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第6章 Macho Witches with Guns

戦闘1-2 ~仏術vs祓魔術

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 4部隊の異能力者ともに悟とアイオスに挑んだ【鹿】こと奈良坂。
 対するアイオスは、奈良坂の仲間たちを次々と屠る。
 だが奈良坂は、仏敵の力を削ぐ戦術結界を張り巡らせることに成功した。
 反撃のチャンスは今しかない。

 次いで、スカートの内側から両端が尖った鉄の小杖を取り出す。金剛杵ヴァジュラである。
 そして己が身体を強化すべく、持国天ドゥリタラーシュトラと、増長天ヴィルーダカの咒を念じる。
 心に想い描いた真言と仏のイメージにより筋肉は増強され、チャクラが回る。
 仏術士が得意とする二段重ねの付与魔法エンチャントメントだ。

 一方、悟はオレンジ色に輝く剣を横に払う。
 大気が淀み、残る【火霊武器ファイヤーサムライ】の全身が動かなくなる。
 空気による拘束の術。

 次に剣を天にかざす。
 空中に禍々しい炎の塊がいくつも浮かび上がった。
 炎の大きさは拳ほどか。

 幽玄に彩られた結界を冒涜するかのような不吉な炎。
 それらは、身動きを封じられて恐怖におののく異能力者たちの元に飛来する。
 そしてなぶるように周囲を旋回する。

(なんで、この状況で呪術を……?)
 奈良坂は戸惑う。

 周囲の炎塊が、先頭のひとりめがけて突撃する。
 犠牲者の身体が炎上する。
 哀れな犠牲者は人型の炎の塊と化した。
 絶叫をあげ、縛めを解かれたか地面を転げまわる。
 だが、油でも染みこませたかのように火は消えない。

(なんなの……これ……!?)
 奈良坂は怯える。

 異能力者が異能力を使用する際にはアドレナリンが過剰に分泌され、身体能力を高めると同時に恐怖心を拭い去る。
 なればこそ彼らは仲間の屍を踏み越えて進むことができた。

 だが如何な呪術によるものか、あるいは生きながら焼かれる恐怖が昂揚を上回ったか、少年たちは泣き叫び、命乞いをし、正気を失ってけたたましく笑いながら、ひとり、またひとりと火だるまになって地を転がる。

 素早く九字を切ることで難を逃れた奈良坂もまた、目前の光景に恐怖していた。
 手首にはめられた数珠を無意識に弄ぶ。
 仏術士は基礎修養として平常心を保つ技術を会得する。
 気弱な少女は、その技術を駆使して恐怖を無理やりに抑えこむ。
 そして、気づいた。

(呪術じゃない。魔術!? エイリアニストの……!?)
 風神ハスターの淀んだ風によって縛め、火神クトグァの狂える炎によって焼き払う。
 それは紛れもなく外宇宙に由来する最凶の魔術によるものだ。

 奈良坂が知る限り執行人エージェントにこの術を修めた者はいない。
 なぜなら、この狂気の元凶を繰り返し幻視した者は精神を侵され、やがて人間とはまったく異質の何かへと変化してしまうからだ。その唯一の例外が、

(……萌木美佳)
 エンペラーとの決戦で命を落したとされるピクシオン。
 人ならざる悪夢の産物を武器として操った者達の中でただひとり、魔術師ウィザード・萌木美佳だけが『最期まで』人間のままだった。

 悟は、美佳が生成した魔力の片鱗を手に入れていたのだろう。
 そして、三種の神器を使って収集した新鮮な魔力と美佳の魔力を混ぜ合わせ、彼女に酷似した何かを作り出そうとしている。
 そう考えれば、彼の言動のすべてを説明できる。

「人殺しども!! 2人まとめて斬り捨ててくれる!」
 そんな狂気の体現者に、放電する剣を振りかざした隊長が迫る。
 何処からか入手していた護符によって縛めを防いだのだ。

 アイオスが、悟を庇うように前に出る。
 その手には十字架を象った十字剣。

「覚悟ぉぉ!!」
 叫びとともに【雷霊武器サンダーサムライ】の斬撃がアイオスの頭から股下まで一文字に斬り裂いた。
 次は貴様だと言わんばかりに悟を見やった隊長の顔が、だが困惑に歪む。
 切り裂いたはずのアイオスの姿は元のまま。

 途端、その姿がはじけて輝く色彩の槍と化し、隊長の腹を貫いた。
 胴に風穴を開けた隊長は、口から血を吐いて倒れる。
 反撃する幻影の魔術だ。

 一方、本物のアイオスは奈良坂の目前ににじみ出るようにあらわれた。
 十字剣で斬りかかる。

 奈良坂は二段重ねの付与魔法エンチャントメントで強化された脚のバネで斬撃を避ける。
 そして続けざまに不動明王アチャラ・ナータの咒を紡ぐ。
 金剛杵ヴァジュラの先から炎の矢を放つ。即ち【不動火矢法アチャラナーテナ・アグニアストラ】。

 アイオスも【サムソンの怪力フォルス・デュ・サムソン】による素早い動きで跳び退きつつ、十字剣に祈りを捧げて【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】を放つ。
 だが魔法の矢を形作るのは不自然な異界の色。
 奈良坂は九字で防ぐ。
 ぎりぎりの消去に金剛杵ヴァジュラが軋む。

(……そっか、造物魔王デミウルゴスじゃない。【萌木美佳】に魔力を借りてるんだ)
 それが、魔力の源と遮断されたはずの彼らが、呪術を使える理由。

 アイオスが聖句を唱えると、刃が輝く。
 即ち【アブラハムの剣エペ・デュ・アブラアム】。
 旧約聖書においてアブラハムの子イサクを贄とした寓話の再現であり、それ自体が飢えて渇き、贄を求め、斬った相手の生命を喰らい魔王へ捧げる凶刃。

 攻撃魔法エヴォケーションをこめられた凶刃は、付与魔法エンチャントメントなど易々と斬り裂く。
 たとえ二重に強化されていても同じだ。
 しかも目前の刃がまとっている光は、造物魔王デミウルゴスのそれではない。
 外宇宙に由来する異次元の彩色。萌木美佳の魔力。

 対して奈良坂は符を周囲にまき散らし、不動明王アチャラ・ナータの咒を紡ぐ。
 符は一斉に燃え上がって数多の火矢と化し、炎の輪となる。
 即ち【不動火車法アチャラナーテナ・アグニチャクラ】。
 攻撃魔法エヴォケーションを不得手とする仏術の、それでも最強の炎の術。

 この状況で拘束などと言っていられない。
 撤退も不可能だ。

 全力で倒さなければ、殺されるのは自分だ。
 23人の異能力者たちのように。
 あるいは、あの夜の仲間のように。

 十字剣を構えて迫り来るアイオスに向けて、群なす火矢を一斉に解き放つ。
 軽機関銃Ultimax100の掃射によって【護身神法ごしんしんぽう】を使い切った今の彼女ならば、この術で仕留められる。そのはずだった。

 だが正面から浴びせられた炎の洗礼を、アイオスは天使の筋力によって避ける。
 それでも避けきれない火矢が修道服を焼く。
 だがアイオスは止まらない。

 次いで奈良坂は帝釈天インドラの咒を唱え、金剛杵ヴァジュラから電撃を放つ。
 即ち【帝釈天法インドレナ・ヴィデュット】。

 奈良坂が修めた仏術は、かつてピクシオン・フェザーが用いた術である。
 そして安倍明日香が修めた戦闘魔術カンプフ・マギーの礎となった魔法体系でもある。
 非常に実戦的、かつ強力な妖術だ。

 だが術を操る奈良坂には戦闘センスが、なにより覚悟がない。
 だから、彼女の術は迫り来るアイオスには当たらない。
 怯える少女が放つ稲妻は、愛に全てを捧げたアイオスを捉えることはできない。

 十字剣がひらめき、奈良坂の手から金剛杵ヴァジュラが弾き飛ばされる。
 体勢を崩した奈良坂の胸に斬撃が刻まれる。

 二段重ねの付与魔法エンチャントメントは強力だが、攻撃魔法エヴォケーションは防げない。
 奈良坂はたまらず倒れこみ、尻餅をつく。
 それでも付与魔法エンチャントメントがなければ即死であった。

 だが、このままでは同じだ。

 ガラスが割れるようなパリンという音。
 幽玄の世界は、元の崩れかけたドームへと変容する。
 死に瀕した身体では結界を維持することができない。

 奈良坂は腕にはめられた数珠に魔力をこめ、斥力場を展開する。
 だが三度振るわれた斬撃によって障壁は破られ、数珠はちぎれ飛ぶ。
 地味な色の数珠玉が荒地にぶちまけられる。
 少女の命運を暗示するように。

「可愛いお嬢ちゃンに、ホントはこんなことしたくないんだけど」
 もはや少女は動けない。
 あの時と同じように。

 かつて奈良坂は、自分の弱さを克服しようと仏門を叩いた。

 才能を見出されて【機関】に身を寄せた。

 けれど力及ばず仲間を背にして逃げだした。
 追われ、暗闇と焦りと恐怖にまみれ、追い詰められた。

 今この状況は、冷たい月がまたたく、あの悪夢の夜の再現だった。

 恐怖と絶望に縛められた奈良坂の瞳の中で、アイオスは十字剣を振りあげる。
 意匠された磔の裸婦が、血のような夕日に照らされて濡れるように光る。

 ――そして砕けた。

 アイオスは、根元からへし折られた剣を驚愕の表情で見つめる。
 その足元に、折れた刃が突き刺さる。
 夕日に赤く照らされた鉄隗に、すっくと立つ2つの人影が映りこむ。

 ひとりは、つば付き三角帽子をかぶってケープを羽織った黒い長髪の少女。
 もうひとりは、黒のトレンチコートを着こんでアサルトライフルガリルARMを構えた少女。

 倒れこむ奈良坂を、細く引き締まった両腕が受け止める。
 3年前のあの時と同じに。

「舞奈……さん……」
 覗きこむ小さなツインテールを、奈良坂はまぶしそうに見つめる。

 あの時からずっと、自分を救ったピクシオンについて調べていた。

 やがて調査が生き残りである舞奈に行き当たり、彼女を調べ始めた。

 彼女をもっと知りたくて、彼女の協力者だった三剣家の者に近づいた。

 舞奈がエンペラーとの戦いの末に何を見たのか、奈良坂にはわからなかった。
 それでも彼女は、奈良坂のピンチに駆けつけてくれた。
 あの夜と同じように、あの夜とは別の仲間を連れて。だから、

「ごめん……ね……」
 奈良坂は残された力を振りしぼり、笑いかけた。
 約束どおり少女の危機にさっそうと駆けつけたにもかかわらず、泣き出しそうな瞳で見つめる彼女に向かって。
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