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第四話 運命
寸前、爆ぜる
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「なるほど。根元は色濃く、先端にかけて白い。まだら模様に見えていたのは羽の重なり具合か。美しいな……」
しっとりと熱弁するノアが羽耳に向けるのは、ズボンから取り出した手持ちの拡大鏡。折り重なる羽の質感を指先で確認しながら、隅々まで余すところなく観察していく。
「あの……」
「換羽期はあるのか? 抜け落ちた羽根を貰ってもいいだろうか。標本にしたいんだ」
換羽期は、ある。本格的な寒さが始まる直前になると、カージュは連日大掃除に追われる。特に羽毛量の多い告鳥たちは大変そうだ。いや、そんなことよりも。
(は、恥ずかしい……)
裸体を見られるのと同じくらい、いやそれ以上に。自分でも見たことがないような部分まで暴かれているようで、むず痒い。
ルーペで拡大された青い瞳は真剣そのもの。だからこそ余計に羞恥に襲われて、視界が潤んだ。
「耳介にあたる部分を羽が覆っているのか。頭皮と付け根の一体化も素晴らしいな。角質の層が見事だ。聴覚のメカニズムは人間と同じだろうが、雛鳥は総じて耳が良いと聞く。羽耳はセレニティの意匠を表す以外に特別な作用があるのか……? ふふふ、すごく興味深い」
オトの羞恥心と比例して、ノアは何だかとても楽しそうだ。初対面から変わった人だと思っていたが、ますますわけがわからない。
「み、醜いから、あまり見ないで……」
「静かに。余計な主観は考察の妨げになる」
消え入りそうな声で懇願するも、ぴしゃりと制された。余計な主観だなんて、随分な言い草だ。きゅっと眉を寄せて睨みつけるが、扇情的な表情になっていることにオトは全く気づいていない。羽耳に夢中のノアもだが。
「それに本当に醜いのは、君を醜いと言った者たちの心だ」
そう言って一枚の羽を摘まみ、内側に指を差し込んだ。
中を覗き込まれる視線を感じて、言葉にできない感覚が身体を駆け抜ける。ゾクゾクしたが、悪寒ではない。むしろ――熱い。
「んんっ……!」
熱を逃すように、思わず声が漏れた。
いけないことをしている気がする。これはきっと純潔を尊ぶ雛鳥に灯ってはならない熱だ。なのに抵抗できないのはどうしてだろう。
さらに追い討ちをかけるのは「美しい」「綺麗だ」「素晴らしい」などの、止まない賛辞。オトにぶつけられた侮辱を全て塗り替えるように、ひっきりなしに囁かれる。そんなことないと否定したいのに、口を開けば自分のものとは思えない甘ったるい声が次々と上がった。
「も、だめっ……!」
視界がチカチカしてきて、何かが爆ぜそうな感覚が込み上げる。ノアの胸を押して身じろぎした、その時……。
「あーーッ! 領事様がオト姉様をテゴメにしてるーーーッ!!」
よく通る甲高い声が、音量を落とさずどこまでも伸びていく。聞き馴染んだその声にハッとオトの意識が戻った次の瞬間、恍惚とルーペを向けていた男が、突然後ろへ引っ張られた。
「病み上がりの淑女相手にはしたないですわ。恥を知りなさい」
水面を透き通すような清廉とした声色に反して、強烈な背負い投げが炸裂する。突如現れたその人は、踵が尖った靴で絨毯に穴を空けるほど踏ん張り、美しい放物線を描きながらノアを放り投げた。
しっとりと熱弁するノアが羽耳に向けるのは、ズボンから取り出した手持ちの拡大鏡。折り重なる羽の質感を指先で確認しながら、隅々まで余すところなく観察していく。
「あの……」
「換羽期はあるのか? 抜け落ちた羽根を貰ってもいいだろうか。標本にしたいんだ」
換羽期は、ある。本格的な寒さが始まる直前になると、カージュは連日大掃除に追われる。特に羽毛量の多い告鳥たちは大変そうだ。いや、そんなことよりも。
(は、恥ずかしい……)
裸体を見られるのと同じくらい、いやそれ以上に。自分でも見たことがないような部分まで暴かれているようで、むず痒い。
ルーペで拡大された青い瞳は真剣そのもの。だからこそ余計に羞恥に襲われて、視界が潤んだ。
「耳介にあたる部分を羽が覆っているのか。頭皮と付け根の一体化も素晴らしいな。角質の層が見事だ。聴覚のメカニズムは人間と同じだろうが、雛鳥は総じて耳が良いと聞く。羽耳はセレニティの意匠を表す以外に特別な作用があるのか……? ふふふ、すごく興味深い」
オトの羞恥心と比例して、ノアは何だかとても楽しそうだ。初対面から変わった人だと思っていたが、ますますわけがわからない。
「み、醜いから、あまり見ないで……」
「静かに。余計な主観は考察の妨げになる」
消え入りそうな声で懇願するも、ぴしゃりと制された。余計な主観だなんて、随分な言い草だ。きゅっと眉を寄せて睨みつけるが、扇情的な表情になっていることにオトは全く気づいていない。羽耳に夢中のノアもだが。
「それに本当に醜いのは、君を醜いと言った者たちの心だ」
そう言って一枚の羽を摘まみ、内側に指を差し込んだ。
中を覗き込まれる視線を感じて、言葉にできない感覚が身体を駆け抜ける。ゾクゾクしたが、悪寒ではない。むしろ――熱い。
「んんっ……!」
熱を逃すように、思わず声が漏れた。
いけないことをしている気がする。これはきっと純潔を尊ぶ雛鳥に灯ってはならない熱だ。なのに抵抗できないのはどうしてだろう。
さらに追い討ちをかけるのは「美しい」「綺麗だ」「素晴らしい」などの、止まない賛辞。オトにぶつけられた侮辱を全て塗り替えるように、ひっきりなしに囁かれる。そんなことないと否定したいのに、口を開けば自分のものとは思えない甘ったるい声が次々と上がった。
「も、だめっ……!」
視界がチカチカしてきて、何かが爆ぜそうな感覚が込み上げる。ノアの胸を押して身じろぎした、その時……。
「あーーッ! 領事様がオト姉様をテゴメにしてるーーーッ!!」
よく通る甲高い声が、音量を落とさずどこまでも伸びていく。聞き馴染んだその声にハッとオトの意識が戻った次の瞬間、恍惚とルーペを向けていた男が、突然後ろへ引っ張られた。
「病み上がりの淑女相手にはしたないですわ。恥を知りなさい」
水面を透き通すような清廉とした声色に反して、強烈な背負い投げが炸裂する。突如現れたその人は、踵が尖った靴で絨毯に穴を空けるほど踏ん張り、美しい放物線を描きながらノアを放り投げた。
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