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第11章 HAPPY HAPPY FAIRY DAY

日常2

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 初等部の、6年生のとあるクラスで、

「どうだおまえら! 俺は4時間目の授業中に、先生の目を盗んでオリジナルロボットをデザインしてたんだ!」
「さっすがアニキ!」
「重厚なフォルムがカッコイイっす」
 大柄なリーダーが、取り巻きたちに算数のノートを見せつける。
 以前に舞奈と校庭の占有権を巡ってひと悶着した男子たちだ。

「このロボットはだな、こっちの戦車に変形するんだ」
「アッシもサポートメカを描いてたっす」
「マニュピレーターがカッコイイな! 俺のロボットのサポートをさせてやろう」
 男子たちは和気あいあいとノートを見せ合う。

 彼らもサッカーをしていないときは、温和な普通の少年だ。
 授業中にするよそ事の是非はともかくとして、男の子はメカが大好きだ。
 なので大好きなロボットや戦車の話で盛り上がっていると、

「お、またやっとるな」
 背後から、ちっちゃな女子が顔を出した。
 土御門鷹乃である。
 椅子の上につま先立ちして無理矢理に覗きこんでいるのだ。

 普通なら、創造の中の鉄と硝煙の世界に女は無用とつっぱねるところだが、

「土御門か! へへっ、見てくれ俺の力作なんだ」
 リーダーは得意満面にノートを見せる。

「ふむふむ……」
 鷹乃はしたり顔でノートを一瞥し、

「……これは戦車に変形するのじゃな」
「見ただけでわかるんすね土御門さん」
「これがそうか……む、こ奴、変形するときに肩と脚が干渉せやせんかね?」
「なんだって!?」
「図解するとこうじゃ」
「うう、本当だ……」
「補助線なしでメカ描くんすね土御門さん(しかも上手い)」
 鷹乃の含蓄深い言葉に、技術に、少年たちは感服する。
 他人のノートの隅で勝手に図解しているのも気にならない。

 なにせ鷹乃は陰陽術によって、実際に人型に変形する航空機の式神を創造できる。
 物理的に無理のない構造を考えるくらいは当たり前。
 それをパーツ単位でイメージし、具象化させるのだ。
 その才をもってすれば、男子にメカの指南する程度は造作もない。

 これが鷹乃が男子から人望がある理由だ。

「落ち込むでない。脚を展開して、たたんでみてはどうじゃ? ほれ、こんな風にすると要所にラインも入って見栄えがするじゃろう」
「おお! 重厚だけどのっぺりしていた脚に説得力のあるディテールが!」
「流石っす土御門さん」
 男子は口々に鷹乃を称える。
 鷹乃もまんざらでもなく相好を崩していると、

「ちょっと鷹乃ちゃんを借りるねー」
「あ!?」
 唐突に、長身巨乳の女子2人が鷹乃を持ち去った。
 椅子の上でふんぞり返るちっちゃない鷹乃を、ひょいとつかんで持って行ったのだ。
 その背中を、男子は呆然と見送る。

「固いものの話はそのくらいにして、お姉さんたちとやわらかいもので遊ぼうか」
「同い年ではないか!」
「それに鷹乃ちゃんってば、最近つき合い悪いしー」
「5年生の可愛い彼女と、つきあっちゃったりしてるのかなー?」
「ええい、そんなんではないわ!」
「あやしいなー」
「あやしくない!」
「ほれほれ、本当のことを言えー」
 クラスメートは鷹乃をむぎゅっと抱き寄せる。
 豊満でやわらかいものに顔が埋まる。

 その様を、男子は呆然と見やっている。

「ぱふぱふ、ぱふぱふ。これでもシラを切り続けられるかなー?」
「ええい、やめんか……!!」
 鷹乃は身をよじって胸の谷間から顔を引きはがす。

「まったく慎みを知らんか。男子だって見ておるというのに……」
 言いつつ先ほど男子がいた場所を見やる。

 そして「きゃー!!」とも「ひゃー!!」とも聞こえる甲高い悲鳴をあげた。
 そこには男子よりもっと厄介な相手がいた。
 ある意味で、世界で一番これを見られたくない相手だ。

「よっ」
 そこにいたのは、何食わぬ顔をした志門舞奈だった。
 隣には安倍明日香と、見知らぬ5年生(テック)が無表情で見ている。

「お楽しみのとこすまん」
「楽しんでなどおらぬわ!」
 言った舞奈に鷹乃は叫ぶ。
 そんな鷹乃に、舞奈は笑いかけてみせる。

 前回はクラスメートに呼び出してもらったが、慣れたので今回は普通に入ってきた。
 余人に無駄な手間をかけさせなくてもいいだろうと思ったからだ。

「貴女たちが鷹乃ちゃんの彼女ー?」
 以前に鷹乃を呼んでもらった6年生が、興味津々に問いかける。

「いえ違いますが」
 明日香は真顔で答える。

「たち……」
 テックはドン引きの顔で鷹乃を見やる。
 ハーレム主になりたい人? みたいな顔だ。
 それを見やって鷹乃は困る。

「ちょっと鷹乃さんをお借りします」
「「はーい、どうぞー」」
「ええい! そなたら皆でわらわをそのような……」
 鷹乃の肩を、明日香がむんずとわしづかみにして連れていく。

「じゃあ、その間は代わりにあたしが……イタタ!」
 タコのように口を突き出して6年生の胸に跳びこもうとしていた舞奈の耳もむんずとつまみ、明日香は2人一緒に教室の外に連れていった。

 そして教室の前の廊下で、

「いったい、何じゃというのじゃ」
 鷹乃は口元をへの字に曲げて腕組みし、

「この前はありがとう。まだちゃんと礼言ってなかったろ」
「な……」
 舞奈の言葉に目を丸くする。

 滓田に誘拐されたチャビーを救うため、鷹乃もまた式神を駆使して奮戦してくれた。
 礼を言いたかったのは本当だ。

 鷹乃は言葉の真意を測ろうとするように、舞奈の顔を覗きこむ。
 舞奈より背の低い彼女がそうすると、少し上を向く形になる。
 普段の舞奈が高校生や大人にしているのと同じ格好だ。そして、

「別に……対したことはしとらんわい」
 目をそらせて言った。

「それより、そんなことを言うために、わざわざ6年生の教室まで来たのか?」
「いや、ホントすまん、邪魔するつもりはなかったんだ」
「だから! 別に邪魔などしとらんわい」
 ニヤニヤ笑う舞奈に、鷹乃は上ずった声で反論する。

「それはいいですから」
 明日香は焦る鷹乃を落ち着かせ、

「その彼女の要望で、今晩、音楽室のおばけを探しに行くのよ」
 真面目な顔で説明した。

「あの噂を、本気にする者がおるとは思わなんだわ」
 言いつつも、鷹乃の口元には笑みが浮かぶ。

 鷹乃たちは、チャビーを救いだすために死に物狂いで戦った。
 そんな彼女が日常を謳歌しているのが嬉しいのだ。

「鷹乃さんは何かご存知?」
「んー、最初に噂を聞いたのは1週間くらい前じゃったかのぉ……」
 そう言って鷹乃は遠くを見やる。
 だが、それ以上のことは思い出せないらしい。

 無理もない。
 その頃は滓田妖一の件の後始末で立て込んでいた。

「……おお、そうじゃ」
 鷹乃は何か思いついたか、教室のクラスメート2人を手招きする。
 するとクラスメートは手を振り返す。
 鷹乃はムキになって両手でブンブン手招きする。
 クラスメートもキャッキャしながら全力で手を振る。
 舞奈と明日香、テックは並んで苦笑する。

「ええい! こっちに来いと言っとるんじゃ!」
 鷹乃がキレると、クラスメートも笑いながらやってきた。
 まあ、楽しそうで何よりだ。

「鷹乃ちゃん、お話は済んだの?」
「ええい頭を撫でるな」
 クラスメートは鷹乃をぬいぐるみみたいに抱えて可愛がる。

 そういえばこの友人2人、鷹乃が手招きしたのには咄嗟に反応した。
 だが会話に聞き耳を立てていた様子はない。
 奈良坂の友人もそうなのだが、この手の後ろ暗い秘密を持つ友人を持つことで、必要に駆られるのか節度が身につくのかもしれない。
 舞奈も自分の友人たちを思い出して、笑った。

 今頃、チャビーと園香は3年生への聞きこみをしているはずだ。
 みゃー子が何をしているかは予想もつかない。

「それはいいですから」
 明日香はクラスメートから鷹乃を引きはがす。
 代りに上級生のお胸に飛びこもうとする舞奈をついでにどかし、

「音楽室のおばけの噂について調べているのですが、何かご存じありませんか?」
 話をうながす。

「おばけの噂?」
「5年生って可愛いよね。えーっとねー……」
 2人して可愛らしく考えこむ。

 そして、おばけが噂され始めたのは1週間くらい前だということ、夕方近くに変な物音(鳴き声?)がしたこと、パン屑が落ちていたことを教えてくれた。
 具体的には新情報はなし。

 まあ、この手の聞きこみで会う人すべてから有益な情報が得られることはない。
 そう思って2人と鷹乃に礼を言って帰ろうとした、そのとき、

 ――ドサリ。

「……うわっ」
「ひっ!?」
 天井からみゃー子が落ちてきた。
 鷹乃は怯える。

「キュイ~~」
 みゃー子は鳴きつつ身をくねらせる。

「きゃー可愛いー! フェレット?」
「……カワウソ」
 ボソリと言ったテックを尻目に、6年生はキャッキャとみゃー子を構い始めた。

「可愛いのか? あれ」
 舞奈は怪訝そうにみゃー子と6年生を見やり、

「やれやれ、命拾いしたわい」
 鷹乃は舞奈の背後から出てきた。
 みゃー子との最初の出会いがよほど衝撃的だったのだろう。
 舞奈はニヤニヤ笑う。

 鷹乃はそんな舞奈の顔を、ふむと見やった。
 舞奈も怪訝そうに見返す。

「先ほど、今晩のおばけ探しとやらを占ってみたのじゃがな……」
 隣ではしゃぐクラスメートに聞こえぬほどの小さな声で、ひとりごちるように語る。

「今の間でか? 素早いな」
「学校の廊下ですることかどうかはともかくとして」
「……」
 感心する舞奈と口をとがらせる明日香、みゃー子を放っておいて戻って来たテックを見やり、鷹乃は言葉を続けた。

「……そなたが病院に担ぎこまれるビジョンが見えた」
 その言葉に、一同は声もなく驚く。

「詳しく聞かせてくれるか?」
「知らないおっさんに背負われて、市民病院に搬送されとった。一緒にいるのは件の娘と、ほら例の胸の大きな娘じゃ」
 園香の話題になると微妙に表情が緩むあたり、彼女も十分におっさんだと思った。

 それはともかく、鷹乃の占術は未来の一部分を視覚情報として得る代物らしい。
 本来ならばその解釈を含めて術者の仕事なのだろうが、スピードと引き換えにそこらへんは丸投げしてきた。

 だが、今のビジョンから導き出せる事実はそう多くない。

「……おっさんって、先生?」
「知らぬ顔じゃ。この学校の教員ではない」
 鷹乃の答えにテックも首をかしげる。

 舞奈が負傷する、という事態は生半可な戦闘で起こり得ることではない。
 少なくとも、学校のおばけ探しでは有り得ない。
 ビジョンの中に、一緒にいるはずの明日香がいないのも気になる。

 あるいは音楽室には、何か本物の危険が潜んでいるとでもいうのだろうか?

 蔵乃巣くらのす学園には多数の執行人エージェントが在籍している。
 だが、そのほとんどが中高生だ。
 初等部で知っているのはエリコくらいか。
 彼女と明日香、鷹乃の目を盗んで音楽室に潜伏するくらいなら、可能なのだろうか?

 そんな脅威にチャビーや園香を直面させるわけにはいかない。
 今回のおばけ探しを中止する、という考えも脳裏に浮かんだ。

 だが脅威の正体も目的も不明だ。
 舞奈の負傷が何らかの脅威からチャビーや園香をかばおうとしたためのものだとしたら、舞奈と別行動をとらせる方が逆に危険だ。

 なので舞奈たちは鷹乃に礼を言って、音楽室を訪れた。

 無論、普段と変わらぬ音楽室に脅威などあるわけもなかった。
 明日香の魔力感知にも反応なし。
 魔術師ウィザードの魔力感知は森羅万象に潜む天然の魔力と似た呪術の跡を探るのは苦手だと聞いたので、エリコにも念のために見てもらいたかった。祓魔師エクソシスト呪術師ウォーロックだ。
 だが今から3年生の教室に行ってエリコを連れてくる時間はない。

 なので、舞奈たちは一抹の不安を胸に秘めたまま教室に戻った。

 チャビーと園香は先に戻っていたらしい。
 チャビーは微妙に凹んでいて、園香が慰めていた。

「……何かあったのか?」
「あのね、チャビーちゃん、3年生の子からお話を上手に聞けなかったみたいで」
「まあ気落ちすんな、相手は子供なんだ」
「背がちっちゃいって、馬鹿にされたんだって」
「……そいつはご愁傷さま」
 舞奈はやれやれと苦笑する。
 先ほどまで、舞奈たちも背がちっちゃい上級生と話してたところだ。

「……おばけの話、ちょっとは聞いてきたわ」
 テックの言葉に、チャビーはちょっと元気を取り戻す。

 テックが6年生から聞いた話を話す。
 そして園香から3年生からの情報を聞く。

 園香たちが(というか園香が)聞いた話では、おばけとやらの鳴き声は猫に似ているらしい。

 その話を聞いて、明日香は顔を輝かせた。
 猫と聞いたらすぐこれだ。
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 だが、その口元にも笑みが浮かぶ。
 チャビーや明日香とは別の意味で、舞奈も今晩が楽しみになっていた。
 自分を病院送りにする脅威とやらの正体が、気になり始めたからだ。

 友人たちを脅威や危険から守るため、矢面に立つのは舞奈の仕事だ。
 そして仕事を嫌々したって、上手くいくわけがない。

 いつか戦場で自分自身が語った言葉を、舞奈は平穏な日常の中でかみしめた。
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