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第6章 Macho Witches with Guns
決意
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「あ、あの、こんばんは……」
学校帰りに公園を散策していた舞奈は、木陰から声をかけられた。
「よっ、奈良坂さんじゃないか」
気弱な彼女のほうから声をかけられるなんて、ずいぶん好かれたものだ。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
だが眼鏡の奥の目は泣きはらしたようにはれぼったく、涙がにじんでいた。
舞奈は狼狽した。
心当たりがあるからだ。
以前に尻の感触を反芻できるくらい揉みまくったので、それがひどくショックだったのだろう。大好きな少女を悲しませた自分の好色さが憎かった。
でも彼女の尻は気持ちよかった。
だが舞奈が口を開く直前、奈良坂はひとりごちるように、言った。
「舞奈さんは、どうしてそんなに……強いんですか?」
「なんだいそりゃ……?」
責められた訳ではないのだと悟って我に返る。
だが、そうすると彼女の悲痛な涙の理由が分からない。
そうやって、お互いにしばし無言で見つめ合う。
2人して、しばらくそうしてから、気弱な少女はおずおずと口を開いた。
「あ、あの、今度……大きな作戦に参加することになったんです。今週末に……」
かすれた声で、語る。
「か、怪人の討伐です。投入される戦力は、4部隊……」
「ちょっと待て。執行人には守秘義務とかないのか?」
いくら好かれたとはいえ、奈良坂は執行人だ。
下請けの仕事人に作戦内容をペラペラ話していい理由にはならないだろう。
だが、少女のおどおどとした瞳には、尋常ではない表情が浮かんでいた。
不自然なまでの焦り。そして怯え。
仕方なく奈良坂をベンチに座らせ、その隣に座る。
彼女がこれほどまでに怯える相手というと、あの怪人だろうと当りをつける。
「――相手はアイオスなのか?」
「は、はい。情報のリークがあったんです……」
予想は的中したが、嬉しくもない。
「あいつは、懲りるということを知らないのか」
ひとりごちつつ、アイオスの背後にいるのは悟だということを思いだす。
「その、新開発区で危険な儀式をしようとしてるらしいんです……」
「なら、この前みたいにあいつと会って、捕まえればいいんじゃないのか?」
軽く答える。
舞奈と奈良坂は、つい先日にアイオスと共闘しているのだ。
居場所も分かりそうなものだ。
当時は利害が一致していたから仲良くしたが、今は事情が違う。だが、
「ごめんなさい、あの、あれからアイオスさんの足取りがつかめないんです」
奈良坂はしょんぼりと答える。
「それに、今回の件も、リークされた情報以外に手がかりがなくて……」
「そうかい」
舞奈は肩をすくめてみせる。
アイオスの挙動も、リークされた情報とやらも、すべてが胡散臭い。
そんなものに振り回される執行人もいい面の皮だ。
「……修行して、強くなったら、世界から恐いものがなくなるって思ってました」
奈良坂はすがるように舞奈を見つめ、ぽつりとつぶやく。
そして何かに突き動かされるように、
「でも、お師匠様も、【機関】も、【組合】も、教えてくれなかった」
独白する。
「こんなことになるって、わかってたら……こんな目に何度も会わなきゃいけないってわかってたら、修行なんてしなかったのに……。なんで、こんな……」
堪えきれないように嗚咽を洩らす。
「ずっと、前にもこんなことがあったんです……。その、大人数で、ひとりの怪人を排除するよう指示が下って……」
嗚咽が震える。
「でも……でも……みんな……!!」
眼鏡の奥の気弱げな瞳が、涙に震える。
防御魔法の媒体である数珠を弄るのは、怯えたときの彼女の癖だ。
舞奈は奈良坂の涙の意味を、ようやく察した。
奈良坂が怯える理由は、相手がアイオスだからというだけではない。
彼女のかつての仲間たちは――
「死にたく……ない……」
ひとりごちるように、しぼり出すように、唇が儚げな願いを洩らす。
奈良坂は過去に囚われている。
過去の悲劇による心の傷が深すぎたのだ。
だから過去と似た状況に陥るだけで、理由もなく怯える。
舞奈と同じだ。
そして、舞奈は少女の危機を見逃せない。
なぜなら、ずっと側にいた少女がいなくなことは、ずっと隣にあった暖かいものが失われることは、美佳を失ったあの日を思い出させるから。だから、
「心配ないさ」
舞奈は怯える奈良坂を抱き寄せ、手を握る。
奈良坂はびくりと震え、だが安心したように身をゆだねる。
「あたしは依頼次第でどんな怪異も怪人もぶっとばす仕事人だ。しかも【機関】最強のSランクのな」
その言葉に奈良坂はうなずく。
舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。
舞奈は戦う決意を決めた。
たとえ相手が悟でも。
後を守る明日香がいなくても。
「奈良坂さんのこと、守るよ。あんたを困らせる奴を、ぶっつぶしてやる」
少女の細くすべやかな手を、強く握りしめる。そして、
「お代なんていらないさ。いつもお尻さわらせてもらってるからな」
彼女の耳元に、そっとささやいた。
学校帰りに公園を散策していた舞奈は、木陰から声をかけられた。
「よっ、奈良坂さんじゃないか」
気弱な彼女のほうから声をかけられるなんて、ずいぶん好かれたものだ。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
だが眼鏡の奥の目は泣きはらしたようにはれぼったく、涙がにじんでいた。
舞奈は狼狽した。
心当たりがあるからだ。
以前に尻の感触を反芻できるくらい揉みまくったので、それがひどくショックだったのだろう。大好きな少女を悲しませた自分の好色さが憎かった。
でも彼女の尻は気持ちよかった。
だが舞奈が口を開く直前、奈良坂はひとりごちるように、言った。
「舞奈さんは、どうしてそんなに……強いんですか?」
「なんだいそりゃ……?」
責められた訳ではないのだと悟って我に返る。
だが、そうすると彼女の悲痛な涙の理由が分からない。
そうやって、お互いにしばし無言で見つめ合う。
2人して、しばらくそうしてから、気弱な少女はおずおずと口を開いた。
「あ、あの、今度……大きな作戦に参加することになったんです。今週末に……」
かすれた声で、語る。
「か、怪人の討伐です。投入される戦力は、4部隊……」
「ちょっと待て。執行人には守秘義務とかないのか?」
いくら好かれたとはいえ、奈良坂は執行人だ。
下請けの仕事人に作戦内容をペラペラ話していい理由にはならないだろう。
だが、少女のおどおどとした瞳には、尋常ではない表情が浮かんでいた。
不自然なまでの焦り。そして怯え。
仕方なく奈良坂をベンチに座らせ、その隣に座る。
彼女がこれほどまでに怯える相手というと、あの怪人だろうと当りをつける。
「――相手はアイオスなのか?」
「は、はい。情報のリークがあったんです……」
予想は的中したが、嬉しくもない。
「あいつは、懲りるということを知らないのか」
ひとりごちつつ、アイオスの背後にいるのは悟だということを思いだす。
「その、新開発区で危険な儀式をしようとしてるらしいんです……」
「なら、この前みたいにあいつと会って、捕まえればいいんじゃないのか?」
軽く答える。
舞奈と奈良坂は、つい先日にアイオスと共闘しているのだ。
居場所も分かりそうなものだ。
当時は利害が一致していたから仲良くしたが、今は事情が違う。だが、
「ごめんなさい、あの、あれからアイオスさんの足取りがつかめないんです」
奈良坂はしょんぼりと答える。
「それに、今回の件も、リークされた情報以外に手がかりがなくて……」
「そうかい」
舞奈は肩をすくめてみせる。
アイオスの挙動も、リークされた情報とやらも、すべてが胡散臭い。
そんなものに振り回される執行人もいい面の皮だ。
「……修行して、強くなったら、世界から恐いものがなくなるって思ってました」
奈良坂はすがるように舞奈を見つめ、ぽつりとつぶやく。
そして何かに突き動かされるように、
「でも、お師匠様も、【機関】も、【組合】も、教えてくれなかった」
独白する。
「こんなことになるって、わかってたら……こんな目に何度も会わなきゃいけないってわかってたら、修行なんてしなかったのに……。なんで、こんな……」
堪えきれないように嗚咽を洩らす。
「ずっと、前にもこんなことがあったんです……。その、大人数で、ひとりの怪人を排除するよう指示が下って……」
嗚咽が震える。
「でも……でも……みんな……!!」
眼鏡の奥の気弱げな瞳が、涙に震える。
防御魔法の媒体である数珠を弄るのは、怯えたときの彼女の癖だ。
舞奈は奈良坂の涙の意味を、ようやく察した。
奈良坂が怯える理由は、相手がアイオスだからというだけではない。
彼女のかつての仲間たちは――
「死にたく……ない……」
ひとりごちるように、しぼり出すように、唇が儚げな願いを洩らす。
奈良坂は過去に囚われている。
過去の悲劇による心の傷が深すぎたのだ。
だから過去と似た状況に陥るだけで、理由もなく怯える。
舞奈と同じだ。
そして、舞奈は少女の危機を見逃せない。
なぜなら、ずっと側にいた少女がいなくなことは、ずっと隣にあった暖かいものが失われることは、美佳を失ったあの日を思い出させるから。だから、
「心配ないさ」
舞奈は怯える奈良坂を抱き寄せ、手を握る。
奈良坂はびくりと震え、だが安心したように身をゆだねる。
「あたしは依頼次第でどんな怪異も怪人もぶっとばす仕事人だ。しかも【機関】最強のSランクのな」
その言葉に奈良坂はうなずく。
舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。
舞奈は戦う決意を決めた。
たとえ相手が悟でも。
後を守る明日香がいなくても。
「奈良坂さんのこと、守るよ。あんたを困らせる奴を、ぶっつぶしてやる」
少女の細くすべやかな手を、強く握りしめる。そして、
「お代なんていらないさ。いつもお尻さわらせてもらってるからな」
彼女の耳元に、そっとささやいた。
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