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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY
子猫とアイドル
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就寝前の園香の部屋で、
「マイちゃん、そんなことするの?」
「今日のお昼に6年生の先輩がやってたんだ」
舞奈は風呂上がりの園香の胸に、そっと顔をうずめる。
ぱふぱふ、ぱふぱふ。
「ひゃんっ、マイちゃんってば」
「えへへ」
ネグリジェとブラジャー越しにもわかる豊満な2つの膨らみ。
その張りとやわらかさを、両の頬で存分に楽しむ。
昼間に鷹乃が巨乳のクラスメートとぱふぱふしていたのは嘘じゃない。
それからずっと、同じことを園香とやってみたいと思ってたのだ。
「今日のブラはフロントホックか」
顔を上げつつ舞奈は笑う。
「わっ、すごい。顔の感覚が鋭いんだね」
園香も少し上気した微笑を返す。
「敏感なだけじゃなくて舌も器用なんだ。口でホックはずせるよ。見てみるかい?」
言って舞奈はニヤリと笑う。
園香は顔を赤らめながら、それでも控えめにうなずいてみせる。
そして細い指で、ネグリジェの胸のボタンを外す。
可愛らしいデザインのブラジャーに覆われた2つのふくらみがあらわれる。
その中心に、舞奈は再び頬を寄せ――
「――園香、母さんがミルクを温めてくれたから、寝る前に飲んでおきなさい」
カチャリとドアが開いて、園香父が姿をあらわした。
「舞奈君にも……」
言いつつ父は絶句した。
顔を上げた舞奈もまた、昼間に鷹乃があげた「きゃー!!」とも「ひゃー!!」とも聞こえる甲高い声を、かなり正確に再現してみせた。
そして翌日の昼休み。
「……というわけで、昨日あらためて園香の家を出入り禁止になった」
給食を片づけたばかりの机につっぷす。
「ごめんねマイちゃん」
「自業自得じゃない」
園香は恐縮しまくる。
対して明日香は舞奈のつむじをジト目で見やる。
そんなところに、
「ただいまー! お茶碗しっかり運んで来たよ」
「あ、チャビーちゃんおかえり」
チャビーが給食当番から戻って来た。
「……マイどうしたの?」
「何でもないわ」
幼女は舞奈を怪訝そうに見やりながら自席に座り、
「けど、ルージュちゃんをどうしよう」
そう言って考えこんだ。
舞奈と違って健全な彼女の目下の悩みは、えり子と昨晩の子猫のことだ。
今のところ子猫は警備室で預かっている。
だが、それは臨時の措置だ。いつまでもという訳にはいかない。
かと言って、えり子の家でも飼えない。
飼ってくれる奇特な人を探すべきか。
そう思って、ふと気づき、
「それにしても、音楽室に子猫がいたら音楽の時間に気づきそうなもんだがなあ」
「それもそうね」
明日香と2人して首をかしげる。
何かの陰に隠れているにしたって限度というものがあるだろう。
新開発区の毒犬じゃないのだ。
それに日中の音楽室は、各学年の生徒が楽器も弾けば歌も歌う。
先日は明日香が聞くに堪えない歌を披露していた。
そんな中、鳴き声ひとつあげず、気配まで消して潜んでいられるものなのか?
舞奈が首をかしげていると、
「……チャビー、おばけの正体は子猫だったんだってね」
テックがやってきた。
「なんで知ってるの? テックもこっそり来てたの?」
「ううん。ゲームが早く終わったから、パソコンで学校の防犯カメラを見てたの」
チャビーに問われ、テックは何食わぬ顔で答える。
彼女のハッキングの腕前をもってすれば、学校のセキュリィなんて無いも同然だ。
警備会社を親に持つ明日香が、露骨に顔をしかめてみせる。
だがテックは気にせず携帯を取り出す。
舞奈も明日香もチャビーも園香も、携帯の画面を覗きこむ。
防犯カメラの画像のようだ。
カメラの向こうで、子猫は窓の隙間から教室を抜け出す。
そして人気のない夜の廊下を歩く。
子猫が画面の外に歩いていくと、別のカメラに切りかわる。編集済みらしい。
子猫はいくつものカメラを横切り、校舎の外へと移動する。
そして朝のまだ誰もいないグラウンドを、校門の方向に向かって悠々と歩く。
そして校門の横にある警備員室に入って行った。
暇そうにしていたベティが、慣れた調子で子猫に話しかける。
そして手にしたささみスティックを食べさせる。
子猫は嬉しそうにひと鳴きしてからササミを食べる。
「……つまり、ルージュちゃんは今までずっと昼間はガードマンの部屋にいて、夕方に音楽室に戻って来てたってこと?」
「そうみたい」
言って首をかしげるチャビーにテックは無表情に答える。
「ま、昼間は校門で、夕方は音楽室でご飯が食べられるなら、はしごするわな」
舞奈もやれやれと肩をすくめる。
ベティも言ってくれればいいのにとは思う。
だが、あの面白黒人に気遣いを求めたって仕方ないだろう。
そんなことを考えていると、
「あ、そうだ! 安倍さん、ルージュちゃんをガードマンにするのはダメかな?」
チャビーが思いついたように言った。
「わっ、かわいいガードマンさんだ」
「……子猫がガードマンですって?」
園香が可愛らしく同意し、明日香は言って首をかしげる。
「うん! ベティさんと一緒に校門にいて、一緒にお仕事するの。子猫と一緒なら、ベティさんだって怖いって言われなくなるし!」
そうまくしたてて、チャビーははしゃぐ。
それを尻目に舞奈は沈思黙考する。
チャビーはそっちの厄介ごとについても考えていたらしい。
いかにもチャビーらしい思いつきだ。
他者の幸せを当然のように願うことのできる、彼女らしい。
だがクレームの主は、どうせクレームを入れること自体が目的なのだろう。
今度は子猫をやり玉に挙げて、不衛生だとか言いだすだけだ。
けどクレーマーを満足させるためではなく、苦情に過剰に対処しているポーズを周囲に見せるという目的であれば十分だ。
それに子猫が警備員室にいれば、えり子は毎朝、子猫に会える。
そう考えて舞奈は笑う。
園香も笑う。
「まあ、いい考えじゃないの?」
明日香がどうでもよさそうな口調で言った。
だが口元には笑みが浮かぶ。
警備員室に子猫がいれば、彼女も毎日、子猫を見れる。
舞奈としては、子猫が怯えないかだけが心配だ。
そんな訳で、授業後に皆で警備員室を訪れた。すると、
「ほら、ルージュ。ささみっすよー」
「にゃ~」
子猫は警備員室の床にちょんと座り、差し出されたささみスティックを食べていた。
その様子に、明日香も釈然としない顔をする。
校内で動物を見かけたら報告すべきじゃないのか?
だがベティに行っても無駄だってこともわかっている。だから、
「お、仲良いじゃないか」
代わりに舞奈が何食わぬ顔で声をかけた。
「あ、ボスに舞奈様、チャビーちゃんも」
ベティがささみを持ったままこっち向く。
するとお預けされた子猫が「にゃ~」と抗議する。
ベティは子猫を膝に乗せ、大きな黒い手で撫でてからささみを食べさせる。
そんな仲睦まじい様子を見やってチャビーが笑う。
「あのね、ベティさん」
チャビーはベティに問いかける。
「ルージュちゃんがガードマンの仲間になったら、良いと思う?」
「それは面白そうっすね」
ベティはニッコリ笑う。そして、
「いちおうクレアにも聞いてみますが、あたしは大歓迎っすよ」
「わーい! ありがとう!」
ベティの返事にチャビーは笑う。
舞奈も明日香も笑う。
「よかったね、ルージュちゃん」
「にゃ~」
周囲の雰囲気がわかるのか、子猫も楽しげにひと鳴きする。
「……っていうか、こいつといい、チャビーんちのネコポチといい、猫におかしな名前つけるの流行ってるのか?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
後ろでチャビーが口をとがらせるが、放っておく。
「ルージュっていうのは、フランス語で赤いって言う意味よ」
「ああ、なるほど。あたしの故郷では、おばけは目が赤いんですよ」
明日香からの答えに、ベティが呑気な口調で付け加えた。
「それで赤なんて名前なのか」
言いつつ舞奈は子猫を見やり、やれやれと肩をすくめてみせる。
そういえば、以前に付与魔法を暴走させたベティの目も赤かった。
舞奈と明日香がテロリストに扮し、モンスター保護者に対処した時のことだ。
あの時は警備員役のベティが暴走して本気で襲いかかって来た。
危うく本当に成敗されるところだった。
だが、そんなことを知らないルージュは嬉しそうに「にゃ~」と鳴く。
その後、舞奈たちは親睦会代わりに少しルージュと遊んでから帰った。
そして珍しく明日香と並んで歩く帰り道、
「――でさ、あたしは奴に言ったんだ」
「待って、電話」
ふと明日香が携帯をとった。
「えり子からだわ。何かしら?」
『……ルージュのこと、ありがとう』
盗み聞きするつもりではないが、耳の良い舞奈には通話者の声も普通に聞こえる。
その声色は、普段の彼女より幾分やわらかいものに思えた。
『けど、そう決まったなら教えてくれたっていいじゃない』
「帰るときに校門を通ると思ったのよ」
文句に明日香が口をとがらせる。
そんな様子に苦笑しながら舞奈はふと気づき、
「あ、ちょっと!」
「警備員室からかけてるにしちゃあ静かだな。今どこにいるよ?」
『音楽室よ。彼女が伝えに来てくれたわ』
割って入った電話の向こうから、はにかむような回答が帰ってきた。
彼女というのはチャビーだろう。
そういえば舞奈たちが帰る際、ひとりだけ警備員室に残っていた気がする。
その後にわざわざ音楽室までえり子を探しに行ったのだ。
ご苦労なことだ。
『……良い子ね』
微笑むような、あたたかな声色。
えり子も先日は、チャビーを救出するべく執行人として戦闘に参加した。
だが、もちろんチャビーはそんなことは知らない。
それでもチャビーはえり子に、子猫と毎日会えるって一刻も早く伝えたかった。
えり子と子猫が友達だからだ。
チャビーは、それだけの理由で動ける人間だ。
他者の笑顔のために。だから、
「……そうだな」
「……そうね」
並んで電話に顔を寄せながら舞奈も明日香も、笑った。
そして、その翌日。
「ちぃーっす」
「舞奈様、おはようございます」
登校してきた舞奈を、久しぶりのクレアが出迎えた。
休暇から復帰したらしい。
「今日もよろしく」
いつものように、得物を預けようと警備員室に入る。
「舞奈様ちぃーっす」
ベティは顔も向けずに挨拶する。
生徒そっちのけで、事務机の上のルージュにささみスティックを食わせてるのだ。
可愛らしいサバトラの子猫は警備員の制服と揃いの色の首輪をしている。
首輪には小型のカメラが仕込まれていて、警備員室で子猫の視覚を拝借できる。
いわば3人目の警備員(猫)といったところか。
それは侵入者にとって、かなり厄介な状況だ。
なぜなら校内をランダムに徘徊する子猫の目を警戒する必要があるのだ。
しかも迂闊に無力化などすれば、猫と会話できる桂木姉妹やSランクが敵に回る。
これほど有能な人員もいないだろう。だが、
「……仕事しろよ」
舞奈は睨む。
部屋の片隅にテレビをつけて、子猫もベティも飯を食いながらくつろいでいるのだ。
朝の忙しいときに、揃ってサボっているのでは意味がない。
――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪
「ん? この声どこかで……」
ふと思ってテレビを見やる。
映っているのは子供向け番組だ。
主役は数匹の子猫らしい。
奴らは今のルージュと同様に、ただ餌を食ったり歩いたりしているだけだ。
だが子猫にはそれ自体に可愛いという価値がある。明日香ならそう言うだろう。
画面の周囲にはアニメチックに描かれた猫の顔のマスコットが回っている。
子供向け番組としての見栄えのためか。
そして、ふと思い出した。
歌は以前に、みゃー子が歌っていた。
その時に丸まって回っていたのはマスコットの真似らしい。
「その番組、見せるとルージュが喜ぶんすよ」
テレビに映った子猫を見やり、ルージュも楽しそうに「にゃぁ~」と鳴く。
仲間だと思っているのかもしれない。
ちなみに今はクレアが銃を金庫に仕舞い、ベティが油を売っている。
だから生徒たちを見張る者はいない。なので、
「ネコがいるー」
「ネコがテレビ見てるー」
低学年が窓から覗きこんで、楽しそうに騒いでいた。
銃をクレアに渡した後に舞奈が警備員室ですることはない。
なので舞奈にとっては子供だがリコあたりからは先輩にあたる少女たちを、微笑ましく見やりながら部屋を出る。すると、
「おおっ、ひょっとして『こねこのいちにち』ですかな?」
別の窓から諜報部の少年たちが見ていた。
「生徒にその曲を聞かせるために朝からテレビをつけて、あえて子供向け番組を流しているなんて、さすが警備員さんは目の付け所が違いますねぇ」
いや、こいつはそこまで考えてないだろう。
というツッコミを飲みこんで、
「知ってるのか?」
何とはなしに聞いた途端、
「『こねこのいちにち』は、あの双葉あずさが子供向け番組用に発表した新曲なんだ」
少年のひとりが興奮した口調で答えた。
「子供向けの可愛らしい曲に!」
「あずさちゃんのファンシーボイスがベストマッチ!」
我先にと語ろうとする少年たちに、
「……スマン。その、何とかちゃんから説明を頼む」
やや引き気味に舞奈は問う。すると、
「双葉あずさは14歳! 新進気鋭のジュニアアイドルなんだ!」
待ってましたとばかりに少年たちは携帯の待ち受け画像を見せてきた。
どれも映っているのは、ひとりの少女だ。
パステル色のドレスを着て、カメラ目線でニッコリ笑っている。
屈託のない表情のせいか年より少し幼く見える顔立ち。
すらりとしているが鍛えられてはいない四肢は細く、それでいて太ももはやわらかそうで、ドレスのせいでわかりずらいが相当の巨乳だ。
なるほど、こうやって見ると人気があるのも頷ける。
「その天使のような歌声と、中学生とは思えぬ童顔巨乳で人気沸騰!」
「深夜アニメの主題歌に、ネットゲームのイメージソングまで幅広く歌ってるんだよ」
「だから老若男女、小さいお友だちから大きいお友だちまで大人気なんだ」
「へえ」
生返事を返しつつ、ちらりと別の窓の幼女を見やると、
「ネコのうただー」
「ごろにゃんご~♪ ごろにゃんご~♪」
楽しそうにテレビを覗き見ている。
最後『こ』な、と内心でツッコみながらも、人気があるのは理解した。
「プライベートの情報は伏せられてるでござる」
「でゅふふ、けど、僕はこの学校の生徒じゃないかって睨んでるんだ」
「そうそう、このあたりのライブハウスでライブをすることが多くて――」
「……だといいな」
少年たちのトークは続く。
大勢の明日香と話しているような対象への熱意に舞奈はやや引きつつも、
「――けど、先日ネットで殺害予告をされちゃってね」
「そいつは穏やかじゃないな」
ひとりの言葉に眉をひそめた。
「そうなんだ。何日か前にブログに書きこみがあったんだ」
「今は警察と相談中なんだって」
「今後のライブとかに影響が出ないといいんだけど……」
少年たちはしょんぼりした顔で、口々に言う。
「アイドルってのも大変だな……」
舞奈は困ったものだと顔をしかめる。すると、
「なに朝から真面目な顔してるのよ」
「あたしだって真面目な顔くらいするさ」
明日香が登校してきた。
「……おはよう」
横にはえり子がいる。来る途中で鉢合わせたか。
「「ごろにゃんご~♪ ごろにゃんご~♪」」
低学年の歌に、今度は明日香が眉をひそめる。
間違った歌詞が癇に障ったようだ。
明日香はえり子に目配せする。何とかしろと言いたいらしい。
「……おいおい」
それはパワハラになるんじゃないのか?
せっかく部屋の中にはルージュがいるのだ。
えり子だって遊びたいだろうに。
舞奈が苦笑する前で、困ったえり子は正しい歌詞を歌いだす。
舞奈たちより年下のえり子も、低学年からすれば先輩だ。
そんな先輩が歌いはじめたから、低学年もえり子のまわりに集まって歌い始めた。
正確な歌詞など覚えてないが、先輩に合わせて歌いたいのだ。だから、
「ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪」
「「ごろにゃんご~♪」」
「……」
明日香は今度は舞奈を見やる。
自分で歌えばいいだろなんて死んでも言えない舞奈は、仕方なく歌う。
そんな舞奈は執行人からすれば超格上の仕事人だ。なので、
「「にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪」」
少年たちまで口ずさみ始めた。
明日香は肩をすくて苦笑する。
やらせたのは自分のくせに……。
登校する生徒たちが怪訝そうに見やる中、校門にちぐはぐで場違いな歌声が響く。
えり子の声に合わせたか、猫もいっしょに楽しげに鳴く。
だが舞奈は、そんな様が不思議と嫌じゃなかった。
だから歌いながら笑った。
そして、ふと、合唱の中に先ほどテレビで聞いた双葉あずさのそれを正確に再現した歌声が混ざっていることに気づいた。舞奈の聴覚は鋭敏だ。
番組が変わったからテレビはもうベティが消した。
なのでクレアが気を利かせてCDでもかけたのかと思った。
録音の平坦な歌声とは少し違う気がしたが、舞奈はそれ以上は特に考えなかった。
そして、その後、遅刻しそうになって皆で走った。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は、今日も平和だった。
「マイちゃん、そんなことするの?」
「今日のお昼に6年生の先輩がやってたんだ」
舞奈は風呂上がりの園香の胸に、そっと顔をうずめる。
ぱふぱふ、ぱふぱふ。
「ひゃんっ、マイちゃんってば」
「えへへ」
ネグリジェとブラジャー越しにもわかる豊満な2つの膨らみ。
その張りとやわらかさを、両の頬で存分に楽しむ。
昼間に鷹乃が巨乳のクラスメートとぱふぱふしていたのは嘘じゃない。
それからずっと、同じことを園香とやってみたいと思ってたのだ。
「今日のブラはフロントホックか」
顔を上げつつ舞奈は笑う。
「わっ、すごい。顔の感覚が鋭いんだね」
園香も少し上気した微笑を返す。
「敏感なだけじゃなくて舌も器用なんだ。口でホックはずせるよ。見てみるかい?」
言って舞奈はニヤリと笑う。
園香は顔を赤らめながら、それでも控えめにうなずいてみせる。
そして細い指で、ネグリジェの胸のボタンを外す。
可愛らしいデザインのブラジャーに覆われた2つのふくらみがあらわれる。
その中心に、舞奈は再び頬を寄せ――
「――園香、母さんがミルクを温めてくれたから、寝る前に飲んでおきなさい」
カチャリとドアが開いて、園香父が姿をあらわした。
「舞奈君にも……」
言いつつ父は絶句した。
顔を上げた舞奈もまた、昼間に鷹乃があげた「きゃー!!」とも「ひゃー!!」とも聞こえる甲高い声を、かなり正確に再現してみせた。
そして翌日の昼休み。
「……というわけで、昨日あらためて園香の家を出入り禁止になった」
給食を片づけたばかりの机につっぷす。
「ごめんねマイちゃん」
「自業自得じゃない」
園香は恐縮しまくる。
対して明日香は舞奈のつむじをジト目で見やる。
そんなところに、
「ただいまー! お茶碗しっかり運んで来たよ」
「あ、チャビーちゃんおかえり」
チャビーが給食当番から戻って来た。
「……マイどうしたの?」
「何でもないわ」
幼女は舞奈を怪訝そうに見やりながら自席に座り、
「けど、ルージュちゃんをどうしよう」
そう言って考えこんだ。
舞奈と違って健全な彼女の目下の悩みは、えり子と昨晩の子猫のことだ。
今のところ子猫は警備室で預かっている。
だが、それは臨時の措置だ。いつまでもという訳にはいかない。
かと言って、えり子の家でも飼えない。
飼ってくれる奇特な人を探すべきか。
そう思って、ふと気づき、
「それにしても、音楽室に子猫がいたら音楽の時間に気づきそうなもんだがなあ」
「それもそうね」
明日香と2人して首をかしげる。
何かの陰に隠れているにしたって限度というものがあるだろう。
新開発区の毒犬じゃないのだ。
それに日中の音楽室は、各学年の生徒が楽器も弾けば歌も歌う。
先日は明日香が聞くに堪えない歌を披露していた。
そんな中、鳴き声ひとつあげず、気配まで消して潜んでいられるものなのか?
舞奈が首をかしげていると、
「……チャビー、おばけの正体は子猫だったんだってね」
テックがやってきた。
「なんで知ってるの? テックもこっそり来てたの?」
「ううん。ゲームが早く終わったから、パソコンで学校の防犯カメラを見てたの」
チャビーに問われ、テックは何食わぬ顔で答える。
彼女のハッキングの腕前をもってすれば、学校のセキュリィなんて無いも同然だ。
警備会社を親に持つ明日香が、露骨に顔をしかめてみせる。
だがテックは気にせず携帯を取り出す。
舞奈も明日香もチャビーも園香も、携帯の画面を覗きこむ。
防犯カメラの画像のようだ。
カメラの向こうで、子猫は窓の隙間から教室を抜け出す。
そして人気のない夜の廊下を歩く。
子猫が画面の外に歩いていくと、別のカメラに切りかわる。編集済みらしい。
子猫はいくつものカメラを横切り、校舎の外へと移動する。
そして朝のまだ誰もいないグラウンドを、校門の方向に向かって悠々と歩く。
そして校門の横にある警備員室に入って行った。
暇そうにしていたベティが、慣れた調子で子猫に話しかける。
そして手にしたささみスティックを食べさせる。
子猫は嬉しそうにひと鳴きしてからササミを食べる。
「……つまり、ルージュちゃんは今までずっと昼間はガードマンの部屋にいて、夕方に音楽室に戻って来てたってこと?」
「そうみたい」
言って首をかしげるチャビーにテックは無表情に答える。
「ま、昼間は校門で、夕方は音楽室でご飯が食べられるなら、はしごするわな」
舞奈もやれやれと肩をすくめる。
ベティも言ってくれればいいのにとは思う。
だが、あの面白黒人に気遣いを求めたって仕方ないだろう。
そんなことを考えていると、
「あ、そうだ! 安倍さん、ルージュちゃんをガードマンにするのはダメかな?」
チャビーが思いついたように言った。
「わっ、かわいいガードマンさんだ」
「……子猫がガードマンですって?」
園香が可愛らしく同意し、明日香は言って首をかしげる。
「うん! ベティさんと一緒に校門にいて、一緒にお仕事するの。子猫と一緒なら、ベティさんだって怖いって言われなくなるし!」
そうまくしたてて、チャビーははしゃぐ。
それを尻目に舞奈は沈思黙考する。
チャビーはそっちの厄介ごとについても考えていたらしい。
いかにもチャビーらしい思いつきだ。
他者の幸せを当然のように願うことのできる、彼女らしい。
だがクレームの主は、どうせクレームを入れること自体が目的なのだろう。
今度は子猫をやり玉に挙げて、不衛生だとか言いだすだけだ。
けどクレーマーを満足させるためではなく、苦情に過剰に対処しているポーズを周囲に見せるという目的であれば十分だ。
それに子猫が警備員室にいれば、えり子は毎朝、子猫に会える。
そう考えて舞奈は笑う。
園香も笑う。
「まあ、いい考えじゃないの?」
明日香がどうでもよさそうな口調で言った。
だが口元には笑みが浮かぶ。
警備員室に子猫がいれば、彼女も毎日、子猫を見れる。
舞奈としては、子猫が怯えないかだけが心配だ。
そんな訳で、授業後に皆で警備員室を訪れた。すると、
「ほら、ルージュ。ささみっすよー」
「にゃ~」
子猫は警備員室の床にちょんと座り、差し出されたささみスティックを食べていた。
その様子に、明日香も釈然としない顔をする。
校内で動物を見かけたら報告すべきじゃないのか?
だがベティに行っても無駄だってこともわかっている。だから、
「お、仲良いじゃないか」
代わりに舞奈が何食わぬ顔で声をかけた。
「あ、ボスに舞奈様、チャビーちゃんも」
ベティがささみを持ったままこっち向く。
するとお預けされた子猫が「にゃ~」と抗議する。
ベティは子猫を膝に乗せ、大きな黒い手で撫でてからささみを食べさせる。
そんな仲睦まじい様子を見やってチャビーが笑う。
「あのね、ベティさん」
チャビーはベティに問いかける。
「ルージュちゃんがガードマンの仲間になったら、良いと思う?」
「それは面白そうっすね」
ベティはニッコリ笑う。そして、
「いちおうクレアにも聞いてみますが、あたしは大歓迎っすよ」
「わーい! ありがとう!」
ベティの返事にチャビーは笑う。
舞奈も明日香も笑う。
「よかったね、ルージュちゃん」
「にゃ~」
周囲の雰囲気がわかるのか、子猫も楽しげにひと鳴きする。
「……っていうか、こいつといい、チャビーんちのネコポチといい、猫におかしな名前つけるの流行ってるのか?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
後ろでチャビーが口をとがらせるが、放っておく。
「ルージュっていうのは、フランス語で赤いって言う意味よ」
「ああ、なるほど。あたしの故郷では、おばけは目が赤いんですよ」
明日香からの答えに、ベティが呑気な口調で付け加えた。
「それで赤なんて名前なのか」
言いつつ舞奈は子猫を見やり、やれやれと肩をすくめてみせる。
そういえば、以前に付与魔法を暴走させたベティの目も赤かった。
舞奈と明日香がテロリストに扮し、モンスター保護者に対処した時のことだ。
あの時は警備員役のベティが暴走して本気で襲いかかって来た。
危うく本当に成敗されるところだった。
だが、そんなことを知らないルージュは嬉しそうに「にゃ~」と鳴く。
その後、舞奈たちは親睦会代わりに少しルージュと遊んでから帰った。
そして珍しく明日香と並んで歩く帰り道、
「――でさ、あたしは奴に言ったんだ」
「待って、電話」
ふと明日香が携帯をとった。
「えり子からだわ。何かしら?」
『……ルージュのこと、ありがとう』
盗み聞きするつもりではないが、耳の良い舞奈には通話者の声も普通に聞こえる。
その声色は、普段の彼女より幾分やわらかいものに思えた。
『けど、そう決まったなら教えてくれたっていいじゃない』
「帰るときに校門を通ると思ったのよ」
文句に明日香が口をとがらせる。
そんな様子に苦笑しながら舞奈はふと気づき、
「あ、ちょっと!」
「警備員室からかけてるにしちゃあ静かだな。今どこにいるよ?」
『音楽室よ。彼女が伝えに来てくれたわ』
割って入った電話の向こうから、はにかむような回答が帰ってきた。
彼女というのはチャビーだろう。
そういえば舞奈たちが帰る際、ひとりだけ警備員室に残っていた気がする。
その後にわざわざ音楽室までえり子を探しに行ったのだ。
ご苦労なことだ。
『……良い子ね』
微笑むような、あたたかな声色。
えり子も先日は、チャビーを救出するべく執行人として戦闘に参加した。
だが、もちろんチャビーはそんなことは知らない。
それでもチャビーはえり子に、子猫と毎日会えるって一刻も早く伝えたかった。
えり子と子猫が友達だからだ。
チャビーは、それだけの理由で動ける人間だ。
他者の笑顔のために。だから、
「……そうだな」
「……そうね」
並んで電話に顔を寄せながら舞奈も明日香も、笑った。
そして、その翌日。
「ちぃーっす」
「舞奈様、おはようございます」
登校してきた舞奈を、久しぶりのクレアが出迎えた。
休暇から復帰したらしい。
「今日もよろしく」
いつものように、得物を預けようと警備員室に入る。
「舞奈様ちぃーっす」
ベティは顔も向けずに挨拶する。
生徒そっちのけで、事務机の上のルージュにささみスティックを食わせてるのだ。
可愛らしいサバトラの子猫は警備員の制服と揃いの色の首輪をしている。
首輪には小型のカメラが仕込まれていて、警備員室で子猫の視覚を拝借できる。
いわば3人目の警備員(猫)といったところか。
それは侵入者にとって、かなり厄介な状況だ。
なぜなら校内をランダムに徘徊する子猫の目を警戒する必要があるのだ。
しかも迂闊に無力化などすれば、猫と会話できる桂木姉妹やSランクが敵に回る。
これほど有能な人員もいないだろう。だが、
「……仕事しろよ」
舞奈は睨む。
部屋の片隅にテレビをつけて、子猫もベティも飯を食いながらくつろいでいるのだ。
朝の忙しいときに、揃ってサボっているのでは意味がない。
――ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪
「ん? この声どこかで……」
ふと思ってテレビを見やる。
映っているのは子供向け番組だ。
主役は数匹の子猫らしい。
奴らは今のルージュと同様に、ただ餌を食ったり歩いたりしているだけだ。
だが子猫にはそれ自体に可愛いという価値がある。明日香ならそう言うだろう。
画面の周囲にはアニメチックに描かれた猫の顔のマスコットが回っている。
子供向け番組としての見栄えのためか。
そして、ふと思い出した。
歌は以前に、みゃー子が歌っていた。
その時に丸まって回っていたのはマスコットの真似らしい。
「その番組、見せるとルージュが喜ぶんすよ」
テレビに映った子猫を見やり、ルージュも楽しそうに「にゃぁ~」と鳴く。
仲間だと思っているのかもしれない。
ちなみに今はクレアが銃を金庫に仕舞い、ベティが油を売っている。
だから生徒たちを見張る者はいない。なので、
「ネコがいるー」
「ネコがテレビ見てるー」
低学年が窓から覗きこんで、楽しそうに騒いでいた。
銃をクレアに渡した後に舞奈が警備員室ですることはない。
なので舞奈にとっては子供だがリコあたりからは先輩にあたる少女たちを、微笑ましく見やりながら部屋を出る。すると、
「おおっ、ひょっとして『こねこのいちにち』ですかな?」
別の窓から諜報部の少年たちが見ていた。
「生徒にその曲を聞かせるために朝からテレビをつけて、あえて子供向け番組を流しているなんて、さすが警備員さんは目の付け所が違いますねぇ」
いや、こいつはそこまで考えてないだろう。
というツッコミを飲みこんで、
「知ってるのか?」
何とはなしに聞いた途端、
「『こねこのいちにち』は、あの双葉あずさが子供向け番組用に発表した新曲なんだ」
少年のひとりが興奮した口調で答えた。
「子供向けの可愛らしい曲に!」
「あずさちゃんのファンシーボイスがベストマッチ!」
我先にと語ろうとする少年たちに、
「……スマン。その、何とかちゃんから説明を頼む」
やや引き気味に舞奈は問う。すると、
「双葉あずさは14歳! 新進気鋭のジュニアアイドルなんだ!」
待ってましたとばかりに少年たちは携帯の待ち受け画像を見せてきた。
どれも映っているのは、ひとりの少女だ。
パステル色のドレスを着て、カメラ目線でニッコリ笑っている。
屈託のない表情のせいか年より少し幼く見える顔立ち。
すらりとしているが鍛えられてはいない四肢は細く、それでいて太ももはやわらかそうで、ドレスのせいでわかりずらいが相当の巨乳だ。
なるほど、こうやって見ると人気があるのも頷ける。
「その天使のような歌声と、中学生とは思えぬ童顔巨乳で人気沸騰!」
「深夜アニメの主題歌に、ネットゲームのイメージソングまで幅広く歌ってるんだよ」
「だから老若男女、小さいお友だちから大きいお友だちまで大人気なんだ」
「へえ」
生返事を返しつつ、ちらりと別の窓の幼女を見やると、
「ネコのうただー」
「ごろにゃんご~♪ ごろにゃんご~♪」
楽しそうにテレビを覗き見ている。
最後『こ』な、と内心でツッコみながらも、人気があるのは理解した。
「プライベートの情報は伏せられてるでござる」
「でゅふふ、けど、僕はこの学校の生徒じゃないかって睨んでるんだ」
「そうそう、このあたりのライブハウスでライブをすることが多くて――」
「……だといいな」
少年たちのトークは続く。
大勢の明日香と話しているような対象への熱意に舞奈はやや引きつつも、
「――けど、先日ネットで殺害予告をされちゃってね」
「そいつは穏やかじゃないな」
ひとりの言葉に眉をひそめた。
「そうなんだ。何日か前にブログに書きこみがあったんだ」
「今は警察と相談中なんだって」
「今後のライブとかに影響が出ないといいんだけど……」
少年たちはしょんぼりした顔で、口々に言う。
「アイドルってのも大変だな……」
舞奈は困ったものだと顔をしかめる。すると、
「なに朝から真面目な顔してるのよ」
「あたしだって真面目な顔くらいするさ」
明日香が登校してきた。
「……おはよう」
横にはえり子がいる。来る途中で鉢合わせたか。
「「ごろにゃんご~♪ ごろにゃんご~♪」」
低学年の歌に、今度は明日香が眉をひそめる。
間違った歌詞が癇に障ったようだ。
明日香はえり子に目配せする。何とかしろと言いたいらしい。
「……おいおい」
それはパワハラになるんじゃないのか?
せっかく部屋の中にはルージュがいるのだ。
えり子だって遊びたいだろうに。
舞奈が苦笑する前で、困ったえり子は正しい歌詞を歌いだす。
舞奈たちより年下のえり子も、低学年からすれば先輩だ。
そんな先輩が歌いはじめたから、低学年もえり子のまわりに集まって歌い始めた。
正確な歌詞など覚えてないが、先輩に合わせて歌いたいのだ。だから、
「ごろごろにゃんこ~♪ ごろにゃんこ~♪」
「「ごろにゃんご~♪」」
「……」
明日香は今度は舞奈を見やる。
自分で歌えばいいだろなんて死んでも言えない舞奈は、仕方なく歌う。
そんな舞奈は執行人からすれば超格上の仕事人だ。なので、
「「にゃんにゃん♪ ごろごろ♪ ごろにゃんこ~♪」」
少年たちまで口ずさみ始めた。
明日香は肩をすくて苦笑する。
やらせたのは自分のくせに……。
登校する生徒たちが怪訝そうに見やる中、校門にちぐはぐで場違いな歌声が響く。
えり子の声に合わせたか、猫もいっしょに楽しげに鳴く。
だが舞奈は、そんな様が不思議と嫌じゃなかった。
だから歌いながら笑った。
そして、ふと、合唱の中に先ほどテレビで聞いた双葉あずさのそれを正確に再現した歌声が混ざっていることに気づいた。舞奈の聴覚は鋭敏だ。
番組が変わったからテレビはもうベティが消した。
なのでクレアが気を利かせてCDでもかけたのかと思った。
録音の平坦な歌声とは少し違う気がしたが、舞奈はそれ以上は特に考えなかった。
そして、その後、遅刻しそうになって皆で走った。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は、今日も平和だった。
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