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第9章 そこに『奴』がいた頃
戦闘4-3 ~銃技&戦闘魔術vs変異体
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屍虫を焼き払い、泥人間を蹴散らし、小夜子は地下にある一室にたどり着いた。
『コノ水晶ガ、奪ワレタ異能力ニヨリ、汝ガ敵ニ異能力ヲ与エテイル』
地下室の中央には、巨大なクリスタルの塊が鎮座していた。
クリスタルに映った影が、誘うようにゆらめく。
「……うん」
小夜子は己を導く声にうなずき、ガトリング砲の銃口をクリスタルに向けた……。
同じ頃、建物の最上階。
通路の奥に鎮座する両開きのドアを見やり、舞奈は口元を歪める。
それが倉庫街の廃ビルと同じ作りだったからだ。
あの時と同じように、舞奈と明日香は激戦を繰り広げ、あの時と同じようにドアの向うは静かだ。それが気に入らなかった。
だから舞奈も、あの時と同じように弾倉を交換し、明日香の再装填《リロード》を待つ。
だが、このドアの向うには、守るべきものも、取り返すべきものも、何もない。
だから舞奈は改造ライフルを右手でだらしなく持ったまま、左手でパイナップル型手榴弾を3つつかむ。
明日香は拳銃を仕舞い、柄付手榴弾を束ねた収束手榴弾を構える。
「行くぞ!」
合図とともにドアを蹴り開け、ドアの端に身を隠しつつ手榴弾を投げこむ。
幾重もの爆発がビルを揺るがす。折り重なる爆音とともに、部屋の中で荒れ狂う凄まじい破壊の力が爆風と閃光となってドアから漏れる。
やがて破壊の音が鳴りやみ、静かになる。
「やったか?」
「待って」
明日香の命により、2体の式神が部屋の中めがけて機関銃を構える。
だが次の瞬間、部屋の中から飛び出した炎の塊が式神を蹴散らした。
式神が塵と化して消えた後に立っていたのは、拳に炎を宿した中年男。
「……滓田妖一か」
返事を待たずに改造ライフルを掃射する。
同じ口径のスナイパーライフルにはフルオートの機能はついていない。
大口径ライフル弾の凄まじい反動に並の射手は耐えられないからだ。
だが、舞奈と改造ライフルは別だ。
暴れ馬のように跳ね上がる銃口を、鍛え抜かれた腕力で無理やりに抑えこんで銃弾の嵐を叩きこむ。
武器ではなく拳に炎を宿らせる【火霊武器】を、舞奈はひとりしかしらない。
ヒーローの異能力を、そうでない者が持っているのが気に入らなかった。
だが滓田を守るように、その身体を炎が包む。
銃弾は炎に遮られて地に落ちる。
続けざまに明日香が魔法の稲妻を放つ。
だが炎の鎧は電撃をも霧散させる。
大屍虫の耐久度とも、身体を強化する【虎爪気功】とも異なる。
「普通の防護じゃないわ。……全身が【装甲硬化】で守られている?」
明日香が舌打ちする。
「儀式とやらは、まだ途中のはずじゃなかったのか?」
「儀式はまだ終わっておらんよ。段階的に力を得る代物らしい」
困惑する舞奈と明日香に、滓田妖一は答える。
「だから手始めに無敵になってみた」
そう言って笑う。
そして跳ぶ。
大屍虫の身体能力で放たれた炎の拳を、舞奈は後ろに跳んで避ける。
目測より少しだけ速く鋭い拳が、前髪を焦がす。
「何故、私の命を狙う!? 私が何の悪を成したというのかね!?」
滓田は叫ぶ。
まるで自分は異能力者たちの死に関与していないとでも言うように。
だが舞奈は知っている。
脂虫に良心はない。
罪悪感を抱いたりはしない。
ヤニを摂取して魂を捨て去った怪異だから、平気で他者を傷つけ、欺く。
だから舞奈も口元に軽薄な笑みを浮かべて答える。
「ビジネスさ。糞ったれの化け物を退治するっていう大事な仕事を、責任をもって完遂しようとしてるんだよ」
改造ライフルの銃口を向け、撃つ。
だが滓田を護る炎のとばりに阻まれる。
「人殺しの依頼かね!?」
滓田は叫ぶ。
「セミナーの参加者たちを、私の息子たちを、何の権利があって殺した!?」
身勝手な問いを放ちながら殴りかかる。
彼の息子よりなお直線的な子供の癇癪のような拳だが、その身に宿した異能のせいか風を切る打撃の速さだけは殺人的だ。
それが気に入らなかった。だから、
「このビルの何処に人がいたよ?」
心からの侮蔑をこめて、せせら笑う。
「あんたたちみたいなヤニ臭いクズは、脂虫って名前の怪異なんだ。人じゃねえ」
「貴……様……っ!?」
図星をつかれた滓田の表情が怒りに染まる。
先ほどの拳よりなお速い砲弾のような勢いでタックル。
虚を突かれて改造ライフルで受け流す。
銃は舞奈の手を離れて床を転がる。
滓田は笑う。
だが舞奈も笑う。
流れるような動作で短機関銃を抜く。
反応する間も与えず、至近距離から顔面に掃射。
だが目くらまし。
大口径ライフル弾に耐える相手に小口径弾が効くとは思っていない。
怯んだ滓田の前から跳び退る。
その背後で、明日香は荼枳尼天の咒を紡ぎ終えていた。
クロークの胸元の骸骨が魔力を発生させる。
次いで素早く帝釈天の咒を唱える。
クロークの内側から取り出した数枚のドッグタグを放り投げる。
そして「災厄」と締める。
ルーンが刻まれたそれぞれのドッグタグが、目もくらむほど眩しい球電と化す。
球電は轟音とオゾンの匂いを振りまきながら尾をひく紫電と化して滓田を襲う。
閃光。爆音。
そして稲妻の連撃が巻き上げた埃と煙が去った後――
「――野郎、こいつも効かないってのか!」
滓田は炎のとばりに包まれたまま立っていた。
彼を守る炎は稲妻の連撃すら防ぐらしい。
余談だが、この失態がよほど気に入らなかったか、明日香は以降【雷嵐】を行使する際にドッグタグをベルトごと投げるようになる。
だが今はともかく、目前の滓田だ。
奴の動きは息子の巨漢以上に直線的だ。これまでの人生で困難を金の力で解決してきたから、自分の手足で戦うことに慣れてないのだ。
だから奴の拳は舞奈を捉えることはできない。
けれど舞奈たちの銃弾も魔術も、強大な魔力で守られた奴には効かない。
どちらも相手を傷つけられない。
千日手だ。
「しくじったわね」
明日香は舌打ちする。
「どうやら他の場所でやらなきゃいけなかったことを、仕損じてたみたい」
「どういう事だ?」
「キムっていう魔道士と【偏光隠蔽】がいない。彼の力の源は別の場所にあって、ここにいない2人はそれを守ってるのよ」
「糞ったれ!」
悪態が口をつく。
滓田妖一という男の言動から察するに、自ら戦うより先にキムやもうひとりの兄弟をけしかける方が自然だ。
その不自然さに気づかなかった自身の迂闊さを恨んだ。
「術で足止めできるか?」
身構えながら背後に問う。
実はこの状況に、対抗手段がないわけじゃない。
だが、それが確実に効果がある保証はない。
それに大口径弾用弾倉にこめられた対抗手段は、両手の指と同じ数しかない。
だから外すつもりなど毛頭ないが、防がれたくない。
そんな舞奈が問う前に、明日香は大自在天の咒を唱え終えていた。
一語の魔術語とともに冷凍光線が放たれ、滓田を穿つ。
即ち【氷棺・弐式】。
だが敵を地面に縫い止めるはずの氷の檻は、炎のとばりに焼かれて蒸発する。
「逃がすと思うかね? 小娘ども! 貴様らには私に歯向かって愚弄したことを後悔させてやる。それからじっくりと殺してやる!!」
滓田は叫ぶように、狂ったよう笑う。
だが次の瞬間、ガラスが割れるような細い音。
同時に滓田を守る炎が消えた。
「……!?」
舞奈は驚く。
「キムめ! しくじったのか!? こんな時に使えん奴め!」
だが滓田も狼狽えながら、異能の加護を失った自身の両手を見やる。
「……ああ、そういうことか」
舞奈は笑う。
もうひとつ忘れていたことを思いだしたからだ。
キムがこの場所にいないのと同様に、舞奈にもここにはいない協力者がいる。
3兄弟との戦闘で舞奈を救った銃弾。
その射手が、舞奈たちが仕損ねた仕事を片づけてくれたらしい。
舞奈と同じように、失われた魂に報いるために。
「おのれ! 私の力が完全に消える前に、せめて貴様らだけでも!」
滓田は必死で異能力を喚起する。
その身体から再び炎が巻き起こる。
――舞奈、今だ!
何かに後押しされるように、舞奈はコートの裏から拳銃を抜く。
そして流れるような動作で狙いを定め、撃つ。
銃声。
銃口から湧きあがる炎。
滓田がまとった炎がはじける。
ヤニで歪んだ男の身体が壁に叩きつけられる。
滓田は性懲りもなく力んで異能を呼び起こそうとする。
だが今度は煙すら出ない。
滓田が奪った炎の異能は、完全に消滅していた。
舞奈は片手で拳銃を構える。
銃口から立ち上る硝煙。
「何故、私の炎が……」
滓田は無様にへたりこみ、自分より遥かに年下の小学生を見上げて怯える。
「あんたの炎じゃない。他人から奪った異能力だ」
舞奈は吐き捨てるように言い放つ。
「それに異能力者の死体から異能力を奪う方法は、あんたの専売特許じゃない」
口元に乾いた笑みを浮かべ、自身が手にした拳銃を見やる。
「今の弾丸は、あんたが殺した異能力者の指の骨だ。そいつが、奪われた異能力を残さずぜんぶ取り返したのさ」
そして、慣れた手つきで銃口を男の脳天に向ける。
「ま、待ってくれ!」
滓田は裏返った声で叫ぶ。
「私は君たちに言わねばならんことがある!」
舞奈は無言で先をうながす。
「セミナーに参加した喫煙者……君たちの言う脂虫たちは、化け物になって君たちが殺した。息子たちもそうだ。だが、だが――!!」
滓田妖一は引きつった笑みを浮かべる。
「私はキムの儀式によって力を得ていたに過ぎない! 私は君たちの言う進行とやらをしていない! わたしはまだ人間なんだ!!」
その言葉に、明日香は冷ややかな、舞奈は乾いた笑みを浮かべたまま。
だが引き金を引こうとしない舞奈に勢いづいた滓田は、ここぞとばかりに叫ぶ。
「君たちは……自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」
気力を振り絞って叫ぶ。
「この滓田妖一を……人間を殺そうとしてるんだぞ!?」
泣き笑いを浮かべながら、激昂してみせる。
激情を叩きつけて少女たちを怯ませれば、自分の罪が消えるとでも言うように。
そんな無様な男を、舞奈は無言で見下ろす。
沈黙に気圧された滓田が押し黙るのを待って、
「あんた、勘違いしてるよ。さっきも言ったろ?」
ゆっくりと口を開く。
「脂虫は人間じゃない。人に仇成す怪異だ」
言い放った舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
「あんたがそれを証明したんだ。あんた自身の行いでな」
男の顔が恐怖に歪んだ。
舞奈は拳銃を乱射する。
否、如何な妙技によるものか、5発の弾丸はひとつの塊になって男に向かって飛ぶ。
そして煮えたぎる灼熱の拳と化して打ち据える。
まるで悪党めがけて繰り出されるヒーローの拳のように。
あるいは絶望を希望に塗り替えるように覚醒した、日比野陽介の異能力のように。
邪悪な加護を失った男は、炎の拳を避けることも、防ぐこともできなかった。
同じ頃、地下室。
キムを屠りクリスタルを破壊した小夜子の背後から、【偏光隠蔽】を奪った滓田の最後の息子が長ドスを構えて襲いかかった。
だが呪術で強化された小夜子の身体には傷ひとつつかない。
逆に男を引きはがし、引き裂いた。
小夜子の指からは太陽の如く光り輝くカギ爪がのびていた。
即ち【太陽の嘴】。
彼女が陽介を失う代わりに得た、新たな力だ。
そうやって滓田とその息子たち、事件の首謀者たち全員が等しく報いを受けた。
同時刻、ニュースが彼らの死去を報じた。
彼らは自宅で死亡しているところを知人に発見されたことになっていた。【機関】上層部からの働きかけによるものだ。
彼らの資産は正当な手順に従って関係者に配分された。
役職は事前に定められた後継者が継ぎ、名前は故人として然るべき場所に記された。
関係者は滞りなく彼を忘れ、彼が生きていた証は溶けるように消えていった。
そんな大人たちの事情など知る由もない舞奈の前で、滓田の腹に風穴が開く。
脂虫の王国を夢見て騙し、奪い、強大な力を手に入れた男は、炎を立ちのぼらせながらもがき、のたうち回り、その動きが徐々に緩慢になって、やがて動かなくなった。
炎の塊は脂虫の死骸を貪り喰らいながら徐々に小さくなって、そして消えた。
後には何も残らなかった。
まるで滓田妖一という男など、最初からこの世にいなかったかのように。
「そっか、兄ちゃんはそういう風にやりたかったんだな」
舞奈は先ほどまで滓田妖一がいた場所を見やる。
今やそこにあるのは、床を汚す僅かな消し炭だけだ。
「後ろからじゃなくて、真正面から殴りたかったんだ。男の子だもんな」
優しくて、素直で、そして真っすぐな彼の面影を脳裏に描き、ひとりごちる。
「でも、これで終わったな。あんたにとっても、あたしたちにとっても……」
口元に笑みを浮かべる。
その背後で明日香が携帯を取り出す。
「こちら【掃除屋】。滓田妖一の排除に成功しました」
『こちらフィクサー。諜報部の占術士が滓田妖一の排除を確認した』
いつもの仕事と同じ、いつものやりとりに、口元に笑みを浮かべる。
『報酬はいつもの口座に――』
「ちょっと待った」
「あ、何するのよ」
舞奈は明日香の手から携帯をひったくった。
「報酬の件で、ちょっと話がある」
『コノ水晶ガ、奪ワレタ異能力ニヨリ、汝ガ敵ニ異能力ヲ与エテイル』
地下室の中央には、巨大なクリスタルの塊が鎮座していた。
クリスタルに映った影が、誘うようにゆらめく。
「……うん」
小夜子は己を導く声にうなずき、ガトリング砲の銃口をクリスタルに向けた……。
同じ頃、建物の最上階。
通路の奥に鎮座する両開きのドアを見やり、舞奈は口元を歪める。
それが倉庫街の廃ビルと同じ作りだったからだ。
あの時と同じように、舞奈と明日香は激戦を繰り広げ、あの時と同じようにドアの向うは静かだ。それが気に入らなかった。
だから舞奈も、あの時と同じように弾倉を交換し、明日香の再装填《リロード》を待つ。
だが、このドアの向うには、守るべきものも、取り返すべきものも、何もない。
だから舞奈は改造ライフルを右手でだらしなく持ったまま、左手でパイナップル型手榴弾を3つつかむ。
明日香は拳銃を仕舞い、柄付手榴弾を束ねた収束手榴弾を構える。
「行くぞ!」
合図とともにドアを蹴り開け、ドアの端に身を隠しつつ手榴弾を投げこむ。
幾重もの爆発がビルを揺るがす。折り重なる爆音とともに、部屋の中で荒れ狂う凄まじい破壊の力が爆風と閃光となってドアから漏れる。
やがて破壊の音が鳴りやみ、静かになる。
「やったか?」
「待って」
明日香の命により、2体の式神が部屋の中めがけて機関銃を構える。
だが次の瞬間、部屋の中から飛び出した炎の塊が式神を蹴散らした。
式神が塵と化して消えた後に立っていたのは、拳に炎を宿した中年男。
「……滓田妖一か」
返事を待たずに改造ライフルを掃射する。
同じ口径のスナイパーライフルにはフルオートの機能はついていない。
大口径ライフル弾の凄まじい反動に並の射手は耐えられないからだ。
だが、舞奈と改造ライフルは別だ。
暴れ馬のように跳ね上がる銃口を、鍛え抜かれた腕力で無理やりに抑えこんで銃弾の嵐を叩きこむ。
武器ではなく拳に炎を宿らせる【火霊武器】を、舞奈はひとりしかしらない。
ヒーローの異能力を、そうでない者が持っているのが気に入らなかった。
だが滓田を守るように、その身体を炎が包む。
銃弾は炎に遮られて地に落ちる。
続けざまに明日香が魔法の稲妻を放つ。
だが炎の鎧は電撃をも霧散させる。
大屍虫の耐久度とも、身体を強化する【虎爪気功】とも異なる。
「普通の防護じゃないわ。……全身が【装甲硬化】で守られている?」
明日香が舌打ちする。
「儀式とやらは、まだ途中のはずじゃなかったのか?」
「儀式はまだ終わっておらんよ。段階的に力を得る代物らしい」
困惑する舞奈と明日香に、滓田妖一は答える。
「だから手始めに無敵になってみた」
そう言って笑う。
そして跳ぶ。
大屍虫の身体能力で放たれた炎の拳を、舞奈は後ろに跳んで避ける。
目測より少しだけ速く鋭い拳が、前髪を焦がす。
「何故、私の命を狙う!? 私が何の悪を成したというのかね!?」
滓田は叫ぶ。
まるで自分は異能力者たちの死に関与していないとでも言うように。
だが舞奈は知っている。
脂虫に良心はない。
罪悪感を抱いたりはしない。
ヤニを摂取して魂を捨て去った怪異だから、平気で他者を傷つけ、欺く。
だから舞奈も口元に軽薄な笑みを浮かべて答える。
「ビジネスさ。糞ったれの化け物を退治するっていう大事な仕事を、責任をもって完遂しようとしてるんだよ」
改造ライフルの銃口を向け、撃つ。
だが滓田を護る炎のとばりに阻まれる。
「人殺しの依頼かね!?」
滓田は叫ぶ。
「セミナーの参加者たちを、私の息子たちを、何の権利があって殺した!?」
身勝手な問いを放ちながら殴りかかる。
彼の息子よりなお直線的な子供の癇癪のような拳だが、その身に宿した異能のせいか風を切る打撃の速さだけは殺人的だ。
それが気に入らなかった。だから、
「このビルの何処に人がいたよ?」
心からの侮蔑をこめて、せせら笑う。
「あんたたちみたいなヤニ臭いクズは、脂虫って名前の怪異なんだ。人じゃねえ」
「貴……様……っ!?」
図星をつかれた滓田の表情が怒りに染まる。
先ほどの拳よりなお速い砲弾のような勢いでタックル。
虚を突かれて改造ライフルで受け流す。
銃は舞奈の手を離れて床を転がる。
滓田は笑う。
だが舞奈も笑う。
流れるような動作で短機関銃を抜く。
反応する間も与えず、至近距離から顔面に掃射。
だが目くらまし。
大口径ライフル弾に耐える相手に小口径弾が効くとは思っていない。
怯んだ滓田の前から跳び退る。
その背後で、明日香は荼枳尼天の咒を紡ぎ終えていた。
クロークの胸元の骸骨が魔力を発生させる。
次いで素早く帝釈天の咒を唱える。
クロークの内側から取り出した数枚のドッグタグを放り投げる。
そして「災厄」と締める。
ルーンが刻まれたそれぞれのドッグタグが、目もくらむほど眩しい球電と化す。
球電は轟音とオゾンの匂いを振りまきながら尾をひく紫電と化して滓田を襲う。
閃光。爆音。
そして稲妻の連撃が巻き上げた埃と煙が去った後――
「――野郎、こいつも効かないってのか!」
滓田は炎のとばりに包まれたまま立っていた。
彼を守る炎は稲妻の連撃すら防ぐらしい。
余談だが、この失態がよほど気に入らなかったか、明日香は以降【雷嵐】を行使する際にドッグタグをベルトごと投げるようになる。
だが今はともかく、目前の滓田だ。
奴の動きは息子の巨漢以上に直線的だ。これまでの人生で困難を金の力で解決してきたから、自分の手足で戦うことに慣れてないのだ。
だから奴の拳は舞奈を捉えることはできない。
けれど舞奈たちの銃弾も魔術も、強大な魔力で守られた奴には効かない。
どちらも相手を傷つけられない。
千日手だ。
「しくじったわね」
明日香は舌打ちする。
「どうやら他の場所でやらなきゃいけなかったことを、仕損じてたみたい」
「どういう事だ?」
「キムっていう魔道士と【偏光隠蔽】がいない。彼の力の源は別の場所にあって、ここにいない2人はそれを守ってるのよ」
「糞ったれ!」
悪態が口をつく。
滓田妖一という男の言動から察するに、自ら戦うより先にキムやもうひとりの兄弟をけしかける方が自然だ。
その不自然さに気づかなかった自身の迂闊さを恨んだ。
「術で足止めできるか?」
身構えながら背後に問う。
実はこの状況に、対抗手段がないわけじゃない。
だが、それが確実に効果がある保証はない。
それに大口径弾用弾倉にこめられた対抗手段は、両手の指と同じ数しかない。
だから外すつもりなど毛頭ないが、防がれたくない。
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一語の魔術語とともに冷凍光線が放たれ、滓田を穿つ。
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「逃がすと思うかね? 小娘ども! 貴様らには私に歯向かって愚弄したことを後悔させてやる。それからじっくりと殺してやる!!」
滓田は叫ぶように、狂ったよう笑う。
だが次の瞬間、ガラスが割れるような細い音。
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「……!?」
舞奈は驚く。
「キムめ! しくじったのか!? こんな時に使えん奴め!」
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「……ああ、そういうことか」
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もうひとつ忘れていたことを思いだしたからだ。
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その射手が、舞奈たちが仕損ねた仕事を片づけてくれたらしい。
舞奈と同じように、失われた魂に報いるために。
「おのれ! 私の力が完全に消える前に、せめて貴様らだけでも!」
滓田は必死で異能力を喚起する。
その身体から再び炎が巻き起こる。
――舞奈、今だ!
何かに後押しされるように、舞奈はコートの裏から拳銃を抜く。
そして流れるような動作で狙いを定め、撃つ。
銃声。
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滓田がまとった炎がはじける。
ヤニで歪んだ男の身体が壁に叩きつけられる。
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だが今度は煙すら出ない。
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「何故、私の炎が……」
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「セミナーに参加した喫煙者……君たちの言う脂虫たちは、化け物になって君たちが殺した。息子たちもそうだ。だが、だが――!!」
滓田妖一は引きつった笑みを浮かべる。
「私はキムの儀式によって力を得ていたに過ぎない! 私は君たちの言う進行とやらをしていない! わたしはまだ人間なんだ!!」
その言葉に、明日香は冷ややかな、舞奈は乾いた笑みを浮かべたまま。
だが引き金を引こうとしない舞奈に勢いづいた滓田は、ここぞとばかりに叫ぶ。
「君たちは……自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」
気力を振り絞って叫ぶ。
「この滓田妖一を……人間を殺そうとしてるんだぞ!?」
泣き笑いを浮かべながら、激昂してみせる。
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そんな無様な男を、舞奈は無言で見下ろす。
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「あんた、勘違いしてるよ。さっきも言ったろ?」
ゆっくりと口を開く。
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言い放った舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
「あんたがそれを証明したんだ。あんた自身の行いでな」
男の顔が恐怖に歪んだ。
舞奈は拳銃を乱射する。
否、如何な妙技によるものか、5発の弾丸はひとつの塊になって男に向かって飛ぶ。
そして煮えたぎる灼熱の拳と化して打ち据える。
まるで悪党めがけて繰り出されるヒーローの拳のように。
あるいは絶望を希望に塗り替えるように覚醒した、日比野陽介の異能力のように。
邪悪な加護を失った男は、炎の拳を避けることも、防ぐこともできなかった。
同じ頃、地下室。
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だが呪術で強化された小夜子の身体には傷ひとつつかない。
逆に男を引きはがし、引き裂いた。
小夜子の指からは太陽の如く光り輝くカギ爪がのびていた。
即ち【太陽の嘴】。
彼女が陽介を失う代わりに得た、新たな力だ。
そうやって滓田とその息子たち、事件の首謀者たち全員が等しく報いを受けた。
同時刻、ニュースが彼らの死去を報じた。
彼らは自宅で死亡しているところを知人に発見されたことになっていた。【機関】上層部からの働きかけによるものだ。
彼らの資産は正当な手順に従って関係者に配分された。
役職は事前に定められた後継者が継ぎ、名前は故人として然るべき場所に記された。
関係者は滞りなく彼を忘れ、彼が生きていた証は溶けるように消えていった。
そんな大人たちの事情など知る由もない舞奈の前で、滓田の腹に風穴が開く。
脂虫の王国を夢見て騙し、奪い、強大な力を手に入れた男は、炎を立ちのぼらせながらもがき、のたうち回り、その動きが徐々に緩慢になって、やがて動かなくなった。
炎の塊は脂虫の死骸を貪り喰らいながら徐々に小さくなって、そして消えた。
後には何も残らなかった。
まるで滓田妖一という男など、最初からこの世にいなかったかのように。
「そっか、兄ちゃんはそういう風にやりたかったんだな」
舞奈は先ほどまで滓田妖一がいた場所を見やる。
今やそこにあるのは、床を汚す僅かな消し炭だけだ。
「後ろからじゃなくて、真正面から殴りたかったんだ。男の子だもんな」
優しくて、素直で、そして真っすぐな彼の面影を脳裏に描き、ひとりごちる。
「でも、これで終わったな。あんたにとっても、あたしたちにとっても……」
口元に笑みを浮かべる。
その背後で明日香が携帯を取り出す。
「こちら【掃除屋】。滓田妖一の排除に成功しました」
『こちらフィクサー。諜報部の占術士が滓田妖一の排除を確認した』
いつもの仕事と同じ、いつものやりとりに、口元に笑みを浮かべる。
『報酬はいつもの口座に――』
「ちょっと待った」
「あ、何するのよ」
舞奈は明日香の手から携帯をひったくった。
「報酬の件で、ちょっと話がある」
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フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
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