断片或いは欠片

すずしろ

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勢い余って

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『ああ。私、死ぬのか。』
床に横たわった私はそんな風に思った。身体は鉛を背負ったかのように重く動かせないし、何とか目だけ動かしたが、夜ではなかった筈なのに周囲は暗くよく見えない。
頭も働かない。
階段を踏み外した?誰かに刺された?それとも車にでも轢かれたのだろうか?
今、私がどういう状態なのか。どういう経緯があったのか。思い出せない。
極めつけは、
「ねえ、死ぬの?」
そう聞いてくる奴がいるからだ。
私の顔を覗き込んでくる其奴は骸骨だった。黒のローブを纏っているのも相まって、薄暗い世界に骨の白がよく映えた。
『死神』
そう思った。
「ねえ、死ぬの?」
同じ台詞を吐いた其奴は顎をカタカタ揺らした。笑ったのだろう。筋肉や皮膚、眼球があったらニタニタと嫌らしい笑みを浮かべたに違いない。
骨同士がぶつかる軽い音を聞いている内に、むかっ腹が立ってきた。兎に角腹が立って、腹が立って仕方が無かったので、其奴の顔に右ストレートを叩き込んでやった。

火事場の馬鹿力だ。

脆く崩れた骸骨を一瞥して、私は血の気が引いた。骨の残骸の側に“私”がいたからだ。では身体を起こし、骸骨を殴り倒したこの私は何なのか?
一瞬動揺したが、ある結論に思い至った。
今の私は幽体であると。
馬鹿力を発揮した時、肉体が付いてこれずに、幽体と引き剥がされたのだ。
「あちゃー」
やっちまったな。
「良くはないけど、まあ、良いや」
どうせ死ぬはずだったのだから早いか遅いかの違いである。
「豪快だね」
自分の人生に見切りを付けた私に骸骨が言った。左半分が崩れているが器用に笑っている。
「死神を殴るなんて、恐れ知らずだ」
「死神」
見た目通り死神だった。
「ベタだよね」
「?ベタ……とは?」
骸骨こと死神は顎に手を当て首を傾げる。手も当然のことながら骨だ。
「死神=骸骨ていうところが」
「ああ。なるほど」
死神は軽く頷いた。
「本来神に特定の姿は無いのです」
「そうなの?」
「はい」
つまり人間側の勝手な想像でもって姿を成しているらしい。
「万国共通とまではいきませんが『死神=骸骨』は割とメジャーでして」
「じゃあ、その骸骨姿なのは認識する側の要素が強いと」
「その通りです」
「ふうん。その大鎌も?」
「ああ、はい。この小道具もそうですね」
「小道具」
魂を刈るための物だとばかり思っていた。
「そもそも私の役目は死者の魂を導くだけです」
「え!?刈らないの?」
「少なくとも私は大鎌を使用することはありません。唯々重いだけの荷物です」
無用の長物だった。
「持ってみたい」
好奇心に駆られ、死神に頼んでみた。
「良いですよ。手荷物が減って私は楽ですから」
「荷物係を志願したつもりは無い」
そこははっきりさせておこう。
「怪我に気を付けてください」
幽体に怪我も何も無いと思うのだが、そういう注意を促す辺り、悪い奴ではないのかもしれない。
死神への認識を改めたところで、鎌を持ってみた。
「あ。重」
「でしょう?」

大きく深呼吸をして大鎌を構えた。
「お前の魂、いただくよ!」
「その台詞はちょっと……」
コンプライアンス的にアウトだった。
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