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8-1.妖精卿と元婚約者編1
しおりを挟むヴァルネラと共同生活が長くなるにつれて、俺の持ち物はどんどん増えてくる。
最初はありがたいし喜んでいたが、最近はどう考えても常軌を逸していた。
「気持ちは受け取るけど俺は居候だし、家族や友達扱いなら貢ぐのは不健全だよ」
「貴方は特別ですから。大切な人に良いものを渡したいと思うのは、普通です」
過度な捧げものを俺が止めるように説得しても、贈り物の箱は増えていく一方だ。
最初はありがたいと思っていたけれど、今は罪悪感の方が強くなっている。
「そうだとしても、やり過ぎだよ。高価な贈り物なんかいらないって」
「もしかして迷惑、でしたか」
奉仕癖に怖くなって渡された箱を押し返すと、ヴァルネラは悲しげに目を伏せる。
でも性行為を重ねても俺は恋人ではないし、ここまで尽くされると気が重い。
「そんなに傷ついた顔しないでよ。責めてるわけじゃないんだから」
「なら受け取ってくださいよ、金額なんてどうでもいいじゃないですか」
ヴァルネラの表情はどんどん暗くなっていき、目から光がなくなっていく。
けれど最近の俺は色々貰いすぎているから、ちゃんと断らないといけない。
「好みにそぐわないからですか? 確かに私、貴方が好きな物を知らないですけど」
「そもそも俺たちの関係って、契約じゃん。魔法も教えてもらってるし、充分だよ」
危ない目に遭えば助けに来てもらい、衣食住の面倒も見てもらっている。
そういってもヴァルネラは納得してくれず、涙目で俺にもたれ掛かってきた。
「そんな冷たいこと言わないでください、グレイシス。寂しくなってしまいます」
(案外甘えただよな、ヴァルネラ。人と接してこなかっただろうけど)
出会った当初はあれだけ恐ろしく感じていた青年が、今は可愛くて仕方ない。
思わず頭を撫でようとするが、それより先にヴァルネラが勢いよく顔を上げた。
「そうだ、一緒に買い物へ行きましょう! それでお互いを知りましょう!」
「別に無理に知る必要ないと思うんだけど。ちょっと、無理やり引っ張らないで!」
魔法で瞬時に身支度を整えたヴァルネラは、上機嫌に俺を連れ出そうとする。
絡ませるように掴まれた手は、しっかりと楽しげに振り回されていた。
「はぐれると困りますから。それとも、グレイシスは手を繋ぐの嫌ですか?」
俺が渋っているとヴァルネラは立ち止まり、切なげに見つめてくる。
けれどこれは、高価な貢ぎ物よりも余程俺に効いた。
「……子供じゃないんだから、目立つでしょ。嫌とかじゃなくて」
「私の関係者だと分かれば、手を出す輩も減りますよ」
それでも人々の目を気にして頷けないでいると、ヴァルネラから利点を示される。
確かに彼の保護下にあると知られれば、誘拐犯なども手を出しづらくなる。
「まぁ、それもそうか。……じゃあ多少の恥ずかしさは、目を瞑るよ」
「それに私が、手を繋いでると嬉しいので! じゃあ行きましょう!」
悩んだ末に流されて手を握り返すと、ヴァルネラは嬉しそうに破顔する。
そのまま転移魔法を使用され、俺たちは一瞬で街まで辿り着いた。
初めて来た街の中は大勢の人で賑わっており、商業店が多く立ち並んでいた。
ヴァルネラに気づいた人もいるが、距離を取っただけで声はかけてこない。
「気になるお菓子屋さんはありますか? 服屋でも、宝石店でも構いませんよ」
「この体質になってから食欲はないし、着飾るのって興味ないんだよね。俺」
ヴァルネラに連れられて俺は大通りを歩き、店頭に飾られた商品を眺めていく。
けれど金銭に関係なく、今の俺は思っていた以上に物欲が存在していなかった。
「では寝具はどうです? そうでなければ、魔法の教本とかでも」
「屋敷にあるので十分だし、初等本ですら終わってないよ。俺」
俺も惹かれるものがないかと街を見渡すが、特に興味が持てるものはなかった。
その様子にヴァルネラは落胆するかと思ったが、彼の目は同情的だった。
「やっぱり人間とは、欲求が違ってくるので難しいですよね。私もそうでした」
「っていうか今、俺が好きなものってなんなんだろ。本当に分かんない」
転生前の記憶は朧げだし、集団生活を行う施設で贅沢はあまりできなかった。
だから自分の嗜好ですら、ヴァルネラと同じくらい分からなくなっている。
(だからヴァルネラも同類を作って、寂しさを紛らわせようとしたのかな)
没頭できる趣味すら作れないとなると、孤独を紛らわせる手段はほぼ消える。
魔法は彼にとって当たり前だし、大した刺激には成り得ない。
「参考までに聞くけど、ヴァルネラが好きなものってなに。というかあるの」
「……ここ最近は、性的快楽ですね。あぁ、距離を取ろうとしないで!」
察してはいたが案の定な答えが戻ってきて、俺はできる範囲でそっと後ずさる。
けれど彼も言い辛そうにしていたから、本当に考えた末の結論なんだろう。
「答えろって言ったのは俺だけどさぁ、他になかったの?」
「後は貴方と話しているのが「げ、ヴァルネラ!?」」
そして俺達が道端に移動しようとすると、聞き覚えのない声が割り込んできた。
声を辿るとヴァルネラと同じ年頃の青年が、俺たちを見つめている。
「あの人、知り合いなの? 随分怯えた顔をしてるけど」
「元学友です。卒業以降、見てませんでしたが」
青年はヴァルネラの同級生らしいが、彼は青ざめながら俺たちを見ていた。
その視線が俺たちの繋がれた手に注がれ、更に目が見開かれていく。
「お前、また無差別に喧嘩を売ってるのか!? その子、騙されてねぇか!?」
「いいえ、今日は連れと買い物に来ただけです。戦う気はありませんよ」
青年は連れまわされている俺を心配しているようで、慌てて駆け寄ってきた。
けれどヴァルネラの言葉に足を止め、信じられないとばかりに俺を凝視する。
「お前に連れ? ……嘘だろ、正気かアンタ」
「ヴァルネラに魔法を教えてもらってるから、それだけだよ」
出会ったばかりの頃のヴァルネラのことを考えると、青年の疑問はもっともだ。
けれど俺は搾取されているわけではないし、今は対等な契約関係を築いている。
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ、グレイシス。でも私は今、彼に夢中なので騒ぐ気はありません。在学中はご迷惑をおかけしました」
「い、いや。だけど、ここまで人って変わるのか。マジかよ」
綺麗に頭を下げるヴァルネラに、青年は度肝を抜かれたようにたじろいでいる。
しかしこんなに困惑するなんて、ヴァルネラは在学中になにをしたのか。
(それに、奥で睨んでる子が気になるな)
今まで影になって見えなかったが、そこには幽玄な印象を持つ青年が立っていた。
やはりヴァルネラと同じ年頃で、恐らく彼も学友の一人だと思われる。
(けど見てるのがヴァルネラじゃなくて、俺なんだよな。面識ないのに)
目線を向けると圧の強い目とぶつかって、勢いよく逸らしてしまった。
そして青年が口を開く前に、ヴァルネラが俺を庇うように手を引く。
「じゃあ我々は行きますね、買い物の途中ですから。行きましょう、グレイシス」
これ以上話す必要がないとばかりに、ヴァルネラは俺を連れてその場から離れる。
俺達を呼び止める声にも振り向かず、喧しい雑踏の中へと紛れ込んだ。
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