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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
戦闘1-1 ~ヴードゥー呪術&銃技vs方天画戟
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支倉美穂の家は、学校や公園、商店街のある亜葉露町に建つ2階建ての一軒家だ。
鷹乃は何度か遊びに来ている。
そんなごく普通の家の玄関口で、
「娘をよろしくお願いします」
「ご不便をおかけしますが、大船に乗った気持ちでいてください」
クレアたちと美穂の母親が頭を下げ合う。
護衛の件については、すんなり話がまとまった。
どうやら『Joker』から事前に話があったらしい。
代わりに、
「学校のガードマンさん!?」
見知った顔に、美穂は少し驚いたようだ。
ベティもクレアも普段は学校の警備員をしている。
「ガードマンもやってますが、今日は『Joker』の警備員っす。近くっすからね」
「警備を受け持ってる会社が同じなんですよ」
「そうなんですか……」
不安げな美穂に、ベティとクレアが事情を説明する。
「それに、慣れた顔に護衛された方が安心っすからね」
適当にもっともらしいことを言うベティ。だが、
「あの、学校のみんなには、わたしが……」
美穂の不安は別のところにあったようだ。
「もちろん、口外なんてしませんよ。我々【安倍総合警備保障】の警備員は、生徒さんの秘密も、アーティストの秘密も厳守します」
「よかった」
クレアの返事に、美穂はようやく安心したようだ。
ほっと胸をなでおろす。そして、
「あの、あちらの方は……?」
指さす先には、鉄仮面をかぶった着流し。
鷹乃の式神である。
親友である美穂の護衛に、鷹乃は自身がリンクした式神を派遣することを選んだ。
自身の業務を彼女に知られないためだ。
……単に本体より式神の方が強いという理由もあるが。
「そいつは鳩時計っす。恥ずかしがり屋なんで仮面をかぶってるんすよ」
(誰ガ鳩時計ジャ)
適当な説明をするベティをギロリと睨む。
だが、それ以上は何も言わないのは、本名を名乗るわけにはいかないからだ。
「よろしくね、鳩時計さん」
美穂は鷹乃に挨拶する。
その仕草が他の2人に対するそれとは違い、いたずらっぽく感じるのは気のせいか?
「……ウム。宜シク頼ム」
答えつつ、どことなく普段の会話と同じ雰囲気になるのを感じる。
背の高さは逆転しているはずなのに……。
「それでは、わたしたちは表を警備してますので」
「鳩は美穂ちゃんを頼むっす」
そう言ってクレアとベティは玄関の外に残る。
2人はそのまま家の外を警戒するのだ。
「ソレデハ、邪魔スル」
言いつつ鷹乃は階段へと向かう。
2階に美穂の部屋があるのだ。
「鳩さん、わたしの部屋の場所を知ってるみたい」
「ソ、ソンナ事ハナイゾ」
追いついてきた美穂が意味ありげに言ったので、あわてて誤魔化す。
「ふふっ」
結局いつもと同じような会話をしながら、階段を上る。
鳩さんという呼び名に、何とはなしに釈然としないものを感じる。
そう思い、ふと思い出す。
そういえば鷹乃『ちゃん』という呼び名も、鷹乃は最初は苦手だった気がする。
長身の彼女らにそう呼ばれると、自分だけ子供になったみたいだからだ。
けど、いつの間にか慣れた。
「こちらがわたしの部屋です」
美穂が開けてくれた部屋に入る。
見なれた友人の部屋は、可愛らしい調度品でまとめられた女の子らしい部屋だ。
梓の家は音楽関係の資材が多く、鷹乃の家も魔術関係の代物が多いため、いつも3人で集まるのは美穂の家だった。
だから鷹乃は無意識に、いつも座っているクッションに歩み寄る。
そして今の自分の立場は美穂の友人じゃない気づき、誤魔化すように窓際に立つ。
そんな鉄仮面を見やって美穂は笑う。
「この時間だとテレビでロボットアニメやってるけど、見ますか?」
「イヤ、仕事デ来テイルノデナ」
いたずらっぽく言った美穂に焦って答える。
機械合成じみた声色に感情が滲まないのが幸いだ。
リアルの鷹乃はロボットアニメとか好きだと思われている。
男子とロボット談義などしているからだ。
美穂がこんなことを言ったのは、式神の身体が機械的だからか、それとも……。
「……ソレニ」
険しい視線を眼下に向ける。
会話を誤魔化す方便になって幸いか。あるいは――。
「始マッタヨウダ」
支倉邸に、1匹の脂虫が歩み寄っていた。
「――ありゃりゃ、こちらに来たっすね」
その様は、玄関前に立っていたベティとクレアからも見えていた。
人気のない夜の路地を、豚のように醜く肥え太った不審者が歩み寄る。
くわえ煙草の豚男の周囲に、焦げた糞尿のような悪臭が漂う。
離れていてもわかる悪臭に顔をしかめつつも、クレアは人相を確かめる。
間違いなく、件の豚男だ。
「それにしても、見た目ホントに豚っすねー」
目の良いベティは既に相手の正体を悟っていたようだ。
「でも臭くて食えたもんじゃなさそうっすが」
奴が倒すべく敵だと。
「ええ、こちらにも警備をつけて正解でしたよ」
軽口に、いつものようにクレアはうなずく。
復活する脂虫は豚男と猿男の2匹。
豚男がライブ会場の梓を襲う可能性と、自宅の美穂を狙う可能性は五分だった。
猿男は復活の要である肉人壺のある自宅から離れないと思われる。
だが豚男とは逆の相手を襲撃する可能性はゼロではない。
だから双方に護衛を配した。
対する豚男は、どうやら美穂を襲うことにしたようだ。
あるいは美穂を害した後でコンサート会場に乗りこむつもりだろうか。
憶測を巡らせるクレアたちの前で、豚男は立ち止まる。
ターゲットの家の前に普段はいない警備員がいるのに気づいたようだ。
「アアァァァァ!!」
夜目にもわかるほどヤニ色に濁った目を吊り上げ、狂ったように叫びながら走る。
「鷹乃様、お願いします!」
クレアは慌てず、懐から符の束を取り出して放つ。
符はひとりでにたたまれ折り鶴になって八方に飛ぶ。
途端、世界が変容した。
夜の街並みが、現実味を欠いた幽玄と化す。
立ち並ぶ家々の向うから白虎、玄武、青龍、朱雀――五行の象徴が顔を覗かせる。
天地には輝く晴明桔梗紋が浮かび上がる。
符にこめられた【四角四堺】の魔術だ。
クレアは【機関】の魔術師から魔道具を仕入れ、使用している。
だが【組合】の息のかかった【機関】の魔道士は、非魔法使いに魔力そのものを操作する以外の術を提供しようとしない。術の悪用を警戒しているのだ。
だから今回の作戦に際し、鷹乃は彼女に符にこめた魔術を託した。
魔道具の使用経験を活かし、戦術結界を張ってもらうためだ。
怪異との戦闘が予測されるのだから、その程度の備えはする。
「俺ノあずさへノ思いヲ! 邪魔するなァァァァァ!!」
豚男は雄叫びをあげつつ襲い来る。
結界に閉じこめられたと悟ったようだ。
その手の中で、長槍がのびる。
頭蓋と毛で装飾された、不吉な槍の穂先がギラリと光る。
「そいつが方天画戟っすね」
ベティは余裕の笑みを浮かべて前に出る。
事前に鷹乃から警告されていた。
その槍は、所有者の人間性と引き換えに再生の能力を与える宝貝だ。
「アアァァァァ!!」
豚は方天画戟でベティを突く。
鋭い穂先が不吉に光る。
だが身体強化に頼りきった猛撃を、警備員の長躯は風のように避ける。
豚男は渾身の突きを避けられバランスを崩す。
その側頭に、ベティは抜く間も見せずに小型拳銃の銃口を突きつける。
銃声。躊躇はない。
反対側の側頭からヤニ色に濁った体液が飛び散る。
口元に煙草を癒着させたまま、驚きに目を見開いた豚の側頭には穴。
ベティは笑う。
この豚は護衛対象の生命を脅かす敵で、悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者――脂虫だ。
生かしておく理由などない。
だが再生するという敵に対し、警備員たちの攻めは終わらない。
「門のレグバよ、力をお貸しくださいませ!」
銃を持つとは逆の手で、ささみスティックを天に掲げる。
ささみは黒煙と化して霧散する。同時に、
「待ってましたよ」
クレアの足元のアスファルトが避ける。
その中から、2丁の長物があらわれた。
銃口を下にしてゆっくりとせり上がってくるそれは、どちらも両手持ちの長物だ。
贄を使って行使した【蔵の術】である。
クレアは手製のバックパックでアサルトライフルを背負う。
そして巨大なリボルバー拳銃のようなグレネードランチャーを両手で構える。
対して豚は、方天画戟で傷を癒す。
豚男の心身は槍に支配されているから、脳を損傷しても支障はない。
側頭の穴に汚物のような体液が這い集まり、不気味な音を立てて塞がる。
「ま、9パラっすからね」
ベティは軽口をたたきつつ跳び退り、
「鉄火のオグンよ、力をお貸しくださいませよ!」
新たな呪術を行使する。
人間離れしたスピードと筋力を付与する【豹の術】。
そんなベティめがけ、再生した豚は先ほどと同じように槍を突く。
だが今度は身体強化の力まで借りたベティを、捉えられるはずもない。
だからベティは苦も無く槍をかいくぐる。
そして再び肉薄し、顔面に小型拳銃をつきつける。
至近距離から、今度は乱射。
狙いの怪しいベティの射撃も、威力の不安な小口径弾も、接射なら関係ない。
ヤニで歪んだ豚の顔が果物みたいにひしゃげる。
悲鳴をあげる暇すらない。
間髪入れずに回し蹴り。
2メートル近い長躯に【豹の術】の身体強化を重ねた、砲撃にも迫る蹴撃。
鉄板が仕込まれたつま先からのびる光の刃――【鉄の術】が豚の腹を捉える。
顔を無くした豚男は、腹からもヤニ色の体液をまき散らしながら向かいの家の壁に叩きつけられる。
激突。
衝撃で、結界の一部となっているはずの壁がきしむ。
その上さらに、
「サムディ男爵! 力をお貸しくださいっす!」
叫ぶと同時に、脂肪の詰まった豚男の胴が弾ける。
即ち【破砕の術】。
肺に詰まったニコチンを罪穢れとみなし、爆発させる術だ。
喫煙によって人権を捨てた脂虫は、人ではなく怪異だ。
だから脂虫を爆発させる術は世界中の多くの流派で用いられる。
対象を内部から破壊するこの術は、有害で邪悪な喫煙者を確実に葬り去る。
ベティは会心の笑みを浮かべる。
クレアも笑う。
だが次の瞬間、豚の身体は不気味な音を立てながら癒えた。
ひしゃげた肺に、顔面に、飛び散った肉片が這い集まる。
そし無様に肥え太った胴と、豚のような醜い顔を再生する。
蘇った豚男の額からは、先程はなかった蛾のような触角が生えている。
そして、豚の手の中で槍の穂先がギラリと光る。
「これが方天画戟の力っすか」
ベティは言って舌打ちする。
クレアも顔をしかめる。
「アァァァァァァ!!」
男は激高しながら槍を突く。
「おっと!」
ベティは素早く跳び退り、
「射線を空けてください!」
背後からの声に応じて横に跳ぶ。
その残像を切り裂きながら、鋭い砲弾が飛来する。
クレアのグレネードランチャーが火を噴いたのだ。
砲弾は槍を突き出した豚男の足元に着弾する。
爆音。閃光。
炎の攻撃魔法に匹敵する凄まじい爆発が、槍を手にした豚男を飲みこむ。
だが炎の中に揺らぐ影は、人の形を保っている。
炎に焼かれながら再生を繰り返し、人の形を維持しているのだ。
「アァァ! グアァァァ!!」
熱に焼かれて吠えながら、豚男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
クレアは舌打ちしつつ、グレネードランチャーを手製のバックパックで背負う。
代わりにアサルトライフルを両手で構える。
「これならどうです!」
炎めがけてアサルトライフルを斉射する。
連なる銃声、発火炎
炎の中の歪な影は、何発もの小口径ライフル弾に穿たれながら踊る。
「雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませ!」
次いでささみをかざしながら、ベティが叫ぶ。
途端、閃光と轟音を連れて天から落雷がのびる。
凄まじい稲妻は、炎に踊る豚男の影を無慈悲に打ち据える。
即ち【雷の術】の呪術。
本来なら雲のない場所での行使は困難な術だが、ここは鷹乃の結界の中だ。
だから、ささみスティックを贄にして増強された魔力は純粋に術の威力を上乗せさせるためだけに使わる。
ベティやクレアたち【安倍総合警備保障】は、異能を操る怪異や怪人との戦闘・要人警護までをも視野に入れた民間警備会社だ。
敵が不死者のごとく耐久力や再生力を持っていることなど想定済みだ。
そんな組織が長年の経験から培ってきた半不死者への対策。
それは敵の耐久性能を超える圧倒的な火力を叩きつけることによる正攻法である。
不死者への対処に近道はない。
死ぬまで殺し続ける王道だけが唯一の道だ。
そんなメソッドに従い爆炎に焼かれ、銃弾と轟雷を浴びた豚男。だが、
「……!?」
「こいつは厄介っすね」
爆炎と煙が止んだ後、そこには槍を構えた豚男が立っていた。
衣服は焼け焦げ、先ほどより触角がのびている。
だが、それ以外はまったくの無傷で。
鷹乃は何度か遊びに来ている。
そんなごく普通の家の玄関口で、
「娘をよろしくお願いします」
「ご不便をおかけしますが、大船に乗った気持ちでいてください」
クレアたちと美穂の母親が頭を下げ合う。
護衛の件については、すんなり話がまとまった。
どうやら『Joker』から事前に話があったらしい。
代わりに、
「学校のガードマンさん!?」
見知った顔に、美穂は少し驚いたようだ。
ベティもクレアも普段は学校の警備員をしている。
「ガードマンもやってますが、今日は『Joker』の警備員っす。近くっすからね」
「警備を受け持ってる会社が同じなんですよ」
「そうなんですか……」
不安げな美穂に、ベティとクレアが事情を説明する。
「それに、慣れた顔に護衛された方が安心っすからね」
適当にもっともらしいことを言うベティ。だが、
「あの、学校のみんなには、わたしが……」
美穂の不安は別のところにあったようだ。
「もちろん、口外なんてしませんよ。我々【安倍総合警備保障】の警備員は、生徒さんの秘密も、アーティストの秘密も厳守します」
「よかった」
クレアの返事に、美穂はようやく安心したようだ。
ほっと胸をなでおろす。そして、
「あの、あちらの方は……?」
指さす先には、鉄仮面をかぶった着流し。
鷹乃の式神である。
親友である美穂の護衛に、鷹乃は自身がリンクした式神を派遣することを選んだ。
自身の業務を彼女に知られないためだ。
……単に本体より式神の方が強いという理由もあるが。
「そいつは鳩時計っす。恥ずかしがり屋なんで仮面をかぶってるんすよ」
(誰ガ鳩時計ジャ)
適当な説明をするベティをギロリと睨む。
だが、それ以上は何も言わないのは、本名を名乗るわけにはいかないからだ。
「よろしくね、鳩時計さん」
美穂は鷹乃に挨拶する。
その仕草が他の2人に対するそれとは違い、いたずらっぽく感じるのは気のせいか?
「……ウム。宜シク頼ム」
答えつつ、どことなく普段の会話と同じ雰囲気になるのを感じる。
背の高さは逆転しているはずなのに……。
「それでは、わたしたちは表を警備してますので」
「鳩は美穂ちゃんを頼むっす」
そう言ってクレアとベティは玄関の外に残る。
2人はそのまま家の外を警戒するのだ。
「ソレデハ、邪魔スル」
言いつつ鷹乃は階段へと向かう。
2階に美穂の部屋があるのだ。
「鳩さん、わたしの部屋の場所を知ってるみたい」
「ソ、ソンナ事ハナイゾ」
追いついてきた美穂が意味ありげに言ったので、あわてて誤魔化す。
「ふふっ」
結局いつもと同じような会話をしながら、階段を上る。
鳩さんという呼び名に、何とはなしに釈然としないものを感じる。
そう思い、ふと思い出す。
そういえば鷹乃『ちゃん』という呼び名も、鷹乃は最初は苦手だった気がする。
長身の彼女らにそう呼ばれると、自分だけ子供になったみたいだからだ。
けど、いつの間にか慣れた。
「こちらがわたしの部屋です」
美穂が開けてくれた部屋に入る。
見なれた友人の部屋は、可愛らしい調度品でまとめられた女の子らしい部屋だ。
梓の家は音楽関係の資材が多く、鷹乃の家も魔術関係の代物が多いため、いつも3人で集まるのは美穂の家だった。
だから鷹乃は無意識に、いつも座っているクッションに歩み寄る。
そして今の自分の立場は美穂の友人じゃない気づき、誤魔化すように窓際に立つ。
そんな鉄仮面を見やって美穂は笑う。
「この時間だとテレビでロボットアニメやってるけど、見ますか?」
「イヤ、仕事デ来テイルノデナ」
いたずらっぽく言った美穂に焦って答える。
機械合成じみた声色に感情が滲まないのが幸いだ。
リアルの鷹乃はロボットアニメとか好きだと思われている。
男子とロボット談義などしているからだ。
美穂がこんなことを言ったのは、式神の身体が機械的だからか、それとも……。
「……ソレニ」
険しい視線を眼下に向ける。
会話を誤魔化す方便になって幸いか。あるいは――。
「始マッタヨウダ」
支倉邸に、1匹の脂虫が歩み寄っていた。
「――ありゃりゃ、こちらに来たっすね」
その様は、玄関前に立っていたベティとクレアからも見えていた。
人気のない夜の路地を、豚のように醜く肥え太った不審者が歩み寄る。
くわえ煙草の豚男の周囲に、焦げた糞尿のような悪臭が漂う。
離れていてもわかる悪臭に顔をしかめつつも、クレアは人相を確かめる。
間違いなく、件の豚男だ。
「それにしても、見た目ホントに豚っすねー」
目の良いベティは既に相手の正体を悟っていたようだ。
「でも臭くて食えたもんじゃなさそうっすが」
奴が倒すべく敵だと。
「ええ、こちらにも警備をつけて正解でしたよ」
軽口に、いつものようにクレアはうなずく。
復活する脂虫は豚男と猿男の2匹。
豚男がライブ会場の梓を襲う可能性と、自宅の美穂を狙う可能性は五分だった。
猿男は復活の要である肉人壺のある自宅から離れないと思われる。
だが豚男とは逆の相手を襲撃する可能性はゼロではない。
だから双方に護衛を配した。
対する豚男は、どうやら美穂を襲うことにしたようだ。
あるいは美穂を害した後でコンサート会場に乗りこむつもりだろうか。
憶測を巡らせるクレアたちの前で、豚男は立ち止まる。
ターゲットの家の前に普段はいない警備員がいるのに気づいたようだ。
「アアァァァァ!!」
夜目にもわかるほどヤニ色に濁った目を吊り上げ、狂ったように叫びながら走る。
「鷹乃様、お願いします!」
クレアは慌てず、懐から符の束を取り出して放つ。
符はひとりでにたたまれ折り鶴になって八方に飛ぶ。
途端、世界が変容した。
夜の街並みが、現実味を欠いた幽玄と化す。
立ち並ぶ家々の向うから白虎、玄武、青龍、朱雀――五行の象徴が顔を覗かせる。
天地には輝く晴明桔梗紋が浮かび上がる。
符にこめられた【四角四堺】の魔術だ。
クレアは【機関】の魔術師から魔道具を仕入れ、使用している。
だが【組合】の息のかかった【機関】の魔道士は、非魔法使いに魔力そのものを操作する以外の術を提供しようとしない。術の悪用を警戒しているのだ。
だから今回の作戦に際し、鷹乃は彼女に符にこめた魔術を託した。
魔道具の使用経験を活かし、戦術結界を張ってもらうためだ。
怪異との戦闘が予測されるのだから、その程度の備えはする。
「俺ノあずさへノ思いヲ! 邪魔するなァァァァァ!!」
豚男は雄叫びをあげつつ襲い来る。
結界に閉じこめられたと悟ったようだ。
その手の中で、長槍がのびる。
頭蓋と毛で装飾された、不吉な槍の穂先がギラリと光る。
「そいつが方天画戟っすね」
ベティは余裕の笑みを浮かべて前に出る。
事前に鷹乃から警告されていた。
その槍は、所有者の人間性と引き換えに再生の能力を与える宝貝だ。
「アアァァァァ!!」
豚は方天画戟でベティを突く。
鋭い穂先が不吉に光る。
だが身体強化に頼りきった猛撃を、警備員の長躯は風のように避ける。
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その側頭に、ベティは抜く間も見せずに小型拳銃の銃口を突きつける。
銃声。躊躇はない。
反対側の側頭からヤニ色に濁った体液が飛び散る。
口元に煙草を癒着させたまま、驚きに目を見開いた豚の側頭には穴。
ベティは笑う。
この豚は護衛対象の生命を脅かす敵で、悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者――脂虫だ。
生かしておく理由などない。
だが再生するという敵に対し、警備員たちの攻めは終わらない。
「門のレグバよ、力をお貸しくださいませ!」
銃を持つとは逆の手で、ささみスティックを天に掲げる。
ささみは黒煙と化して霧散する。同時に、
「待ってましたよ」
クレアの足元のアスファルトが避ける。
その中から、2丁の長物があらわれた。
銃口を下にしてゆっくりとせり上がってくるそれは、どちらも両手持ちの長物だ。
贄を使って行使した【蔵の術】である。
クレアは手製のバックパックでアサルトライフルを背負う。
そして巨大なリボルバー拳銃のようなグレネードランチャーを両手で構える。
対して豚は、方天画戟で傷を癒す。
豚男の心身は槍に支配されているから、脳を損傷しても支障はない。
側頭の穴に汚物のような体液が這い集まり、不気味な音を立てて塞がる。
「ま、9パラっすからね」
ベティは軽口をたたきつつ跳び退り、
「鉄火のオグンよ、力をお貸しくださいませよ!」
新たな呪術を行使する。
人間離れしたスピードと筋力を付与する【豹の術】。
そんなベティめがけ、再生した豚は先ほどと同じように槍を突く。
だが今度は身体強化の力まで借りたベティを、捉えられるはずもない。
だからベティは苦も無く槍をかいくぐる。
そして再び肉薄し、顔面に小型拳銃をつきつける。
至近距離から、今度は乱射。
狙いの怪しいベティの射撃も、威力の不安な小口径弾も、接射なら関係ない。
ヤニで歪んだ豚の顔が果物みたいにひしゃげる。
悲鳴をあげる暇すらない。
間髪入れずに回し蹴り。
2メートル近い長躯に【豹の術】の身体強化を重ねた、砲撃にも迫る蹴撃。
鉄板が仕込まれたつま先からのびる光の刃――【鉄の術】が豚の腹を捉える。
顔を無くした豚男は、腹からもヤニ色の体液をまき散らしながら向かいの家の壁に叩きつけられる。
激突。
衝撃で、結界の一部となっているはずの壁がきしむ。
その上さらに、
「サムディ男爵! 力をお貸しくださいっす!」
叫ぶと同時に、脂肪の詰まった豚男の胴が弾ける。
即ち【破砕の術】。
肺に詰まったニコチンを罪穢れとみなし、爆発させる術だ。
喫煙によって人権を捨てた脂虫は、人ではなく怪異だ。
だから脂虫を爆発させる術は世界中の多くの流派で用いられる。
対象を内部から破壊するこの術は、有害で邪悪な喫煙者を確実に葬り去る。
ベティは会心の笑みを浮かべる。
クレアも笑う。
だが次の瞬間、豚の身体は不気味な音を立てながら癒えた。
ひしゃげた肺に、顔面に、飛び散った肉片が這い集まる。
そし無様に肥え太った胴と、豚のような醜い顔を再生する。
蘇った豚男の額からは、先程はなかった蛾のような触角が生えている。
そして、豚の手の中で槍の穂先がギラリと光る。
「これが方天画戟の力っすか」
ベティは言って舌打ちする。
クレアも顔をしかめる。
「アァァァァァァ!!」
男は激高しながら槍を突く。
「おっと!」
ベティは素早く跳び退り、
「射線を空けてください!」
背後からの声に応じて横に跳ぶ。
その残像を切り裂きながら、鋭い砲弾が飛来する。
クレアのグレネードランチャーが火を噴いたのだ。
砲弾は槍を突き出した豚男の足元に着弾する。
爆音。閃光。
炎の攻撃魔法に匹敵する凄まじい爆発が、槍を手にした豚男を飲みこむ。
だが炎の中に揺らぐ影は、人の形を保っている。
炎に焼かれながら再生を繰り返し、人の形を維持しているのだ。
「アァァ! グアァァァ!!」
熱に焼かれて吠えながら、豚男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
クレアは舌打ちしつつ、グレネードランチャーを手製のバックパックで背負う。
代わりにアサルトライフルを両手で構える。
「これならどうです!」
炎めがけてアサルトライフルを斉射する。
連なる銃声、発火炎
炎の中の歪な影は、何発もの小口径ライフル弾に穿たれながら踊る。
「雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませ!」
次いでささみをかざしながら、ベティが叫ぶ。
途端、閃光と轟音を連れて天から落雷がのびる。
凄まじい稲妻は、炎に踊る豚男の影を無慈悲に打ち据える。
即ち【雷の術】の呪術。
本来なら雲のない場所での行使は困難な術だが、ここは鷹乃の結界の中だ。
だから、ささみスティックを贄にして増強された魔力は純粋に術の威力を上乗せさせるためだけに使わる。
ベティやクレアたち【安倍総合警備保障】は、異能を操る怪異や怪人との戦闘・要人警護までをも視野に入れた民間警備会社だ。
敵が不死者のごとく耐久力や再生力を持っていることなど想定済みだ。
そんな組織が長年の経験から培ってきた半不死者への対策。
それは敵の耐久性能を超える圧倒的な火力を叩きつけることによる正攻法である。
不死者への対処に近道はない。
死ぬまで殺し続ける王道だけが唯一の道だ。
そんなメソッドに従い爆炎に焼かれ、銃弾と轟雷を浴びた豚男。だが、
「……!?」
「こいつは厄介っすね」
爆炎と煙が止んだ後、そこには槍を構えた豚男が立っていた。
衣服は焼け焦げ、先ほどより触角がのびている。
だが、それ以外はまったくの無傷で。
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※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
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