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番外編 AVENGERS ~ヒーローの条件
決戦前夜
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「先日の屍虫掃討作戦の際に取り逃した排除対象について、情報がリークされた」
打ちっぱなしコンクリートが物々しい会議室。
フィクサーは執行人たちに新たな作戦を伝える。
「首謀者の名は滓田妖一。オフィス街にある賃貸ビルで再び儀式を執り行うらしい」
だが今回、並べられた会議机についているのは、わずか4人。
「今度の情報は確かなのだろうな?」
声を上げたのは黒ずくめの青年だ。
銀色の髪をなびかせ、顔の左半分を赤い仮面で隠している。
「細けぇことはいいんだよ。ひよっ子どもの仇をとるチャンスじぇねぇか」
鷹揚に黒ずくめを制したのは、座っていてなおそびえ立つように逞しい女。
その精悍な口元には猛獣のような笑みが浮かぶ。
「ダー! 今度こそ悪党どもを、ギッタンギッタンにウビーチするデース!」
大女に賛同したのは半裸のロシア美女、プロートニク。
相変わらずベルトに吊られた無数のドリル刃だけが、白い肌を隠している。
「心配せずとも、今度は信頼できる筋からの情報なのだよ。それに諜報部がちゃんと裏付けもとったのだ」
そう言ったのは糸目の女子高生。
彼女たちは皆、【機関】巣黒支部が誇るAランクの魔道士だ。
そんな彼女らの側には、2つの空席。
ひとつは魔法によって会議の様子を見聞きできるSランクの席。
そして、もうひとつは小夜子の席。
支部の最高戦力の一角を担う小夜子は、戦う理由を――幼馴染の少年を失っていた。
「そこで君たちには周辺の脂虫を監視し、有事の際には異能力者たちを指揮してそのすべてを排除してもらう」
それでもフィクサーは、冷徹に言葉を続ける。
人に仇成す怪異を討つのが【機関】の使命なのだから。
そして数刻の後。
いつか陽介がアクセサリーを買った古物商。
以前と変わらず『画廊・ケリー』の看板は、ネオンの『ケ』の字が切れかけていた。
そんな店の裏には、穴の開いたドラム缶がいくつも転がっている。
まるで銃弾に撃ち抜かれたように。
中でも最近に撃ち抜かれたとおぼしきひとつは、他のドラム缶に比べてひとまわり大きな弾痕がいくつも空けられ、千切れそうになっていた。
そして店の奥には、銃器を加工するための作業室が設えてある。
ほがらかなマッチョが商う古物商は、銃器や弾薬を扱う裏の顔を持っていた。
そこで舞奈は作業台に拳銃や手榴弾を並べ、点検をしていた。
トレンチコートを着こんだまま、いっそ不穏なほどに穏やかな表情をうかべて黙々と作業を続けている。
「45口径の調子はどう?」
マッチョの店主が静かに問う。
「ああ、最高だ。38口径なんて目じゃねぇ」
答えつつ、舞奈は射撃後のメンテナンスを終えたばかりの愛銃をそっと撫ぜる。
ジェリコ941は銃身を交換することで弾丸を撃ち分けることができる。
小口径弾、中口径弾、そして大口径弾だ。
名称の由来にもなっている。
そんな拳銃の銃身を、舞奈は45口径に交換していた。
協力無比な大口径弾を撃つために。
それまで使っていた中口径弾すらはじき返す敵を、貫くために。
「……それに、弾頭《たま》が大きくないと特殊弾が撃てないんだろ?」
コートの裏のホルスターに拳銃を収めながら、横目でマッチョを見やる。
ハゲマッチョは「ええ」と答え、
「今回はずいぶん気合入ってるのね」
見返して笑う。
「まあな。ちょっとデカい仕事なんだ」
舞奈も感情を覆い隠す笑みを浮かべて答えつつ、作業を続ける。
パイナップル型手榴弾をコートの内側に収め、弾倉を手当たり次第に仕舞いこむ。
そして立ちあがる。
ポケットに手をつっこむ。
「ツケで良いわよ」
マッチョは手振りで制す。
「その代わり余った分は返してね。あのボロアパートに手榴弾なんてごろごろ転がされてたら、危なっかしくて外を歩けないもの」
「余らせたりしないさ」
舞奈はニヤリと笑う。
「パーティーの花火ってのは、景気よくぶちかますから楽しいんだ」
言いつつ強引に札束を差し出す。
マッチョは肩をすくめて受け取る。
そして背後の棚に収められていた1丁の銃を手に取る。
「なら、これも持っていきなさいな」
「お、出来上がってたのか」
「大口径のアサルトライフルの銃身を短機関銃並に縮めて無理やり近接専用にカスタムした、言うなれば改造ライフル」
言いつつ手渡したのは、銃身《バレル》を短く切り詰めたカービン銃。
「言われて作ってはみたけど、こんな酔狂なもの本当に使うの?」
マッチョは問う。
大口径ライフル弾はスナイパーライフルに用いられる弾丸だ。
普通のアサルトライフルに使う小口径ライフル弾より強力だが、反動も大きく中~近距離では使いづらいためだ。
そして銃身が長いほど弾丸は遠くに飛ぶが、近距離での取り回しは悪くなる。
短ければ逆だ。短機関銃くらい短いと狙って当てるのは不可能だ。至近距離から弾丸をばら撒くような使い方しかできない。
つまりこの銃は、暴れ馬のような強力な弾丸を、至近距離から斉射するための銃だ。
まともな射手の得物ではない。だが、
「だからパーティなんだよ。知り合いをいっぱい呼んで、花火をあげて、クラッカー鳴らして派手に騒ぐのさ。楽しそうだろう?」
舞奈は笑う。
そして慣れた調子で改造ライフルを肩紐で肩にかける。
舞奈は以前、大屍虫との戦闘で危機に陥った。
明日香が別の屍虫に襲われて連携できない状態で、中口径弾では傷もつかない相手と一対一で戦う羽目になったからだ。
その後も陽介を守って幾度か屍虫と戦う中で、火力不足を痛感していた。
だから更なる力を求めた。
けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。
それでも舞奈は、その力を彼のために使おうとしてくれていた。だから、
「あいつも楽しんでくれたら良いんだが」
チラリと側のサイドテーブルを見やる。
そこにはレモネードが注がれたグラスが2つ置かれている。
そのひとつを飲み干し、口元に鮫のような笑みを浮かべる。
寂しさを覆い隠すような、獰猛な笑み。
「じゃあ、これも持っていかなきゃね」
マッチョは手つかずのままのレモネードの前に弾倉を置いた。
「そうそう。主役がいなけりゃ、始まらないよな」
舞奈は弾倉を手に取る。
そして口元に笑みを浮かべてみせる。
「こいつは楽しいパーティーになりそうだ」
じっと弾倉を見やる。
弾倉の底には思わず指先がムズ痒くなりそうな、燃え盛る炎が描かれていた。
同じ頃。
明日香は実家の地下にある施術室にいた。
神殿を思わせる高い天井には不可思議な文様が彫りこまれている。
壁には一面に呪文が書かれ、床には魔方陣が描かれている。
そんな不気味で荘厳な広間の中央で、明日香は不敵に笑う。
「よくお似合いになりますよ、明日香様」
明日香の肩には黒いクロークが掛けられている。
華奢な肩にはやや厳つすぎる、かっちりしたデザインの肩掛けクロークだ。
胸には留め金代わりに金属製の骸骨が取りつけられている。
明日香は静かに目を閉じ、魔力を呼びだす呪文を唱える。
「ありがとう。そちらの仕事は完璧よ」
「恐れ入ります」
白衣を着こんだ小男が、うやうやしく首を垂れる。
執事の夜壁である。
明日香は以前、屍虫との戦闘で危機に陥った。
魔力の制限により1体しか召喚できない式神に、陽介の護衛をさせていたからだ。
だから同じ轍を踏まぬように、更なる力を求めた。
けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。
それでも明日香は、彼のために新たな力を使おうとしてくれていた。だから、
「そして、こちらも出来上がっております」
夜壁は次いで、人の頭を取り出す。
シリコンで精緻に整形された、等身大の頭のオブジェだ。
「3Dプリンターを用いて寸分違わず再現した硬質プラスチックの頭蓋骨に、特別なシリコンで肉付けいたしました。必ずや明日香様のお役に立つことでしょう」
「ご苦労様です」
人の頭に似た不気味なオブジェを、明日香は慣れた調子で受け取る。
ずっと昔に死んだ誰かと同じ顔をしたそれを、じっと見やる。
「そういえば」
明日香は夜壁に問いかける。
「人が死んだら、魂はどこに行くのだと思いますか?」
「専門外のお話ですので、私には何とも……」
小男はにべもなく答える。
だが無言で先をうながす明日香を見やり、しばし思考を巡らせ、言葉を続ける。
「北欧神話においては、勇敢な魂はヴァルハラの野に降り立ち永久の戦いに身を捧げると言われております」
その言葉は、ある意味で真実だ。
世界に溶けてないまぜになった魂は、世界の一部としてあらゆる場所に存在し、あらゆる戦場で戦士たちの激情とひとつになって戦う。
それを感じられる選ばれた勇者に力を与える。
陽介の右手に宿っていた左のハチドリと同じように。
「仏門においては、高潔な魂は涅槃に旅立ち平穏を得ると言われております」
その言葉も、ある意味で真実だ。
世界とひとつになった魂は、この世界のあらゆる知識とひとつになる。
その逆に身体も財産も持たず、執着もない。
歪な知識と物質的制限の発露である自我がない。
それ故に、あらゆる欲望とも苦悩とも無縁だ。
「そうですか……」
だが明日香は、執事の言葉に満足などしていない様子で答える。
生者が限られた知識から導き出せる真実は少ない。
勤勉で博識で、魔法すら自在に操る明日香にとっても、それは例外ではない。
生きとし生けるものにとって、死は喪失であり、別れだ。
だから明日香は、今は亡き誰かのために戦う。
残された者のために戦う。
「クロークのテストがてら儀式を行います。大元帥明王の経文を準備してください」
明日香は普段通りの冷静さで夜壁に命ずる。
執事はうやうやしく首を垂れる。
「大元帥明王……。結界の咒法を試されるおつもりですかな?」
「いえ。【情報】のルーンと組み合わせて勇士を召集する儀とします」
そう答え、明日香は天井に描かれた文様を見上げる。
死者の魂の行く先が、天空に存在する霊的な世界であると定める宗教は多い。
ナワリ呪術が栄えたアステカも、そのうちのひとつだ。
「……念のための保険です。せっかくだから、貸した借りを返していただくわ」
そう言って、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そしてカーテンの閉め切られた、小夜子の部屋。
『――我ガ主ヨ』
小夜子の側に置かれたペンダントの鏡に、黒い影が映りこんだ。
幼馴染から他人の手を介し、まるで遺言のように渡されたプレゼント。
その裏側にはめられた鏡が本来の住居であるとでもいうように、影は煙るように、にじみ出るように蠢く。
おぼろげな声で語りかけるだけだった陽介の左のハチドリとは違う。
小夜子を導く煙立つ鏡は影のような姿を伴い、明確な言葉で魔道士に知識を与える。
それは世界に溶けた幾千幾億の魂と魔道士を結ぶ、魔法的なインターフェースだ。
『汝ガ太陽ハ未ダ天ニハ昇ッテイナイ』
煙立つ鏡は語る。
『死シタママ鎖ヲカケラレ、地ヲ彷徨ッテイル』
小夜子は想い人の形見に映ったそれを、食い入るように見つめる。
ナワリ呪術師は天地に満ちる魔力を用いて奇跡を成す。
だから小夜子を導いた世界の端末は、それまでと同じように、小夜子が必要としている事実を淡々と伝える。
『カツテ太陽ヲ奉ジタ者タチガ、死シタ太陽ノ鎖ヲ千切リ、弔オウトシテイル』
鏡に映った影がゆらめく。
そして強く気高い2人の少女の姿を形作った。
まるで生きる希望を無くした小夜子を、導くように。
打ちっぱなしコンクリートが物々しい会議室。
フィクサーは執行人たちに新たな作戦を伝える。
「首謀者の名は滓田妖一。オフィス街にある賃貸ビルで再び儀式を執り行うらしい」
だが今回、並べられた会議机についているのは、わずか4人。
「今度の情報は確かなのだろうな?」
声を上げたのは黒ずくめの青年だ。
銀色の髪をなびかせ、顔の左半分を赤い仮面で隠している。
「細けぇことはいいんだよ。ひよっ子どもの仇をとるチャンスじぇねぇか」
鷹揚に黒ずくめを制したのは、座っていてなおそびえ立つように逞しい女。
その精悍な口元には猛獣のような笑みが浮かぶ。
「ダー! 今度こそ悪党どもを、ギッタンギッタンにウビーチするデース!」
大女に賛同したのは半裸のロシア美女、プロートニク。
相変わらずベルトに吊られた無数のドリル刃だけが、白い肌を隠している。
「心配せずとも、今度は信頼できる筋からの情報なのだよ。それに諜報部がちゃんと裏付けもとったのだ」
そう言ったのは糸目の女子高生。
彼女たちは皆、【機関】巣黒支部が誇るAランクの魔道士だ。
そんな彼女らの側には、2つの空席。
ひとつは魔法によって会議の様子を見聞きできるSランクの席。
そして、もうひとつは小夜子の席。
支部の最高戦力の一角を担う小夜子は、戦う理由を――幼馴染の少年を失っていた。
「そこで君たちには周辺の脂虫を監視し、有事の際には異能力者たちを指揮してそのすべてを排除してもらう」
それでもフィクサーは、冷徹に言葉を続ける。
人に仇成す怪異を討つのが【機関】の使命なのだから。
そして数刻の後。
いつか陽介がアクセサリーを買った古物商。
以前と変わらず『画廊・ケリー』の看板は、ネオンの『ケ』の字が切れかけていた。
そんな店の裏には、穴の開いたドラム缶がいくつも転がっている。
まるで銃弾に撃ち抜かれたように。
中でも最近に撃ち抜かれたとおぼしきひとつは、他のドラム缶に比べてひとまわり大きな弾痕がいくつも空けられ、千切れそうになっていた。
そして店の奥には、銃器を加工するための作業室が設えてある。
ほがらかなマッチョが商う古物商は、銃器や弾薬を扱う裏の顔を持っていた。
そこで舞奈は作業台に拳銃や手榴弾を並べ、点検をしていた。
トレンチコートを着こんだまま、いっそ不穏なほどに穏やかな表情をうかべて黙々と作業を続けている。
「45口径の調子はどう?」
マッチョの店主が静かに問う。
「ああ、最高だ。38口径なんて目じゃねぇ」
答えつつ、舞奈は射撃後のメンテナンスを終えたばかりの愛銃をそっと撫ぜる。
ジェリコ941は銃身を交換することで弾丸を撃ち分けることができる。
小口径弾、中口径弾、そして大口径弾だ。
名称の由来にもなっている。
そんな拳銃の銃身を、舞奈は45口径に交換していた。
協力無比な大口径弾を撃つために。
それまで使っていた中口径弾すらはじき返す敵を、貫くために。
「……それに、弾頭《たま》が大きくないと特殊弾が撃てないんだろ?」
コートの裏のホルスターに拳銃を収めながら、横目でマッチョを見やる。
ハゲマッチョは「ええ」と答え、
「今回はずいぶん気合入ってるのね」
見返して笑う。
「まあな。ちょっとデカい仕事なんだ」
舞奈も感情を覆い隠す笑みを浮かべて答えつつ、作業を続ける。
パイナップル型手榴弾をコートの内側に収め、弾倉を手当たり次第に仕舞いこむ。
そして立ちあがる。
ポケットに手をつっこむ。
「ツケで良いわよ」
マッチョは手振りで制す。
「その代わり余った分は返してね。あのボロアパートに手榴弾なんてごろごろ転がされてたら、危なっかしくて外を歩けないもの」
「余らせたりしないさ」
舞奈はニヤリと笑う。
「パーティーの花火ってのは、景気よくぶちかますから楽しいんだ」
言いつつ強引に札束を差し出す。
マッチョは肩をすくめて受け取る。
そして背後の棚に収められていた1丁の銃を手に取る。
「なら、これも持っていきなさいな」
「お、出来上がってたのか」
「大口径のアサルトライフルの銃身を短機関銃並に縮めて無理やり近接専用にカスタムした、言うなれば改造ライフル」
言いつつ手渡したのは、銃身《バレル》を短く切り詰めたカービン銃。
「言われて作ってはみたけど、こんな酔狂なもの本当に使うの?」
マッチョは問う。
大口径ライフル弾はスナイパーライフルに用いられる弾丸だ。
普通のアサルトライフルに使う小口径ライフル弾より強力だが、反動も大きく中~近距離では使いづらいためだ。
そして銃身が長いほど弾丸は遠くに飛ぶが、近距離での取り回しは悪くなる。
短ければ逆だ。短機関銃くらい短いと狙って当てるのは不可能だ。至近距離から弾丸をばら撒くような使い方しかできない。
つまりこの銃は、暴れ馬のような強力な弾丸を、至近距離から斉射するための銃だ。
まともな射手の得物ではない。だが、
「だからパーティなんだよ。知り合いをいっぱい呼んで、花火をあげて、クラッカー鳴らして派手に騒ぐのさ。楽しそうだろう?」
舞奈は笑う。
そして慣れた調子で改造ライフルを肩紐で肩にかける。
舞奈は以前、大屍虫との戦闘で危機に陥った。
明日香が別の屍虫に襲われて連携できない状態で、中口径弾では傷もつかない相手と一対一で戦う羽目になったからだ。
その後も陽介を守って幾度か屍虫と戦う中で、火力不足を痛感していた。
だから更なる力を求めた。
けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。
それでも舞奈は、その力を彼のために使おうとしてくれていた。だから、
「あいつも楽しんでくれたら良いんだが」
チラリと側のサイドテーブルを見やる。
そこにはレモネードが注がれたグラスが2つ置かれている。
そのひとつを飲み干し、口元に鮫のような笑みを浮かべる。
寂しさを覆い隠すような、獰猛な笑み。
「じゃあ、これも持っていかなきゃね」
マッチョは手つかずのままのレモネードの前に弾倉を置いた。
「そうそう。主役がいなけりゃ、始まらないよな」
舞奈は弾倉を手に取る。
そして口元に笑みを浮かべてみせる。
「こいつは楽しいパーティーになりそうだ」
じっと弾倉を見やる。
弾倉の底には思わず指先がムズ痒くなりそうな、燃え盛る炎が描かれていた。
同じ頃。
明日香は実家の地下にある施術室にいた。
神殿を思わせる高い天井には不可思議な文様が彫りこまれている。
壁には一面に呪文が書かれ、床には魔方陣が描かれている。
そんな不気味で荘厳な広間の中央で、明日香は不敵に笑う。
「よくお似合いになりますよ、明日香様」
明日香の肩には黒いクロークが掛けられている。
華奢な肩にはやや厳つすぎる、かっちりしたデザインの肩掛けクロークだ。
胸には留め金代わりに金属製の骸骨が取りつけられている。
明日香は静かに目を閉じ、魔力を呼びだす呪文を唱える。
「ありがとう。そちらの仕事は完璧よ」
「恐れ入ります」
白衣を着こんだ小男が、うやうやしく首を垂れる。
執事の夜壁である。
明日香は以前、屍虫との戦闘で危機に陥った。
魔力の制限により1体しか召喚できない式神に、陽介の護衛をさせていたからだ。
だから同じ轍を踏まぬように、更なる力を求めた。
けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。
それでも明日香は、彼のために新たな力を使おうとしてくれていた。だから、
「そして、こちらも出来上がっております」
夜壁は次いで、人の頭を取り出す。
シリコンで精緻に整形された、等身大の頭のオブジェだ。
「3Dプリンターを用いて寸分違わず再現した硬質プラスチックの頭蓋骨に、特別なシリコンで肉付けいたしました。必ずや明日香様のお役に立つことでしょう」
「ご苦労様です」
人の頭に似た不気味なオブジェを、明日香は慣れた調子で受け取る。
ずっと昔に死んだ誰かと同じ顔をしたそれを、じっと見やる。
「そういえば」
明日香は夜壁に問いかける。
「人が死んだら、魂はどこに行くのだと思いますか?」
「専門外のお話ですので、私には何とも……」
小男はにべもなく答える。
だが無言で先をうながす明日香を見やり、しばし思考を巡らせ、言葉を続ける。
「北欧神話においては、勇敢な魂はヴァルハラの野に降り立ち永久の戦いに身を捧げると言われております」
その言葉は、ある意味で真実だ。
世界に溶けてないまぜになった魂は、世界の一部としてあらゆる場所に存在し、あらゆる戦場で戦士たちの激情とひとつになって戦う。
それを感じられる選ばれた勇者に力を与える。
陽介の右手に宿っていた左のハチドリと同じように。
「仏門においては、高潔な魂は涅槃に旅立ち平穏を得ると言われております」
その言葉も、ある意味で真実だ。
世界とひとつになった魂は、この世界のあらゆる知識とひとつになる。
その逆に身体も財産も持たず、執着もない。
歪な知識と物質的制限の発露である自我がない。
それ故に、あらゆる欲望とも苦悩とも無縁だ。
「そうですか……」
だが明日香は、執事の言葉に満足などしていない様子で答える。
生者が限られた知識から導き出せる真実は少ない。
勤勉で博識で、魔法すら自在に操る明日香にとっても、それは例外ではない。
生きとし生けるものにとって、死は喪失であり、別れだ。
だから明日香は、今は亡き誰かのために戦う。
残された者のために戦う。
「クロークのテストがてら儀式を行います。大元帥明王の経文を準備してください」
明日香は普段通りの冷静さで夜壁に命ずる。
執事はうやうやしく首を垂れる。
「大元帥明王……。結界の咒法を試されるおつもりですかな?」
「いえ。【情報】のルーンと組み合わせて勇士を召集する儀とします」
そう答え、明日香は天井に描かれた文様を見上げる。
死者の魂の行く先が、天空に存在する霊的な世界であると定める宗教は多い。
ナワリ呪術が栄えたアステカも、そのうちのひとつだ。
「……念のための保険です。せっかくだから、貸した借りを返していただくわ」
そう言って、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そしてカーテンの閉め切られた、小夜子の部屋。
『――我ガ主ヨ』
小夜子の側に置かれたペンダントの鏡に、黒い影が映りこんだ。
幼馴染から他人の手を介し、まるで遺言のように渡されたプレゼント。
その裏側にはめられた鏡が本来の住居であるとでもいうように、影は煙るように、にじみ出るように蠢く。
おぼろげな声で語りかけるだけだった陽介の左のハチドリとは違う。
小夜子を導く煙立つ鏡は影のような姿を伴い、明確な言葉で魔道士に知識を与える。
それは世界に溶けた幾千幾億の魂と魔道士を結ぶ、魔法的なインターフェースだ。
『汝ガ太陽ハ未ダ天ニハ昇ッテイナイ』
煙立つ鏡は語る。
『死シタママ鎖ヲカケラレ、地ヲ彷徨ッテイル』
小夜子は想い人の形見に映ったそれを、食い入るように見つめる。
ナワリ呪術師は天地に満ちる魔力を用いて奇跡を成す。
だから小夜子を導いた世界の端末は、それまでと同じように、小夜子が必要としている事実を淡々と伝える。
『カツテ太陽ヲ奉ジタ者タチガ、死シタ太陽ノ鎖ヲ千切リ、弔オウトシテイル』
鏡に映った影がゆらめく。
そして強く気高い2人の少女の姿を形作った。
まるで生きる希望を無くした小夜子を、導くように。
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これは現代ダンジョン配信界に激震が走った、伝説の英雄配信者の比類なき誕生譚――。
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