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第5章 過去からの呼び声

奈良坂

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 アイオスと別れた舞奈は大通りに出て、真神邸の方を見やる。
 すると、ちょうど遠くに人影が見えた。
 買い物袋をぶらさげた園香が帰宅するところのようだ。

 隣を歩くセーラー服は、護衛を務める奈良坂だ。
 歩調にあわせてセミロングの髪がゆれる。
 フレームレスの眼鏡は相変わらずうつむき加減だ。
 気弱な小動物めいた彼女の人柄を忍ばせる。
 園香の年齢不相応に長身なナイスバディと並ぶと、背丈はさほど変わらず胸も小さな彼女は頼りなく見える。

 いちおう園香は、奈良坂が暴徒から庇ってくれたと認識している。
 高校生という肩書の奈良坂は、小5の園香にとっては頼れる先輩だ。
 だがそんな園香が会話をリードしているのは、相手が自分以上に気弱だからだ。

 セーラー服の女子高生が、小5にはげまされて笑う。
 事情を知らなければ、彼女が護衛だと気づく者はいないであろう。
 もっとも、事情を知ってる舞奈からも護衛には見えない。
 見ていてこれほど不安になる護衛というのも珍しい。

 やがて園香と奈良坂は玄関前でお互いにお辞儀する。
 園香は礼儀正しく、奈良坂はなんというか卑屈な感じがした。
 そして園香はドアをくぐってロックする。

 奈良坂はふやけたような顔でこっちに向かって歩いてくる。
 護衛対象を家まで送って気が抜けたらしい。

「おつとめご苦労さん!」
「……? ひゃっ、舞奈さん!?」
 声をかけた途端に驚かれた。

 舞奈に気がつかなかったらしい。
 注意散漫にも程度というものがあるだろうに。むしろ舞奈が驚いた。

「えへへ、あの、舞奈さん、こんにちは」
 自分より年下で背も低いはずの舞奈を、器用に上目遣いに見やる。

「こんにちは、奈良坂さん」
 おどおどとした挙動に一抹の不安を覚えながら、とりあえず尻を撫でる。
 奈良坂は舞奈の手に尻を委ねる。
 そのあまりの素直さに、彼女の人生が不安になる。
 彼女はいつも他人の都合と欲望を押しつけられていて、逃れす術を持たない。

「ところで、今そこに怪人がいたのに気づいてたか?」
「それは……。ご、ごめんなさい」
 返事の代わりに謝られた。
「で、でも、わたしや園香さんは狙われてないって分かるんです。ほ、本当です……」
 子供相手におろおろする様に、舞奈の不安もいや増すばかりだ。
 ガラにもなく饒舌だった園香の気苦労が忍ばれる。

「スマン、試しただけだ。サボってたなんて思ってないよ」
 仕方なくなだめる。

「【孔雀経法マハーマーユーリナ・ラクシャ】っていったっけ、不意打ちを防ぐ妖術があるんだろ?」
「あ、は、はい!。……その、物知りなんですね。さすがです」
「昔の……知り合いに、同じ系統の術を使う奴がいたんだ」
 かつての仲間の姿が脳裏に浮かび、口元に笑みが浮かぶ。
 舞奈が機嫌を直したと判断したか、少女もほっとしたように微笑む。
 そんな彼女にやれやれと苦笑する。

「それより魔道士メイジが追試かよ。ひょっとして、高等部って大変なのか?」
 年上に対してけっこう失礼なもの言いである。
 だが少女はすまなさそうに、

「ご、ごめんなさい……それは、その、あの、【機関】の仕事が忙しくて……」
 言い訳を始めた。

「そ、それに、仏術士は……妖術師ソーサラーは修行で身に着けた魔力で魔法を使うんです。だ、だから、魔術師ウィザードほど頭よくなくても……」
 まあ、彼女の言っていることは間違いではない。

 魔術師ウィザードは意思や感情を凝固させて魔力を生みだし魔術と成す。
 だから、強固なイメージを作るための知識と意志力を要する。

 呪術師ウォーロックは周囲の魔力を操ることで呪術と成す。
 だから、天地の狭間に潜む魔力を感じ取る感性を要する。

 だが妖術師ソーサラーは心身に宿した魔力で妖術を行使する。
 だから修行を毎日こなせば少しずつ身体に魔力が溜まり、確実に強くなる。

 毎日欠かさず経を唱えればいいのだ。
 確たる意思によって経を毎日100回唱えてもいい。
 やれと言われたからという理由でわけもわからず100回唱えてもいい。
 どちらも同じように強くなれる。

 奈良坂は要領が悪いが、そのせいで要領よくサボることもできない。
 だから意外にも妖術師ソーサラーに向いた人材なのだろう。

 舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 かつて仲間だった一樹のことを思いだしたからだ。
 修練によって超人的な肉体と技術を手に入れた一樹は、間違いなく前者だ。
 一樹は幼い舞奈のヒーローで、目標だった。

「その、舞奈さんの知り合いも、い、いえ、なんでもないです……」
 そんな一樹を奈良坂といっしょにされてちょっと腹が立ったので、思わず睨む。
 奈良坂は身を縮こまらせて怯える。
 舞奈は肩をすくめる。
 微妙に図々しいのに臆病なその様子は、まさに【鹿】である。

 けど、まあ確かに、今の舞奈と同じ学年だった一樹は、優等生ではなかった。
 だが授業で困っている風にも見えなかった。
 美佳と会う前は学校に行っていなかったらしいが、どこで勉強したのだろう?
 ふと疑問に思ったが、今さらそれを知る機会はない。

「そ、その、実は試験のときに【弁才天法サラスヴァティナ・ダルマ】の術を使ったんですよ」
 舞奈の沈黙を気づかってか、奈良坂がどうでもいい話を始めた。
 【弁才天法サラスヴァティナ・ダルマ】は、【心身の強化】による情報収集の妖術だ。

「いや、術でカンニングしたらダメなんじゃないのか?」
「ご、ごめんなさい、本当はそうなんですけど……でも【機関】の仕事があるから追試は困るから……で、でも、安心してください!」
「何に安心しろっていうんだ?」
弁才天サラスヴァティーからの返答は『汝は赤点になるだろう』だったんです。だからカンニングにはなってないんです!」
「安心できねぇよ」
 舞奈は苦笑する。
 奈良坂も笑う。
 ひょっとしたら、笑わせようとしてくれたのかもしれない。

「……ま、いいや。追試がんばれよ」
 舞奈は脱力したまま奈良坂を励ます。
 なんだか昔のことを考える気力も失せた。
 だから、まるで役に立たない話でもなかったと思うことにした。

「あ、あの、は、はい! 舞奈さんも、がんばってください……」
「何をだよ」
 伏目がちな声援に、舞奈はジト目でつぶやく。

「いえ、その、園香さん、舞奈さんが来るのをすっごく楽しみにしてて……あっ、そっか、わたしが引きとめてたら邪魔ですよね……」
 そう言って、何度も謝りながら曲がり角へと消えた。

「なんというか、大丈夫なのか……?」
 セーラー服の短めのスカートがひるがえる様をなんとなく見やる。
 そうしながら舞奈は三度、彼女の知る仏術の使い手を思い出す。

「……カズキとは、ぜんぜん違うじゃないか」
 それが侮蔑の言葉なのか、羨望なのか、舞奈自身にも分からなかった。

 舞奈は真神邸の玄関に立ってチャイムを鳴らす。
 すると待ち構えていたようにドアが開き、満面の笑みを浮かべた園香が顔を出した。
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