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第2章 おつぱいと粗品

追憶 ~ピクシオンvsエンペラー幹部

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 ――その夜、舞奈は夢を見た。
 それは3年前、舞奈がピクシオンだった頃の夢だ。

 夜闇を少女が駆けていた。
 年の頃は中学生ほどか。
 恐怖に歪んだ額に玉の汗を浮かべ、息を切らせて走る。
 走りながら何度も背後を振り向く。

 ビルの群れは漆黒の影を地に刻み、三日月は少女を冷たく見下ろす。
 夜の静寂を乱すのは、荒い吐息と、アスファルトを踏みしめる靴音のみ。

 少女は追われていた。
 もう何度めになるだろうか、少女は背後を見やる。
 途端、白く硬い何かに足元をすくわれ、前のめりに転ぶ。
 少女は破れたスカートにもかまわず立ちあがろうとする。
 だが、不意に顔をしかめて崩れ落ちた。足を傷めたらしい。

 ガチャリ。

 背後で響いた固い音に、ビクリと振り返る。
 その表情が凍りつく。
 乾いた喉は悲鳴をあげることすら許さない。
 見開かれた瞳がいくつもの影を映す。

 少女の前に、無数の甲冑が迫っていた。
 今にも少女を屠ろうと振りかざされた、時代錯誤な剣や斧がギラリと光る。

 そんな甲冑達の中から、ひときわ大きな影が歩み出た。
 月光に照らされ、薄汚れた革の鎧をまとった剣士の長躯があらわになる。
 その目元は仮面で隠されている。

 巨漢は手にした長剣を天にかざす。
 鏡の如く磨きあげられた刃が、青白い稲妻に包まれる。異能力だ。
 怯える少女めがけて、巨漢は稲妻の剣を振るう。

 少女は思わず両腕で身体をかばう。
 腕にはめていたビーズのブレスレットがちぎれる。
 地味な色のビーズがアスファルトの上にぶちまけられる。

 剣士の口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
 次は少女自身だと言わんばかりに。
 死の恐怖に縛められた少女は、動けない。
 少女の瞳の中で、剣士は稲妻の剣を振りあげる。
 鋭利な鋼が異能の光を放つ。

 そして砕けた。

 根元からへし折られた剣を、剣士は驚愕の表情で見やる。
 その足元に、折れた刃が突き刺さる。
 鏡の如く磨きあげられた鉄隗に、すっくと立つ3つの人影が映りこむ。
 巨漢の剣士はビルの屋上を扇ぎ見る。

 そこには夜目にも鮮やかなドレスを着こんだ3人の少女が立っていた。
 ドレスの意匠は色違いのお揃いだ。

「我こそは、天より降りそそぐ聖なる光」
 赤いドレスの少女が、凛とした声で名乗りをあげる。
 ポニーテールを夜風になびかせ、油断なく和杖を構える。

「舞い降りる乙女」
 続くは、均整の取れた肢体をオレンジ色のドレスに包んだ長身の少女。
 編んだ栗色の髪を揺らし、最年長の少女は優雅に微笑む。

「悪をうちぬく、妖精のつかい!」
 小さなツインテールが夜風に揺れる。
 幼い少女の手の中で、玩具のようなファンシーな意匠のカービン銃が分離する。
 そして2丁の拳銃になる。
 先ほど追われていた少女を救った一撃は、彼女によるものだ。そして、

「「「ピクシオン、見参!!」」」
 3人の少女は声を合わせると、ビルの上から跳躍した。

「ピクシオン・シューター」
 手始めに、ピンク色の少女が路地に降り立つ。
 シューターは間髪入れず、ドレスと同じピンク色の2丁拳銃を乱射する。

 ――否、乱射にあらず。
 如何な妙技によるものか、無数の光弾は甲冑どもをあやまたず撃ち抜く。
 眉間に風穴を開けた標的は塵と化して消える。

 だが、残る甲冑がシューターに迫る。

「ピクシオン・フェザー」
 甲冑どもの真っ只中に、赤いドレスが降り立つ。
 幼い射手に迫る隙を与えず、手にした和杖で叩きのめす。
 蹴りあげたブーツに仕込まれた鋭利な刃で喉元を掻き斬り、塵に還す。

 さらにフェザーは真言を唱える。
 すると放った符が火矢と化して、甲冑どもを焼き払う。

 瞬く間に手下を失った剣士は、倒れた少女を人質にとろうと手をのばす。
 だが、その手は少女の身体を突き抜けた。
 少女の姿がはじけ、輝く色彩の槍と化す。
 槍は剣士の腹を貫く。

「ピクシオン・グッドマイト」
 無様に射抜かれた剣士の背後に、滲み出るようにオレンジ色の少女が出現する。
 その手には先ほどの少女が抱きかかえられていた。
 グッドマイトは魔術によって少女を救い、敵に手痛い反撃を食らわせたのだ。

 剣士は折れた剣を構える。
 口から赤いものを垂れ流しながら、獣のように牙を剥く。

 対して、3人のピクシオンは余裕の笑みすら浮かべて迎え撃つ。

「おまえの相手は、あたしだ!」
 ピンク色のピクシオンは2丁の銃を構えて言い放つ。

 そして、必殺の弾丸が放たれる。

 針金のような三日月は、剣士を冷ややかに見下ろしていた。

 ――遠い星々の彼方に、フェイパレスと呼ばれる国があった。
 かつて地球の賢人たちに天啓を授け、魔術や呪術をもたらしたスピリチュアルマスターが住まう星々のうちの、とある星。
 女王フェアリが治め、妖精が舞い草花が歌う美しい国。

 だが3年前、その平穏は、ひとりの男によって破られた。
 神の如く力を振るい、神を名乗る男。
 その名をエンペラー。
 エンペラーは世界を守護するタリスマンを強奪し、別世界へと逃げ去った。

 女王フェアリは、かつて祖先が智慧をもたらした星の住人に救援を求めた。
 エンペラーの手からタリスマンを奪還してくれと。

 そして力を授けた。
 対象を魔法少女に変身させる魔道具アーティファクト、ピクシオン・ブレス。

 だが変身の魔法は極めて高度な付与魔法エンチャントメントだ。
 魔力と親和性の高い少女に身体にしか作用しない。

 だからフェアリが残された魔力を振りしぼって呼びかけたのは、少女だった。
 探知できる範囲の中で、強い順に3人の。

 ――そして、場面は変わる。

 美しい庭の木々を背景に、3人の少女が寄り添うように並んでいた。

「舞奈ちゃんも、一樹ちゃんも、ニッコリ笑うのよ」
 編んだ栗色の髪を揺らして、大人びた少女が優しく微笑む。
 オレンジ色のワンピースを身にまとった彼女の名は、萌木美佳。
 美佳はその豊満な胸の前に、2人の少女を抱き寄せる。

「記念写真など、くだらん……」
 勝気そうなポニーテールの少女が、そう言ってあくびをかみ殺す。
 真っ赤なコートを羽織った彼女の名は、果心一樹。

「なあ、サト兄はいっしょに写らないのか?」
 小さなツインテールの幼い少女が、無邪気にたずねた。
 美佳の趣味でフリルとリボンで飾りつけられたピンク色の洋服に着られている。
 そんな幼女の名は、志門舞奈。

「……考えてから喋れ。悟がこちらに来たら誰がシャッターを切るのだ?」
 一樹が呆れて言った。
「それもそうだ! カズキ頭いい!」
 幼い舞奈は大真面目に感心する
 そんな2人を見やり、美佳は口元に微笑を浮かべる。そして、
「なんだか仲間はずれにしてしまったみたいで、申し訳ないわね」
 気遣うように声をかける。

「いや、いいんだ」
 涼やかな声で答えたのは長髪の青年だ。
 3人の少女にインスタントカメラを向けている。
 儚げな影をまとわせる彼の名は、三剣悟。

「それじゃ、心の準備はいいかい? 撮るよ」
 悟はカメラを構える。
 ファインダーの中に、笑顔で寄り添う3人の少女の姿を収める。
「はい、チー……笑って!」
 シャッター音が、少女たちの笑みをフィルムに焼き付ける。

 そして数秒の後、ダムが決壊するかのように爆笑した。

「サト兄ぃ! ……なんで、言いかけてやめるのさ! チーってなに!?」
「普通にチーズって言ってくれて構わん! 笑わないから!」
「さ、悟さん、ちゃんと撮れてますか? わたし達、変な風に笑ってませんか?」
 3人の少女は口々に言いながら、笑い転げる。そして、

「そう言えば、カズキ。この前はありがとう」
 舞奈は不意に、一樹を見上げて言った。

「あんなにうちもらすなんて思ってなかったんだ。だから、カズキが守ってくれなかったら、あぶなかった」
 真紅のピクシオンは、ピンク色の幼いピクシオンより少しだけ背が高い。
「礼などいい」
 一樹は億劫そうにと答える。
 彼女は基本的に、戦うこと以外に興味を示さない。
 だがふと舞奈を見やり、口元に鮫のような笑みを浮かべる。

「強くなれ、舞奈。おまえにはその素質がある」
「うん! つよくなる!」
 幼い舞奈は無邪気に答える。

「そして、ふたりでミカをまもるんだ!」
 そう言って、舞奈は笑う。
 つられるように、一樹も笑う。
 そんな2人を、美佳は優しく見守っていた。

 そして、そんな3人を悟が穏やかに見つめていた。
 彼女たちの笑みと楽しげな空気を、心の中に焼き付けるように。

「美佳……」
 声にならない声で、ひとりごちる。

 カラン、とグラスの中で氷が鳴った。
 舞奈と同じ過去を、悟も思い出していた。
 その口元が、乾いた笑みの形に歪む。

 夜風が、花器に生けられた百合を揺らす。彼女が好きだった花だ。
 月明かりが、座卓の上に置かれた額縁を淡く照らす。

 古びた木製の額縁には、3人の少女を写した古い写真が入れられている。
 額縁の前には、ひび割れたブレスレットが置かれていた。
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