる豚男を焼き尽くす。
豚男の触角がのびる。
手にした方天画戟が持ち主を癒しているのだ。
だが、そんなことは承知の上だ。
クレアはグレネードランチャーを背に戻す。
そして再びアサルトライフルを構える。
『我ガ力ヲ使エ!』
声と共に、結界の床から魔力の塊が跳び出てクレアを包む。
クレアが構えたアサルトライフルが、その先端に取り付けられた銃剣が、炎の熱と光を浴びてギラリと光る。
即ち【大陰・鉄装法】。
異能力【装甲硬化】、その上位版である道術【金行・硬衣】と同様に、身に着けた武具を無敵にする。
そして勢いを減じた炎を突っ切って、クレアは標的めがけて走る。
再生した男が槍を構える暇すらない。
たるんだ腹にアサルトライフルの銃剣が突き刺さる。
10kg近い装備重量に疾走の勢いを乗せた銃剣突撃。
鋭利な刃が、醜く肥えた豚男の腹に埋まりこむ。
「アァァァァァァ!!」
男は豚のような悲鳴をあげる。
だがクレアの猛攻は止まらない。
突撃の勢いのまま、豚男を突き刺したままアサルトライフルを持ち上げる。
志門舞奈に勝るとも劣らぬ上腕二頭筋が、袖がはちきれそうなほど強固に膨らむ。
魔法を使えぬ警備員が、重火器で鍛えた筋力の賜物だ。
豚男は腹に刺さった銃剣だけを始点に宙吊りになって、激痛にもがく。
通常なら銃も銃剣も只では済まない荒業。
だが、【大陰・鉄装法】によって武具が無敵になった今なら可能だ。
豚は槍を手にしたまま、だが文字通り手も足も出ないまま激痛に呻く。
そしてクレアは容赦なく引き金を引く。フルオート。
銃声、悲鳴。
無数の小口径ライフル弾が豚男の腹で踊る。
弾丸の嵐が、身動きできぬ豚の腹をぐちゃぐちゃにかき混ぜてミンチにしながら背中から吐き出される。
豚は腹からヤニ色の臓腑をまき散らしながら宙を舞う。
そんな最中にも豚の額の触角はのび、傷口は不気味に蠢く。
だが今や方天画戟の再生能力は、豚男の苦痛を長引かせているだけだ。
そして醜く卑しい喫煙者の豚は、地に落ちことすら許されない。
落下地点の近くには長身のベティが待ち構えていた。
「疾風のオーヤよ! 力をお貸しくださいませ!」
ベティが叫ぶと、風が吹く。
そして腹をえぐられ落ちてきた豚の身体が横一文字に斬り裂かれ、跳ね飛ばされる。
大気を操りギロチン刃と化す【刃の術】の呪術。
『ソナタニハ是ダ!』
声と同時に、ベティと落下予測地点のまん中ほどに、光り輝く五芒星があらわれる。
即ち【セーマン】。
カバラの【ダビデの盾】、あるいは高等魔術【魔道聖印】と同等の、魔力を強化する文様の盾。
「疾風のオーヤ様! こいつを全部使ってデカイの一発お願いします!」
ベティはささみスティックを袋ごと取り出しつつ叫ぶ。
ささみは黒いもやになって未開封の袋から漏れ出す。
そして再びビュウと風が吹く。
今度はベティの目前の空気が軋み、幾つものつむじ風があらわれた。
その数は、消えたささみの数と同じ。
長身のベティの背丈ほどもある数多の渦が、ベティのショートアフロの髪と警備員の制服をはためかせながら荒れ狂う。
「さあ、行くっすよ!」
術者の命に応じ、竜巻たちは文様をくぐって巨大化し、幾つもの巨大な渦と化す。
ヴードゥーにおいて複数のつむじ風を放つ術の名は【竜巻の術】。
個々の渦が対象を追尾し、【刃の術】の要領で何度も斬り刻む恐るべき呪術。
ベティの技量では手持ちの贄を全部使わないと行使すらできない大技だ。
それを鷹乃のセーマンによって、更に巨大に鋭利に強化したのだ。
竜巻たちは落下予測地点に集い、落ちてきた豚男を受け止める。
何枚ものギロチン刃を重ねたような大気の渦が、豚を飲みこみ、斬り刻む。
ぶくぶくと醜く肥えた豚の四肢が、身体が、無残に引き裂かれる。
ヤニで歪んだ豚面が、恐怖と苦痛と斬撃によってひしゃげる。
それでも方天画戟は、ほぼ肉塊と化した所有者を癒そうと傷口を蠢かせる。
『コレデ終ワリダ!』
そんな無様な豚に引導を渡すように、地面から水の刃がいくつも飛び出した。
鷹乃の【天后・玄武・刃嵐法】である。
ベティの【刃の術】に匹敵する巨大な刃。
それが数十。
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ベティは、クレアは、今度こそ勝利の笑みを浮かべた。
豚の四肢の断面は、明らかに人間のそれではない。
方天画戟によって体組織を昆虫のそれに変化させられていたからだ。
喫煙によって、彼は人ではない怪異になった。
肉人壺によって他者の骸を使って復活させられた。
さらに戦いの中で、宝貝によって肉体すら人外へ作り変えられていった。
人の道を外れた下種の、哀れな末路だ。
さらに豚男の四肢は、みるみる腐敗して崩れ落ちる。
肉人壺による復活は骸を使った紛い物だ。
その中でも、特に粗悪に急造されたのだろう。
データ化された脂虫の人格情報に敬意を払う者などいない。
脂虫――臭くて不潔な喫煙者は自ら人権を捨てた、いわば人間の不良品だ。
だから術者の、あるいは宝貝の都合によって複製される。
時に粗悪な肉体をあてがわれる。
だが一世一代の襲撃に際し、豚男を粗悪に急増する意図は……?
――直感に後押しされるように、鷹乃は鉄仮面の式神へと意識を戻す。
座禅を組んだ式神の顔を、間近で美帆が覗きこんでいた。
まったく、こちらを見ないと言っておったのに。だが、
「魔法使いさん!? よかった!」
美穂はほっとした、だが切羽詰まった表情で窓を指さす。
「あ、あの! 窓に!?」
悲鳴に窓を見やる。
そこには先ほど倒したはずの豚男がいた。
「伏兵ダト!?」
仮面の奥で驚愕する。
ここにきて、肉人壺に復活の技術を応用した外道の術があることを思い出す。
死んだ脂虫を複数回『復活』させて、同じ個体を何体も創りだすのだ。
いわば脂虫のコピー&ペーストだ。
死者を弄ぶ外道の術。
対象が脂虫だからこそ許される鬼畜の技。
そんな技術を使い、コピペした2匹の脂虫のうち1匹を囮にした。
だから先ほど屠った豚男は粗悪な急造品だった。
鷹乃たちは方天画戟で武装した囮に惑わされていたのだ。
その隙に、伏兵となったもう1匹が着実に美穂へと迫っていた。
窓は内側から施錠されていたはずだが、他の宝貝を使って開けたのだろう。
「あずさァァァァァ! 俺のあずさァァァァァァァ!!」
豚男は雄叫びをあげながら、サッシを乗り越えて部屋に跳びこむ。
そして手斧を振りかざす。
狙いは美穂だ。
鷹乃の式神の身体を美穂の近くに置いておいたのは正解だった。
だが防御魔法を行う暇はない。
……だから躊躇もなかった。
「あ……!?」
鷹乃は美穂の前に身を投げ出した。
豚男の手斧が、長身の鷹乃の胸に突き刺さる。
式神の身体を通じて激痛が伝わる。
だが怒りが痛みを払拭する。
もう一瞬、反応が遅れれば美穂が……。
「魔法使いさん!?」
「オ……ノレ……」
美帆の悲鳴を背中で聞きながら、鷹乃は最後の術を行使する。
「貴様如キニ、美穂ヲ傷ツケサセヌ!」
式神の身体が無数の水の刃へと変わる。
そして豚男を切り刻みながら部屋の外へと吹き飛ばす。
奴の宝貝が方天画戟ではなかったことだけは幸いだ。
豚男の破片は地に落ちる間もなく腐って消えた。
跡には何も残らなかった。
そして襲撃者も守り手もいなくなった部屋の中で、美穂は呆然と窓の外を見やる。
「魔法使い……さん……」
「美穂さん、無事ですか!?」
部屋のドアからクレアとベティが跳びこんできた。
結界が前触れもなく消滅したため、鷹乃に何かあったと察したのだ。
「あの、わたしは大丈夫です」
美帆はおずおずと声をかける。
「けど魔法使いさんが……」
ひとりごちるように言いつつ、開け放たれた窓を見やった。
結界も怪異もなくなった夜空には、普段と同じ星が瞬いていた。
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