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第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証
第三機関1
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俺たちは小夜子の援護によって辛くも大屍虫を倒した。
その後、俺は他の異能力者たちと別れ、小夜子と共に【機関】の支部に向かった。
灰色の街を並んで歩く間、俺は小夜子に、異能力に覚醒した経緯を話した。
怪異に襲われていたところを仕事人に救われ、後日に再会し、ひょんなことからその仕事に同行することになり、戦闘の最中に目覚めた、と。
その話を、小夜子はあまり楽しく思っていない様子だった。
俺が怪異に襲われたり、戦闘に巻きこまれたりしたのが気に入らないらしい。
不安げな様子で、俺の話を聞いていた。
まるで過保護な母親だと思ったが、あえて口に出したりはしなかった。
ついでに仕事人が舞奈と明日香――2人組の女子小学生だってことも黙っておくことにした。別の意味で小夜子の機嫌を損ねかねないし。
そんな話をしているうちに目的の場所に着いた。
「ここって……保健所?」
「うん。表向きはね」
小夜子は慣れた調子で保健所の敷地を進む。
そして手前の大きな建物を迂回して、裏手にある人気のない建物に向かう。
俺は小夜子を追いかけながら、思わずゴクリと息を飲んだ。
野良犬の代わりに怪異を狩る、裏の世界の保健所。
武骨な打ちっぱなしコンクリートのビルは、気味悪く不自然に薄汚れている。
まるで怪異から流れ出た悪い魔法がこびりついているかのようだ。
だが小夜子は意に介さず、奥まった場所にある自動ドアをくぐる。
俺も続く。
そこは意外にも、普通の役所みたいな受付だった。
カウンターでは小柄で可愛い受付嬢が暇そうにしている。
「それじゃ、わたしは手続きとかしてくるね。勝手に危険な場所に行ったらダメだよ」
「だいじょうぶだってば。ここで大人しく待ってるよ」
「ならいいけど……」
そう言い残し、小夜子は奥の通路に消えた。
小夜子が去った後を、俺ははなんとなく見つめる。
見知らぬ施設を見知った様子で歩く小夜子の背中は、普段と同じセーラー服だ。
なのに何故だか、俺とは違う世界の住人のように感じられた。
――否、実際に別の世界の住人だったのだ。
気弱な幼馴染だった小夜子は、俺が知らぬ間に裏の世界で怪異と戦っていた。
驚いていないと言えば嘘になる。
けど、これからは俺も小夜子の力になれる。
そう考えれば、まんざら悪い気分でもない。
カウンターから受付嬢が手を振ってきた。
俺も笑顔で会釈を返す。
妙齢の受付嬢はとても綺麗で可愛らしく、何というか……胸も大きかった。
俺はあわてて目をそらす。
女性をじろじろ見るのは失礼だからだ。
それに嬢をじっと見ているところを小夜子に見られたくない。……面倒だし。
横目で嬢の様子を窺うと、こちらを見やって笑っていた。
俺は慌てて顔をそらす。
心なしか顔面が熱い……。
何か文字でも読んで落ち着こうと、壁に設けられた掲示板をなんとなく見やる。
くすんだ色の掲示板だ。
様々なバケモノ――怪異の手配書が張り散らかさられている。
流石は【機関】の受付だ。普通に見えても普通じゃない。
そんな中で、俺は1枚のポスターに目を引かれた。
色褪せたポスターには、ドレスを着こんだ3人の少女が描かれている。
日曜朝のアニメに出てくる魔法少女を彷彿させる。
現に片隅には『魔法少女』と書かれている。
そしてグループ名らしき『ピクシオン』の文字。
役所のイベントに使ったポスターを剥し忘れているようにも見える。だが、
『危険。単独での接触禁止』
ポスターの目立つ場所に、そんなことが書かれていた。
但し書きには、新開発区周辺で怪異を狩る正体不明の武装集団とある。
彼女たちも彼女たちが狩る怪異も、凄まじく強い。
戦闘に巻きこまれたら被害が甚大なため、接触禁止と書かれている。
ポスターは関係者への注意を促すためのものだ。
魔法少女とは、非常に強力な魔法で強化された存在だ。
そう言った明日香の言葉を思い出す。
そんな彼女たちのドレスは色違いのお揃いだ。
中学生くらいの年頃のオレンジ色。
小学校の高学年ほどの赤。
そして小さなツインテールの、低学年ほどのピンク色。
「あれって……ひょっとして、舞奈?」
不敵で油断ならない今の舞奈と違い、ポスターの中の幼女は屈託なく笑っている。
昔の(今もかな?)千佳を思い出す。
だが幼いピンクの面影は、舞奈にあまりにも見ていた。
それに、もうひとつ。
「俺、この子たちに会ったこと、ある……」
たぶん、小夜子と一緒に。
それが何時のことだったか遠い記憶を掘り返そうとしていると、
「おい中坊、新入りか?」
後ろから声をかけられた。
「俺かい?」
振り返る。
そこにいたのは、数人のガラの悪い学生たちだった。
俺と同じ蔵乃巣学園の、高等部の制服を着ている。
いちおう先輩ってことになるのか。
「この俺に挨拶もなしたぁ、いい度胸じゃねぇか」
リーダーらしき大柄なひとりが、言いつつ俺を睨む。
高校生の背丈のせいで、相手の視点は俺より頭一つ分高い。
俺より大柄でがっしりした先輩にそうやって睨まれると、けっこう怖い。
周囲では、高枝切りバサミを携えた取り巻きたちがニヤニヤ笑っている。
そっちも、ちょっと怖い。
だが俺だって来年は高校生だ。
こんなところでビビってなんかいられない。
「すまない、本当にここに今来たばかりなんだ」
まずは非礼を詫びる。
そして相手の目を見て笑いかけようとして、
「……それにしても、すごい身体してるなぁ」
思わず彼らの体格の良さに見惚れてしまった。
実のところ、初めて大屍虫と戦ったあの日から、俺も体を鍛えようと思って本とか読んでみたりした。
だが、何ひとつ実行はできていない。
なので、ちゃんと体を鍛えた男は素直にすごいと思う。
失礼とは思うものの、腕の筋肉とかまじまじと見てしまう。
「な、なあに、このくらいは当然の嗜みよ!」
不躾にじろじろ見すぎたか、リーダーは思わず目をそらす。
いかんいかん。
俺は慌てて別の話題を探そうと取り巻きたちを見やる。
「皆で高枝切りバサミを持ってるってことは、ボクシングをやるのか? ……ひょっとして格闘技と異能力を組み合わせて戦ったりするのか!?」
「おいおい、本当になんにも知らない素人みてぇだな」
リーダーは呆れたように苦笑する。
だが気のせいか、先ほどより口調は穏やかだ。
「やれやれ、しょうがねぇ! 親切な俺が、武道と異能を組み合わせた執行人の実力ってものを教えてやるぜ」
リーダーが言った。
その次の瞬間、その身体からオーラが立ち昇った。
「うおぉ!」
驚く俺の目前で、大柄な身体が膨れあがる。
筋肉だ!
筋肉が膨張してるんだ!
肥大した筋肉に耐えきれず、ついにに学ランがはちきれる。
何だって!?
まるで漫画の表現みたいだ!
それを現実にやってのけるなんて!
「こいつが俺の異能力【虎爪気功】だ」
異能で強化した筋肉を前に、仲間のはずの取り巻きすらたじろぐ。
もちろん俺もだ。
「すげぇ! す……っげぇ!」
「いちいちリアクションが大げさなんだよ、お前は」
だがリーダーはまんざら悪い気分でもなさそうだ。
丸太のような腕の先の大きな手で、見事に割れた腹筋を指し示す。
「触ってみるか?」
「いいのかい?」
岩のようにごつごつした腹筋に、そっと触れる。
これはすごい筋肉だ。
異能の力を借りて固く締まった腹筋は、見た目通りに石のようだ。
俺もこんな屈強な身体になれたらいいのに。
「そんな女みたいに触られると、かえってくすぐってぇよ」
「あ、すまん」
「もっとバシバシやっていいぞ」
「い、いいのかい? じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ペシペシと叩く。
軽くパンチしてみる。
リーダーの腹筋はビクともしない。
すごい!
俺が気が済んだと思ったか、リーダーは今度は虚空にジャブを打つ。
凄まじい筋肉から放たれた拳が、空気を裂く。
ひえっ!?
「俺はこの無敵の拳で、泥人間を2匹同時に倒したことがあるんだぜ!」
「いっぺんに2匹も!?」
舞奈が銃で、明日香が魔法で対処していた敵を、彼は拳でまとめて倒せるのか。
ひょっとして、彼の拳なら屍虫や……大屍虫すら倒せるんじゃないだろうか?
それに彼は見た目より気さくでいいやつだ。
先ほどは柄が悪いなんて思ったことを心の中で詫びた。
「そういやあ、お前は何の異能力者なんだ?」
リーダーはすっかり打ち解けた様子で俺に尋ねた。
俺は舞奈たちから聞いた話を思い出す。
「えっと、たしか【火霊武器】って言ったかな。拳に炎を宿らせる異能なんだ」
「おいおい、【火霊武器】は武器に炎を宿らせる異能だぞ。確か似た様な異能をグローブで使った奴がいるたぁ聞いたが、素手じゃ無理だろ」
「そうそう、火傷しちゃいますぜ」
リーダーの言葉にあわせて、取り巻き達も笑う。
うーん。
信じてもらえないのは嫌だなあ……。
それに、折角リーダーは自分の異能力を見せてくれたんだ。
俺だけ嘘を言っていると思われるのも良くないだろう。
誠意には誠意を返さなきゃ。なので、
「それじゃあ、ここで使って見せるよ」
舞奈たちから異能や怪異について他言無用とは言われた。
だが、同じ異能力者に異能力を見せていけない理由はない。
「はぁぁぁぁ!」
俺は天井に向かって拳を振り上げる。
そして過去に異能力を使った2回の経験を生かし、激情を爆発させる。
――主ヨ、殺セ。敵ヲ殺セ。
ああ、やってやるさ!
――敵トハ何カ?
何かだ!
彼らの期待に応えたい。
その望みの障害となる何かだ!
――ナラバ存分ニ見セツケヨ、王ノ異能ヲ。
すると、宙にかざした俺の拳が炎に包まれる。
白く光るそれは、むしろ炎というより熱と光の塊だ。
「何ぃ!? 本当に拳に炎を宿らせやがった!」
リーダーは驚く。
「あんた、熱くないのか!?」
「ああ、平気だよ。普通の【火霊武器】でも得物が燃えたりはしないから、それと同じように守られているんだろうって明日香――知り合いが言ってた」
答える俺がかざした拳を、皆は驚くように、崇めるように見やる。
ちょっと照れくさい。
リーダーはあわてて自身の腹を押える。
子供が雷からへそを守ろうとしているみたいだ。
俺は先ほど、リーダーの腹筋をやりたい放題に殴っていたことを思いだした。
その拳が燃えると知って、驚いたのだろう。
見た目よりも慎重な性格なのかもしれない。
「そんなに心配しなくても、仲間を異能で傷つけたりはしないよ」
俺は言いつつ拳に宿った炎を消す。
最初に異能力に目覚めたときは焦ったが、消えろと念じればすぐに消える。
「な、なかなか派手な異能力を持ってるじゃねぇか……」
「君の異能力だって立派さ」
うろたえ気味なリーダーに笑いかける。
「君みたいな屈強な異能力者が100人もいるんなら、心強いことこの上ないよ」
「100人だと?」
「あれ? 数、間違えてたっけ?」
「そりゃ、支部の能力者全員の数だ。さすがに全員が俺ほどの手練れなわけじゃない」
なるほど、それもそうか。
考えてみて納得した俺に、リーダーは意気揚々と説明を始める。
「普通の執行人はA~Fのランクに別れてるんだ。もちろん最高位はAランクで、最低はFランクだ。なったばかりのお前は、もちろんFランクだ」
「なるほど。それで君のランクはいくつなんだい?」
「へへっ、聞かれたんなら教えないわけにはいかないな」
リーダーは得意げに笑う。
「俺はBランクだ! 支部全体の2割にも満たない超エリート様よ!」
「すごいじゃないか! ……その上にAランクがいるんだっけ?」
「Aランクは……あれだ、上司に媚を売るのが得意な奴らばっかりさ」
「そ、そうなんだ……」
「そうよ! その点、Bランクは質実剛健。俺様のことよ!」
そう言って胸を張った途端、
「――この野郎、また新入りにちょっかいかけてやがるな」
高校生たちの後から大きな女がやってきて、リーダーを小突いた。
俺は驚愕した。
女性に対して失礼な表現かも知れないが、本当にデカイ!
気持ちよく刈り上げた短髪に、衣装はTシャツにカーゴパンツ。
背丈はリーダーよりさらに高く、2メートルはありそうだ。
それが長身に見えないほど筋肉質でがっちりしている。
異能力で強化されたリーダー以上の体格だ。
もはや人間を超えた何かのようにしか思えない。
それでも女だとわかるのは、その……胸が……。
「いっ! いえっ! 俺様は……オレは……ボクは……そ、その……」
リーダーは冷や汗をかきながらどもる。
異能力が解けたか、屈強な身体が少し縮む。
苦手な人なのかな?
「先輩に異能力のこととか教えてもらってたんです」
俺は新しくできた友人をフォローする。
「こいつらがか……?」
言いつつ女は疑わしそうに高校生たちを見やる。
ガラの悪そうな容姿のせいで周囲の心証が悪いのかも。
彼らも結構、大変だ。
「ま、いいや。お前ら、もう行っていいぞ」
「「はい! 失礼します!」」
言うが早いか、高校生たちは去って行った。
そして女はかがみこんで、まじまじと俺を見やる。
「あんたがデスメーカーが連れてきた新入りかい。可愛い顔立ちをしてるじゃないか」
か、可愛い!?
男子の俺が、女の人にそんなことを言われたのは初めてだ。
けど、相手が大人で、しかも俺なんか比べ物にならないほど大きくて屈強なのだから仕方がないのだろう。可愛いってのも戦力差のことかもしれない。
「あんた、筋肉に興味があるのかい?」
「いえ、その……」
「あたしの腹も触ってみるか?」
「ええっ!?」
俺は思わず狼狽える。
頬が熱くて、心臓がバクバクする。
さ、触ってみるかって。
女の人が!?
そんな俺の目の前で、彼女はシャツをまくり上げる。
リーダーのそれよりバキバキに割れた、赤銅のオブジェのような腹筋があらわれる。
けど、彼と違ってその……固いものの上には2つのやわらかいものが……!
気づいているのかいないのか、シャツの下からちょっと見えている……!
俺が顔を赤らめて躊躇っていると、
「なんなら、その異能の拳が通じるかどうか試してもいいぞ?」
「えっ?」
「こう見えて、あたしは魔道士なんだ。中でも身体強化を得意とする仏術を嗜んでる」
そう言って不敵に笑う。
魔道士。異能力に似て異能力を超える、魔法の使い手。
その力を試そうとしているのか?
あるいは俺の異能力を?
けど俺は、女に、仲間に、この力を振るいたくはなかった。だから、
「そ、それじゃあ、ちょっとだけ失礼します……」
小さな声で断ってから、リーダーの腹よりごつごつした腹筋に手をのばす。
その次の瞬間、
「……陽介君、何してるの?」
聞こえた声に、思わず硬直する。
のぼせ加減だった頭が急激に冷える。
特に異能力とか魔法とかではない理由でこわばった首を、無理矢理に横に向ける。
小夜子がいた。
手続きが済んだらしい。
小夜子は冷たい目で、腹筋に向かってのびた俺の手を見やっていた。
「あんたも結構、大変だな」
女がボソリとひとりごちた。
その後、俺は他の異能力者たちと別れ、小夜子と共に【機関】の支部に向かった。
灰色の街を並んで歩く間、俺は小夜子に、異能力に覚醒した経緯を話した。
怪異に襲われていたところを仕事人に救われ、後日に再会し、ひょんなことからその仕事に同行することになり、戦闘の最中に目覚めた、と。
その話を、小夜子はあまり楽しく思っていない様子だった。
俺が怪異に襲われたり、戦闘に巻きこまれたりしたのが気に入らないらしい。
不安げな様子で、俺の話を聞いていた。
まるで過保護な母親だと思ったが、あえて口に出したりはしなかった。
ついでに仕事人が舞奈と明日香――2人組の女子小学生だってことも黙っておくことにした。別の意味で小夜子の機嫌を損ねかねないし。
そんな話をしているうちに目的の場所に着いた。
「ここって……保健所?」
「うん。表向きはね」
小夜子は慣れた調子で保健所の敷地を進む。
そして手前の大きな建物を迂回して、裏手にある人気のない建物に向かう。
俺は小夜子を追いかけながら、思わずゴクリと息を飲んだ。
野良犬の代わりに怪異を狩る、裏の世界の保健所。
武骨な打ちっぱなしコンクリートのビルは、気味悪く不自然に薄汚れている。
まるで怪異から流れ出た悪い魔法がこびりついているかのようだ。
だが小夜子は意に介さず、奥まった場所にある自動ドアをくぐる。
俺も続く。
そこは意外にも、普通の役所みたいな受付だった。
カウンターでは小柄で可愛い受付嬢が暇そうにしている。
「それじゃ、わたしは手続きとかしてくるね。勝手に危険な場所に行ったらダメだよ」
「だいじょうぶだってば。ここで大人しく待ってるよ」
「ならいいけど……」
そう言い残し、小夜子は奥の通路に消えた。
小夜子が去った後を、俺ははなんとなく見つめる。
見知らぬ施設を見知った様子で歩く小夜子の背中は、普段と同じセーラー服だ。
なのに何故だか、俺とは違う世界の住人のように感じられた。
――否、実際に別の世界の住人だったのだ。
気弱な幼馴染だった小夜子は、俺が知らぬ間に裏の世界で怪異と戦っていた。
驚いていないと言えば嘘になる。
けど、これからは俺も小夜子の力になれる。
そう考えれば、まんざら悪い気分でもない。
カウンターから受付嬢が手を振ってきた。
俺も笑顔で会釈を返す。
妙齢の受付嬢はとても綺麗で可愛らしく、何というか……胸も大きかった。
俺はあわてて目をそらす。
女性をじろじろ見るのは失礼だからだ。
それに嬢をじっと見ているところを小夜子に見られたくない。……面倒だし。
横目で嬢の様子を窺うと、こちらを見やって笑っていた。
俺は慌てて顔をそらす。
心なしか顔面が熱い……。
何か文字でも読んで落ち着こうと、壁に設けられた掲示板をなんとなく見やる。
くすんだ色の掲示板だ。
様々なバケモノ――怪異の手配書が張り散らかさられている。
流石は【機関】の受付だ。普通に見えても普通じゃない。
そんな中で、俺は1枚のポスターに目を引かれた。
色褪せたポスターには、ドレスを着こんだ3人の少女が描かれている。
日曜朝のアニメに出てくる魔法少女を彷彿させる。
現に片隅には『魔法少女』と書かれている。
そしてグループ名らしき『ピクシオン』の文字。
役所のイベントに使ったポスターを剥し忘れているようにも見える。だが、
『危険。単独での接触禁止』
ポスターの目立つ場所に、そんなことが書かれていた。
但し書きには、新開発区周辺で怪異を狩る正体不明の武装集団とある。
彼女たちも彼女たちが狩る怪異も、凄まじく強い。
戦闘に巻きこまれたら被害が甚大なため、接触禁止と書かれている。
ポスターは関係者への注意を促すためのものだ。
魔法少女とは、非常に強力な魔法で強化された存在だ。
そう言った明日香の言葉を思い出す。
そんな彼女たちのドレスは色違いのお揃いだ。
中学生くらいの年頃のオレンジ色。
小学校の高学年ほどの赤。
そして小さなツインテールの、低学年ほどのピンク色。
「あれって……ひょっとして、舞奈?」
不敵で油断ならない今の舞奈と違い、ポスターの中の幼女は屈託なく笑っている。
昔の(今もかな?)千佳を思い出す。
だが幼いピンクの面影は、舞奈にあまりにも見ていた。
それに、もうひとつ。
「俺、この子たちに会ったこと、ある……」
たぶん、小夜子と一緒に。
それが何時のことだったか遠い記憶を掘り返そうとしていると、
「おい中坊、新入りか?」
後ろから声をかけられた。
「俺かい?」
振り返る。
そこにいたのは、数人のガラの悪い学生たちだった。
俺と同じ蔵乃巣学園の、高等部の制服を着ている。
いちおう先輩ってことになるのか。
「この俺に挨拶もなしたぁ、いい度胸じゃねぇか」
リーダーらしき大柄なひとりが、言いつつ俺を睨む。
高校生の背丈のせいで、相手の視点は俺より頭一つ分高い。
俺より大柄でがっしりした先輩にそうやって睨まれると、けっこう怖い。
周囲では、高枝切りバサミを携えた取り巻きたちがニヤニヤ笑っている。
そっちも、ちょっと怖い。
だが俺だって来年は高校生だ。
こんなところでビビってなんかいられない。
「すまない、本当にここに今来たばかりなんだ」
まずは非礼を詫びる。
そして相手の目を見て笑いかけようとして、
「……それにしても、すごい身体してるなぁ」
思わず彼らの体格の良さに見惚れてしまった。
実のところ、初めて大屍虫と戦ったあの日から、俺も体を鍛えようと思って本とか読んでみたりした。
だが、何ひとつ実行はできていない。
なので、ちゃんと体を鍛えた男は素直にすごいと思う。
失礼とは思うものの、腕の筋肉とかまじまじと見てしまう。
「な、なあに、このくらいは当然の嗜みよ!」
不躾にじろじろ見すぎたか、リーダーは思わず目をそらす。
いかんいかん。
俺は慌てて別の話題を探そうと取り巻きたちを見やる。
「皆で高枝切りバサミを持ってるってことは、ボクシングをやるのか? ……ひょっとして格闘技と異能力を組み合わせて戦ったりするのか!?」
「おいおい、本当になんにも知らない素人みてぇだな」
リーダーは呆れたように苦笑する。
だが気のせいか、先ほどより口調は穏やかだ。
「やれやれ、しょうがねぇ! 親切な俺が、武道と異能を組み合わせた執行人の実力ってものを教えてやるぜ」
リーダーが言った。
その次の瞬間、その身体からオーラが立ち昇った。
「うおぉ!」
驚く俺の目前で、大柄な身体が膨れあがる。
筋肉だ!
筋肉が膨張してるんだ!
肥大した筋肉に耐えきれず、ついにに学ランがはちきれる。
何だって!?
まるで漫画の表現みたいだ!
それを現実にやってのけるなんて!
「こいつが俺の異能力【虎爪気功】だ」
異能で強化した筋肉を前に、仲間のはずの取り巻きすらたじろぐ。
もちろん俺もだ。
「すげぇ! す……っげぇ!」
「いちいちリアクションが大げさなんだよ、お前は」
だがリーダーはまんざら悪い気分でもなさそうだ。
丸太のような腕の先の大きな手で、見事に割れた腹筋を指し示す。
「触ってみるか?」
「いいのかい?」
岩のようにごつごつした腹筋に、そっと触れる。
これはすごい筋肉だ。
異能の力を借りて固く締まった腹筋は、見た目通りに石のようだ。
俺もこんな屈強な身体になれたらいいのに。
「そんな女みたいに触られると、かえってくすぐってぇよ」
「あ、すまん」
「もっとバシバシやっていいぞ」
「い、いいのかい? じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ペシペシと叩く。
軽くパンチしてみる。
リーダーの腹筋はビクともしない。
すごい!
俺が気が済んだと思ったか、リーダーは今度は虚空にジャブを打つ。
凄まじい筋肉から放たれた拳が、空気を裂く。
ひえっ!?
「俺はこの無敵の拳で、泥人間を2匹同時に倒したことがあるんだぜ!」
「いっぺんに2匹も!?」
舞奈が銃で、明日香が魔法で対処していた敵を、彼は拳でまとめて倒せるのか。
ひょっとして、彼の拳なら屍虫や……大屍虫すら倒せるんじゃないだろうか?
それに彼は見た目より気さくでいいやつだ。
先ほどは柄が悪いなんて思ったことを心の中で詫びた。
「そういやあ、お前は何の異能力者なんだ?」
リーダーはすっかり打ち解けた様子で俺に尋ねた。
俺は舞奈たちから聞いた話を思い出す。
「えっと、たしか【火霊武器】って言ったかな。拳に炎を宿らせる異能なんだ」
「おいおい、【火霊武器】は武器に炎を宿らせる異能だぞ。確か似た様な異能をグローブで使った奴がいるたぁ聞いたが、素手じゃ無理だろ」
「そうそう、火傷しちゃいますぜ」
リーダーの言葉にあわせて、取り巻き達も笑う。
うーん。
信じてもらえないのは嫌だなあ……。
それに、折角リーダーは自分の異能力を見せてくれたんだ。
俺だけ嘘を言っていると思われるのも良くないだろう。
誠意には誠意を返さなきゃ。なので、
「それじゃあ、ここで使って見せるよ」
舞奈たちから異能や怪異について他言無用とは言われた。
だが、同じ異能力者に異能力を見せていけない理由はない。
「はぁぁぁぁ!」
俺は天井に向かって拳を振り上げる。
そして過去に異能力を使った2回の経験を生かし、激情を爆発させる。
――主ヨ、殺セ。敵ヲ殺セ。
ああ、やってやるさ!
――敵トハ何カ?
何かだ!
彼らの期待に応えたい。
その望みの障害となる何かだ!
――ナラバ存分ニ見セツケヨ、王ノ異能ヲ。
すると、宙にかざした俺の拳が炎に包まれる。
白く光るそれは、むしろ炎というより熱と光の塊だ。
「何ぃ!? 本当に拳に炎を宿らせやがった!」
リーダーは驚く。
「あんた、熱くないのか!?」
「ああ、平気だよ。普通の【火霊武器】でも得物が燃えたりはしないから、それと同じように守られているんだろうって明日香――知り合いが言ってた」
答える俺がかざした拳を、皆は驚くように、崇めるように見やる。
ちょっと照れくさい。
リーダーはあわてて自身の腹を押える。
子供が雷からへそを守ろうとしているみたいだ。
俺は先ほど、リーダーの腹筋をやりたい放題に殴っていたことを思いだした。
その拳が燃えると知って、驚いたのだろう。
見た目よりも慎重な性格なのかもしれない。
「そんなに心配しなくても、仲間を異能で傷つけたりはしないよ」
俺は言いつつ拳に宿った炎を消す。
最初に異能力に目覚めたときは焦ったが、消えろと念じればすぐに消える。
「な、なかなか派手な異能力を持ってるじゃねぇか……」
「君の異能力だって立派さ」
うろたえ気味なリーダーに笑いかける。
「君みたいな屈強な異能力者が100人もいるんなら、心強いことこの上ないよ」
「100人だと?」
「あれ? 数、間違えてたっけ?」
「そりゃ、支部の能力者全員の数だ。さすがに全員が俺ほどの手練れなわけじゃない」
なるほど、それもそうか。
考えてみて納得した俺に、リーダーは意気揚々と説明を始める。
「普通の執行人はA~Fのランクに別れてるんだ。もちろん最高位はAランクで、最低はFランクだ。なったばかりのお前は、もちろんFランクだ」
「なるほど。それで君のランクはいくつなんだい?」
「へへっ、聞かれたんなら教えないわけにはいかないな」
リーダーは得意げに笑う。
「俺はBランクだ! 支部全体の2割にも満たない超エリート様よ!」
「すごいじゃないか! ……その上にAランクがいるんだっけ?」
「Aランクは……あれだ、上司に媚を売るのが得意な奴らばっかりさ」
「そ、そうなんだ……」
「そうよ! その点、Bランクは質実剛健。俺様のことよ!」
そう言って胸を張った途端、
「――この野郎、また新入りにちょっかいかけてやがるな」
高校生たちの後から大きな女がやってきて、リーダーを小突いた。
俺は驚愕した。
女性に対して失礼な表現かも知れないが、本当にデカイ!
気持ちよく刈り上げた短髪に、衣装はTシャツにカーゴパンツ。
背丈はリーダーよりさらに高く、2メートルはありそうだ。
それが長身に見えないほど筋肉質でがっちりしている。
異能力で強化されたリーダー以上の体格だ。
もはや人間を超えた何かのようにしか思えない。
それでも女だとわかるのは、その……胸が……。
「いっ! いえっ! 俺様は……オレは……ボクは……そ、その……」
リーダーは冷や汗をかきながらどもる。
異能力が解けたか、屈強な身体が少し縮む。
苦手な人なのかな?
「先輩に異能力のこととか教えてもらってたんです」
俺は新しくできた友人をフォローする。
「こいつらがか……?」
言いつつ女は疑わしそうに高校生たちを見やる。
ガラの悪そうな容姿のせいで周囲の心証が悪いのかも。
彼らも結構、大変だ。
「ま、いいや。お前ら、もう行っていいぞ」
「「はい! 失礼します!」」
言うが早いか、高校生たちは去って行った。
そして女はかがみこんで、まじまじと俺を見やる。
「あんたがデスメーカーが連れてきた新入りかい。可愛い顔立ちをしてるじゃないか」
か、可愛い!?
男子の俺が、女の人にそんなことを言われたのは初めてだ。
けど、相手が大人で、しかも俺なんか比べ物にならないほど大きくて屈強なのだから仕方がないのだろう。可愛いってのも戦力差のことかもしれない。
「あんた、筋肉に興味があるのかい?」
「いえ、その……」
「あたしの腹も触ってみるか?」
「ええっ!?」
俺は思わず狼狽える。
頬が熱くて、心臓がバクバクする。
さ、触ってみるかって。
女の人が!?
そんな俺の目の前で、彼女はシャツをまくり上げる。
リーダーのそれよりバキバキに割れた、赤銅のオブジェのような腹筋があらわれる。
けど、彼と違ってその……固いものの上には2つのやわらかいものが……!
気づいているのかいないのか、シャツの下からちょっと見えている……!
俺が顔を赤らめて躊躇っていると、
「なんなら、その異能の拳が通じるかどうか試してもいいぞ?」
「えっ?」
「こう見えて、あたしは魔道士なんだ。中でも身体強化を得意とする仏術を嗜んでる」
そう言って不敵に笑う。
魔道士。異能力に似て異能力を超える、魔法の使い手。
その力を試そうとしているのか?
あるいは俺の異能力を?
けど俺は、女に、仲間に、この力を振るいたくはなかった。だから、
「そ、それじゃあ、ちょっとだけ失礼します……」
小さな声で断ってから、リーダーの腹よりごつごつした腹筋に手をのばす。
その次の瞬間、
「……陽介君、何してるの?」
聞こえた声に、思わず硬直する。
のぼせ加減だった頭が急激に冷える。
特に異能力とか魔法とかではない理由でこわばった首を、無理矢理に横に向ける。
小夜子がいた。
手続きが済んだらしい。
小夜子は冷たい目で、腹筋に向かってのびた俺の手を見やっていた。
「あんたも結構、大変だな」
女がボソリとひとりごちた。
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