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第8章 魔獣襲来

討伐2 ~討伐部隊vs魔獣

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「なんか、子供が亀をいじめてるみたいだな……」
「そう言わんでやってくれんか。気持ちはわかるのだが」
 ひとりごちる舞奈の隣で、ニュットは糸目を細めて苦笑する。

 翼をもがれ、岩石と氷の枷で縛められたマンティコア。
 そんな巨大な魔獣に、炎や稲妻をまとった刃が幾つも、何度も振り下ろされる。

 驚異的な再生能力によって傷はたちまち癒える。
 だが異能の刃は止まらず、次なる一撃を加える。
 魔獣は痛みに、怒りに吠える。

 魔道士メイジによるマンティコアの拘束は成功した。
 今は異能力者たちが魔獣の魔力を削り取るべく攻撃している。
 あとはサチが防御魔法アブジュレーションを、他の魔道士メイジたちが補助魔法オルターレーションを維持しつつ、小一時間ほど殴り続ければ魔獣は身体を維持できなくなって消滅するらしい。

 小夜子が合図すると、大柄な少年がリヤカーから脂袋を放り落とす。
 袋が裂け、四肢をもがれた脂虫が露出する。
 以前に居合わせたヤニ狩りで見た顔な気がする。
 だが気のせいかもしれない。脂虫の顔なんていちいち覚えていない。
 どちらにせよ凄い悪臭だ。
 だが小夜子は構わず脂虫を黒曜石の短剣で八つ裂きにし、心臓を取り出す。
 そして神の名を呼び少年たちの身体強化を更新する。

 サチは一心不乱に舞いながら、祝詞を唱えている。
 討伐部隊を守る防御魔法アブジュレーションを維持するためだ。

 奈良坂と明日香は真言を唱え、それぞれ無力化と氷の枷を維持している。
 紅葉と楓もコプト語の呪文を唱え、石の枷を維持している。

 舞奈は維持する術なんてないので、手持無沙汰にしている。
 マンティコアに一撃を叩きこんだ時点で舞奈の仕事は終わっていた。

「諸君、奮い立つのだ!」
 ニュットは異能力者たちを応援している。

「敵の傷は癒えてはいるが、与えたダメージは癒しの力を着実に削っている! 勝利は目の前だ!!」
 威勢のいい台詞の割に、浮かない顔なのが気になる。
 計画通りに事が運んでいるはずなのに、勝ち戦という雰囲気ではない。
 だが、それを舞奈が気にしても仕方がない。

 ニュットが呪文も唱えずそんな事をしているのは、ルーン魔術に印や呪文によって即興で魔力を生みだす手段がないからだ。

 ルーン魔術は戦闘魔術カンプフ・マギーの礎になった流派で、同様に3種の術から成り立つ。
 魔力を熱や電気に転化する【エネルギーの生成】。
 魔力を物品に焼きつける【物品と機械装置の操作と魔力付与】。
 魔力で空間と因果律を歪めることによる【武具と戦士の召喚】。

 特徴的なのは【物品と機械装置の操作と魔力付与】による儀式によって魔力を焼きつけられたルーンを使用することだ。
 あらかじめ生成された魔力を持ち歩き、施術の際に活性化させる。
 だから印や呪文で魔力を生みだすことなく素早く施術することが可能だ。
 戦闘魔術カンプフ・マギーも一部の施術でルーンを使うが、ルーン魔術はすべての術で使う。

 その反面、あらかじめ準備しただけの魔力しか使うことができない。
 施術の際に唱える魔術語ガルドルは呼び水にすぎず、単体で術にはならないのだ。
 その短所を仏術で補ったのが戦闘魔術カンプフ・マギーである。

 さらに術者の技量を超えるルーンを所持していると魔術語ガルドルの魔力が分散し、ルーンの魔力を活性化させることができない。
 なので即応性と引き換えに継続戦力に難がある。
 ある意味、魔術と銃弾の中間のような流派だ。

 なので、今のニュットの仕事は定期的に術をかけなおすことだけだ。
 ポケットからルーンの刻まれた金属片を取り出し、「イサ」と唱えて投げる。
 氷の棘で敵を縛る【氷棺アイゼス・ザルク】の魔術。
 細りかけた氷の棘が、鋭さと冷たさを取り戻す。

 さらにニュットは新たな金属片を取り出し、手にしたまま「知神アンサズ」と唱える。
 たしか情報を司るルーンだったはずだ。

「……これは少しばかり厄介なのだよ」
 ボソリと、ニュットが言った。

「どうした?」
「舞奈ちんのスナイパーライフルガラッツが弾かれた時点で気づくべきだったのだ」
 言ってニュットは舌打ちする。
 やはりかと思ったが、舞奈は無言で先をうながす。

 視界の端で、何も知らない少年たちはマンティコアに打撃を加える。
 勝利を信じた彼らの攻めは全力だ。
 マンティコアは痛みに吠えるが、彼らは動じず殴り続ける。

「思いのほか奴の魔力を減らせてないのだよ。予測より防護が固いのだ」
「……もう少しで勝てるんじゃなかったのか?」
 ニュットをジト目で睨んでから、少女たちを見やる。
 彼女らも状況を訝しんでいるようだ。
 魔道士メイジである彼女たちも、ニュット同様に魔力を見れる。

 魔獣の身体を維持する魔力は強大だ。
 異能をこめたとは言え、近接打撃で魔獣を倒す計画には無理があったのだろうか。

「……あたしも手伝った方がいいんじゃないのか?」
「舞奈ちんが隣で撃っても打撃の足しにはならんのだ。舞奈ちんの強さは、そういう種類の強さじゃないのだよ」
 鍛え抜かれた舞奈の銃技は最強だ。
 だが、それは、でたらめに殴った相手をノックアウトできる類の強さではない。
 仲間と連携し、然るべき場所に狙いすました一撃を放つことができる強さだ。
「まあな……」
 そう答えた矢先に、マンティコアの四肢を縛める石の枷が緩んだ。

 巨獣の前足が石の枷を砕き、氷の棘をも引き千切る。
 そして攻撃者めがけて振るわれた。

 奈良坂の【摩利支天神鞭法マリーチナ・バンダ】の影響で狙いの定まっていない一撃は、少年たちの足元のアスファルトをえぐる。
 それだけで近くにいた少年たちは吹き飛ばされる。
 ビル壁に叩きつけられ、だが【護身神法ごしんしんぽう】に守られて事なきを得る。

 ニュットは再び金属片を放り、【氷棺アイゼス・ザルク】で魔獣の前肢を拘束する。

「くらった者は【護身神法ごしんしんぽう】を確認するのだ! 注連縄が切れていたらデスメーカーと合流して待機するのだよ!」
 指示を飛ばしつつ、ポケットを覗きこむ。
 そして眉をひそめる。
 ルーンが刻まれた金属片が残り少ないか、もうないか。

 一方、退避した少年と小夜子が集うリヤカーに残った脂袋はあと3つ。

「半分も残ってないな。あれだけで、このデカブツを殺れるのか?」
「……無理なのだよ」
 ニュットは口元を嫌そうに歪めて即答した。

「そもそも、あれは【ジャガーの戦士オセロメー】のための贄じゃないのだ。まさか使う羽目になるとは思わなかったがな」
 その言葉に、舞奈は思わず舌打ちする。
 ニュットは「しかたがないのだ」とひとりごちる。
 ついに観念したか、胸元の通信機に話しかける。

「……こちら【ニュット】。討伐部隊の消耗率が敵の消耗を上回っている。作戦の完遂は不可能と判断。撤退の許可を乞うのだ」
 すぐさま返された返答に、「うむ」とうなずく。
 支部でも状況は把握していたのだろう。
 そしてニュットは異能力者たちに向き直る。

「諸君! 撤退するのだ! デスメーカー、【供物の門ネヨコリクィアウアトル】を!」
 一見して唐突な指示だ。
 だが魔道士メイジたちは素早く撤退の準備を始める。
 マンティコアを拘束していた明日香、紅葉、楓は、ありったけの魔力を叩きこんで拘束を強化する。撤退の時間を稼ぐためだ。

 小夜子の指示で、退避していた少年たちがリヤカーの上の脂虫をまとめて落とす。

「腸と腸を繋げ! 我に門を開け! 天と地の所有者イルイカワ・トラルティクパケ!」
 叫びつつ、小夜子は袋を拳銃オブレゴン・ピストルで穿つ。
 袋から黒いもやとなった魔力が、ヤニ色の肉片と一緒に吹きだす。
 そして虚空に肉のアーチを造りだす。

 即ち【供物の門ネヨコリクィアウアトル】の呪術。
 転送先と転送元に贄を設置し、片方に術をかけて門に変えて通ると、もう片方の贄を設置した場所に転移する。
 ニュットの長距離転移とは違い、贄を増やせば運べる人数も増える。
 だから今回の作戦における退避手段として採用された。

「まず異能力者から門の中に退避するのだ!」
 ニュットの叫びに、リヤカーの近くにいた少年たちが門へ跳びこみ、消える。
 マンティコアを殴っていた少年たちも攻撃の手を止めて走り出す。
 困惑しながらも、撤退指示に素直に応じるあたりは流石である。

 同時に魔獣を縛める岩石と氷の枷が弾け飛ぶ。
 マンティコアの魔力が重力場を押し切り、斥力場のバリアを復活させたのだ。

 舞奈は息を飲む。
 撤退の指示がもう少し遅れていたら、この時点で被害が出ていた。

 だが事態が緊迫していることには変わりない。
 少年たちは怯んで足を止め、少女たちも魔獣の次なる攻撃を警戒する。

 その隙に、魔獣は猫科の跳躍力で宙を舞う。
 そして一行の退路を断つように、門の前に地響きをたてて降り立った。

 小夜子はとっさに跳び退る。
 だがカギ爪の生えた巨大な前肢に打ち据えられ、たまらずビル壁に叩きつけられる。

「小夜子ちゃん!?」
 サチはリボルバー拳銃M360J サクラを抜き、小夜子を援護しようと走る。
 短い銃身に刻まれた北斗七星が輝き、サチの走りが達人のそれに変わる。
 使用者に戦闘の技量をもたらす【護身剣法ごしんけんのほう】。
 銃に焼きつけられた魔法である。

「サチ、わたしは無事よ」
 小夜子はどうにか立ちあがる。
 サチに手を引かれ、マンティコアから少し離れた廃ビルの陰に滑りこむ。

 だが腕の注連縄は切れていた。
 次の一撃を喰らったら、強化があっても耐えられない。

 ニュットは舌打ちする。
 先ほどまでは狩る側と狩られる側だった魔獣と人間の構図が、瞬時に逆転した。

 一方、舞奈はマンティコアの目前に躍り出る。

「ようデカブツ! あたしが見えるか?」
 至近距離から見上げるマンティコアはそびえ立つように大きい。
 だが怯む代わりに笑う。

 距離が近いのをいいことに、狙いも定めずスナイパーライフルガラッツを撃ちまくる。
 魔獣は巨大な双眸を舞奈に向ける。
 その瞬間、舞奈は走る。

 魔獣が吠えた瞬間、舞奈は手近な廃ビルの窓に跳びこむ。
 同時にビル壁を無数の斥力場が削る。
 だが斥力場の弾丸にビルを一撃で倒壊させるほどの威力はない。

「手間かけさせてすまんのだ」
 背後から聞こえた声に、舞奈は思わず苦笑する。
「いや、あんたまでこっち来てどーする」
「あちしが転移できるのを忘れたかね?」
 ニュットは得意げに笑う。

 ルーン魔術師は衣服に刻んだルーンを媒体とした【浮遊レヴィタツィオン】の魔術によって低空を飛行し、金属片を消費する【短距離移動ベヴェーグング・クルツ】の魔術で瞬間移動が可能だ。
 術者の身体能力とは無関係に生存性は高い。

「けど気をつけてくれよ。そのうち奴もしびれを切らせて跳びかかってくる」
 そうすれば、残る執行人エージェントたちの撤退を妨げるものは何もない。

「だと良いのだがね……」
 ニュットがひとりごちる。

 舞奈の視界の端で、少年たちも、少女たちも、廃ビルの陰から様子をうかがう。
 その表情には焦りが浮かぶ。
 贄を使った【供物の門ネヨコリクィアウアトル】が無限に続くわけはない。
 時間切れで術が解けたら、退路を完全に断たれることになる。

 それを知ってか知らずか、魔獣は門の前から動かず斥力場の弾丸を放つのみ。
 獣のくせに、あれが攻撃者の命綱であると知っているのだろうか?

 ――否。

「奴め、消耗した魔力を補おうと魔法の門の近くに陣取っているのだよ」
 そう言って舌打ちした。
 猫が快適な場所を見つけて日なたで寝るのと同じようなものか。

 しびれを切らせた【狼牙気功ビーストブレード】たちが、舞奈を真似て魔獣を引きつけようと物陰から飛び出す。素早さを増す異能力を持つ彼らは、その役目に適任に思える。

 だが魔獣は巨体に似合わぬ機敏さで前肢を振るい、ひとりをビル壁へ叩きつける。
 衝撃で【護身神法ごしんしんぽう】が弾け、腕に巻かれた注連縄が切れる。
 素早いのと、敵の打撃を的確に避けられるのとは別だ。

 防護を剥がれて魔獣の瞳に見据えられ、少年の瞳が恐怖に見開かれる。
 よくよく見やると彼は舞奈の知った顔だ。ヤニ狩りをしていたグループにいた。
 そんな彼めがけて、マンティコアは尻尾の斥力弾を放つ。

「……!?」
 不可視の刃が少年を斬り刻む寸前、その目前に釣鐘状の魔神があらわれた。
 メジェド神は少年の身代わりとなって引き裂かれ、塵になって消える。
 少年はあわてて物陰に跳びこむ。

 楓が機転を利かせたおかげで一難は免れたが、メジェド神も無限ではない。
 それに状況を打開しなければ、いずれ全員がマンティコアの餌食となる。

「……まったく、これだけは使いたくなかったのだよ」
「何するつもりだ?」
 ニュットは舞奈の側を駆け抜け、廃ビルを跳び出す。
 そして金属片を大量にばら撒く。

「皆の者、あちしがマンティコアの気を引くのだよ! 舞奈ちんは明日香ちんを、【思兼】は【デスメーカー】を、【鹿】は桂木姉妹を頼むのだ!」
 意図の読めない指示とともに、新たに取り出した大ぶりな金属片を掲げる。

太陽ソウイル! 戦士テイワズ!」
 叫ぶと同時に、掲げた金属片に刻まれたルーン文字が輝く。
 少しづつ角度を変えて多重に刻まれた【太陽ソウイル】のルーンだ。
 それに呼応し、ばら撒かれた金属片に刻まれた【戦士テイワズ】のルーンが光る。
 数多の光は膨らみ、人の形となる。

『俺たち【雷徒人愚】の力を見せてやるぜ!』
「な……!?」
 舞奈の目前に、筋骨隆々とした上半身をさらけ出した大柄な少年があらわれた。
 周囲には高枝切りバサミを携えた4人の取り巻き。

「なんで、あんたたちがここに!?」
 それは悟とアイオスに無謀な戦いを挑み、殉職したはずの【雷徒人愚】だった。
 それだけではない。

「陽介……君……!? どうして……?」
 悲鳴のような小夜子の声に思わず見やると、制服姿のひとりの少年。
 舞奈も知っている顔だ。
 だが、ここにいるはずの人物ではない。

 日比野陽介。
 彼は小夜子の恋人であり、チャビーの兄であり、1年前の事件の犠牲者だ。

「瑞葉!? 瑞葉なのか!?」
「み……瑞葉ちゃん……?」
 紅葉と楓の目前にも、ひとりの少年。
 彼の顔は記録の中だけで見たことがある。
 陽介と同じ事件で逝った、桂木姉妹の弟だ。

 ニュットの前にも、明日香の前にも数人の少年や男たちがあらわれる。

「>>PULL ENEMY //AWAY!!」
 ニュットが何かを叫ぶ。
 舞奈はそれを、テックがパソコンに打ちこむコマンドのようなものだと思った。

 それに応じて、新手が走る。

 大柄な【虎爪気功ビーストクロー】が、泥人間を2匹同時に倒した自慢のパンチを見舞う。
 取り巻きの【狼牙気功ビーストブレード】が手にした高枝切りバサミを構えて追従する。

 小夜子の恋人は拳を炎に包み、魔獣の足に叩きつける。

 桂木姉妹の弟は【偏光隠蔽ニンジャステルス】の異能力で姿を消す。
 そして次の瞬間、魔獣に足に爆ぜるような一撃を喰らわせながら姿をあらわす。

 ニュットや明日香の側からも能力者の一団が走る。
 木刀を構えた少年が、サーベルの偉丈夫が、得物を【火霊武器ファイヤーサムライ】の炎で包む。
 別の少年の槍が【氷霊武器アイスサムライ】の冷気をまとう。
 黒づくめの双剣に、流麗な格闘家の拳に【雷霊武器サンダーサムライ】の稲妻が宿る。
 舞奈が名を知らぬ能力者たちも、各々のスタイルで魔獣に一撃を喰らわせる。

 小賢しく挑んでくる新たな敵の出現に、魔獣は吠える。
 前肢を振るう。
 それだけのことで、異能力者たちはまとめて吹き飛ばされる。
 防護すらされていない身体がカギ爪に引き裂かれ、あるいはビル壁に叩きつけられて砕ける。

 だが次の瞬間、少年たちは舞奈から少し離れたビルの近くにいた。
 事態がつかめず舞奈は戸惑う。

「急ぐのだ!」
 ニュットに急かされビルを跳び出し、明日香の潜む物陰めがけて走る。

 魔獣も彼らが他の相手とは違うと察したのだろう。
 斥力場の翼を再生させて跳躍し、倒したはずの少年たちに再び襲いかかる。
 彼らは魔獣を門の前から動かすことに成功した。

「諸君! 今のうちに撤退するのだ!」
 ニュットの指示に、諜報部の異能力者たちは我先に門へと跳びこむ。だが、

「離して姉さん! 瑞葉が、瑞葉が死んじゃう!!」
「……見えてるわ。でも『あれ』はわたしたちが知ってる瑞葉じゃない」
 一団に駆け寄ろうとする紅葉を、楓が羽交い絞めにして押し止める。

 桂木の長女であり魔術師ウィザードでもある楓は、この現象に関して知っているのだろう。
 そして妹より少しだけ冷静だった。

 だが紅葉は呪術で身体を強化している。
 羽交い絞めにする姉を引きずるように、じりじりと歩を進める。

「奈良坂さん! 紅葉を連れて門へ!」
「は、はひっ!」
 情けない返事をしつつ、奈良坂は紅葉をひょいと持ち上げる。
 幸運にも奈良坂は自前の2重の身体強化に加え、小夜子の術でも強化されていた。

「陽介君、行かないで!」
「ダメよ小夜子ちゃん! そっちに行ったら、戻ってこられなくなるわ!」
 小夜子もまた、今は無き恋人を目の当たりにして正気を無くしていた。

「けど、陽介君が! あそこに陽介君がいるの!」
「小夜子ちゃん!」
 サチが小夜子の頬を張る。
 普段の彼女からは想像もできぬ行動に、小夜子も思わず正気を取り戻す。

「……小夜子ちゃん、覚えてる? わたしがその人の代わりに小夜子ちゃんの太陽になるって、前にも言ったわよね?」
 告白のようなサチの言葉に、小夜子は静かにうなずく。

 一方、舞奈は明日香の姿を見つけて駆け寄っていた。
 全力疾走の後の、荒い息をつく。
 柄にもなく、彼女が心配だった。だが、

「……【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】。死んだ仲間を不死身の式神として呼びだす魔術よ」
 絞り出すように、言う。
 知識という命綱に自身の理性をくくりつけるように。
 舞奈と数々の修羅場を潜り抜けたパートナーは、女子高生たちより冷静だった。

「彼らは普通の式神とも違うわ。以前の死因と同じ方法で殺されるか、技術担当官《マイスター》が術を解かない限り存在し続ける」
 自分に言い聞かせるように言って、魔獣と戦う能力者の一団を一瞥する。

 かつて異能力者だった少年たちを模した式神は、マンティコアに一太刀を浴びせては反撃で砕かれ、身体を再生して再び挑む。

「ひっでぇ戦い方だな」
 舞奈はひとりごちる。

「……行くわよ。技術担当官《マイスター》に先に行かれたら術が解けるわ」
「ああ」
 見やると諜報部の少年たちは退避を終え、サチと小夜子、楓と奈良坂に抱えられた紅葉が門の中へと消えるところだった。
 その門も少しずつ崩壊を始めている。

 最後にもう一度、マンティコアと永遠の戦いを繰り広げる少年たちを見やる。

 さらけ出された屈強な上半身が、巨大なカギ爪に引き裂かれて消える。
 その直後に再生し、魔獣に向かって叫ぶ。

『へへっ! 俺様の鍛え抜かれた肉体の前じゃあ、てめぇなんざ可愛い猫だぜ!』
『『『『それでこそリーダー! 【雷徒人愚】の最強Aランク!』』』』
 生前と同じようにつっこみどころしかない戯言を叫びながら、少年たちは何度でも強大な敵に挑む。

「まったく、楽しそうで何よりだ」
 舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。

「……あんたたちは、そういう風にやりたかったんだな」
 ひとりごちる。
 そして明日香に蹴りこまれるように門へと身を躍らせた。

 最後にニュットが跳びこんで、その直後に門は消えた。

 気がつくと、舞奈たちは以前と同じように【機関】支部の屋上にいた。
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