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第5章 過去からの呼び声

調査

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 シスターから依頼を受けた翌日。

「照合が終わったわ。これ、たしかに新開発区の方向を撮った写真よ」
 端末から顔をあげてテックが言った。
「角度から計算すると、教会の2階から撮ったんだと思う」
「……自分で撮ったのか。シスターもがんばるなあ」
 舞奈は笑う。

 ここは高等部校舎にある情報処理室。
 舞奈は例によってテックに依頼し、写真に写った場所を調べてもらっていた。
 シスターから借りたのはアナログの銀塩写真だ。
 だから位置情報なんてついてない、
 だがテックはストリートビューの画像と照合し、たちどころに場所を特定した。

「この方向にあるそれらしい施設はひとつしかないわ。これよ」
 テックは端末のキーボードを軽やかに叩き、画面に地図を表示させる。
 新開発区の地図だ。
 テックはマウスを動かして地図にチェックを入れる。
 舞奈と明日香は地図を見やる。

「……なになに、出巣黒須ですくろす市営林坊りんぼう霊園。墓場か?」
「正確に言うと霊園予定地ね」
「そうだな」
 細かいツッコミをいれる明日香に、おざなりに返事をする。
 新開発区には人が住んでもいないのに、葬られた者などいるはずもない。
 そこは街になれなかった街の、墓地になれなかった予定地だ。

「ったく、そんなところで何で超常現象なんか……。オバケが先走ったか?」
「それを調べるのが今回の仕事よ」
「ああ、そうだな」
 明日香のツッコみにやれやれと答える。
 そんな舞奈に構わず明日香は、

「工藤さん、その付近の土地に過去の因縁がないか、調べてもらえないかしら?」
「いいわよ」
「いや、だから墓になってないんだろ? そこ」
「開発計画の前から土地はあったのよ。そこで何かあったのかもしれないわ」
「ああ、そういうことか。……学校だったりしてな。怪談の逆パターンでさ」
「……その発言の何が楽しいのよ」
 明日香は肩をすくめて見せた。
 生真面目な明日香は冗談を解さない。

「そういえば、飛んでるのを拡大してみたんだけど」
 テックが言った。
 舞奈と明日香は画面を見やる。
 そこに映されていたものは、

「……地蔵?」
 神社や祠に祀ってあるような石でできたお地蔵様が、空に浮かんでいた。
 割とシュールな光景だった。

「意味がわからん」
 舞奈は肩をすくめる。
 側を見やると、明日香も首をかしげていた。

「まあ、地蔵と戦う準備くらいはしておくかな」
「……何が楽しいのよ、それの」
 明日香は肩をすくめた。

 そして放課後、舞奈はスミスの店にやって来た。

「あ~ら志門ちゃん、いらっしゃ~い」
「スミス、いい加減に看板を直せよ」
 出てきたマッチョに挨拶代わりの軽口をたたく。
 看板の『画廊・ケリー』のネオンは、相変わらず『ケ』の横線が消えていた。

「おー! まいなだ!」
「よう、リコ。お出かけか?」
 挨拶してきたリコの背には、ウサギの形をした大きなリュックサック。
 リュックの耳が、バードテールの髪と一緒にぴょんぴょんとはねる。

「うん! おでかけだ! きょうかいに、やさいをもらいにいくんだ!」
「教会ってシスターの所か。近所の皆さまってのは、ここのことだったのか」
 舞奈はなるほどと納得する。

「シスターが食う分、残しといてやれよ」
「しんぱいするな! かわりにリコが、おニクとサカナをあげるから!」
 元気に言ってリュックをゆらす。
「物々交換なのか……」
 舞奈は納得するようなできないような顔をする。

「ししとうたくさんくれるといいなー」
「……ここでもししとう流行ってるのか?」
「幼児向けの番組で、ししとうのキャラクターが出てるのよ」
「ああ、それでか……」
 みゃー子とチャビーの言動を思い出し、いろいろ何となく納得する。

「あら、ひょっとして志門ちゃんのクラスでも?」
「まあな」
「……志門ちゃんって、もう5年生よね?」
「……あたしはな」
 笑うスミスに、口をへの字に曲げて答える。
 リコは「またなー」と手を振って出かけて行った。

「やれやれ」
 舞奈は肩をすくめ、オカマのマッチョに向き直る。
 その表情は先ほどまでの飄々ひょうひょうとしたそれではない。
 口元に不敵な笑みを浮かべた、仕事人トラブルシューターのそれだ。

「スミス、長物を用立てて欲しい」
 その言葉に、マッチョもカイゼル髭をゆらせて笑う。

「舞奈ちゃんってば、今度はどんな厄介な敵と戦うつもりなの?」
「戦うかどうかは知らんが、シスターの依頼で新開発区の墓場を調べるとことになったんだ。そこで地蔵が飛んでた」
「地蔵って、あのお地蔵さん?」
「その地蔵しかないだろ。念のために、そいつを撃ち抜けるようにしておきたい」
「まあ、そういうことなら……」
 舞奈の言葉にスミスはうなずく。
 そして奥の部屋へと消える。

 人気のない古物商の奥には、倉庫と作業室が用意されている。
 しばらくして、スミスは戻ってきた。

「前に使った、銃口を切り詰めた奴じゃないほうがいいのよね?」
「あんなもん野外で使えるか。飛んでる相手を撃つんだ」
「それなら、これね」
 そう言って、商談用の丸テーブルに1丁のアサルトライフルガリルARMを置く。

 舞奈の拳銃ジェリコ941と似た精悍なフォルムの長物は、同様にイスラエルの自動小銃だ。
 バナナ型の弾倉マガジンには35発の弾丸が収まっている。
 クレアの得物L85A2と同じ小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾だ。

 やや旧式な銃なのだが、過酷な砂漠の国で多用された強力な銃は、拳銃では荷の重い相手と戦う舞奈の力になっていた。

「サンキュ、スミス。こいつがあれば百人力さ」
 肩紐スリングアサルトライフルガリルARMを背負う。
「仕事が終わったら返しに来るよ」
 そう言って、ニヤリと笑った。

 そして、その翌日の日曜日。
 舞奈は統零とうれ町のはずれの待ち合わせ場所にやって来た。

「本当に持ってきたのね、それ」
 舞奈が背負ったアサルトライフルガリルARMを目にして、明日香はぼそりと言った。
 視線がちょっと冷たい。

「念のためだよ。おまえのそれだって、調査にゃ必要ないだろ?」
 舞奈も明日香が着こんだ戦闘カンプフクロークを見やり、言い返す。
 クロークの胸元で、留め金代わりの骸骨が鈍く光る。

「それに……」
 だが明日香は表情を変えずに舞奈の背後を見やる。
 冷たい視線の本命はこちらだ。
「それについては、その……スマン。来る途中でばったり出くわしてな……」
 舞奈は疲れたように苦笑する。

「よう! ガキども!」
 舞奈の後に、刀也がいた。
「この俺様がお前らの仕事を手伝ってやるんだ! ありがたく思えよな!」
 刀也は黒い剣を手にして笑った。
 明日香は無表情だった。

 すったもんだの末、舞奈たちは刀也を連れて新開発区に向かう羽目になった。

「やあ、舞奈ちゃん。明日香ちゃんもおはよう」
「ちーす」
「おはようございます」
 新開発区を警戒する2人の守衛に、いつものように挨拶する。
 舞奈は新開発区に住んでいるから、通るのは今日2度目だ。

「そっちは新しい友達かい?」
 刀也を見やる。
「まあな! 今日からは魔剣を持つこの俺様が、怪異退治のエースだ!」
「……知り合いなだけだ。別に友達じゃないよ」
 やれやれと肩をすくめて、当然のように検問を通る。

「へえ、おまえらと一緒ならここも通れるのか」
 刀也もうきうきと続く。
「ご迷惑をおかけします」
 明日香も苦笑しつつ2人に続いた。

 そしてテックが用意してくれた地図に従い、霊園予定地に向かった。
 以前に公園予定地に向かったときみたいに迷ったりはしない。
 目的地が市外から近いし、廃墟のわりにランドマークがはっきりしている。

 だから、出来合いの墓が並んだ霊園予定地の入り口はすぐに見えてきた。

「たしかに地蔵が並んでいるな」
 舞奈はすぐに、敷地の隅に並べられた地蔵を見つけた。
 当たり前だが襲ってきたりはしない。

「魔術で調査するわ」
 明日香は油断なく地蔵に近づく。
 この調子なら、明日香が術で地蔵を調べて対処すれば仕事は終わりだ。
 どんな理由で地蔵が空を飛んでいたのか、明日香が見抜くであろう真相には少しばかり興味を引かれる。
 なので舞奈も明日香に続く。
 念のために周囲を見回し、形だけでも警戒して見せる。

「おいガキども! 敵はどこだ!?」
「そんなのいないよ。座ってろ」
 剣を振り回して叫ぶ刀也に、背中で答える。
 刀也は舌打ちするが、それは無視。

 そして、やれやれと肩をすくめる。
 その拍子に、足元に何かが落ちているのに気づいた。

「なんだこりゃ……?」
「――何か見つけたのかクソガキ?」
 視界の端からひょいと手を出して拾ったのは、刀也だった。

「ったく、人のものを何でも欲しがりやがって」
「おまえのものじゃないだろ? クソガキ」
 イラつく舞奈を横目に、刀也はつまんだそれを弄ぶ。
 それはコケシだった。
 朱墨で赤い衣装が描かれた、古ぼけたコケシだ。

「新開発区で、落ちてたものをいじくり回すな。何かあっても知らないぞ」
「うるせークソガキ! 俺様が持ってるものが羨ましいのか?」
「……じゃ、勝手にしろよ」
 舞奈は刀也を睨み、すぐに肩をすくめて目をそらす。

「それにしても、なんでこんなところにこんなものが……?」
 なんとなく明日香を見やる。
 だが当然ながら物知りメガネは調査の真っ最中だ。
 まあ、終わってから聞けばいいやと再び刀也を見やったその時、

「うわっ!? 何か光った!」
 悲鳴とともに何かが飛んできた。
 思わずつかむ。
 先ほどのコケシだ。

「馬鹿野郎! 投げんな!!」
 思わず舞奈は叫ぶ。

 その次の瞬間、周囲で気配が動いた。
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