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第8章 魔獣襲来
戦闘3-2 ~ナワリ呪術&古神術vs火霊術士
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どさりと、小夜子の背後に何かが落ちた。
それは人だった。
否、かつて人だったものと言った方が正しいだろう。
四肢をもがれた、くわえ煙草の脂虫だ。
目を見開いて小夜子を見上げ、激痛と恐怖にうめいている。
小夜子は薄汚い脂虫を見下ろす。
もし小夜子が戦う力を持つだけのただの少女だったら、人間の残骸を目の当たりにして恐怖しただろう。
あるいは、ただ疑うだけの1年前の小夜子だったら警戒していただろう。
だが小夜子は笑う。
緩慢にうめくだけの脂虫は、おそらく凝固剤を処方されている。
誰かがナワリ呪術師を援助するために、贄となる脂虫を空中から投下したのだろう。
そういうことができる人間なら【機関】に何人かいる。
それを実行しようとする人間がいることも知っている。
小夜子を手助けしたいと願う人間は、確かにいるのだ。
サチと出会い、人の善意に触れることで、小夜子は他者の助力を信じられるようになっていた。だから、
「サチ! わたしから離れないで!」
「わかったわ!」
走り寄るサチを背に庇う。
彼女は小夜子のすぐ近くで戦っていたようだ。
小夜子はそれに、気づかなかった。
だがサチは小夜子の声に答えてくれる。いつでも。
だから小夜子は、四肢を無くした脂虫を蹴り上げる。
ヤニで汚れた醜い顔が苦痛に歪む。
その心臓を、【霊の鉤爪】で胸をえぐって引きずり出す。
絶叫。
周囲の空気がざわめく。
それは新たな贄を求めて彷徨う亡者の声の如く。
「我に歯向かう全ての者を斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
握りつぶす。
途端、風が荒れ狂った。
大気が無数の刃となり、周囲の泥人間たちを斬り刻む。
首をはね、四肢をなで斬り、胴を引き裂く。
即ち【虐殺する風】。
こちらは【切断する風】を贄によって強化した術だ。
広範囲に作用し、術者が願う通りに範囲内の敵すべてに斬撃を加える。
嵐が止んだ後には、欠片となって転がる泥人間たち。
それらが一斉に塵と化し、風に吹かれて消えた。
その凄まじい光景に、サチは思わず目を見開く。
魔法戦には慣れたはずなのに。
だが、その視線がすぐさま元に戻る。
2人の前にミノタウロスが躍り出たからだ。
巨大な魔獣の、最初の爆撃でただれた皮膚はほぼそのまま。
再生に必要な魔力に余裕がないのだ。
だから準備しておいた伏兵をけしかけ、時間を稼ごうとした。
だが、それも無駄だった。
ミノタウロスは焦りの、怒りの咆哮をあげる。
だが小夜子は動じない。
背後のサチに目配せする。
同時にミノタウロスは低く身をかがめる。
そして口から火を吐いた。
足元の少女を焼き尽くそうと、大地を激しい炎が炙る。
だが灼熱の炎は半円形の見えないドームに阻まれ、小夜子とサチには届かない。
2人の腕に巻かれた注連縄が揺れる。
即ち【護身神法】。
次元断層によって攻撃を阻む、非常に強力な防御魔法である。
さらにミノタウロスは戦斧を振り上げる。
そして灼熱の炎をまとった斧を、渾身の力で振り下ろす。
さしものの結界も弾け、2人の手首に巻かれた注連縄が千切れる。
ミノタウロスは防護を失った2人に止めをさそうと、再び斧を振り上げる。
だがサチは待ち構えていたようにリボルバー拳銃を構える。
弾丸のこめられていない銃の銃口を素早く魔獣の頭に向け、引き金を引く。
神道において弓の弦をはじいて鳴らして魔を払う儀式。
その技術を応用すれば、銃で魔を払うことも可能だ。
カチリという金属音で低級の怪異を怯ませる【鳴弦法】。
そして破魔のパワーを銃口から撃ち出す【弦打】
放たれた聖なる弾丸は違わず斧を撃ち抜き、砕く。
そして小夜子の側に、2匹目の脂虫が降ってきた。
小夜子は空を見上げない。
そこにいるはずの何者かを、今の小夜子は信じられるから。
代わりに叫ぶ。
「腸と腸を繋げ! 我に扉を開け! 天と地の所有者!」
叫ぶと同時に脂虫は断末魔をあげながらはじける。
そして臓物でできた小さな扉を造りだす。
傷口から物品を取り出す【供物の蔵】。
贄を完全に使い潰して広げれば、より大きな物体を取り出すこともできる。
小夜子はしゃがみこみ、ヤニ色をした臓物の扉に腕をねじ入れる。
そして引き抜く。
その手には、機関銃を束ねたような銃砲の化け物が抱えられていた。
ガトリング砲である。
身体強化による怪力にまかせ、ガトリング砲を腰だめに構える。
蔵の中に残されたバッテリーへと繋がるケーブルを引きずったまま、6本の銃身が束ねられた砲口をミノタウロスの上半身に向ける。
そして撃つ。
轟く爆音。
荒れ狂う発火炎。
6本の銃身が回転し、大口径ライフル弾が奔流と化して襲いかかる
無数の銃弾が屈強な胸板を穿つ。
驚愕と、激痛と、恐怖に牛頭が歪む。
ミノタウロスは吠える。
だがガトリング砲は止まらない。
ケーブルとともに門からのびる弾薬ベルトを貪るように飲みこみながら、側面からは空薬莢を、銃口からは鉄の死を吐き出す。
再生能力によって、魔獣の胴を穿つ無数の孔は瞬時に癒える。
だが次の瞬間には、それに倍する孔が開く。
毎分3000発の絶え間ない掃射の前に、屈強な肉体など無意味だ。
連続する死は式神の再生速度すら上回る。
魔力を失いすぎて肉体を癒すこともできず、斧を再生させることもできず、もはやミノタウロスに反撃する手段はない。
最後のあがきのように両腕をクロスさせ、胴をかばう。
だが丸太のように太い腕は無情にも銃弾の嵐に引き千切られ、地に落ちる間もなく塵と化して消える。
小夜子は風を操りガトリング砲の下側に折りたたまれた三脚を展開して地に据える。
同じ術で引鉄を固定しながら砲をサチにまかせる。
さらなる術を行使するために。
友に背を任せ、仲間の力を借りて、敵を撃ち滅ぼす暴力の化身と化すために。
「我が手に宿れ! 左のハチドリ!」
掌から陽光の如く光束がのびる。
それはメジェドが双眸から放つレーザー光線に似ていた。
だが、その光量はメジェドのそれよりはるかに強い。
即ち【太陽の嘴】。
小夜子が恋人の命と引き換えに得た力だ。
満身創痍の魔獣の胴を、レーザー光線でめった斬りにする。
掃射に晒され、レーザーで焼き斬られ、ミノタウロスは断末魔の咆哮をあげる。
そのまま銃弾の奔流に押し流されるように、巨大な身体が後ろ向きに傾く。
背中から地面に倒れ、爆発のような地響きと砂煙をあげる。
そして瓦礫交じりの砂塵に紛れるように、塵と化して消えた。
小夜子は風を操ってガトリング砲の掃射を止める。
すると周囲は静かになった。
遠くに廃墟を望む荒野を、乾いた風が吹き抜けた。
小夜子は思い出したように、胸元の通信機に向き直る。
「こちら【デスメーカー】。目標の消滅を確認」
「【思兼】、同上よ」
『お疲れさまです。流石はお2人ですね。【掃除屋】と合流してください』
「了解」
ソォナムの通信に答え、小夜子は柄にもなく笑みを浮かべる。
そして側のサチを見やる。
サチも満面の笑みを浮かべ、小夜子を見ていた。
ふと小夜子は空を見上げる。
新開発区と旧市街地を繋ぐ青い空を、白い雲がゆっくりと流れる。
そこにはすでに、誰もいなかった。
同じ頃、支部の屋上。
そこに2つの人影が『出現』した。
「恩に着るのだよ。あの状況で小夜子ちんに贄を届けるには、上空から投下するしかなかったのだよ」
ひとりは糸目のニュット。
ルーン魔術による長距離転移は【移動】と呼ばれる。
重力を操る技術を推し進めることで空間を歪め、術者を装備品ごと転移させる。
マンティコアとの最初の邂逅で舞奈を救ったのも、この術だ。
この手の術や異能の例に漏れず、装備品は術者の体重未満のものに限られる。
だがニュットは魔術師の妙技によって、その制限を拡張できる。
なので今回、彼女が連れていたのは丸々と肥え太った少年だった。
「その体格で【鷲翼気功】なのは凄いことなのだよ、太ちん。その異能力も体重と同じ大きさまでの持ち物を運べるから、軽量化した脂虫を2匹持って飛べるのだ」
「大したことありませんよ。人よりちょっと多く食ってるだけなんで」
肥えた少年は謙遜する。
「あと【ポーク】です」
「今日は非番なのだろう?」
「非番の時は太田です」
「うむ。了解したのだ、太ちん」
笑顔のニュットに、太田と名乗った少年は微妙な視線を向ける。
小夜子とサチの側に脂虫を落としたのは彼だ。
ニュットはポークを連れて新開発区まで転移した。
そしてポークが脂虫を運び、安全な上空から2人の側に脂虫を投下したのだ。
そんな少年の口元にも、ニュットと同じ笑みが浮かぶ。
「それに、礼なんていらないですよ」
少年は、今しがた飛んだばかりの新開発区の空に続く青い空を見やる。
「僕だって命を救われたんですから。そう、彼女に――」
ポークは悟との戦闘で全滅した【雷徒人愚】唯一の生存者だ。
そして悟を討ったのは、最強のSランクである志門舞奈だった。
「それじゃ、僕はこれで失礼します。非番なんで」
「うむ、残りの休日を楽しんでくれたまえ」
糸目に見送られ、少年は念をこらして浮遊する。
そして空の彼方へと飛び去った。
入れ替わるように、階段室から数人の少年があらわれた。
ぱっとしない容姿をした諜報部の執行人だ。
「君たちかね。首尾は上々なのだ」
ニュットは糸目を細めて笑う。
「ミノタウロス排除の報を、君たちも聞いたのではないかね?」
「「はい!」」
少年たちは満面の笑みで答える。
だがニュットは咎めるように口元を歪め、
「それにしても、私用でヤニ狩りなんてしたら、始末書ものなのだよ?」
「「はい、わかってます!」」
少年たちは先程と同じように元気よく答える。
ニュットはやれやれと肩をすくめる。
「市街戦用に偽装した武器まで無断使用してからに。そっちは事後でいいから申請書を出しておくのだよ」
「「はい!」」
少年たちは再び答える。
ある意味で諜報活動向きな程よく個性的なのに興味をそそられない顔には、禁を破った者のそれとは思えぬ清々しい笑みが浮かんでいる。
釣られるように、ニュットの口元にも笑みが浮かぶ。
彼らもまた、誰かの手助けがしたいのだ。
だから指示もないのに脂虫を狩って、それを前線に届けてほしいと申告してきた。
その引き換えに始末書を書くのも覚悟の上だ。
彼らはヤニ狩りに精力的な桂木楓に影響を受けていた。
その桂木姉妹は、舞奈と明日香との戦いの中で己の行く道を定めた。
あの少女が絆をつなぎ、執行人たちを協力させていた。
だからニュットも空を見上げる。
新開発区の空に繋がる、青い空を。
そして同じ頃。
新開発区の荒れ地の中央には黒い結界が天へと延びていた。
「みんなは無事にミノタウロスを倒したみたいだな」
そう言って、舞奈は笑う。
胸元の通信機が、続けざまに吉報を告げたからだ。
側には漆黒の結界がそびえ立っている。
天を貫くほどに高く延びる結界の幅は、ビルを数本束ねたほど太い。
その内部にうっすらに浮かぶのは、静かに眠る巨大な猛獣。
魔獣マンティコアである。
「……後は連中が到着するのを待つだけか」
果てなく広がる荒野に転がる大きな岩のひとつに腰かけたまま、ひとりごちる。
同行しているはずの明日香と奈良坂はいない。
楓たちの援護に行っているからだ。
最終的な攻略目標の間近、遮蔽ひとつない荒野のまっただ中で、ひとり呑気に座っているなど通常の作戦では有り得ない。
だが、マンティコアは自身の周囲に伏兵を配置してはいないと確信していた。
あの子猫の目的が、ただ静かに母親を模した魔獣の一部になることだからだ。
あの時の悟のように。
だから他の部隊がミノタウロスを倒し、この場所に集って結界を破壊してくれるのを待つしかない。
そして楓の魔術で魔法少女に変身し、マンティコアに挑む。
舞奈が戦っている間に、魔獣を説得するのは動物と話せる紅葉の役目だ。
ただの最強でしかない舞奈が、目的を果たすには仲間の手助けが必須だ。
なので他部隊と合流するまでは座って結界を眺める以外にすることがない。
それなら自分も楓たちの援護に行けばよかったのだが、さすがに持ち場を全員で離れるわけにもいかない。
だから舞奈は結界から目を離し、仲間がやって来るはずの荒野を見やる。
だが、不意に聞こえた異音に再び結界に向き直る。
舞奈の目前で、結界を形成する重力場が欠片となって剥がれ始めていた。
巨大な結界から無数の破片が剥離する様は、それなりに壮観だ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
「……おい、ちょっと待て。話が違わないか?」
舞奈の頬を脂汗が伝う。
周囲のミノタウロスを倒せば、マンティコアは魔力の補充ができなくなる。
それから皆に援護を受けて結界を破壊し、攻撃を仕掛ける作戦のはずだ。
「もうちょっとしたら他のお友達も来る。そのほうが、きっと楽しいぞ?」
それに、今ここで出てこられても困る。
変身することも魔獣と会話することもできない舞奈ひとりでは、マンティコアに対処できないからだ。
だが舞奈の言葉も虚しく、その目前で結界の塔は弾けて欠片となり、消えた。
そして、その内側で眠っていた巨大な獣が、ゆっくりと目を開く。
目と鼻の先で覚醒した巨大な魔獣を、真正面から見やる。
舞奈は肩をすくめて観念する。
そして引きつった笑みを浮かべながら、軽く片手をあげてみせた。
「……よっ、おはようさん」
その言葉に答えるように、双眸がギラリと光った。
それは人だった。
否、かつて人だったものと言った方が正しいだろう。
四肢をもがれた、くわえ煙草の脂虫だ。
目を見開いて小夜子を見上げ、激痛と恐怖にうめいている。
小夜子は薄汚い脂虫を見下ろす。
もし小夜子が戦う力を持つだけのただの少女だったら、人間の残骸を目の当たりにして恐怖しただろう。
あるいは、ただ疑うだけの1年前の小夜子だったら警戒していただろう。
だが小夜子は笑う。
緩慢にうめくだけの脂虫は、おそらく凝固剤を処方されている。
誰かがナワリ呪術師を援助するために、贄となる脂虫を空中から投下したのだろう。
そういうことができる人間なら【機関】に何人かいる。
それを実行しようとする人間がいることも知っている。
小夜子を手助けしたいと願う人間は、確かにいるのだ。
サチと出会い、人の善意に触れることで、小夜子は他者の助力を信じられるようになっていた。だから、
「サチ! わたしから離れないで!」
「わかったわ!」
走り寄るサチを背に庇う。
彼女は小夜子のすぐ近くで戦っていたようだ。
小夜子はそれに、気づかなかった。
だがサチは小夜子の声に答えてくれる。いつでも。
だから小夜子は、四肢を無くした脂虫を蹴り上げる。
ヤニで汚れた醜い顔が苦痛に歪む。
その心臓を、【霊の鉤爪】で胸をえぐって引きずり出す。
絶叫。
周囲の空気がざわめく。
それは新たな贄を求めて彷徨う亡者の声の如く。
「我に歯向かう全ての者を斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
握りつぶす。
途端、風が荒れ狂った。
大気が無数の刃となり、周囲の泥人間たちを斬り刻む。
首をはね、四肢をなで斬り、胴を引き裂く。
即ち【虐殺する風】。
こちらは【切断する風】を贄によって強化した術だ。
広範囲に作用し、術者が願う通りに範囲内の敵すべてに斬撃を加える。
嵐が止んだ後には、欠片となって転がる泥人間たち。
それらが一斉に塵と化し、風に吹かれて消えた。
その凄まじい光景に、サチは思わず目を見開く。
魔法戦には慣れたはずなのに。
だが、その視線がすぐさま元に戻る。
2人の前にミノタウロスが躍り出たからだ。
巨大な魔獣の、最初の爆撃でただれた皮膚はほぼそのまま。
再生に必要な魔力に余裕がないのだ。
だから準備しておいた伏兵をけしかけ、時間を稼ごうとした。
だが、それも無駄だった。
ミノタウロスは焦りの、怒りの咆哮をあげる。
だが小夜子は動じない。
背後のサチに目配せする。
同時にミノタウロスは低く身をかがめる。
そして口から火を吐いた。
足元の少女を焼き尽くそうと、大地を激しい炎が炙る。
だが灼熱の炎は半円形の見えないドームに阻まれ、小夜子とサチには届かない。
2人の腕に巻かれた注連縄が揺れる。
即ち【護身神法】。
次元断層によって攻撃を阻む、非常に強力な防御魔法である。
さらにミノタウロスは戦斧を振り上げる。
そして灼熱の炎をまとった斧を、渾身の力で振り下ろす。
さしものの結界も弾け、2人の手首に巻かれた注連縄が千切れる。
ミノタウロスは防護を失った2人に止めをさそうと、再び斧を振り上げる。
だがサチは待ち構えていたようにリボルバー拳銃を構える。
弾丸のこめられていない銃の銃口を素早く魔獣の頭に向け、引き金を引く。
神道において弓の弦をはじいて鳴らして魔を払う儀式。
その技術を応用すれば、銃で魔を払うことも可能だ。
カチリという金属音で低級の怪異を怯ませる【鳴弦法】。
そして破魔のパワーを銃口から撃ち出す【弦打】
放たれた聖なる弾丸は違わず斧を撃ち抜き、砕く。
そして小夜子の側に、2匹目の脂虫が降ってきた。
小夜子は空を見上げない。
そこにいるはずの何者かを、今の小夜子は信じられるから。
代わりに叫ぶ。
「腸と腸を繋げ! 我に扉を開け! 天と地の所有者!」
叫ぶと同時に脂虫は断末魔をあげながらはじける。
そして臓物でできた小さな扉を造りだす。
傷口から物品を取り出す【供物の蔵】。
贄を完全に使い潰して広げれば、より大きな物体を取り出すこともできる。
小夜子はしゃがみこみ、ヤニ色をした臓物の扉に腕をねじ入れる。
そして引き抜く。
その手には、機関銃を束ねたような銃砲の化け物が抱えられていた。
ガトリング砲である。
身体強化による怪力にまかせ、ガトリング砲を腰だめに構える。
蔵の中に残されたバッテリーへと繋がるケーブルを引きずったまま、6本の銃身が束ねられた砲口をミノタウロスの上半身に向ける。
そして撃つ。
轟く爆音。
荒れ狂う発火炎。
6本の銃身が回転し、大口径ライフル弾が奔流と化して襲いかかる
無数の銃弾が屈強な胸板を穿つ。
驚愕と、激痛と、恐怖に牛頭が歪む。
ミノタウロスは吠える。
だがガトリング砲は止まらない。
ケーブルとともに門からのびる弾薬ベルトを貪るように飲みこみながら、側面からは空薬莢を、銃口からは鉄の死を吐き出す。
再生能力によって、魔獣の胴を穿つ無数の孔は瞬時に癒える。
だが次の瞬間には、それに倍する孔が開く。
毎分3000発の絶え間ない掃射の前に、屈強な肉体など無意味だ。
連続する死は式神の再生速度すら上回る。
魔力を失いすぎて肉体を癒すこともできず、斧を再生させることもできず、もはやミノタウロスに反撃する手段はない。
最後のあがきのように両腕をクロスさせ、胴をかばう。
だが丸太のように太い腕は無情にも銃弾の嵐に引き千切られ、地に落ちる間もなく塵と化して消える。
小夜子は風を操りガトリング砲の下側に折りたたまれた三脚を展開して地に据える。
同じ術で引鉄を固定しながら砲をサチにまかせる。
さらなる術を行使するために。
友に背を任せ、仲間の力を借りて、敵を撃ち滅ぼす暴力の化身と化すために。
「我が手に宿れ! 左のハチドリ!」
掌から陽光の如く光束がのびる。
それはメジェドが双眸から放つレーザー光線に似ていた。
だが、その光量はメジェドのそれよりはるかに強い。
即ち【太陽の嘴】。
小夜子が恋人の命と引き換えに得た力だ。
満身創痍の魔獣の胴を、レーザー光線でめった斬りにする。
掃射に晒され、レーザーで焼き斬られ、ミノタウロスは断末魔の咆哮をあげる。
そのまま銃弾の奔流に押し流されるように、巨大な身体が後ろ向きに傾く。
背中から地面に倒れ、爆発のような地響きと砂煙をあげる。
そして瓦礫交じりの砂塵に紛れるように、塵と化して消えた。
小夜子は風を操ってガトリング砲の掃射を止める。
すると周囲は静かになった。
遠くに廃墟を望む荒野を、乾いた風が吹き抜けた。
小夜子は思い出したように、胸元の通信機に向き直る。
「こちら【デスメーカー】。目標の消滅を確認」
「【思兼】、同上よ」
『お疲れさまです。流石はお2人ですね。【掃除屋】と合流してください』
「了解」
ソォナムの通信に答え、小夜子は柄にもなく笑みを浮かべる。
そして側のサチを見やる。
サチも満面の笑みを浮かべ、小夜子を見ていた。
ふと小夜子は空を見上げる。
新開発区と旧市街地を繋ぐ青い空を、白い雲がゆっくりと流れる。
そこにはすでに、誰もいなかった。
同じ頃、支部の屋上。
そこに2つの人影が『出現』した。
「恩に着るのだよ。あの状況で小夜子ちんに贄を届けるには、上空から投下するしかなかったのだよ」
ひとりは糸目のニュット。
ルーン魔術による長距離転移は【移動】と呼ばれる。
重力を操る技術を推し進めることで空間を歪め、術者を装備品ごと転移させる。
マンティコアとの最初の邂逅で舞奈を救ったのも、この術だ。
この手の術や異能の例に漏れず、装備品は術者の体重未満のものに限られる。
だがニュットは魔術師の妙技によって、その制限を拡張できる。
なので今回、彼女が連れていたのは丸々と肥え太った少年だった。
「その体格で【鷲翼気功】なのは凄いことなのだよ、太ちん。その異能力も体重と同じ大きさまでの持ち物を運べるから、軽量化した脂虫を2匹持って飛べるのだ」
「大したことありませんよ。人よりちょっと多く食ってるだけなんで」
肥えた少年は謙遜する。
「あと【ポーク】です」
「今日は非番なのだろう?」
「非番の時は太田です」
「うむ。了解したのだ、太ちん」
笑顔のニュットに、太田と名乗った少年は微妙な視線を向ける。
小夜子とサチの側に脂虫を落としたのは彼だ。
ニュットはポークを連れて新開発区まで転移した。
そしてポークが脂虫を運び、安全な上空から2人の側に脂虫を投下したのだ。
そんな少年の口元にも、ニュットと同じ笑みが浮かぶ。
「それに、礼なんていらないですよ」
少年は、今しがた飛んだばかりの新開発区の空に続く青い空を見やる。
「僕だって命を救われたんですから。そう、彼女に――」
ポークは悟との戦闘で全滅した【雷徒人愚】唯一の生存者だ。
そして悟を討ったのは、最強のSランクである志門舞奈だった。
「それじゃ、僕はこれで失礼します。非番なんで」
「うむ、残りの休日を楽しんでくれたまえ」
糸目に見送られ、少年は念をこらして浮遊する。
そして空の彼方へと飛び去った。
入れ替わるように、階段室から数人の少年があらわれた。
ぱっとしない容姿をした諜報部の執行人だ。
「君たちかね。首尾は上々なのだ」
ニュットは糸目を細めて笑う。
「ミノタウロス排除の報を、君たちも聞いたのではないかね?」
「「はい!」」
少年たちは満面の笑みで答える。
だがニュットは咎めるように口元を歪め、
「それにしても、私用でヤニ狩りなんてしたら、始末書ものなのだよ?」
「「はい、わかってます!」」
少年たちは先程と同じように元気よく答える。
ニュットはやれやれと肩をすくめる。
「市街戦用に偽装した武器まで無断使用してからに。そっちは事後でいいから申請書を出しておくのだよ」
「「はい!」」
少年たちは再び答える。
ある意味で諜報活動向きな程よく個性的なのに興味をそそられない顔には、禁を破った者のそれとは思えぬ清々しい笑みが浮かんでいる。
釣られるように、ニュットの口元にも笑みが浮かぶ。
彼らもまた、誰かの手助けがしたいのだ。
だから指示もないのに脂虫を狩って、それを前線に届けてほしいと申告してきた。
その引き換えに始末書を書くのも覚悟の上だ。
彼らはヤニ狩りに精力的な桂木楓に影響を受けていた。
その桂木姉妹は、舞奈と明日香との戦いの中で己の行く道を定めた。
あの少女が絆をつなぎ、執行人たちを協力させていた。
だからニュットも空を見上げる。
新開発区の空に繋がる、青い空を。
そして同じ頃。
新開発区の荒れ地の中央には黒い結界が天へと延びていた。
「みんなは無事にミノタウロスを倒したみたいだな」
そう言って、舞奈は笑う。
胸元の通信機が、続けざまに吉報を告げたからだ。
側には漆黒の結界がそびえ立っている。
天を貫くほどに高く延びる結界の幅は、ビルを数本束ねたほど太い。
その内部にうっすらに浮かぶのは、静かに眠る巨大な猛獣。
魔獣マンティコアである。
「……後は連中が到着するのを待つだけか」
果てなく広がる荒野に転がる大きな岩のひとつに腰かけたまま、ひとりごちる。
同行しているはずの明日香と奈良坂はいない。
楓たちの援護に行っているからだ。
最終的な攻略目標の間近、遮蔽ひとつない荒野のまっただ中で、ひとり呑気に座っているなど通常の作戦では有り得ない。
だが、マンティコアは自身の周囲に伏兵を配置してはいないと確信していた。
あの子猫の目的が、ただ静かに母親を模した魔獣の一部になることだからだ。
あの時の悟のように。
だから他の部隊がミノタウロスを倒し、この場所に集って結界を破壊してくれるのを待つしかない。
そして楓の魔術で魔法少女に変身し、マンティコアに挑む。
舞奈が戦っている間に、魔獣を説得するのは動物と話せる紅葉の役目だ。
ただの最強でしかない舞奈が、目的を果たすには仲間の手助けが必須だ。
なので他部隊と合流するまでは座って結界を眺める以外にすることがない。
それなら自分も楓たちの援護に行けばよかったのだが、さすがに持ち場を全員で離れるわけにもいかない。
だから舞奈は結界から目を離し、仲間がやって来るはずの荒野を見やる。
だが、不意に聞こえた異音に再び結界に向き直る。
舞奈の目前で、結界を形成する重力場が欠片となって剥がれ始めていた。
巨大な結界から無数の破片が剥離する様は、それなりに壮観だ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
「……おい、ちょっと待て。話が違わないか?」
舞奈の頬を脂汗が伝う。
周囲のミノタウロスを倒せば、マンティコアは魔力の補充ができなくなる。
それから皆に援護を受けて結界を破壊し、攻撃を仕掛ける作戦のはずだ。
「もうちょっとしたら他のお友達も来る。そのほうが、きっと楽しいぞ?」
それに、今ここで出てこられても困る。
変身することも魔獣と会話することもできない舞奈ひとりでは、マンティコアに対処できないからだ。
だが舞奈の言葉も虚しく、その目前で結界の塔は弾けて欠片となり、消えた。
そして、その内側で眠っていた巨大な獣が、ゆっくりと目を開く。
目と鼻の先で覚醒した巨大な魔獣を、真正面から見やる。
舞奈は肩をすくめて観念する。
そして引きつった笑みを浮かべながら、軽く片手をあげてみせた。
「……よっ、おはようさん」
その言葉に答えるように、双眸がギラリと光った。
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