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第一話 セレニティの雛鳥
鳥籠
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「メルヴィ、もうよせ」
夜の澄んだ空気をぴんと張ったような、清廉とした声が響く。
御簾を上げて現れたのは、癖のない月白の髪が特徴的な青年だった。髪色と同じ羽耳は先にかけて淡い朱鷺色に染まり、性別を超えた美しさを惜しみなく振りまく。
純白の着物に濃藍色の肩衣を合わせた彼の名はアタラと言う。メルヴィと同じく楽徒を束ねる一人だ。
「連絡船が帰って来たのに姿が見えないと思ったら、またこんなことを……」
「よその楽徒が、あたくしの教育に口を出さないでちょうだい」
「雲雀様が君を探していた。夢喰採りの成果報告も僕らの大切な役目だろう?」
告鳥の一羽であるその名に、メルヴィの眉根がぴくりと動く。
力なく平伏すオトを忌々し気に見下ろし、チッと舌を鳴らした。
「せいぜい雄に媚びて優しくしてもらいなさいな、この醜雌鳥」
「メルヴィ」
「フンッ」
過言をたしなめるアタラにそっぽを向く。苛烈な嘴をようやく閉ざしたメルヴィたちは、嵐のように去って行った。
這いつくばるオトの下からサヨが抜け出し、彼女の肩を揺さぶる。
「オト姉様、大丈夫……?」
叩かれた頬はみみず腫れが走り、唇を血が伝った。きっといつも以上に醜い顔だろう。
「大丈夫」と袖で顔を隠したオトの細腕を、アタラが引き寄せた。はっと顔を上げたが、すぐうつむいてしまう。赤い水引の髪飾りが彩る美しい顔に見惚れたのもあるが、それ以上に恥ずかしかった。彼とは正反対の惨めで醜い姿を晒していることが。
「こうなる前に呼んでって、いつも言ってるのに」
「だって、迷惑かけちゃうから……」
「僕がオトに一度でも迷惑だって言った?」
優しい声色に問われ、弱々しく首を振る。
アタラはオトと同い年の十九歳。片羽のせいで虐げられるオトを気にかけ、こうしてよく手を差し伸べてくれる。
彼やサヨの心配りがあるから、オトはこの華やかで排他的な籠の中でも生きてこられた。
「サヨも、ありがとう。もう大丈夫だから、アタラと一緒にお帰り」
「……サヨも早く歌えるようになりたいです。そしたらオト姉様の分まで大きな声で歌います」
優しい妹分と幼馴染のような青年が手を繋いで去る姿を見送り、息を細く吐いた。疲れ切って柱に背中を寄せた彼女の耳元へ「ガァ、ガァー」という鳴き声が届く。見ると、中庭に植えられた柳の木から、一羽の鴉が飛び立った。
夢喰を彷彿とさせる黒い鳥を、島民は「不吉だ」と煙たがる。だがオトは、月下を漆黒の翼で羽ばたく影に憧憬を覚えた。
「どこにでも飛んでいける羽があって、いいな……」
セレニティから与えられた羽は、飛ぶことができない。むしろこの鳥籠に囚われる枷となって、命尽きるその時まで歌い、踊り、奏で――そうして外の世界を知らないまま、朽ちていく。
月島は神鳥が御座す神聖な島。
雛鳥は普通の人間として生きることも、空を飛ぶ鳥として生きることもできはしない。この頃のオトはそう思っていた。彼に出会うまでは――。
夜の澄んだ空気をぴんと張ったような、清廉とした声が響く。
御簾を上げて現れたのは、癖のない月白の髪が特徴的な青年だった。髪色と同じ羽耳は先にかけて淡い朱鷺色に染まり、性別を超えた美しさを惜しみなく振りまく。
純白の着物に濃藍色の肩衣を合わせた彼の名はアタラと言う。メルヴィと同じく楽徒を束ねる一人だ。
「連絡船が帰って来たのに姿が見えないと思ったら、またこんなことを……」
「よその楽徒が、あたくしの教育に口を出さないでちょうだい」
「雲雀様が君を探していた。夢喰採りの成果報告も僕らの大切な役目だろう?」
告鳥の一羽であるその名に、メルヴィの眉根がぴくりと動く。
力なく平伏すオトを忌々し気に見下ろし、チッと舌を鳴らした。
「せいぜい雄に媚びて優しくしてもらいなさいな、この醜雌鳥」
「メルヴィ」
「フンッ」
過言をたしなめるアタラにそっぽを向く。苛烈な嘴をようやく閉ざしたメルヴィたちは、嵐のように去って行った。
這いつくばるオトの下からサヨが抜け出し、彼女の肩を揺さぶる。
「オト姉様、大丈夫……?」
叩かれた頬はみみず腫れが走り、唇を血が伝った。きっといつも以上に醜い顔だろう。
「大丈夫」と袖で顔を隠したオトの細腕を、アタラが引き寄せた。はっと顔を上げたが、すぐうつむいてしまう。赤い水引の髪飾りが彩る美しい顔に見惚れたのもあるが、それ以上に恥ずかしかった。彼とは正反対の惨めで醜い姿を晒していることが。
「こうなる前に呼んでって、いつも言ってるのに」
「だって、迷惑かけちゃうから……」
「僕がオトに一度でも迷惑だって言った?」
優しい声色に問われ、弱々しく首を振る。
アタラはオトと同い年の十九歳。片羽のせいで虐げられるオトを気にかけ、こうしてよく手を差し伸べてくれる。
彼やサヨの心配りがあるから、オトはこの華やかで排他的な籠の中でも生きてこられた。
「サヨも、ありがとう。もう大丈夫だから、アタラと一緒にお帰り」
「……サヨも早く歌えるようになりたいです。そしたらオト姉様の分まで大きな声で歌います」
優しい妹分と幼馴染のような青年が手を繋いで去る姿を見送り、息を細く吐いた。疲れ切って柱に背中を寄せた彼女の耳元へ「ガァ、ガァー」という鳴き声が届く。見ると、中庭に植えられた柳の木から、一羽の鴉が飛び立った。
夢喰を彷彿とさせる黒い鳥を、島民は「不吉だ」と煙たがる。だがオトは、月下を漆黒の翼で羽ばたく影に憧憬を覚えた。
「どこにでも飛んでいける羽があって、いいな……」
セレニティから与えられた羽は、飛ぶことができない。むしろこの鳥籠に囚われる枷となって、命尽きるその時まで歌い、踊り、奏で――そうして外の世界を知らないまま、朽ちていく。
月島は神鳥が御座す神聖な島。
雛鳥は普通の人間として生きることも、空を飛ぶ鳥として生きることもできはしない。この頃のオトはそう思っていた。彼に出会うまでは――。
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