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9-3.妖精卿と舞踏会編3

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 窓布で外部から遮断された空間で、色に濡れた目をヴァルネラは向けてくる。
 さっきまで周りを窺ってばかりだった視線が俺に注がれ、それだけで胸が疼いた。

「まだ野次馬も引かないようですし、いっそ声を聞かせてしまいましょうか。そうすれば疑う余地も「発情した半妖精は、随分とおいしそうなものだね。ヴァルネラ」」

 けれど蜜事は突如割り込んできた声に邪魔され、同時に窓布が勢いよく開かれる。
 顔を上げると街で見た火傷痕の美しい青年が、冷たい目で俺たちを見下していた。

「スペルヴィア、来ましたね。しかし睦事の幕を開けるのは、些か無作法では」
「伝言をしに来ただけさ。僕の家門が呼んでるよ、ヴァルネラ」

 そういうヴァルネラは介入を見越してたようだが、間が悪いと不機嫌になってる。
 しかしスペルヴィアは淡々と用件を告げ、早く立ち上がれと圧を掛けてきた。

「そちらも想定通り動いてくれたようですね。では行きましょうか、グレイシス」
「え、俺も行くの? 家との話なら、俺が聞いていいものじゃないでしょ」

 厄介事の気配を察した俺は逃げ腰になり、同意するようにスペルヴィアが頷く。
 彼はするりと俺の手を取り、ヴァルネラから簡単に引き離した。

「そうだね。その間は僕が預かるよ、客室を借りておこう」
「こんな場所で、グレイシスを一人にすることなんてできません! スペルヴィア、貴方のことも信用できない」

 けれどその提案をヴァルネラは受け入れず、反対から俺の腕を掴んでいる。
 だが俺から首を振って、嫌がるヴァルネラをそっと押し留めた。

「俺なら大丈夫、ヴァルネラの庇護下って知ってるなら手出しできないでしょ」
「……グレイシス、どうしてそんなに離れたがるんですか」

 断られるとは思っていなかったのか、ヴァルネラは傷ついたように顔を曇らせる。
 けれど彼と離れたいのには理由があり、俺は説得する為に口を開いた。

「違うよ、ちゃんと終わらせてきてほしいんだ。俺、その家門に狙われたくない」
「私が守ります、怖い思いなんて絶対にさせませんから」

 ヴァルネラはそう言い返してくるが、こういう問題は力で解決することが難しい。
 それに俺自身が弱いことには変わりなく、解決できるのは彼しかいないと囁いた。

「ヴァルネラの力を疑ってるわけじゃない。けど俺は、この状況が怖いんだよ」
「……分かりました。スペルヴィア、手出しをしたら命はありませんからね」

 俺の不安を汲み取ってくれたヴァルネラは、渋々ながらも譲歩してくれた。
 けれど掴まれていた腕は解かれるが、未だ会場に向かう様子もない。

「脅すくらいなら、さっさと終わらせておいでよ。では行こうか、グレイシス」
「また後でね、ヴァルネラ。待ってるから」

 俺はスペルヴィアに腕を引かれて歩き出し、ヴァルネラも諦めて会場へ向かう。
 そして長い廊下を進むと、上級貴族用の茶会室へと案内された。



(すごい豪勢な場所だな、絶対決まった人しか入れない空間だ)

 給仕に紅茶と菓子を用意され、俺はスペルヴィアと大きな机を挟んで向かい合う。
 警戒心から食べ物には手をつけないが、無作法だと注意されることもなかった。

「随分と家門の話し合いに協力的だったね、もっと抵抗すると思っていたけれど」
「貴方は元鞘に戻りたがっていたし、命も掛かってる。手出しはできないでしょ」

 元婚約者に責め立てられる覚悟もしていたが、スペルヴィアが騒ぐことはない。
 ただ頬杖をつきながら探るように俺を眺め、紅茶をかき混ぜているだけだ。

「まぁ一般的な考えだね、残念ながらどれも外れてるんだけど」
「ヴァルネラに未練があるから、側にいたいって言ったんじゃないの?」

 けれどスペルヴィアの物言いに、俺は予測が外れていたことを突きつけられる。
 つまり俺は自ら罠に掛かり、安全を手放したことになってしまった。

「僕が好きなのは彼の魔力だよ、それを受け取る為に婚約者という役を演じてた」
(まずい、完全に読み間違えた。なんとかしてヴァルネラに合流しないと)

 俺は立ち上がって扉に向かうが、強い魔力が降り注いで床に縫い付けられる。
 声を上げようにも貴族専用の部屋は、強固な防音魔法が張り巡らされていた。

「ヴァルネラから魔力は奪えなかったけど、君にはまだ可能性がありそうだね」
「やだ、こないで! ヴァルネラに殺されてもいいの!?」

 唯一使える武器として、俺は元婚約者との繋がりを振りかざす。
 だがスペルヴィアは、気にした素振りもなく近づいてきた。

 ……そういえば彼はヴァルネラの脅しに対し、今に至るまで恐怖心を見せてない。

「その脅しは、死にたくない者のみに有効だ。僕は欠陥品扱いをされる方が辛い」

 スペルヴィアの指先が俺の顎に掛かって、視線を合わせられる。
 だがその瞳には、尋常ではない狂気が垣間見えた。
 全身に鳥肌が立って彼の手を振り払おうとするが、少しも体が動かない。

「翅を持つ者を喰らえば、強い魔力を得られる。それで僕は名誉を取り戻す」
「うあ、離してよ! ……ぁ、がっ!?」

 机の上に転がされた俺は、スペルヴィアに馬乗りされて首に歯を突き立てられる。
 容赦ない噛みつきで意識が飛び掛けるが、すぐに傷口から甘い痺れが広がった。

「僕は妖精種の失敗作、吸血種でね。血液から魔力を奪えるし、快楽を与えられる」
「あ゛んっ、いや、だ。気持ちよくなりたくない……! っや、首が熱い……!」

 スペルヴィアは何度も同じ場所を噛み、俺の血で口元を濡らしていく。
 そして机に置かれていた果物用の短剣で、俺の礼装を引き裂いていった。

「無駄な抵抗は良しなよ。今の君は、僕に魔力を提供する存在でしかない」

 好物を前にした子供のようにスペルヴィアの声が弾み、彼の手は下がっていく。
 そしてずたずたになった俺の服を強く掴み、力任せに引き千切ろうとした。

「いっそ中に挿れてしまおうか、直接的な「約束を破りましたね、スペルヴィア」」
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