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序章 志門舞奈
新開発区
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3年前、この街には3人の強者がいた。
悪漢が人々を襲っていると、何処からともなく高い所にドレス姿であらわれた。
ひとりは無双なる武芸と術で、立ち塞がる者すべてを打ち倒した。
ひとりは混沌と狂気の魔術を用い、敵対者を葬り去った。
そしてひとりは神速の弾丸によって、すべてを撃ち抜いた。
そんな彼女らを人はこう呼んだ。『魔法少女ピクシオン』と。
――――――――――――――――――――
「モヤシ、モヤシにモヤシが買えたよ♪」
廃墟の街を少女が歩く。
頭の横で小さなツインテールがゆれる。
ピンク色のジャケットに、赤いキュロット。
背負っているのは、隣町のエスカレーター校の初等部指定の通学鞄。
一見して、廃墟に迷いこんだ学校帰りの小学生だ。
「スーパーの安売り様々だな。こいつでしばらく食いつなげる!」
両手にはモヤシがつまったビニール袋。
そして胸には『志門舞奈』と書かれた名札。
防犯のため登下校時には外すよう指導されているが、すっかり忘れている。
もちろん防犯ブザーなど持っていない。
少し離れた廃屋の屋根の、錆びたトタンの看板の陰で、うたた寝していた野良猫が迷惑そうに舞奈を見やる。
調子はずれな舞奈の歌が廃墟の静寂を乱していた。
ふと夕暮れに視線を向けると、崩れかけた骸骨のような廃ビルが並んでいる。
血のような夕日に照らされた廃墟の街に、人影はない。
さながらコンクリートの墓場だ。
けれど舞奈は廃ビルの群を恐れない。
笑みすら浮かべて歩く。
なぜなら舞奈のアパートはこの通りを進んだ先にあるからだ。
墓場のように静まり返った廃墟の街は、だが舞奈にとっては住み慣れた庭だ。
「ああ、そうだ。こんだけいっぱい買えたんだから、管理人のじーさんとモヤシパーティーでもするか」
軽薄に笑い、両手に提げた袋に目を落とす。
中身は隣町のスーパーで買ったモヤシの山だ。
タイムセールで5割引になっていたので、あり金をはたいて買い占めたのだ。
子供のくせにひとり暮らしなどしている舞奈の家計は火の車だ。
だが今日は安価なモヤシを半値で買いまくったので、当分それを食えば食費も浮くだろうとの浅知恵である。
そのモヤシでパーティーしたら当分の夕食がどうなるかなんて考えもしない。
そんな能天気な少女を、痩せた野良猫が音もなく見やる。
その耳が、ピクリと動いた。
舞奈も静かに立ち止まる。
目当ての店があるわけではない。
知人がいたわけでもない。
そもそも人のいる建物も人通りもない。
そんな死のように静かな街の、何もない道の途中で少女は立ち止まった。
――否。
「出て来いよ。尾行てたんだろ?」
先程と同じ軽薄な口調。
だが先程とは真逆な射るような視線を、少し離れた廃ビルの陰へ向ける。
次の瞬間、そこから6つの影があらわれた。
いずれも屈強な大人の男だ。
幼い少女などひとひねりであろうほどに。
一様に薄汚れた着流しをだらしなく着こなし、手には物騒な鉄パイプ。
それが6人。
舞奈を遠巻きに取り囲む。
野良猫は毛を逆立たせて目を見開く。
廃墟の街に、救いを求められるような人影などない。
当然ながら、幼女は大人の男に敵わない。
体格にも筋量にも圧倒的な差があるのだ。
それが屈強で、武装していたならば、なおのこと。
そんな相手に徒党を組んで襲われなどしたら、そこには無慈悲な運命しかない。
にもかかわらず、
「やれやれ。夜道で子供を襲うのに、たった6人か?」
舞奈は笑う。
怯える素振りすら見せずに正面のひとりを見やる。
その余裕が気に障ったのだろうか?
ならば大人の怖さを教えてやろうとばかりに、男たちは鉄パイプを振りかざす。
鉄色の凶器が、夕日にギラリと光る。
そして、男たちは一斉に叫ぶ。
途端、鉄パイプが松明のように燃えあがった。
それが異常な現象だということは、理科の授業を思い出すまでもなく明白だ。
それでもなお、
「【火霊武器】――武器に炎をまとわせる異能か」
舞奈は笑う。
霊や呪い、低俗なオカルトと一蹴される超常現象のうちいくばかかは、確たる現実として確かにこの世界に存在する。
その存在を知り得た者たちは、それを異能力(あるいは異能)と呼ぶ。
さらに、男たちの顔が溶けるように剥がれた。
その素顔があらわになる。
人間の顔ではない。
腐った肉にただれた皮膚が張りついた、ゾンビのような姿。
だが、その異形を目の当たりにしてすら、
「泥人間――最低ランクの怪異か。まったく、姿形も最低ランクだな」
舞奈は笑う。
怪異とは、異能力を操る害獣を指す語だ。
科学的な立証が困難ゆえに歴史の陰に、社会の裏側に埋もれた者たち。
古来には荒らぶる神とも呼ばれていた超常的な存在。
あまねく科学の光が闇を駆逐したはずの現代においても、奴らはコンクリートの影に潜み隠れ、人々を害し、喰らう。
そして泥人間とは廃墟の街でよく見かけられる怪異の名だ。
泥人間が発する異常な殺気に、野良猫は悲鳴をあげて逃げ出す。
猫は正しい選択をした。
超常の力を持った怪異どもは、生きとし生けるものの天敵だ。
襲われたなら速やかに逃げるか、あるいは死ぬしかない。
廃屋の屋根でトタンの看板が軋む。
その音を合図に、燃える凶器を振りかざした泥人間たちが一斉に走り出す。
目指す先にいるのはひとり。舞奈だ。
それでも舞奈は笑みのままモヤシの袋を投げ捨て鞄を降し、得物を取り出す。
それは精悍なフォルムの拳銃だった。
冷たい鉄の銃口が夕日に光る。
その隙に襲撃者たちは距離を詰める。
走りながら叫ぶ。
凶器がまとった異能の炎が踊る。
だが、あくまで舞奈は笑みを崩さない。
片手で拳銃を構え、間近に迫った集団めがけて乱射する。
――否、乱射にあらず。
如何な妙技によるものか、6発の弾丸は泥人間の頭をあやまたず撃ち砕いた。
一瞬の出来事だった。
「あ、そっか。怪異だから6人じゃなくて6匹か」
圧倒的な技量で怪異の群を屠った舞奈は、軽薄に笑う。
6匹の怪異が汚泥と化す。
6本の鉄パイプが地を転がる。
人間を模した怪異は、だが人間とは――否、生物とすら異なる歪んだ存在だ。
死ねば溶け落ち、後に残るのは汚泥だけだ。
「――いや、違うな」
素早く虚空を蹴りあげる。
その目前に、体をくの字に曲げて悶絶する新たな泥人間があらわれた。
ぴっちりした全身タイツを着こみ、目元を覆面で隠している。
背には木切れを張り合わせた粗末な手裏剣。
手には錆びたナイフ。夕日を浴びた凶刃が血の色に光る。
「【偏光隠蔽】――透明になる異能か」
異能力によって不可視となり音もなく忍び寄った泥人間。
そんな姿なき怪異の暗殺者に対し、舞奈は正確無比に反撃したのだ。
そして素早く覆面に銃口を埋めて、撃つ。
ニンジャは溶ける。
手にしたナイフは地に落ちる。
間髪入れず、しゃがみこんで回し蹴る。
少女を背後から襲おうとしていた不可視が足元をすくわれて宙を舞う。
そのままビル壁に叩きつけられ、獣の叫びに似た悲鳴。
「せっかく異能を持ってんだから、もうちょっと上手に使えよ」
笑う舞奈の視線の先で、投げ飛ばされて地を這うニンジャが姿をあらわす。
舞奈は片手で拳銃を構える。
だが後に撃つ。3発。目前のニンジャは無視。
弾丸が通り過ぎた後に、穴の開いたニンジャが3匹あらわれた。
次の瞬間、溶ける。
その隙に、目前のニンジャが起きあがる。
拳銃は弾切れ。
だが舞奈は笑う。
足元に転がるナイフの端を踏みつける。
てこの要領で回転しながら跳ね上がったそれを左手に収める。
ニンジャがカラテを構える。
次の瞬間、舞奈が投げたナイフが眉間を貫く。
最後のニンジャも汚泥へ還った。
もはや周囲に怪異の気配はない。
ひとりの少女を襲った11匹の怪異の命運は、素早く無慈悲に断たれた。
「やれやれ、雑魚のくせに数だけ揃えやがって」
舞奈は怪異の残骸を恐れるでもなく、勝利に浮かれるでもなく、ただ面倒な仕事を終えた後のようにひとりごちる。
慣れた調子で弾倉を交換し、そのまま鞄に収める。
そして、崩れかけた廃ビルが立ち並ぶ無人の街を見やる。
舞奈に防犯ブザーなど必要ない。
銃声と、襲撃者の断末魔がブザー音の代わりだ。
そして怪異は舞奈の天敵ではない。
舞奈が怪異の天敵だ。
それでも怪異が人を襲うから、この新開発区は閉鎖された廃墟の街だ。
そんな街に住みついている物好きなんて、舞奈を含めて数人しかいない。
だから怪異が少女を襲った事実を知る者はいない。
群れなす怪異を瞬時に屠った少女の雄姿を見た者も、いない。
舞奈は、ひときわ高くそびえ立つ廃ビルを見上げる。
まるでそこに誰かがあらわれることを期待するかのように。
けれど閉鎖された廃墟の街の一角に、舞奈以外の人影はない。だから、
「邪魔すんなよ、泥人間。今日は楽しいモヤシパーティーなんだから」
口元に渇いた笑みを浮かべる。
廃墟の街に目を落とす。そして、
「――ああっ!? モヤシ!?」
ふと気づいて地面を見回す。
だが汚泥がぶちまけられた荒れ地のような道路の上に、目当てのものはない。
瓦礫の陰にでも紛れたのかと首をかしげつつ、足を踏み出す。
足元でぐしゃりと音がした。
悪寒。
こわごわと足元を見やる。
それはスーパーの袋の残骸だった。
怪異に無慈悲に踏まれまくったらしいモヤシは破れた袋から無残にもはみ出、瓦礫と泥にまみれて地面に散らばっていた。
「ああ……あたしのモヤシパーティーが……」
骸骨のような廃ビルのシルエットに囲まれて、舞奈はがっくりと力尽きた。
膝をつき、両手を地について慟哭した。
いつの間にか戻ってきていた野良猫が、憐れむように「ナァー」と鳴いた。
悪漢が人々を襲っていると、何処からともなく高い所にドレス姿であらわれた。
ひとりは無双なる武芸と術で、立ち塞がる者すべてを打ち倒した。
ひとりは混沌と狂気の魔術を用い、敵対者を葬り去った。
そしてひとりは神速の弾丸によって、すべてを撃ち抜いた。
そんな彼女らを人はこう呼んだ。『魔法少女ピクシオン』と。
――――――――――――――――――――
「モヤシ、モヤシにモヤシが買えたよ♪」
廃墟の街を少女が歩く。
頭の横で小さなツインテールがゆれる。
ピンク色のジャケットに、赤いキュロット。
背負っているのは、隣町のエスカレーター校の初等部指定の通学鞄。
一見して、廃墟に迷いこんだ学校帰りの小学生だ。
「スーパーの安売り様々だな。こいつでしばらく食いつなげる!」
両手にはモヤシがつまったビニール袋。
そして胸には『志門舞奈』と書かれた名札。
防犯のため登下校時には外すよう指導されているが、すっかり忘れている。
もちろん防犯ブザーなど持っていない。
少し離れた廃屋の屋根の、錆びたトタンの看板の陰で、うたた寝していた野良猫が迷惑そうに舞奈を見やる。
調子はずれな舞奈の歌が廃墟の静寂を乱していた。
ふと夕暮れに視線を向けると、崩れかけた骸骨のような廃ビルが並んでいる。
血のような夕日に照らされた廃墟の街に、人影はない。
さながらコンクリートの墓場だ。
けれど舞奈は廃ビルの群を恐れない。
笑みすら浮かべて歩く。
なぜなら舞奈のアパートはこの通りを進んだ先にあるからだ。
墓場のように静まり返った廃墟の街は、だが舞奈にとっては住み慣れた庭だ。
「ああ、そうだ。こんだけいっぱい買えたんだから、管理人のじーさんとモヤシパーティーでもするか」
軽薄に笑い、両手に提げた袋に目を落とす。
中身は隣町のスーパーで買ったモヤシの山だ。
タイムセールで5割引になっていたので、あり金をはたいて買い占めたのだ。
子供のくせにひとり暮らしなどしている舞奈の家計は火の車だ。
だが今日は安価なモヤシを半値で買いまくったので、当分それを食えば食費も浮くだろうとの浅知恵である。
そのモヤシでパーティーしたら当分の夕食がどうなるかなんて考えもしない。
そんな能天気な少女を、痩せた野良猫が音もなく見やる。
その耳が、ピクリと動いた。
舞奈も静かに立ち止まる。
目当ての店があるわけではない。
知人がいたわけでもない。
そもそも人のいる建物も人通りもない。
そんな死のように静かな街の、何もない道の途中で少女は立ち止まった。
――否。
「出て来いよ。尾行てたんだろ?」
先程と同じ軽薄な口調。
だが先程とは真逆な射るような視線を、少し離れた廃ビルの陰へ向ける。
次の瞬間、そこから6つの影があらわれた。
いずれも屈強な大人の男だ。
幼い少女などひとひねりであろうほどに。
一様に薄汚れた着流しをだらしなく着こなし、手には物騒な鉄パイプ。
それが6人。
舞奈を遠巻きに取り囲む。
野良猫は毛を逆立たせて目を見開く。
廃墟の街に、救いを求められるような人影などない。
当然ながら、幼女は大人の男に敵わない。
体格にも筋量にも圧倒的な差があるのだ。
それが屈強で、武装していたならば、なおのこと。
そんな相手に徒党を組んで襲われなどしたら、そこには無慈悲な運命しかない。
にもかかわらず、
「やれやれ。夜道で子供を襲うのに、たった6人か?」
舞奈は笑う。
怯える素振りすら見せずに正面のひとりを見やる。
その余裕が気に障ったのだろうか?
ならば大人の怖さを教えてやろうとばかりに、男たちは鉄パイプを振りかざす。
鉄色の凶器が、夕日にギラリと光る。
そして、男たちは一斉に叫ぶ。
途端、鉄パイプが松明のように燃えあがった。
それが異常な現象だということは、理科の授業を思い出すまでもなく明白だ。
それでもなお、
「【火霊武器】――武器に炎をまとわせる異能か」
舞奈は笑う。
霊や呪い、低俗なオカルトと一蹴される超常現象のうちいくばかかは、確たる現実として確かにこの世界に存在する。
その存在を知り得た者たちは、それを異能力(あるいは異能)と呼ぶ。
さらに、男たちの顔が溶けるように剥がれた。
その素顔があらわになる。
人間の顔ではない。
腐った肉にただれた皮膚が張りついた、ゾンビのような姿。
だが、その異形を目の当たりにしてすら、
「泥人間――最低ランクの怪異か。まったく、姿形も最低ランクだな」
舞奈は笑う。
怪異とは、異能力を操る害獣を指す語だ。
科学的な立証が困難ゆえに歴史の陰に、社会の裏側に埋もれた者たち。
古来には荒らぶる神とも呼ばれていた超常的な存在。
あまねく科学の光が闇を駆逐したはずの現代においても、奴らはコンクリートの影に潜み隠れ、人々を害し、喰らう。
そして泥人間とは廃墟の街でよく見かけられる怪異の名だ。
泥人間が発する異常な殺気に、野良猫は悲鳴をあげて逃げ出す。
猫は正しい選択をした。
超常の力を持った怪異どもは、生きとし生けるものの天敵だ。
襲われたなら速やかに逃げるか、あるいは死ぬしかない。
廃屋の屋根でトタンの看板が軋む。
その音を合図に、燃える凶器を振りかざした泥人間たちが一斉に走り出す。
目指す先にいるのはひとり。舞奈だ。
それでも舞奈は笑みのままモヤシの袋を投げ捨て鞄を降し、得物を取り出す。
それは精悍なフォルムの拳銃だった。
冷たい鉄の銃口が夕日に光る。
その隙に襲撃者たちは距離を詰める。
走りながら叫ぶ。
凶器がまとった異能の炎が踊る。
だが、あくまで舞奈は笑みを崩さない。
片手で拳銃を構え、間近に迫った集団めがけて乱射する。
――否、乱射にあらず。
如何な妙技によるものか、6発の弾丸は泥人間の頭をあやまたず撃ち砕いた。
一瞬の出来事だった。
「あ、そっか。怪異だから6人じゃなくて6匹か」
圧倒的な技量で怪異の群を屠った舞奈は、軽薄に笑う。
6匹の怪異が汚泥と化す。
6本の鉄パイプが地を転がる。
人間を模した怪異は、だが人間とは――否、生物とすら異なる歪んだ存在だ。
死ねば溶け落ち、後に残るのは汚泥だけだ。
「――いや、違うな」
素早く虚空を蹴りあげる。
その目前に、体をくの字に曲げて悶絶する新たな泥人間があらわれた。
ぴっちりした全身タイツを着こみ、目元を覆面で隠している。
背には木切れを張り合わせた粗末な手裏剣。
手には錆びたナイフ。夕日を浴びた凶刃が血の色に光る。
「【偏光隠蔽】――透明になる異能か」
異能力によって不可視となり音もなく忍び寄った泥人間。
そんな姿なき怪異の暗殺者に対し、舞奈は正確無比に反撃したのだ。
そして素早く覆面に銃口を埋めて、撃つ。
ニンジャは溶ける。
手にしたナイフは地に落ちる。
間髪入れず、しゃがみこんで回し蹴る。
少女を背後から襲おうとしていた不可視が足元をすくわれて宙を舞う。
そのままビル壁に叩きつけられ、獣の叫びに似た悲鳴。
「せっかく異能を持ってんだから、もうちょっと上手に使えよ」
笑う舞奈の視線の先で、投げ飛ばされて地を這うニンジャが姿をあらわす。
舞奈は片手で拳銃を構える。
だが後に撃つ。3発。目前のニンジャは無視。
弾丸が通り過ぎた後に、穴の開いたニンジャが3匹あらわれた。
次の瞬間、溶ける。
その隙に、目前のニンジャが起きあがる。
拳銃は弾切れ。
だが舞奈は笑う。
足元に転がるナイフの端を踏みつける。
てこの要領で回転しながら跳ね上がったそれを左手に収める。
ニンジャがカラテを構える。
次の瞬間、舞奈が投げたナイフが眉間を貫く。
最後のニンジャも汚泥へ還った。
もはや周囲に怪異の気配はない。
ひとりの少女を襲った11匹の怪異の命運は、素早く無慈悲に断たれた。
「やれやれ、雑魚のくせに数だけ揃えやがって」
舞奈は怪異の残骸を恐れるでもなく、勝利に浮かれるでもなく、ただ面倒な仕事を終えた後のようにひとりごちる。
慣れた調子で弾倉を交換し、そのまま鞄に収める。
そして、崩れかけた廃ビルが立ち並ぶ無人の街を見やる。
舞奈に防犯ブザーなど必要ない。
銃声と、襲撃者の断末魔がブザー音の代わりだ。
そして怪異は舞奈の天敵ではない。
舞奈が怪異の天敵だ。
それでも怪異が人を襲うから、この新開発区は閉鎖された廃墟の街だ。
そんな街に住みついている物好きなんて、舞奈を含めて数人しかいない。
だから怪異が少女を襲った事実を知る者はいない。
群れなす怪異を瞬時に屠った少女の雄姿を見た者も、いない。
舞奈は、ひときわ高くそびえ立つ廃ビルを見上げる。
まるでそこに誰かがあらわれることを期待するかのように。
けれど閉鎖された廃墟の街の一角に、舞奈以外の人影はない。だから、
「邪魔すんなよ、泥人間。今日は楽しいモヤシパーティーなんだから」
口元に渇いた笑みを浮かべる。
廃墟の街に目を落とす。そして、
「――ああっ!? モヤシ!?」
ふと気づいて地面を見回す。
だが汚泥がぶちまけられた荒れ地のような道路の上に、目当てのものはない。
瓦礫の陰にでも紛れたのかと首をかしげつつ、足を踏み出す。
足元でぐしゃりと音がした。
悪寒。
こわごわと足元を見やる。
それはスーパーの袋の残骸だった。
怪異に無慈悲に踏まれまくったらしいモヤシは破れた袋から無残にもはみ出、瓦礫と泥にまみれて地面に散らばっていた。
「ああ……あたしのモヤシパーティーが……」
骸骨のような廃ビルのシルエットに囲まれて、舞奈はがっくりと力尽きた。
膝をつき、両手を地について慟哭した。
いつの間にか戻ってきていた野良猫が、憐れむように「ナァー」と鳴いた。
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