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第2章 おつぱいと粗品

日常2

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 泥人間を倒して鏡を奪取した翌日の、放課後。
 舞奈は【機関】支部を訪れていた。

「泥人間を2ダースやっつけたぞ! 今度こそ報奨金もらえるだろ?」
 カウンター越しに、鼻息も荒く受付嬢に詰め寄る。

「今度は、執行人エージェントが討伐任務を受けてたバッチリ登録済み集団だからな!」
「うんうん、舞奈ちゃんは相変わらず凄いわね~」
 受付嬢はニコニコしながら手元の端末を操作する。だが、

「あら? でも、その集団は執行人エージェントが討伐したことになってるわよぉ~?」
 嬢は困惑した表情で、驚くべき事実を告げた。

「へ? どういうことだ……?」
「ちょっと待ってね~、ええっと、討伐したのはチーム【雷徒人愚】」
「誰だよ、そいつは?」
「泥人間の討伐を正式に命じられたチームよ。えぇ~と、そうだ、ほらこの前、舞奈ちゃんとやりあった男の子たち」
「ああ、そういやそんな名前だったな。でも、あいつら途中で帰ったぞ」
「でも報告には、同行した【鹿】が逃亡して、あの子たちだけで泥人間29体すべてを討伐したってあるわよぉ~?」
 画面を二度見しながら嬢は言う。

「……できると思うのか?」
「無理だと思う」
 ジト目の舞奈に、嬢も即答する。
 彼らの力量で泥人間を2ダース半も倒せるわけはない。
 そんなことは子供でもわかる。

「泥人間が消えるところを、占術士ディビナーは見てなかったのか?」
「いくら占術士ディビナーだからって、新開発区で起きるすべてのことを逐一監視することなんてできないわよぉ~?」
 それを知っていた彼らは、逃げ帰ったと見せかけて【機関】に偽りの報告をしていたのだ。そして【掃除屋】の戦果を自分たちの手柄にした。

「それに、執行人エージェントからの報告を無下に却下するわけにもいかないからねぇ~」
 Sランクとはいえ仕事人トラブルシューターの舞奈より、執行人エージェントの方が書類上の立場は強い。
 それを理解した上での嫌がらせだ。
 他人を新参呼ばわりするだけあって、無駄な裏技だけはよく知っているらしい。

「なんてこったい、畜生!」
 憤懣やるかたない舞奈の視界の隅に、見覚えのある大柄な少年が映った。

「あ、おまえら……!!」
「へへーん! 残念だったな仕事人トラブルシューターのガキ!」
 件の少年だ。取り巻きもいる。
「おまえのおかげで、俺様たちは揃ってAランクだ! ざまー見ろ!!」
 そう言い残して、風のように逃げ去った。
「……野郎。自分が弱いってわかった途端に詐欺まがいの嫌がらせしやがって!!」
 地団太を踏む舞奈に、受付嬢は「よしよし」と同情の視線を向けた。

 そして夕方。

「スミス! いるか?」
 看板の『画廊・ケリー』のネオンは、相変わらず『ケ』の横線が消えていた。
 舞奈は店の奥に声をかけ、サイドテーブルに我が物顔で荷物を降ろす。
 手からは紙袋、背からは細長い何か。

「志門ちゃん? あら、まあ、いらっしゃ~い」
 身をくねらせながら店の奥からあらわれたのは、筋骨隆々のハゲマッチョ。
 スミスの岩のように割れたアゴには青々とした剃り残しが広がっている。

「おー! しもんだ!」
 マッチョの後ろに幼女が続く。
 リコの結んだ髪が、動きに合わせてひょこひょこ揺れる。

「いい加減、看板直せよ。ノリーになるぞ」
 舞奈は丸イスに腰かけて軽口を叩く。
「なるぞ!」
 丸テーブルの対面に座ったリコが口真似する。
 マッチョは気にせず、2人の前にカレーの皿と福神漬けのビンを並べる。

「ちょうど昨日のカレーが残ってたのよ。どうかしら?」
「へへっ、いつも世話になるな」
 飢えた舞奈はスプーンを握りしめ、豚肉と野菜の旨みがスパイスの香りと溶け合った濃厚なカレーライスをガツガツ喰らう。そうしながら、

「なあ、スミス。こいつをどう思う? 泥人間が持ってたんだ」
 持ってきた荷物をスプーンで指し示す。
 リコも真似する。相変わらず教育に悪い。
 だがスミスは気にせず、太くて長いそれを拾い上げ、新聞紙を剥ぎ取る。

「……けんだ」
 リコが食事の手を止め、口元に飯粒をつけたまま覗きこむ。
 それは見事な装飾が施された漆黒の長剣だった。
 先日の戦闘の際にサムライの1匹が持っていたものだ。

「ステッキがよかったな。ピカーッてひかるやつ」
 リコがつまらなそうに口をとがらせる。
「日アサでやってるアニメのやつか? あんなもんがほいほい落ちててたまるか」
 肩をすくめる。

 だが必要ないという意味では同意見だ。
 舞奈は剣など使わないし、明日香もそんなものはいらないという。
 なので、馴染みの店に売って食費の足しにしようと思ったのだ。

「あら、立派な剣じゃない。古事記にでも出てきそう。うふふ」
 スミスだけは、剣をそれなりに評価したようだ。
 頬に手を当ててしなを作る巨漢の姿を、舞奈は礼儀正しく視界の隅に追いやる。

「高いのか?」
 ほくほく顔で尋ねる。

 舞奈は既に、張からの報酬も【機関】からの報奨金も貰い損ねている。
 だが、こいつが高く売れれば当分は晩飯が食える。
 それも、今の様子なら期待は持てる。

「だけど、」
 スミスは言った。

「ごめんね舞奈ちゃん。表の品は合法品で揃えてるから、拾い物は置けないの」
 容赦のない回答に舞奈は凹む。だが、
「表がダメなら、裏ではどうだ?」
 それでもしつこく言い募る。それでも、
「余計にダ、メ、よ」
 スミスはにべもなく言い放った。

「泥人間が持ってた剣なんて、いかにもインチキな偽物じゃない。舞奈ちゃんだって、得体の知れない拾った銃で撃ち合いしたいだなんて思わないでしょ?」
「インチキだー!」
 話の中身なんかお構いなしのリコが、楽しそうにスミスを真似る。

「ぐぬぬ……」
 ぐうの音も出なくなった舞奈は口惜しげに唸る。そして、

「ああ、そうだ。こいつならどうだ」
 紙袋を指し示す。
「こわれてる……」
 リコががっかりした声で言った。
 割れた鏡だ。舞奈はこんなものまで売るつもりだった。
 出して見てみたスミスは戸惑いながらも電卓を取り出して、

「……それなら、こんなもんかしら?」
「ちょっと安すぎやしないか?」
「値段を上げるのは構わないけど、そんなに払えるの?」
「何をだ?」
 問い返した舞奈の目を見ながら、スミスは当然みたいに答えた。

「引き取り料」
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