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酒場
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男は薄暗い酒場の端でちびちび酒を飲んでいた。今日も無事仕事を終え、しかしそのまま帰る気になれなかったので酒場に入ったのだ。「ああ、今日も草臥れた」そういう心地好い疲労感と共に明日への英気を養うために一人お疲れ様会である。安酒で十分なので財布にもさして響かない。
(安上がりだなぁ、俺)
自嘲とまではいかないがそんな風に思う。労うならもっと金をかけて、パアーっととは何故か思わないのだ。小心者なのかもしれない。
酒がグラスの半分くらいになった頃だろうか、暗かった場所にポッと照明が灯った。
(ステージ?)
その場所は高くはないが一段分段があり照明の真下には初老の男性がヴァイオリンを持って座っていた。洒落たチョッキを着こなし、彫りが深いので異国人と思われた。
何の挨拶もなく曲の演奏が始まった。テンポが速めでノリの良い曲だ。酒場での余興にはマッチした曲調で何とも心地よい。男もその他の客も自然と身体を揺らしながら演奏に聴き入った。
曲が二巡目に差し掛かると背後の暗闇から女が登場して、曲に合わせて陽気に踊り出した。女の表情は晴れやかで、心からダンスを楽しんでいる様だった。長いスカートの裾を膝までたくし上げ、軽やかにステップを踏む足はタップダンス用の靴を履いている。ヴァイオリンの曲の合間にカカカッカカカッと靴を床に打ち付ける音が響いた。
三巡目。
別の女がステージに上がり踊り出す。
四巡目。
更に女が現れ踊り出した。
女達の衣装は細部こそ違うものの同じ意匠で合わせている。三人は個別でステップを踏んだり、そうかと思えば肩を組んで踊ったり自由気ままだ。
五順目。女が一人、酒に酔って良い気分で余興を楽しんでいた男へと近付いて手を差し出した。他の女二人はにこやかに手招きしている。客を巻き込む系の余興だったらしい。
「いや、俺踊れないです」
尻込みする男の手を強引に女は掴みステージ上に引っ張っていった。他の客は拍手をしたり指笛を吹いたりして囃し立てる。
(あー。もう。どうにでもなれ!!)
戸惑いもあるが酔いの勢いで男は腹を括り踊り出した。覚束ない動きの男にも嫌な顔一つせず女達も踊り続ける。
曲が終わるとステージの照明が落とされた。盛大な拍手が上がった。男は灯りが付いている客席を高揚感に満たされながら眺めた。まごつきながらではあるが踊ったため少し息が上がっている。
(運動でも始めるかな、こりゃ)
自分の運動不足を自覚してそう思った。
自分も客席に戻ろうとすると上着の裾を引っ張られた。
「?」
酒場のスタッフに今のことを説明されるのだろうか?流石にこれだけのことで謝礼はないだろうし。そう考えながら裾を引っ張った人物へ顔を向けた。照明が無い暗闇の中、目が慣れても朧気な影のような輪郭しか見えない。
(ダンサーの女か?)
目を凝らすが矢張りよく見えない。
『こっちだ』と言うように男の右腕を取り奥へと引っ張っていく。男が戸惑っていると左腕に人の腕が絡み付く。そして背後からそっと背を押された。強引ではないが、有無を言わせぬ圧があった。
(バックヤードって関係者以外立ち入り禁止なんじゃ?)
男の酔いはすっかり覚め困惑しきりだ。そして、歩を進めながら思う。
(この店、こんなに細長い間取りだったか?)
直線に進んでいるが照明はおろか非常灯すら見当たらない。急に男の心に不安が覆い被さった。
(俺は今何処にいる?)
恐怖で打ち付ける心臓が速くなる。
(俺の周りにいるこの人達は何なんだ?)
冷や汗が背を伝う。
(どうしたら)
闇に消えた男の事などつゆ知らず、酒場では客達が今日の余興の話に花が咲いていた。
(安上がりだなぁ、俺)
自嘲とまではいかないがそんな風に思う。労うならもっと金をかけて、パアーっととは何故か思わないのだ。小心者なのかもしれない。
酒がグラスの半分くらいになった頃だろうか、暗かった場所にポッと照明が灯った。
(ステージ?)
その場所は高くはないが一段分段があり照明の真下には初老の男性がヴァイオリンを持って座っていた。洒落たチョッキを着こなし、彫りが深いので異国人と思われた。
何の挨拶もなく曲の演奏が始まった。テンポが速めでノリの良い曲だ。酒場での余興にはマッチした曲調で何とも心地よい。男もその他の客も自然と身体を揺らしながら演奏に聴き入った。
曲が二巡目に差し掛かると背後の暗闇から女が登場して、曲に合わせて陽気に踊り出した。女の表情は晴れやかで、心からダンスを楽しんでいる様だった。長いスカートの裾を膝までたくし上げ、軽やかにステップを踏む足はタップダンス用の靴を履いている。ヴァイオリンの曲の合間にカカカッカカカッと靴を床に打ち付ける音が響いた。
三巡目。
別の女がステージに上がり踊り出す。
四巡目。
更に女が現れ踊り出した。
女達の衣装は細部こそ違うものの同じ意匠で合わせている。三人は個別でステップを踏んだり、そうかと思えば肩を組んで踊ったり自由気ままだ。
五順目。女が一人、酒に酔って良い気分で余興を楽しんでいた男へと近付いて手を差し出した。他の女二人はにこやかに手招きしている。客を巻き込む系の余興だったらしい。
「いや、俺踊れないです」
尻込みする男の手を強引に女は掴みステージ上に引っ張っていった。他の客は拍手をしたり指笛を吹いたりして囃し立てる。
(あー。もう。どうにでもなれ!!)
戸惑いもあるが酔いの勢いで男は腹を括り踊り出した。覚束ない動きの男にも嫌な顔一つせず女達も踊り続ける。
曲が終わるとステージの照明が落とされた。盛大な拍手が上がった。男は灯りが付いている客席を高揚感に満たされながら眺めた。まごつきながらではあるが踊ったため少し息が上がっている。
(運動でも始めるかな、こりゃ)
自分の運動不足を自覚してそう思った。
自分も客席に戻ろうとすると上着の裾を引っ張られた。
「?」
酒場のスタッフに今のことを説明されるのだろうか?流石にこれだけのことで謝礼はないだろうし。そう考えながら裾を引っ張った人物へ顔を向けた。照明が無い暗闇の中、目が慣れても朧気な影のような輪郭しか見えない。
(ダンサーの女か?)
目を凝らすが矢張りよく見えない。
『こっちだ』と言うように男の右腕を取り奥へと引っ張っていく。男が戸惑っていると左腕に人の腕が絡み付く。そして背後からそっと背を押された。強引ではないが、有無を言わせぬ圧があった。
(バックヤードって関係者以外立ち入り禁止なんじゃ?)
男の酔いはすっかり覚め困惑しきりだ。そして、歩を進めながら思う。
(この店、こんなに細長い間取りだったか?)
直線に進んでいるが照明はおろか非常灯すら見当たらない。急に男の心に不安が覆い被さった。
(俺は今何処にいる?)
恐怖で打ち付ける心臓が速くなる。
(俺の周りにいるこの人達は何なんだ?)
冷や汗が背を伝う。
(どうしたら)
闇に消えた男の事などつゆ知らず、酒場では客達が今日の余興の話に花が咲いていた。
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