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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
依頼 ~アイドルの護衛
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そんなこんなで、放課後。
「張からの依頼なんて久しぶりだな」
舞奈と明日香は通学鞄を背負ったまま繁華街を歩く。
そして3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた看板の下で、
「おーい、張! 来たぞー」
「おじゃまします」
返事も待たず、赤いペンキが剥げかけたドアをガラリと開ける。
店内には相もかわらず客がいない。
「アイヤー、よく来たアルね」
いつもと変わらぬ饅頭顔の張が出迎える。
張は笑顔でドジョウ髭を揺らしつつ、
「ささ、座るアルよ。すぐに料理を持ってくるアル」
少しばかり強引に、2人をテーブル席に促す。
明日香と並んで腰かけながら、舞奈はおや? と不審に思う。
普段ならば、依頼の際には衝立の奥の席に案内されるはずだが。
……あるいは内密の話を聞かれて困るような一般客など来ないと諦めたか。
だが、そんな不審も、張が料理を並べ始めた途端にかき消えた。
「へへっ、早速いただくぜ」
まずは前菜代わりのフカヒレスープを飲み干す。
するとエビチリが中華皿に盛られてあらわれた。
本来は多人数用であろう丸テーブルの中央で、大ぶりのエビにからんだ真っ赤なソースが食欲をかきたてるように甘辛く香る。
「おっ、こいつは豪勢だ」
「あ、ちょっと!」
待ちきれぬ舞奈は皿にレンゲを大胆につっこみ、山盛りにすくって頬張る。
甘辛いケチャップソースの風味を味わいつつ、ぷりぷりとしたエビの食感を楽しむ。
そして舌が欲するに任せて次々にエビを平らげる。
するといいかげん舌が辛くなるので、白米をいただく。これも美味い。
その隣で、明日香は上品にエビチリを口に運ぶ。
「たくさんあるから、どんどん食べるアルよ」
次いで張が2人の前に並べたのは、麻婆豆腐だ。
たっぷりの挽肉と豆板醤を香ばしく炒めた肉味噌にとろみをつけた琥珀色のスープから、ざっくりカットされた木綿豆腐が顔を覗かせる。
舞奈は皿をわしっと持ち上げ、レンゲで口にかきこむ。
花椒と唐辛子がピリリと効いて、食欲をそそる。
なので欲望のままに肉と豆腐を貪る。
ご飯も貪る。
明日香はこれまた上品にレンゲを操り、自分の分の麻婆豆腐を味わう。
こちらには白米は供されていない。なぜなら、
「お次は担々麺と春巻きアルよ」
2人の前に椀が、中央には皿が並べられた。
担々麺の椀からは、ほかほかと美味そうな湯気があがっている。
皿に盛られた春巻きは大ぶりで、衣は見るからにカラリと揚がっている。
「今日はいつにも増して豪華だな」
先ほどあれだけ食べた舞奈だが、まるで食欲の衰えぬ様子で担々麺にとりかかる。
箸に持ち替え、しんなり煮こまれたチンゲン菜をもりもり頬張る。
次いでコシのあるちぢれ麺を大胆にすすり、もぐもぐと咀嚼して食感を楽しむ。
鶏ガラをコトコト煮込んだ白湯スープを、ひき肉と一緒にズズッとすする。
美味い料理はある種の魔法だ。
どれだけ食べてもまだ食べたくなる。
それでも、ようやく腹も落ち着いて、一緒に供された皿の存在を思いだす。
中央の皿に並んだ春巻きを、ひょいとつまんで口に放りこむ。
パリッと揚がった皮と、やわらかい具材のコントラストがたまらない。
ニラと挽肉のハーモニーを、皮と一緒に噛みしめる。
明日香も担々麺のスープをレンゲで味わい、麺を食して春巻きをつまむ。
上品ぶっているくせに、意外に食べるのは速いあたりが、そつのない明日香らしい。
「舞奈ちゃん、足りてるアルか?」
大盛りの料理をあれだけ供された舞奈に対し、そんなことを張は聞く。
それどころか足りないこと前提で新たな皿を持ってきた。
「おっ、わかってるじゃないか張。最高だ!」
女子小学生に最高と言わしめたのは、パリッと焼き目のついた大根餅だ。
舞奈は担々麺をすする傍ら、大根餅にまっ赤な豆板醤をたっぷりつけて口に運ぶ。
もっちりした餅のやわらかさを、豆板醤の辛さが引き立てる。
それをコクのある鶏がらスープの担々麺の合間に食べるというのが、また良い。
どうせなら餃子もと、ふと思った。
だが隣の明日香は腹いっぱいだ。
それに自分も、もう1品となると腹を膨らませるだけになってしまう。
味も香りも絶品な張の料理を味わえないのは失礼……というか悔しい。
がさつで力任せに見せかけて実はいろいろ考えるのが舞奈流だ。
そんなこんなで、2人はそれなり量があったはずの料理をぺろりと平らげた。
腹もくちくなった舞奈は、空になった皿を張が片づけるのを見やりながら、例えようもない幸せな気分を満喫する。側の明日香も満足げに微笑む。
そして片づけを終えた張がテーブルの向かいに座り、
「依頼の話アルが」
本題を切り出した。
途端、和やかな食後の空気が、張りつめたそれに変わる。
2人が仕事人で、張が依頼人だからだ。
仕事人は怪異に対する数少ない対抗手段である。
だから【機関】から回される仕事とは別に、怪異や異能がらみの災厄に見舞われた被害者から厄介事を解決するよう望まれることもある。
張は舞奈たちの情報源であると同時に、異能がらみのトラブルで度々【掃除屋】を利用する、ありがたいお得意様だ。
そして張は、依頼の前に食事を振舞って気分を良くさせる手段をよく使う。
特に重要な依頼の際には。
そんな張は、
「舞奈ちゃんたちには、しばらくの間、彼女をお願いしたいアルよ」
言って机の上に1枚の写真を差し出した。
そこに映っていたのは……
「アイドルの双葉あずさですか?」
「……おい」
舞奈は張をジト目で見やる。
「あんたも年を考えろよ。相手は中学生だぞ」
それを人を雇って何かさせるなど、大人としてどうだろうか?
そもそも【掃除屋】は仕事人だ。人間相手の仕事は専門外だ。だが、
「そうじゃないアルよ」
張はあわてて否定して、
「張梓。娘アル」
言いつつ数枚の写真を並べた。
どれも写っているのは幼女と、眼鏡の青年だ。
青年は張と同じドジョウ髭で、長袍を着ている。
だが共通項はそれだけだ。
写真の彼は線が細く、どちらかというと痩せている。
一方、幼女は青年にだっこされながら髪を引っぱっていたり、足元で長袍のすそを引っぱって遊んでいたり、やんちゃな様子だ。
親子と言われれば納得もできる。
幼女の顔立ちは、父親を主張する張とは似ずに可愛らしい。
写真は年代順に並べられているのだろう。
幼女は少しずつ背が伸び、仕草も少女らしいそれへと変化する。
隣の青年も徐々に老けて大人になり、ふっくらと肥えていく。
ついでに髪も薄くなっていく(引っぱられたせいじゃないとは思うが)。
ある1枚を境に、眼鏡の所有者が男から少女へと変わった。
そして最後の1枚は、眼鏡をかけたおさげの少女と張のツーショットだった。
最初の写真の青年が張になったのが地味にショックだった。
舞奈も食い過ぎには注意した方がいいのかもしれないと少し思った。
そんな思惑をよそに、張は最後の写真を双葉あずさの隣に並べる。
眼鏡をかけて三つ編みおさげにした彼女は、隣のアイドルとはずいぶん印象が違う。
だが、よく見ると他人の空似とは思えない類似点がいくつかある。
それでも並べられてようやく同一人物だと気づくほどだ。
常時なら2人が同一人物だとは気づかないだろう。
「まあ、事情はわかったが……」
張に娘がいること、その娘が双葉あずさだということ、そして、その事実が今まで世間に知られていなかった理由は納得できた。
「張さん、昔は痩せてらしたんですね」
舞奈があえて言わなかったことを、明日香がボソリと口にした。
張はエヘヘと禿頭をかく。
別に褒めたわけではないだろうに。
だが舞奈には、それよりツッコみたいことがあった。
「……双葉あずさは、若干14歳なんじゃなかったのか?」
朝に諜報部から聞いたばかりの知識を思い出し、やれやれと苦笑する。
張の娘だという彼女。
双葉あずさの普段の姿だという彼女。
それは土御門鷹乃といっしょにいた6年生の女子の片割れだった。
まったく世間は狭い。
「標準より背が高いと思われたくないらしいアルよ」
言って張は苦笑する。
チャビーのことを考えると、勿体ない話だとは思う。
だが持てる者には持てる者なりの苦悩があるのだろう。
そういえば園香も身長とスタイルの良さを気に病んでいた。
「それに、小学生でアイドルだなんていうといろいろ大変アルからね。……あ、もちろん学校には許可をとってるアルよ」
「……そうかい」
「ああ、そういえばそうアルね。舞奈ちゃんたちも、ちょうど梓の歌を聴く年頃アル」
「いや違うが……」
人気があるのは低学年と、諜報部の男子高校生だ。
そう言おうとして、やめる。
張との付き合いは長いつもりだったが、彼に妻子がいたとは初耳だ。
彼はそんなことを一度も話したことがなかったからだ。
けれど彼もいい年である。やもめだと決めつけるのも酷な話だ。
店舗は住居兼用ではないから、他所に家があるのだろう。
そちらで暮らしていて店に連れて来なければ、子供がいてもわかりようがない。
正直なところ、以前の舞奈なら、この状況を面白くないと思ったかもしれない。
美佳と一樹がいた頃から一緒だった彼を、見知らぬ誰かにとられたと感じただろう。
だが幾多の出会いと別れを経た今なら、彼の娘とも仲良くなれそうな気がする。
否、彼女とは既に顔見知りだ。
そんな知人2人が、舞奈の知らない家で何を話しているのか、少し興味もある。
「……てことは、今回の依頼は例の殺害予告の件か?」
そんな内心を誤魔化しながら、何食わぬ口調で問いかける。
「いたずらじゃないよな?」
「そちらの調査は警察に任せたアル。けど……」
その答えに、それもそうかと納得する。
これでも張は、元執行人の魔道士だ。
娘にたかる悪い虫の1匹くらい、潰すのはわけもない。
だが今のところ、相手はネットで殺害予告してきただけの普通の人間だ。
それに対して術を使って対抗すれば、【組合】との軋轢を生みかねない。
そんな状況で、【掃除屋】に護衛を依頼した張の判断は的確だ。
相手が人間のルールに従って動くのならば、有利なのは舞奈だ。
舞奈のSランクは身体能力と直感という人間本来の資質を高めた結果だ。
だから舞奈に守られた誰かを通常の手段で害することはできない。
かといって異能力や魔法を使えば【組合】に加えて張が公然と敵になる。
舞奈が双葉あずさ――張梓の護衛についた時点で、相手は詰みだ。
尻尾を巻いて逃げ帰るか、小学生に叩きのめされるしかない。
そして舞奈と明日香に、今回の依頼を断る理由はない。
張は2人を味方につけることに成功した。
それに舞奈は、娘を案ずる父親の気持ちを無下にしたくなかった。
もうひとりの娘を想う父親とひと悶着あったばかりだし。なので――
「――あっ、パパ!」
前触れもなくドアが開き、見知った少女が跳びこんできた。
「これ、梓。行儀が悪いアルよ」
「はーいっ……って、舞奈ちゃんと明日香ちゃんじゃないの!」
三つ編みおさげに眼鏡の巨乳は、2人を見やってニッコリ笑った。
アイドルだと言われてみれば、たしかに快活で好感の持てる笑みだ。
「舞奈ちゃんたちと知り合いだったアルか?」
「ほら! この前の! 鷹乃ちゃんの後輩のおっぱい好きな子」
「ああ、あれは舞奈ちゃんのことだったアルか……」
張は先ほどの仕返しと言わんばかりに白い視線を舞奈を向ける。
舞奈は思わず目をそらす。
いったい梓は父親に、どんな話をしたのやら……。
「あーわかった!」
さらに梓は舞奈と明日香を見やって素っ頓狂な声をあげ、
「お仕事を見学したいってのは舞奈ちゃんたちだったんだね。そっかーばれちゃってたかークラスの皆には内緒だよ」
そんなことを言いだした。
「お仕事を……」
「見学……?」
舞奈と明日香は張を見やり、どういうことだと無言で問う。
何か段取りが狂ったか、張は困ったアルなあと苦笑しつつ、
「いや、古い友人から、娘がアイドルのファンだからって頼まれて断り切れなかったアルよ。梓、しばらく2人にお仕事を見せてやって欲しいアル」
梓本人とは、そういう話になっていたか。
力技で伝えられた事実に、舞奈と明日香は顔を見合わせ、
「……そうなんですよ」
「わー知り合いの大人のお姉さんがアイドルだなんてすてきー」
口裏を合わせようとしてみる。
そして舞奈は気づいた。
今回の依頼に限って一般用のテーブルに案内されたのは、このためだ。
舞奈たちと張の話がまとまった後に、梓本人と話す段取りになっていたのだろう。
……少しタイミングがずれたようだが。
「まあ、それはいいけど」
梓は2人を怪訝そうに見やり、
「けど、こんな時に大丈夫なの?」
「その件なら警察に任せておけば平気だって、梓が言ったアルよ?」
「それはそうだけど……」
梓は可愛らしい眉を落して難色を示す。
舞奈たちが護衛役に抜擢された、もうひとつの理由がこれだろう。
どうやら梓本人は、VIP扱いで護衛されたくはないらしい。
だから張は、こんな回りくどい方法で2人を同行させたのだ。
つまり舞奈たちは、それとは気づかれずに彼女を護衛しなければならない。
だが、その程度は、かつて魔法少女だった舞奈にとっては楽勝だ。だから、
「安心しな。ネットで殺害予告してくるようなチキン野郎、あたしが……じゃなくて警察の人がぶちのめしてやるよ」
「……警官は襲撃者をぶちのめさないわよ」
明日香はやれやれと肩をすくめた。
「張からの依頼なんて久しぶりだな」
舞奈と明日香は通学鞄を背負ったまま繁華街を歩く。
そして3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた看板の下で、
「おーい、張! 来たぞー」
「おじゃまします」
返事も待たず、赤いペンキが剥げかけたドアをガラリと開ける。
店内には相もかわらず客がいない。
「アイヤー、よく来たアルね」
いつもと変わらぬ饅頭顔の張が出迎える。
張は笑顔でドジョウ髭を揺らしつつ、
「ささ、座るアルよ。すぐに料理を持ってくるアル」
少しばかり強引に、2人をテーブル席に促す。
明日香と並んで腰かけながら、舞奈はおや? と不審に思う。
普段ならば、依頼の際には衝立の奥の席に案内されるはずだが。
……あるいは内密の話を聞かれて困るような一般客など来ないと諦めたか。
だが、そんな不審も、張が料理を並べ始めた途端にかき消えた。
「へへっ、早速いただくぜ」
まずは前菜代わりのフカヒレスープを飲み干す。
するとエビチリが中華皿に盛られてあらわれた。
本来は多人数用であろう丸テーブルの中央で、大ぶりのエビにからんだ真っ赤なソースが食欲をかきたてるように甘辛く香る。
「おっ、こいつは豪勢だ」
「あ、ちょっと!」
待ちきれぬ舞奈は皿にレンゲを大胆につっこみ、山盛りにすくって頬張る。
甘辛いケチャップソースの風味を味わいつつ、ぷりぷりとしたエビの食感を楽しむ。
そして舌が欲するに任せて次々にエビを平らげる。
するといいかげん舌が辛くなるので、白米をいただく。これも美味い。
その隣で、明日香は上品にエビチリを口に運ぶ。
「たくさんあるから、どんどん食べるアルよ」
次いで張が2人の前に並べたのは、麻婆豆腐だ。
たっぷりの挽肉と豆板醤を香ばしく炒めた肉味噌にとろみをつけた琥珀色のスープから、ざっくりカットされた木綿豆腐が顔を覗かせる。
舞奈は皿をわしっと持ち上げ、レンゲで口にかきこむ。
花椒と唐辛子がピリリと効いて、食欲をそそる。
なので欲望のままに肉と豆腐を貪る。
ご飯も貪る。
明日香はこれまた上品にレンゲを操り、自分の分の麻婆豆腐を味わう。
こちらには白米は供されていない。なぜなら、
「お次は担々麺と春巻きアルよ」
2人の前に椀が、中央には皿が並べられた。
担々麺の椀からは、ほかほかと美味そうな湯気があがっている。
皿に盛られた春巻きは大ぶりで、衣は見るからにカラリと揚がっている。
「今日はいつにも増して豪華だな」
先ほどあれだけ食べた舞奈だが、まるで食欲の衰えぬ様子で担々麺にとりかかる。
箸に持ち替え、しんなり煮こまれたチンゲン菜をもりもり頬張る。
次いでコシのあるちぢれ麺を大胆にすすり、もぐもぐと咀嚼して食感を楽しむ。
鶏ガラをコトコト煮込んだ白湯スープを、ひき肉と一緒にズズッとすする。
美味い料理はある種の魔法だ。
どれだけ食べてもまだ食べたくなる。
それでも、ようやく腹も落ち着いて、一緒に供された皿の存在を思いだす。
中央の皿に並んだ春巻きを、ひょいとつまんで口に放りこむ。
パリッと揚がった皮と、やわらかい具材のコントラストがたまらない。
ニラと挽肉のハーモニーを、皮と一緒に噛みしめる。
明日香も担々麺のスープをレンゲで味わい、麺を食して春巻きをつまむ。
上品ぶっているくせに、意外に食べるのは速いあたりが、そつのない明日香らしい。
「舞奈ちゃん、足りてるアルか?」
大盛りの料理をあれだけ供された舞奈に対し、そんなことを張は聞く。
それどころか足りないこと前提で新たな皿を持ってきた。
「おっ、わかってるじゃないか張。最高だ!」
女子小学生に最高と言わしめたのは、パリッと焼き目のついた大根餅だ。
舞奈は担々麺をすする傍ら、大根餅にまっ赤な豆板醤をたっぷりつけて口に運ぶ。
もっちりした餅のやわらかさを、豆板醤の辛さが引き立てる。
それをコクのある鶏がらスープの担々麺の合間に食べるというのが、また良い。
どうせなら餃子もと、ふと思った。
だが隣の明日香は腹いっぱいだ。
それに自分も、もう1品となると腹を膨らませるだけになってしまう。
味も香りも絶品な張の料理を味わえないのは失礼……というか悔しい。
がさつで力任せに見せかけて実はいろいろ考えるのが舞奈流だ。
そんなこんなで、2人はそれなり量があったはずの料理をぺろりと平らげた。
腹もくちくなった舞奈は、空になった皿を張が片づけるのを見やりながら、例えようもない幸せな気分を満喫する。側の明日香も満足げに微笑む。
そして片づけを終えた張がテーブルの向かいに座り、
「依頼の話アルが」
本題を切り出した。
途端、和やかな食後の空気が、張りつめたそれに変わる。
2人が仕事人で、張が依頼人だからだ。
仕事人は怪異に対する数少ない対抗手段である。
だから【機関】から回される仕事とは別に、怪異や異能がらみの災厄に見舞われた被害者から厄介事を解決するよう望まれることもある。
張は舞奈たちの情報源であると同時に、異能がらみのトラブルで度々【掃除屋】を利用する、ありがたいお得意様だ。
そして張は、依頼の前に食事を振舞って気分を良くさせる手段をよく使う。
特に重要な依頼の際には。
そんな張は、
「舞奈ちゃんたちには、しばらくの間、彼女をお願いしたいアルよ」
言って机の上に1枚の写真を差し出した。
そこに映っていたのは……
「アイドルの双葉あずさですか?」
「……おい」
舞奈は張をジト目で見やる。
「あんたも年を考えろよ。相手は中学生だぞ」
それを人を雇って何かさせるなど、大人としてどうだろうか?
そもそも【掃除屋】は仕事人だ。人間相手の仕事は専門外だ。だが、
「そうじゃないアルよ」
張はあわてて否定して、
「張梓。娘アル」
言いつつ数枚の写真を並べた。
どれも写っているのは幼女と、眼鏡の青年だ。
青年は張と同じドジョウ髭で、長袍を着ている。
だが共通項はそれだけだ。
写真の彼は線が細く、どちらかというと痩せている。
一方、幼女は青年にだっこされながら髪を引っぱっていたり、足元で長袍のすそを引っぱって遊んでいたり、やんちゃな様子だ。
親子と言われれば納得もできる。
幼女の顔立ちは、父親を主張する張とは似ずに可愛らしい。
写真は年代順に並べられているのだろう。
幼女は少しずつ背が伸び、仕草も少女らしいそれへと変化する。
隣の青年も徐々に老けて大人になり、ふっくらと肥えていく。
ついでに髪も薄くなっていく(引っぱられたせいじゃないとは思うが)。
ある1枚を境に、眼鏡の所有者が男から少女へと変わった。
そして最後の1枚は、眼鏡をかけたおさげの少女と張のツーショットだった。
最初の写真の青年が張になったのが地味にショックだった。
舞奈も食い過ぎには注意した方がいいのかもしれないと少し思った。
そんな思惑をよそに、張は最後の写真を双葉あずさの隣に並べる。
眼鏡をかけて三つ編みおさげにした彼女は、隣のアイドルとはずいぶん印象が違う。
だが、よく見ると他人の空似とは思えない類似点がいくつかある。
それでも並べられてようやく同一人物だと気づくほどだ。
常時なら2人が同一人物だとは気づかないだろう。
「まあ、事情はわかったが……」
張に娘がいること、その娘が双葉あずさだということ、そして、その事実が今まで世間に知られていなかった理由は納得できた。
「張さん、昔は痩せてらしたんですね」
舞奈があえて言わなかったことを、明日香がボソリと口にした。
張はエヘヘと禿頭をかく。
別に褒めたわけではないだろうに。
だが舞奈には、それよりツッコみたいことがあった。
「……双葉あずさは、若干14歳なんじゃなかったのか?」
朝に諜報部から聞いたばかりの知識を思い出し、やれやれと苦笑する。
張の娘だという彼女。
双葉あずさの普段の姿だという彼女。
それは土御門鷹乃といっしょにいた6年生の女子の片割れだった。
まったく世間は狭い。
「標準より背が高いと思われたくないらしいアルよ」
言って張は苦笑する。
チャビーのことを考えると、勿体ない話だとは思う。
だが持てる者には持てる者なりの苦悩があるのだろう。
そういえば園香も身長とスタイルの良さを気に病んでいた。
「それに、小学生でアイドルだなんていうといろいろ大変アルからね。……あ、もちろん学校には許可をとってるアルよ」
「……そうかい」
「ああ、そういえばそうアルね。舞奈ちゃんたちも、ちょうど梓の歌を聴く年頃アル」
「いや違うが……」
人気があるのは低学年と、諜報部の男子高校生だ。
そう言おうとして、やめる。
張との付き合いは長いつもりだったが、彼に妻子がいたとは初耳だ。
彼はそんなことを一度も話したことがなかったからだ。
けれど彼もいい年である。やもめだと決めつけるのも酷な話だ。
店舗は住居兼用ではないから、他所に家があるのだろう。
そちらで暮らしていて店に連れて来なければ、子供がいてもわかりようがない。
正直なところ、以前の舞奈なら、この状況を面白くないと思ったかもしれない。
美佳と一樹がいた頃から一緒だった彼を、見知らぬ誰かにとられたと感じただろう。
だが幾多の出会いと別れを経た今なら、彼の娘とも仲良くなれそうな気がする。
否、彼女とは既に顔見知りだ。
そんな知人2人が、舞奈の知らない家で何を話しているのか、少し興味もある。
「……てことは、今回の依頼は例の殺害予告の件か?」
そんな内心を誤魔化しながら、何食わぬ口調で問いかける。
「いたずらじゃないよな?」
「そちらの調査は警察に任せたアル。けど……」
その答えに、それもそうかと納得する。
これでも張は、元執行人の魔道士だ。
娘にたかる悪い虫の1匹くらい、潰すのはわけもない。
だが今のところ、相手はネットで殺害予告してきただけの普通の人間だ。
それに対して術を使って対抗すれば、【組合】との軋轢を生みかねない。
そんな状況で、【掃除屋】に護衛を依頼した張の判断は的確だ。
相手が人間のルールに従って動くのならば、有利なのは舞奈だ。
舞奈のSランクは身体能力と直感という人間本来の資質を高めた結果だ。
だから舞奈に守られた誰かを通常の手段で害することはできない。
かといって異能力や魔法を使えば【組合】に加えて張が公然と敵になる。
舞奈が双葉あずさ――張梓の護衛についた時点で、相手は詰みだ。
尻尾を巻いて逃げ帰るか、小学生に叩きのめされるしかない。
そして舞奈と明日香に、今回の依頼を断る理由はない。
張は2人を味方につけることに成功した。
それに舞奈は、娘を案ずる父親の気持ちを無下にしたくなかった。
もうひとりの娘を想う父親とひと悶着あったばかりだし。なので――
「――あっ、パパ!」
前触れもなくドアが開き、見知った少女が跳びこんできた。
「これ、梓。行儀が悪いアルよ」
「はーいっ……って、舞奈ちゃんと明日香ちゃんじゃないの!」
三つ編みおさげに眼鏡の巨乳は、2人を見やってニッコリ笑った。
アイドルだと言われてみれば、たしかに快活で好感の持てる笑みだ。
「舞奈ちゃんたちと知り合いだったアルか?」
「ほら! この前の! 鷹乃ちゃんの後輩のおっぱい好きな子」
「ああ、あれは舞奈ちゃんのことだったアルか……」
張は先ほどの仕返しと言わんばかりに白い視線を舞奈を向ける。
舞奈は思わず目をそらす。
いったい梓は父親に、どんな話をしたのやら……。
「あーわかった!」
さらに梓は舞奈と明日香を見やって素っ頓狂な声をあげ、
「お仕事を見学したいってのは舞奈ちゃんたちだったんだね。そっかーばれちゃってたかークラスの皆には内緒だよ」
そんなことを言いだした。
「お仕事を……」
「見学……?」
舞奈と明日香は張を見やり、どういうことだと無言で問う。
何か段取りが狂ったか、張は困ったアルなあと苦笑しつつ、
「いや、古い友人から、娘がアイドルのファンだからって頼まれて断り切れなかったアルよ。梓、しばらく2人にお仕事を見せてやって欲しいアル」
梓本人とは、そういう話になっていたか。
力技で伝えられた事実に、舞奈と明日香は顔を見合わせ、
「……そうなんですよ」
「わー知り合いの大人のお姉さんがアイドルだなんてすてきー」
口裏を合わせようとしてみる。
そして舞奈は気づいた。
今回の依頼に限って一般用のテーブルに案内されたのは、このためだ。
舞奈たちと張の話がまとまった後に、梓本人と話す段取りになっていたのだろう。
……少しタイミングがずれたようだが。
「まあ、それはいいけど」
梓は2人を怪訝そうに見やり、
「けど、こんな時に大丈夫なの?」
「その件なら警察に任せておけば平気だって、梓が言ったアルよ?」
「それはそうだけど……」
梓は可愛らしい眉を落して難色を示す。
舞奈たちが護衛役に抜擢された、もうひとつの理由がこれだろう。
どうやら梓本人は、VIP扱いで護衛されたくはないらしい。
だから張は、こんな回りくどい方法で2人を同行させたのだ。
つまり舞奈たちは、それとは気づかれずに彼女を護衛しなければならない。
だが、その程度は、かつて魔法少女だった舞奈にとっては楽勝だ。だから、
「安心しな。ネットで殺害予告してくるようなチキン野郎、あたしが……じゃなくて警察の人がぶちのめしてやるよ」
「……警官は襲撃者をぶちのめさないわよ」
明日香はやれやれと肩をすくめた。
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。
彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?
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