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第7章 メメント・モリ

戦闘3 ~ナワリ呪術vs道術

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 小夜子は寂れた町の一角に建つ。

 目前には曰くありげな家屋。
 2階が住居になった店舗兼住宅だ。
 薄汚れた看板を見やると、肥料や農薬を扱う園芸用品店と書かれている。
 看板の下に小さく書かれた胡散臭い補足や但し書きの、さらに下には張り紙。
 小さく張られた張り紙には『元気の出る水素水』の文字。

 家屋の中はがらんどうで、店だというのに棚も台もない。
 壁際には薄汚い袋が乱雑に積み上げてある。
 そんな店には見えぬ店の中で、数人の団塊男が座りこんでいた。
 野球のユニフォームを着こんだ男たちは、ビニール袋を口に当てて貪るように吸う。
 あるいはビニール袋を片手に煙草を吹かし、へらへらと笑っている。

 そして、歩道を半ば占領するように止められた白い軽四輪。
 その陰で、豚のように醜い男が煙草をふかしている。
 見張りのつもりだろうか。
 夜道をひとり歩く女子高生を、豚は訝しみながらも下種な視線を向ける。

 小夜子の頭には猫耳カチューシャ。
 身体強化の呪術【ジャガーの戦士オセロメー】を行使するための装備だ。

「こちら【デスメーカー】。目標と接触」
『【心眼】了解です』
『【思兼】了解よ』
 セーラー服の胸元につけた通信機に、小さな声で報告する。
 答えたのは支部から小夜子をサポートする中川ソォナム。
 そして家屋の陰に潜む九杖サチ。
 だが小夜子がサチを盗み見る間もなく、軽四輪のフロントガラスに影が映った。

『――我ガ主ヨ』
 それは小夜子にしか認識できず、小夜子の探知魔法ディビネーションに力を与える。
 小夜子はそれを、古代の文献の呼び名に倣って煙立つ鏡テスカトリポカと呼んでいる。

『特アノ妖術ニヨッテ鉄ノ獣ノ騎手ヲ操リ、強キ子供ヲ襲ワセタノハ、奴デアル』
 目前の男は道術によってトラックの運転手を操り、舞奈を襲わせた。
 影はそう告げた。

『主ヨ、贄ヲ集メルコトヲ怠ッテハナラヌ。魔力ヲ蓄エルコトヲ恐レテハナラヌ』
 嘲笑うように影は語る。
 小夜子のセーラー服の胸元で、黒曜石の鏡をはめこまれたペンダントが輝く。
 執行人エージェントだった恋人の形見だ。

『サモナクバ――』
「――わかってる」
 影の啓示を遮るように、片手を振る。
 身体強化の余波によって指先からのびた【霊の鉤爪パパロイツティトル】が影を一閃する。
 車のワイパーとサイドミラーが斬り飛ばされて宙を舞う。

「てめぇ!? おっ俺の! 俺の車に何しやがる!?」
 男が泡を吹いて激昂する。
 喫煙者は【機関】において脂虫と呼ばれ、人ではなく怪異であると規定される。
 そんな害虫のような臭い生き物に、小夜子は無言で目をくれる。

 ナワリ呪術師は脂虫を贄にして力を増す。
 だが1年前、小夜子は贄をあげることを躊躇った。
 人に似て人ではない怪異を手にかけることを恐れた。
 その間に、小夜子の恋人を含む異能力者のグループが全滅した。
 彼らを殺したのも脂虫だ。

「俺の! 俺の車をぉぉ! このクソがぁ! ゆ、許さねぇ! 許さねぇぞぉ!」
 男はヤニか麻薬で脳をやられたか、ろれつの回らないくせに威圧的な怒声をあげながら、煙草片手につかみかかろうとする。

 だが小夜子は動じず掌をかざして羽毛ある蛇ケツァルコアトルに呼びかける。
 空気を操る【蠢く風エエカトルオリニ】の呪術によって、男は車のボンネットに叩きつけられる。
 すると車体に一筋の亀裂が走り、上半分が斜めにずれ落ちる。
 小夜子が振るったカギ爪は車体そのものを切断していた。

 車内から【蠢く風エエカトルオリニ】によって2本のペットボトルが引きずり出される。
 小夜子は拳を握りしめる。
 ペットボトルはぐにゃりと曲がって潰れる。
 あふれ出した2種類の液体が混ざり、毒々しい色をした麻薬へと変化する。

 この店で扱っている『元気の出る水素水』。
 その実態は、泥人間から密輸された違法薬物である。
 それは2種類の、園芸用農薬として合法的に流通可能な薬品から成り立つ。
 だが水に溶かして混合させることによって、常習性のある麻薬へと変化する。

「法の抜け穴を巧みに逃れていたようだけど、超常現象に関わる官憲ではない組織に対しては無防備だったようね」
 小夜子は冷たく言い放つ。

「まさか……第三……機関……!?」
 車の残骸の中からよろよろと立ち上がりながら、男は怯えた声でひとりごちる。
 だが自棄になったか、懐から符を取り出して叫ぶ。

「クソがぁ! ……お前たち! 仕事だ! このガキを殺せ!!」
『――主ヨ。特アノ妖術ニ警戒セヨ』
「わかってる」
 男の符に記された、骨と頭蓋を組み合わせたような不気味な文字が輝く。

 即ち【三尸支配サンシーズペイ】の妖術。
 体内に蓄積したニコチンを三尸と見なし、肺にヤニを溜めこんだ喫煙者を操る。
 不潔で悪臭漂う喫煙者を【機関】は脂虫と呼称し、人とは異質な怪異であると規定する。彼らがこうした術の対象になり、人を襲うからだ。

 店の扉が開け放たれ、野球のユニフォームに身を包んだ脂虫たちが跳び出した。

「こちら【デスメーカー】。交戦状態に突入」
『【心眼】了解。ご武運を』
『お、【思兼】了解。戦術結界の設置を開始するわ』
「……安心して。奴らは1匹残らずわたしが倒す」
 サチへの励ましに答えるように、周囲が結界に包まれる。
 周囲に霧が立ちこめ、遠くに見える景色は清浄な森と化す。

 即ち【天岩戸法あまのいわとのほう】。
 それは霊媒と同じ理論で時空と因果をずらし、場を閉じる戦術結界と化す呪術。
 高度すぎて本来ならば魔術師ウィザードのみ構成することのできる次元断層を、呪術師ウォーロックの祈りによって再現した奇跡。

 脂虫どもは周囲の変化など気づかぬように小夜子に襲いかかる。
 普通の脂虫とは動きが違う。
 ヤニで歪んだ顔をした野球選手たちは、麻薬で身体を強化している。

 だが小夜子は動じない。

「貪り喰らえ、トルコ石の蛇シウコアトル!」
 掌をかざし、叫ぶ。

 次の瞬間、何の前触れもなく脂虫たちの周囲が爆発した。
 空間そのものが爆ぜたのだ。
 爆炎が蛇のようにのたくり、脂虫どもを痛めつける。
 巻きこまれた脂虫は火だるまになって転がる。

 対象の周囲を爆薬に変えて爆破する【捕食する火トレトルクゥア】。
 いわば呪術による燃料気化爆弾だ。

 小夜子が修めたナワリ呪術は、他の呪術と同様に神々のイメージを呼び水にして周囲の魔力を操作する。
 そしてナワリにおける多くの神々は、ただ1柱の神に関連づけられる。
 煙立つ鏡テスカトリポカだ。
 トルコ石の蛇シウコアトル煙立つ鏡テスカトリポカの武具であり、羽毛ある蛇ケツァルコアトルは4色の煙立つ鏡テスカトリポカのうちの1柱とされる。だからナワリ呪術師は大気の中に火気を見出すことができる。

 布陣の端で爆発を逃れた数匹の脂虫が、よだれを垂らし叫びながら肉薄する。
 それでも小夜子は笑う。
 それは舞奈が浮かべる余裕の笑みとは違う、呪うような、嬲るような暗い笑み。

「斬り刻め! 羽毛ある蛇ケツァルコアトル!」
 疾風を統べる神の名を叫ぶ。
 同時に小夜子の周囲で風が吹き、脂虫どもの四肢が宙を舞う。

 大気の刃で切断する【切断する風エエカトルテキ】。
 ウアブ呪術の【風の斬撃シャド・チャウ】と同等の術だが、術者として日が浅い紅葉と比べて小夜子は戦闘に慣れていて加減もしない。だから目標を逃さない。

 容赦のない小夜子の攻めに、符を手にした男は驚愕に目を見開く。
 だが、こんなものは序の口だ。

 脂虫は、悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者は悪しき怪異だ。人間の敵だ。
 1匹を引き裂き、1匹を焼き払うごとに、彼らに穢された世界が再生してゆく。
 その事実を、今の小夜子は理解していた。

 小夜子は太もものホルスターから拳銃オブレゴン・ピストルを抜く。
 達磨になって転がる脂虫を、火にまかれてのたうち回る脂虫を、1匹ずつ撃つ。
 舞奈のように素早くはないが、憎しみと敵意をこめて着実に命中させる。

 憎悪の弾丸に撃ち抜かれた脂虫は、内側から黒曜石の破片と化し侵食される。
 石になった個所は風に溶けるように崩れ去る。
 脂虫は叫ぶ。
 焼かれるより、斬り刻まれるより苦痛に満ちた、自身の体を蝕む致命的な異常に恐怖し、錯乱し、すがるように少女を見やる。
 自ら毒草を吸って人間であることを捨てたのに、保身のためだけに人間だったころのように泣きわめていてみせる。

 符の男は尻餅をついて怯える。
 だが小夜子は笑う。
 脂虫の死と絶望は、まっとうな人間の生と希望に結びつく。

 やがて、黒い破片はもがき苦し脂虫どもの肉体をゆっくりと解体する。
 そして心臓だけが残された。
 対象を生きたまま解体する【生贄を屠る刃イツテリママカ】。
 心臓は、ナワリ呪術師が大魔法インヴォケーションを行使するために使用する部位だ。

 セーラー服の胸元で、ペンダントが光る。

 いわば小夜子は、復讐を貫徹した後の紅葉や楓である。
 彼女らが弟を失ったように、1年前の事件で小夜子は恋人を失った。
 だが姉妹とは異なり当時すでに執行人エージェントだった小夜子は、事件の首謀者を排除すべく討伐作戦に参加した。
 そして【掃除屋】と共闘して首謀者を排除した。
 首謀者は6人いて、そのうち小夜子は3人を受け持った。
 どの脂虫も常軌を逸する惨たらしい最期を迎えた。

 もちろん復讐を終えても、それで小夜子の心が満たされることはなかった。
 小夜子の側に彼はおらず、彼が遺したペンダントだけが手の中にあった。

 だが諜報部に移籍して月日を重ねるにつれ、脂虫への憎悪は、敵を躊躇なく討てる執行人エージェントとしてのキャリアになった。

 占術士ディビナーとして活動するうちに、恋人を失った喪失感は薄れていった。
 だが脂虫に対する憎悪が薄れることはなかった、
 かつて憎悪は喪失感から逃れるための精神的な支えだった。
 だが今や、憎悪は小夜子という人格の一部であり、スキルとなっていた。

「クソが! クソがぁ!!」
 男は符を振り回して叫ぶ。

「せ、先生! 先生! お願いします!!」
 開け放たれた店の扉から、溶けかけた顔をした野球監督があらわれた。2匹。

「道士が2匹!?」
 小夜子が怯む隙に、2匹の道士は符を放ち、あるいは数枚の符をまき散らす。
 同時に口訣。

 1枚の符は鋭利で巨大なギロチン刃へと変化する。
 複数の符は無数の石つぶてと化し、小夜子めがけて一斉に飛来する。
 即ち【金行・鉄刃ジンシン・ティエレン】、そして【土行・多石矢テウシン・ドゥオスジイアン】。

「小夜子ちゃん!」
 声とともに、小夜子の後から何者かが躍り出る。
「サチ!?」
 驚きの声をあげる小夜子。

 だが次の瞬間、小夜子の足元を巨刃とつぶてが通り過た。

 結界で術者を包み、結界を移動させることで飛行する【天鳥船法あまのとりふねのほう】。
 そんな高度な神術によって、サチは抱きしめた小夜子ごと飛んでいた。

「サチ、無茶しないでよ」
 小夜子は拳銃オブレゴン・ピストルをホルスターに収める。

「……だって、小夜子ちゃんだけに危ない目に合せるの、やだもの」
 サチは後から抱きしめた小夜子の背中に顔をうずめる。

 かつて恋人を失った小夜子は、脂虫への憎悪を糧に生きていた。
 だが今は、背に少女を庇いながら戦っている。
 志門舞奈がそうしているように。

 道士が放つ石つぶてが、【金行・多鉄矢ジンシン・ドゥオティエジイアン】による鉄針の群が、機銃のように結界を叩く。堅い攻撃機A-10になった気分だ。

「ねえサチ、道士の至近距離で降ろせる?」
「そんな!? 無茶よ!」
「大丈夫。さっき贄を準備したから大魔法インヴォケーションが使えるわ」
「……わかった」
 サチは祝詞を唱えながら、急降下爆撃のように猛スピードで降下する。

 道士はそれぞれ口訣を唱え、符を日本刀と大剣に変えて構える。
 即ち【金行・作鉄ジンシン・ゾティエ】【土行・作岩テウシン・ゾイアン】。
 小夜子はその目前に放り出される。

 同時に天からの落雷が道士を襲い、あわてて創った鉄と岩の盾を焼く。
 サチの【鳴神法なるかみのほう】による援護だ。

 小夜子は飛び去るサチを見やって笑う。
 そして膝をつき、足元に散らばる心臓のひとつを叩き潰す。

「我が身に宿れ、煙立つ鏡テスカトリポカ!」
 叫ぶと同時に、周囲の心臓が一斉に弾ける。
 それは苦痛と恐怖を神に捧げる、穢れた生贄であった。
 邪悪で身勝手な脂虫が、人間の役に立てる唯一の方法だった。
 生贄は黒いもやと化し、魔力そのものと化して小夜子の中に流れこむ。

 その隙に体勢を立て直した2匹の道士は日本刀を、大剣を構える。
 渾身の力で振り下ろす。

 だが小夜子は、2本の凶刃を素手で受け止める。
 受けた手が傷つくことはない。
 刃と接した箇所が堅い黒曜石と化し、刃を受け止めているからだ。
 即ち【嘲笑う鏡テスカトリウェツカ】。大魔法インヴォケーションによる非常に強固な防護であり、物理的な近接打撃程度ならば完全に防ぐことが可能だ。

 拳に力をこめ、2本の刃を握りつぶす。
 2匹は怯む。
 小夜子は笑う。

「我が手に宿れ! 左のハチドリウィツィロポチトリ!」
 小夜子は叫ぶ。
 途端、その指先から【霊の鉤爪パパロイツティトル】よりなお眩い太陽の如く光束がのびた。

 ただれた顔をした2匹の野球監督を、レーザー光線が左右に両断する。
 切り分けられた野球監督どもは汚泥と化して消えた。

 最後に残った男を見やる。

「ひ、ひぃっ! 殺さないでくれ!」
 頼みの綱を倒された男は、見苦しく悲鳴をあげながら逃げていく。
 手下の怪異を失った彼は、もはやただの無力な害畜だ。
 小夜子が銃を抜こうか斬り刻もうか迷っていると、

「……あ」
 銃声とともに、男はその場に倒れて転がった。
 もがいているので死んではいない。足を撃たれたようだ。

「小夜子さん、奴が逃げようとしてたよ?」
「舞奈ちゃん。今、撃とうとしてたところだったんだよ」
「そいつはお邪魔さま」
 小夜子の背後に、舞奈が立っていた。
 その側にはパートナーの明日香がいる。
 執行部の奈良坂がエヘヘと笑う。
 紅葉と楓もいる。

 そして小夜子の側に、天女のようにサチが降り立つ。
 結界を解除し、小夜子を見やって笑う。小夜子もサチを見やって少し笑う。
 サチは今の小夜子のパートナーだ。

「そっちは首尾よく行ったみたいね」
 小夜子はいつもの不機嫌な口調で問いかける。
 舞奈もいつものように笑って「まあな」と答える。
 紅葉と楓がいるのだから、計画通りなのはわかっているのだが。

「こちら【デスメーカー】。作戦終了。脂虫をすべて排除完了。泥人間の道士2匹が出現したけど排除完了。被害なし」
「【思兼】、同上よ」
『【心眼】了解。お疲れさまでした』
 脂虫を屠った後の凄惨な場所で、何食わぬ顔で連絡する。

 その様を見やり、桂木紅葉はごくりとつばを飲みこんだ。
 彼女らが1匹づつ憎悪と怨恨を叩きつけてきた脂虫。姉妹が生涯を費やして打ち滅ぼそうとしていた大量の怪異を、小夜子は一夜で処分した。

 こんな虫ケラどもに、滅ぼすために人生を費やす価値などない。
 復讐なんてとっとと済ませて、前へと進もう。
 それが口下手な小夜子の、新たな同僚へのエールだった。

「貴女は……如月さん? それに九杖さんまで」
 桂木楓とは、実はクラスメートだったりもする。
 サチはともかく社交性に乏しい小夜子は彼女と話したことはなかったが、これからは違うだろう。

「それと如月さん、1匹残っているのでは……?」
(桂木さんって、生真面目なところが明日香ちゃんに似てるかも……)
 早速、彼女の知りたくもない一面を垣間見てしまった。

 苦笑しつつ件の男に目を向ける。
 今回の事件についての調査は終わっているから、彼に聞きたいことは何もない。
 それに相手は脂虫なので、生命を尊重する必要もない。

(どうせならヘッドショットしてくれてもよかったのに)
 舞奈を見やる。

「クソ! クソがぁ! こ、この俺にこんなことをして、ただですむと……」
 悪態をつきながら、生きる価値のない脂虫が這うように後ずさる。
 小夜子は仕方なく男を見やる。
 男は怯む。だが、

「て、てめぇのしたことは人殺しだぞ! わ、わかってるのか!?」
 それでも虚勢のように叫ぶ。

「……貴方たちは、人じゃなくて脂虫よ」
 言い放って苦笑する。
 わかってないのはどっちなんだろう?

 男は苦痛に呻きながら、小夜子から少しでも遠ざかろうと身をよじる。
 今のは命乞いだったらしい。
 横柄で身勝手な脂虫は、命乞いすら高圧的だ。

 無論、この臭くて汚い害虫を生かしておく理由などない。
 だがサチや皆が見ている前で、改めて止めを刺すのも気が引ける。
 ネガティブな小夜子は、自分が楽しいことを他人の前でするのが嫌なのだ。

 どうしたものかと考える。
 すると名案が浮んだ。
 この邪悪で不潔な怪異を、この場でひと思いに殺しはしない。
 それよりはるかに苦痛と絶望に満ちた、喫煙者に相応しい運命を与えるのだ。
 喫煙により人間であることを放棄した害畜に相応しい、惨たらしい運命を。

「……ねぇ、明日香ちゃん」
 口元に凄惨な笑みを浮かべながら、声色だけは優しく呼びかける。

 舞奈の隣で、明日香は傍観者を決めこんでいたらしい。
 声をかけられ、可愛らしく首を傾げた。
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