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第4章 守る力・守り抜く覚悟
襲撃2 ~祓魔術vs道術
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奈良坂と園香の窮地を、無数の光線が薙ぎ払った。
レーザーや粒子ビームを放つ光の術は見た目に神々しい。
だから、暴虐たる造物魔王を奉ずる術者によって多用される。
つまり【創世教】の創世魔術、【教会】の祓魔師、【三日月】の回術士である。
その中で、尾を引く粒子ビームを無数に放つ術は【輝雨の誘導】。
造物魔王から賜った魔力を術と成す祓魔師の呪術である。
園香を襲っていた尼僧を、金髪がまばゆい【教会】のシスターが殴り飛ばす。
だが尼僧の顔をした妖術師は、猿のように一回転して地に降り立つ。
そしてそのまま滑るように距離をとる。
地面の上を高速移動する【土行・縮地】の妖術。
頭目がやられ、仲間をビームに焼かれ、怪異は怯む。
その隙に我に返った奈良坂が、園香の手を引いて怪異たちから距離をとる。
そんな2人を庇うように、シスターの背中が立ちふさがる。
「『水をこぼした罪に対する償いは、水を汲むこと』って、いかにもあの爺様が言いそうなことねン。けど丁度良かったわン」
奈良坂には意味も分からぬ愚痴を言う。
なのに、まんざら悪い気でもなさそうにククッと笑う。
「そっちのお嬢ちゃんとはもう終わったから、未練も恨みもないのよン」
シスターが、ちらりと園香を振り返る。
胸元を派手に露出させた魔改造修道服に、彫りの深い顔立ち。
シスター・アイオス。
以前に園香の誘拐を企て、舞奈と明日香に敗れた祓魔師である。
「それでも一度は愛を語った相手だものン、脂虫や泥人間ごときに好き勝手させるのは気に入らないのよねン」
鼻にかかった声で言う。
その両手には2丁のリボルバー拳銃。
右手には長い銃身、左手には短い銃身。
「執行人のお嬢ちゃん! そっちのお嬢ちゃんをしっかりまもってねン」
「は、はひっ!」
奈良坂はうわずった返事を返す。
それを背中で聞きながら、アイオスは両手の拳銃を乱射する。
銀の弾丸が泥人間の胴を穿ち、頭を砕く。
偽りの生命活動を断たれた泥人間は、汚泥と化して溶け落ちる。
生物とは根本から異なる泥人間は、死ぬと溶けて消える。
ついでに何匹かの脂虫が巻き添えを食って撃たれた。
アイオスは両腕を軽く広げる。
全弾を撃ちきった拳銃の弾倉を開き、空薬莢を捨てる。
すると側に一糸まとわぬ金髪幼女があらわれる。
幼女は全身をスピードローダーにして新たな薬莢を装填する。
祓魔師が得意とする【天使の力の変成】を応用した装填手段だ。
祓魔師は造物魔王の魔力を術と成す呪術師の一派で、使える術は3種類。
魔力を擬似物質として顕現させる【天使の力の変成】。
魔力を物品に焼きつけ、あるいは消去する【聖別と祓魔】。
そして、造物魔王の魔力を光子に転化する【光のエレメントの変成】。
アイオスは聖句を唱える。
ヤニで歪んだ脂虫たちのが顔が恐怖と苦痛でねじれる。
そして次の瞬間、薄汚い脂虫たちは光になって爆ぜた。
周囲の泥人間を巻きこんで爆発する。
体内のニコチンを媒体に反応爆発を引き起こす【屍鬼の処刑】の呪術。
煙草を吸う脂虫は、人ではなく怪異である。
だが奈良坂は、人の姿をした怪異を傷つけるのを躊躇った。
対して前回の誘拐でも脂虫を使いつぶしたアイオスは、脂虫など使い捨てるだけの消耗品だと理解していた。
反応爆発の巻き添えを逃れた泥人間の何匹かが、ブロック塀から変化した左右の石塊の上を駆けて接敵する。ニンジャにでもなったつもりか。
ニンジャかぶれの泥人間は、アイオスに左右から飛びかかる。
だがアイオスは両手の拳銃を左右に向けて、撃つ。撃つ。撃つ。
ニンジャは全身を撃ち抜かれて溶け落ちる。
さらにアイオスは2丁の拳銃を重ね合わせる。
右の銃口を下に、左の銃口を上に向け、銃で十字架を形作る。
鉄の十字架はまばゆく輝き、数十本の尾を引く光弾をばら撒く。
先程も使った【輝雨の誘導】。
デミウルゴスの魔力を無数のビームと化す呪術だ。
細い光のシャワーは軌道半ばで折れ曲がる。
そのすべてが残る泥人間に突き刺さる。
泥人間は溶けて消えた。
「つ。強い……」
奈良坂は目を見開く。
魔力を外部に依存する呪術師は、本来なら敵の結界の中での戦闘は鬼門だ。
にもかかわらずアイオスの強さは圧倒的だ。
祓魔師が用いるロザリオそのものにも造物魔王の魔力がこめられているからだ。
それに魔力を操るアイオスの技量も高く、限られた魔力を強大な力にできる。
そんなアイオスの光線を、尼僧だけは取り出した符を岩の塊に変えて防ぐ。
即ち【土行・岩盾】。
岩塊に守られた尼僧は無傷だ。だが、
「ハレンチな軍国主義の女ァァァ! 呪殺しル! こーろーしーてーやールー!!」
頬骨の尖った顔を、不気味に歪めて叫ぶ。
するとその醜い顔が、さらに醜く変貌した。
皮膚は溶け落ち、腐った肉が顔中から垂れ下がる。
人間の尼僧を装っていた泥人間が、おぞましい本性をあらわしたのだ。
「あら、怖いわン」
アイオスはおどけた仕草で妖艶に微笑む。
「尼の恰好なんてしてるくせに、泥人間の道士……道術の使い手だったのねン」
微笑みながら、敵の流派を見抜く。
道術とは、妖術師の流派のひとつである。
台湾人の道士が用いるが、本来は特定アジアに生息する怪異の術だ。
その身に宿した異能力を操ることで術と成し、その術は3種類に大別される。
内なる魔力を五行の理によって循環させる【五行のエレメントの変換】。
体内の気を活性化させる【心身の強化】。
そして、周囲の気を操ることによる【怪異の使役】。
袈裟をまとって尼僧を装い、メディアで政権批判をしていた女は、仏門の徒ですらなく邪悪な泥人間の妖術師だった。
そんな道士は醜い顔を怒りで歪めて符を構える。
アイオスめがけて素早く投げる。
符は巨大な岩石の刃と化す。
奈良坂の障壁を砕いた【土行・石刃】の術。
だがアイオスは十字を切って、岩の刃を消し去る。
魔法消去だ。
「防御魔法も攻撃魔法も土行。いかにも泥人間の道士って感じねン」
アイオスは笑う。
五行を操る【五行のエレメントの変換】は、土行、金行、水行、木行、火行を循環させることで多彩な術と成す。
だが怠惰な術者はエレメントを循環させることをしない。
魔力の源である異能力と同系統の呪術しか使わない。
それが師の元で修練を積んで術を修める人間の道士と、泥人間の妖術師の差だ。
そんな怪異の道士めがけて、アイオスは走る。
走りながら聖句を唱える。
対して腐れた道士は符をまき散らし、口訣を唱える。
すると符のそれぞれが尖った岩石へと変わり、アイオスめがけて放たれる。
即ち【土行・多石矢】。
だがアイオスは止まらない。
中央の何本かを十字で消去し、残りは身体で受け止める。
「えっ!? そんな!?」
その無謀な行為に、奈良坂は目を見開く。
消去で数を減じたものの、数多の石矢が修道服を切り裂く。
だがアイオスは無傷。
天使で筋肉を形作ることで身体を強化する【サムソンの怪力】の呪術だ。
通常なら付与魔法で攻撃魔法を防ぐことはできない。
通常の筋肉で矢を防げないのと同じだ。
だが術者の魔力が敵より圧倒的に高ければ別だ。
道士は新たな符を取り出して剣と成す。
魔力を凝固させて擬似物質を作りだす【土行・作岩】の妖術。
さらに、道士の身体が気功のオーラに包まれる。
気功により素早さを増す【狼気功】。
異能力者の【狼牙気功】と同等の術だ。
魔力の武器と気功で武装した道士は、アイオスめがけて猿のように飛びかかる。
不格好に尖って歪んだ岩剣を振り下ろす。
斬るというより傷をえぐって潰すことを目的としたような、邪悪な剣。
アイオスは両手の拳銃を交差させて受け止める。
道士はそのまま地に降り剣に力をこめ、アイオスを押し倒そうと試みる。
アイオスも拳銃に力をこめて抵抗する。
気功によって素早くなる【狼気功】。
筋肉を増強して術者を強く素早くする【サムソンの怪力】。
押し勝ったのは後者だった。
道士は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
その隙に、アイオスは撃つ、撃つ、撃つ。
降り注ぐ弾丸を、道士は転がって避ける。
1発が袈裟の二の腕をかすめる。だがそれだけ。
アイオスはベルトに右の拳銃を差すと、胸元からロザリオを取り出す。
道士めがけて投げつける。
十字を切る。
まばゆい光とともにロザリオが爆ぜる。
魔力をこめた媒体を中心に小規模な反応爆発を起こす【閃光の爆球】の呪術。
だが道士は【土行・縮地】で距離をとり、爆発の直撃を辛くも避ける。
アイオスは舌打ちする。
道士は笑う。
だが、袈裟の足元で何かが動いた。
それは銃弾装填の天使と同じ金色の髪をした少女だった。
魔力で擬似物質を形作る【天使の力の変成】のひとつ。
人の姿をした召使いを作る【天使の召喚】の呪術。
アイオスは結界に侵入する際、呪術で作りだした召使いを潜伏させていたのだ。
「いつかのお嬢ちゃんの式神みたいに、影に隠すことまではできないけどねン」
伏兵に気づかぬ道士の足を、天使の少女が鋭いナイフで切りつける。
道士は痛みに驚き、転倒する。
アイオスはそのチャンスを逃さない。
両手の拳銃を交差さ、銃の十字架を形作る。
そして聖句。
放たれた無数のシャワーを、道士は防ぐことも避けることもできなかった。
体じゅうを穴だらけにされた道士は、汚泥と化して消えた。
同時にパリンというガラスが割れるような音がして、世界は再び変容した。
岩塊はブロック塀へ戻る。
石柱は電柱に、小山は民家に戻る。
ボロ雑巾のようになった袈裟が、アスファルトに戻った道路に落ちて広がる。
塀の上で、野良のシャム猫が「ニャーン」と鳴いた。
「お、終わった……?」
奈良坂は安堵のあまり座りこむ。
左腕に、しっかりと園香を抱いたまま。
園香は戦闘の間に気を失ってしまっていた。
それが普通の反応だ。
平和な世界で暮らす普通の女子小学生に、銃弾と妖術・呪術が乱れ飛ぶ超常の戦闘を直視することなどできない。
「ふう。こんな相手に、思いのほか時間を使っちゃたたわねン」
アイオスは背後の奈良坂を見やり、妖艶に笑う。
眼鏡がずれたままの奈良坂も、えへへと笑みを返す。その時、
「おーい! ゾマ! 奈良坂さん! 無事か!?」
路地を半装軌車が駆けてきた。
奈良坂の危機を察知した舞奈たちだ。
「あら。それじゃ、わたしは失礼するわン」
少しばかり焦った様子で、アイオスは奈良坂に背を向ける。
「気をつけてン。奴らが狙っているのは【八坂の勾玉】よン」
そう言い残し、舞奈たちとは逆の方向へ去って行った。
レーザーや粒子ビームを放つ光の術は見た目に神々しい。
だから、暴虐たる造物魔王を奉ずる術者によって多用される。
つまり【創世教】の創世魔術、【教会】の祓魔師、【三日月】の回術士である。
その中で、尾を引く粒子ビームを無数に放つ術は【輝雨の誘導】。
造物魔王から賜った魔力を術と成す祓魔師の呪術である。
園香を襲っていた尼僧を、金髪がまばゆい【教会】のシスターが殴り飛ばす。
だが尼僧の顔をした妖術師は、猿のように一回転して地に降り立つ。
そしてそのまま滑るように距離をとる。
地面の上を高速移動する【土行・縮地】の妖術。
頭目がやられ、仲間をビームに焼かれ、怪異は怯む。
その隙に我に返った奈良坂が、園香の手を引いて怪異たちから距離をとる。
そんな2人を庇うように、シスターの背中が立ちふさがる。
「『水をこぼした罪に対する償いは、水を汲むこと』って、いかにもあの爺様が言いそうなことねン。けど丁度良かったわン」
奈良坂には意味も分からぬ愚痴を言う。
なのに、まんざら悪い気でもなさそうにククッと笑う。
「そっちのお嬢ちゃんとはもう終わったから、未練も恨みもないのよン」
シスターが、ちらりと園香を振り返る。
胸元を派手に露出させた魔改造修道服に、彫りの深い顔立ち。
シスター・アイオス。
以前に園香の誘拐を企て、舞奈と明日香に敗れた祓魔師である。
「それでも一度は愛を語った相手だものン、脂虫や泥人間ごときに好き勝手させるのは気に入らないのよねン」
鼻にかかった声で言う。
その両手には2丁のリボルバー拳銃。
右手には長い銃身、左手には短い銃身。
「執行人のお嬢ちゃん! そっちのお嬢ちゃんをしっかりまもってねン」
「は、はひっ!」
奈良坂はうわずった返事を返す。
それを背中で聞きながら、アイオスは両手の拳銃を乱射する。
銀の弾丸が泥人間の胴を穿ち、頭を砕く。
偽りの生命活動を断たれた泥人間は、汚泥と化して溶け落ちる。
生物とは根本から異なる泥人間は、死ぬと溶けて消える。
ついでに何匹かの脂虫が巻き添えを食って撃たれた。
アイオスは両腕を軽く広げる。
全弾を撃ちきった拳銃の弾倉を開き、空薬莢を捨てる。
すると側に一糸まとわぬ金髪幼女があらわれる。
幼女は全身をスピードローダーにして新たな薬莢を装填する。
祓魔師が得意とする【天使の力の変成】を応用した装填手段だ。
祓魔師は造物魔王の魔力を術と成す呪術師の一派で、使える術は3種類。
魔力を擬似物質として顕現させる【天使の力の変成】。
魔力を物品に焼きつけ、あるいは消去する【聖別と祓魔】。
そして、造物魔王の魔力を光子に転化する【光のエレメントの変成】。
アイオスは聖句を唱える。
ヤニで歪んだ脂虫たちのが顔が恐怖と苦痛でねじれる。
そして次の瞬間、薄汚い脂虫たちは光になって爆ぜた。
周囲の泥人間を巻きこんで爆発する。
体内のニコチンを媒体に反応爆発を引き起こす【屍鬼の処刑】の呪術。
煙草を吸う脂虫は、人ではなく怪異である。
だが奈良坂は、人の姿をした怪異を傷つけるのを躊躇った。
対して前回の誘拐でも脂虫を使いつぶしたアイオスは、脂虫など使い捨てるだけの消耗品だと理解していた。
反応爆発の巻き添えを逃れた泥人間の何匹かが、ブロック塀から変化した左右の石塊の上を駆けて接敵する。ニンジャにでもなったつもりか。
ニンジャかぶれの泥人間は、アイオスに左右から飛びかかる。
だがアイオスは両手の拳銃を左右に向けて、撃つ。撃つ。撃つ。
ニンジャは全身を撃ち抜かれて溶け落ちる。
さらにアイオスは2丁の拳銃を重ね合わせる。
右の銃口を下に、左の銃口を上に向け、銃で十字架を形作る。
鉄の十字架はまばゆく輝き、数十本の尾を引く光弾をばら撒く。
先程も使った【輝雨の誘導】。
デミウルゴスの魔力を無数のビームと化す呪術だ。
細い光のシャワーは軌道半ばで折れ曲がる。
そのすべてが残る泥人間に突き刺さる。
泥人間は溶けて消えた。
「つ。強い……」
奈良坂は目を見開く。
魔力を外部に依存する呪術師は、本来なら敵の結界の中での戦闘は鬼門だ。
にもかかわらずアイオスの強さは圧倒的だ。
祓魔師が用いるロザリオそのものにも造物魔王の魔力がこめられているからだ。
それに魔力を操るアイオスの技量も高く、限られた魔力を強大な力にできる。
そんなアイオスの光線を、尼僧だけは取り出した符を岩の塊に変えて防ぐ。
即ち【土行・岩盾】。
岩塊に守られた尼僧は無傷だ。だが、
「ハレンチな軍国主義の女ァァァ! 呪殺しル! こーろーしーてーやールー!!」
頬骨の尖った顔を、不気味に歪めて叫ぶ。
するとその醜い顔が、さらに醜く変貌した。
皮膚は溶け落ち、腐った肉が顔中から垂れ下がる。
人間の尼僧を装っていた泥人間が、おぞましい本性をあらわしたのだ。
「あら、怖いわン」
アイオスはおどけた仕草で妖艶に微笑む。
「尼の恰好なんてしてるくせに、泥人間の道士……道術の使い手だったのねン」
微笑みながら、敵の流派を見抜く。
道術とは、妖術師の流派のひとつである。
台湾人の道士が用いるが、本来は特定アジアに生息する怪異の術だ。
その身に宿した異能力を操ることで術と成し、その術は3種類に大別される。
内なる魔力を五行の理によって循環させる【五行のエレメントの変換】。
体内の気を活性化させる【心身の強化】。
そして、周囲の気を操ることによる【怪異の使役】。
袈裟をまとって尼僧を装い、メディアで政権批判をしていた女は、仏門の徒ですらなく邪悪な泥人間の妖術師だった。
そんな道士は醜い顔を怒りで歪めて符を構える。
アイオスめがけて素早く投げる。
符は巨大な岩石の刃と化す。
奈良坂の障壁を砕いた【土行・石刃】の術。
だがアイオスは十字を切って、岩の刃を消し去る。
魔法消去だ。
「防御魔法も攻撃魔法も土行。いかにも泥人間の道士って感じねン」
アイオスは笑う。
五行を操る【五行のエレメントの変換】は、土行、金行、水行、木行、火行を循環させることで多彩な術と成す。
だが怠惰な術者はエレメントを循環させることをしない。
魔力の源である異能力と同系統の呪術しか使わない。
それが師の元で修練を積んで術を修める人間の道士と、泥人間の妖術師の差だ。
そんな怪異の道士めがけて、アイオスは走る。
走りながら聖句を唱える。
対して腐れた道士は符をまき散らし、口訣を唱える。
すると符のそれぞれが尖った岩石へと変わり、アイオスめがけて放たれる。
即ち【土行・多石矢】。
だがアイオスは止まらない。
中央の何本かを十字で消去し、残りは身体で受け止める。
「えっ!? そんな!?」
その無謀な行為に、奈良坂は目を見開く。
消去で数を減じたものの、数多の石矢が修道服を切り裂く。
だがアイオスは無傷。
天使で筋肉を形作ることで身体を強化する【サムソンの怪力】の呪術だ。
通常なら付与魔法で攻撃魔法を防ぐことはできない。
通常の筋肉で矢を防げないのと同じだ。
だが術者の魔力が敵より圧倒的に高ければ別だ。
道士は新たな符を取り出して剣と成す。
魔力を凝固させて擬似物質を作りだす【土行・作岩】の妖術。
さらに、道士の身体が気功のオーラに包まれる。
気功により素早さを増す【狼気功】。
異能力者の【狼牙気功】と同等の術だ。
魔力の武器と気功で武装した道士は、アイオスめがけて猿のように飛びかかる。
不格好に尖って歪んだ岩剣を振り下ろす。
斬るというより傷をえぐって潰すことを目的としたような、邪悪な剣。
アイオスは両手の拳銃を交差させて受け止める。
道士はそのまま地に降り剣に力をこめ、アイオスを押し倒そうと試みる。
アイオスも拳銃に力をこめて抵抗する。
気功によって素早くなる【狼気功】。
筋肉を増強して術者を強く素早くする【サムソンの怪力】。
押し勝ったのは後者だった。
道士は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
その隙に、アイオスは撃つ、撃つ、撃つ。
降り注ぐ弾丸を、道士は転がって避ける。
1発が袈裟の二の腕をかすめる。だがそれだけ。
アイオスはベルトに右の拳銃を差すと、胸元からロザリオを取り出す。
道士めがけて投げつける。
十字を切る。
まばゆい光とともにロザリオが爆ぜる。
魔力をこめた媒体を中心に小規模な反応爆発を起こす【閃光の爆球】の呪術。
だが道士は【土行・縮地】で距離をとり、爆発の直撃を辛くも避ける。
アイオスは舌打ちする。
道士は笑う。
だが、袈裟の足元で何かが動いた。
それは銃弾装填の天使と同じ金色の髪をした少女だった。
魔力で擬似物質を形作る【天使の力の変成】のひとつ。
人の姿をした召使いを作る【天使の召喚】の呪術。
アイオスは結界に侵入する際、呪術で作りだした召使いを潜伏させていたのだ。
「いつかのお嬢ちゃんの式神みたいに、影に隠すことまではできないけどねン」
伏兵に気づかぬ道士の足を、天使の少女が鋭いナイフで切りつける。
道士は痛みに驚き、転倒する。
アイオスはそのチャンスを逃さない。
両手の拳銃を交差さ、銃の十字架を形作る。
そして聖句。
放たれた無数のシャワーを、道士は防ぐことも避けることもできなかった。
体じゅうを穴だらけにされた道士は、汚泥と化して消えた。
同時にパリンというガラスが割れるような音がして、世界は再び変容した。
岩塊はブロック塀へ戻る。
石柱は電柱に、小山は民家に戻る。
ボロ雑巾のようになった袈裟が、アスファルトに戻った道路に落ちて広がる。
塀の上で、野良のシャム猫が「ニャーン」と鳴いた。
「お、終わった……?」
奈良坂は安堵のあまり座りこむ。
左腕に、しっかりと園香を抱いたまま。
園香は戦闘の間に気を失ってしまっていた。
それが普通の反応だ。
平和な世界で暮らす普通の女子小学生に、銃弾と妖術・呪術が乱れ飛ぶ超常の戦闘を直視することなどできない。
「ふう。こんな相手に、思いのほか時間を使っちゃたたわねン」
アイオスは背後の奈良坂を見やり、妖艶に笑う。
眼鏡がずれたままの奈良坂も、えへへと笑みを返す。その時、
「おーい! ゾマ! 奈良坂さん! 無事か!?」
路地を半装軌車が駆けてきた。
奈良坂の危機を察知した舞奈たちだ。
「あら。それじゃ、わたしは失礼するわン」
少しばかり焦った様子で、アイオスは奈良坂に背を向ける。
「気をつけてン。奴らが狙っているのは【八坂の勾玉】よン」
そう言い残し、舞奈たちとは逆の方向へ去って行った。
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