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第5章 過去からの呼び声

槍魔将

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 舞奈とアイオス、奈良坂は、タワーの展望台に降り立つ。

 その前には2人の男。
 コートを着こんだ長身の男と、クセ毛の少年。

「三剣くん……」
「トウ坊! こんなところで何してやがる」
 舞奈は刀也を見やる。

 彼の足元にはチョークで描かれた歪な円陣。
 右手には握りしめられた黒い長剣。
 かつて泥人間が手にしていて、舞奈が悟に譲った剣だ。

「間違いない、草薙剣よン」
「あの棒切れが、そんな大層な代物だったなんてな」
 言いつつ舞奈は、刀也の左腕を睨みつける。
 そこには、ひび割れたオレンジ色のブレスレットがはめられていた。

「……そいつを返せ。おまえのじゃないだろ?」
 押し殺した声をしぼり出す。
 射抜くような視線を刀也の顔へと巡らせる。

「うるせぇ糞ガキ!」
 刀也は叫ぶ。

「オレはこのガラクタから魔力を吸い取って、もっと強くなるんだ!」
「三剣くんやめて! そ、それはあなたが思ってるより危険なの。だから……」
「うるせぇうるせぇ! うるせぇ!!」
 刀也は吠える。

「奈良坂、おまえまでいっしょになってオレから力を盗もうとするのか!? 兄貴のこと嗅ぎ回ってたのも、こいつが目当てだったのかよ!」
 叫びつつ、後ずさる。
 ブレスを奪われるとでも思ったか。

「兄貴と2人して、オレに内緒にしてたつもりなんだろうが、知ってるんだぜ!」
 舞奈を見やる。

「こいつには、おまえの仲間の、スゲェ魔力が貯めこまれてるってな!!」
「て……めぇ! トウ坊!」
「な、そうだろ? ファイゼルさん!」
「……槍魔将ファイゼル」
 刀也の言葉に、舞奈の視線がコートの男へと移る。

 舞奈がピクシオンだった3年前に戦った四天王のひとりだ。
 その名の通り、得物は槍。
 彼はエンペラーから強力な異能力をいくつも授かった異能力者で、そのせいか常に自信過剰で尊大だった。

「貴様……そうか、ピクシオンの、銃使いのガキか!」
「ああ」
 かつて敵だった男の叫びに答え、
「あんた、前よりやつれたな。それに背も縮んだんじゃないか?」
 舞奈は口元に皮肉げな笑みを浮かべる。

 かつて舞奈は彼の罠にはまった。
 異能力によって変身を妨害され、仲間と離れ離れにされて襲われた。
 そして間一髪で駆けつけた一樹に救われた。
 当時はその卑劣な手口に恐怖と怒りを覚えた。

 だが、その一樹も美佳も、今はいない。
 彼は過去からこぼれ落ちた懐かしい想い出の欠片だ。

 他の幹部同様に再生能力を持つ彼は、一樹に葬られたのだと思っていた。
 一樹のナイフに苦痛と恐怖、絶望を与えられて自壊させられたのだと。

 だが彼は生きていた。
 彼には少しだけ絶望が足りなかったのだろう。
 それが幸運なことなのか、不運なことなのかわからない。

 ふと舞奈は思った。
 主君亡き3年を、彼はどんな想いで過ごしていたのだろうか?

「もうやめろよ。他の幹部はみんな逝った。エンペラーもだ」
 舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべ、
「おまえが馬鹿やる理由なんて、もう何もないんだよ。何もな」
 静かに語り、長身の男を見やる。

「せっかく捨てそこなった命だ。大事にしろよ」
「理由ならある!」
 ファイゼルは叫んだ。

「三種の神器を知っているか? 古事記に記された魔法の品だ」
 尊大に言い放つ。

「【八咫鏡】、【八坂の勾玉】、そして【草薙の剣】。剣は力を奪い、玉は力を操り、鏡は力を形と成す」
 そう言ってファイゼルは笑う。
 かつて九杖サチを脅迫し、泥人間の道士に強襲させたのは、おそらく彼だ。
 舞奈は乾いた笑みを返す。

「この力で、わたしはエンペラー様を復活させるのだ。我等を創造した絶対にして唯一なる神、エンペラー様が蘇るのだ!」
 ファイゼルは叫ぶ。
 彼は舞奈の記憶にあるより、ずっと小さくて小物になっていた。
 なのに劣等感の裏返しのような尊大さだけが、3年前と同じだった。

「……できないよ。あいつは神じゃない、ただの人間だ」
 舞奈は口元を悲痛な笑みの形に歪める。
「人は死んだら……終わりだ」
 その理を覆すことができるのなら、舞奈にも、悟にも叶えたい望みがある。

「できる! 玉と剣はここにある! 鏡の場所も知れている!」
 だがファイゼルは少女の想いなど気にもとめず、尊大に叫ぶ。

「わたしが蘇らせるのだ!」
 むしろ彼のほうが子供になったかのように無邪気に。
「いや、新たなエンペラー様を我が手で創り出すのだ! そしてエンペラー様が新生なされた暁には、我こそが四天王の長となるのだ!!」
 叫びながら、ファイゼルは異能力を使うべく両手を天に掲げる。

 説得は失敗に終わったようだ。
 だが舞奈の笑みは変わらない。
 話し合いで解決できるなんて最初から思っていなかったからだ。

「我に力を与えよ! 【理想郷の召喚の指輪リング・オブ・マイナークリエイション】!!」
 ファイゼルの叫びとともに、世界が変容する。

 空が緑色に染まる。
 展望台の鉄板床が、武者や戦士の栄光を描いた真紅のレリーフと化す。
 鉄柵は無数の槍や剣が並べられた槍ぶすまと化す。
 戦術結界だ。

 かつて、四天王はエンペラーから異能力を与えられていた。
 非常に強力な魔術師ウィザードは、他者に施術能力を与えることができる。
 異能力者たちの自負の源である異能力すら、魔術師ウィザードにとっては道具だ。

「【怪物の大使役の指輪リング・オブ・マスチャームモンスター】の力によって! 下僕どもよ奴らを殺せ!!」
「怪異が出てくるぞ! 気をつけろ!」
 舞奈はジャケットの裏から拳銃ジェリコ941を抜きつつ叫ぶ。

 床のレリーフが実体と化すかのように、数ダースの戦士が沸きあらわれた。
 鎧兜に身を包み、手にした剣は炎や稲妻に包まれている。
 術で操られ、仮装した泥人間である。
 舞奈がピクシオンだったころの定石通りだ。

 アイオスはロザリオを握りしめて【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】の聖句を唱える。
 光の矢が【雷霊武器サンダーサムライ】を穿つ。

 奈良坂も印を結んで真言を唱え、【不動火矢法アチャラナーテナ・アグニアストラ】の炎の矢を放つ。
 矢継ぎ早の2回の施術で、2匹の【火霊武器ファイヤーサムライ】が焼けて塵と化す。

 だが多勢に無勢。

「【魔力の抑制の指輪リング・オブ・サプレス・マジカルパワー】よ、奴らの術を封じろ!」
 ファイゼルがかざした指輪から、魔法消去の光線がほとばしる。
 3本の光線は、施術能力を奪うべく少女たちを襲う。

 だがアイオスは十字を、奈良坂は九字を切って光線を消す。
 しかも奈良坂の方は印を切り終わる前に消えた。
 印形をイメージするだけで消去を跳ね返したのだ。

 逆に魔法的な反撃によって、指輪がひび割れる。
 ファイゼルは動揺する。

「その異能を魔道士メイジ相手に使うなって、くれた奴に言われなかったか?」
 舞奈は笑う。

 魔道士メイジに魔法消去は通じない。
 戦闘に不慣れな奈良坂にすら通じない。
 魔法消去によって魔力を封じられるのは、自分の力を理解せぬまま力を振るう異能力者か、何も知らない幼子だけだ。

 今の舞奈には、もはや消去によって奪われるものは何もない。
 かつて何も知らない魔法少女だった舞奈は、今は魔法とは無縁だ。
 その事実を思い出し、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 そして過去から目を背けるように、拳銃ジェリコ941を構えた。
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