上 下
55 / 55
コロッケを待ちながら

エピローグ2

しおりを挟む


「ねえ、久しぶりにお肉屋さんに寄って行かない?」

「やだよ。気が進まない」
 そういえば長い間、あのお肉屋さんでコロッケを買っていなかったことを思い出す。
 理央と一緒に帰っていた頃はほとんど毎日のように行っていたのに。そう考えると余計に、気が乗らなくなった。
 理央のスマホを壊してからまだ三日しか経っていない。友情を台無しにしてしまった直後に、仲が良かった頃のことなんか考えたくもなかった。

「えー、行こうよ。行くでしょ? 雛子ちゃん」
「その脅しは通用しないよ。もう理央の目も気にしなくてよくなったんだから」
「なによ脅しって」
「この前そうやって脅しただろ。体育のときペア組んでくれないならあのことバラすとか。コロッケ食べてくれなかったら一緒に帰ってあげないとか」
 雛子はすっかり投げやりになっていた。
 鞠乃と一緒に帰っていたのも、自分を放って彼氏と帰る理央に気を使わせたり、同情されたくなかったからだ。しかし、その理央との関係が台無しになったのだから、今さら鞠乃の意地悪に付き合ってやる必要はない。
 雛子はいっそのこと今この場で鞠乃を置いて帰ろうかと思った。
 雛子は何もかも嫌になった。
 鞠乃とも昔はこんなんではなかった。本当に仲が良かったと言える時期があった。言いたいことは何でもハッキリ言えたし、意見が食い違ってもケンカにならなかったし、何を話していても自然と会話が面白い方に進んだ。
 鞠乃と話すのが楽しすぎて、塾から帰るだけというとりとめもない時間が一生続けばと思うことすらあったのだ。

 もしかしたら友情とは思い出の中にしかないのかもしれない。

 雛子はそう思った。
 当時はただの友だちだと思っていた。学校に行けば、これくらい気の合う友だちはいるものだし、これくらいは普通だと思っていた。
 どこか居心地の悪さを感じるようになって、やっと昔のころを思い出すのだ。
 じゃあ、今の状態はどうなんだろう。一年後にはもっと疎遠になって、今に比べたらあのときはまだ仲が良かったなんて言うんだろうか。
 そのあとは? 高校を卒業して、成人式の夜にだけ会うようになって、それに比べたら高校時代は仲が良かったって言うんだろうか。

「今日は脅しじゃなくて、お願いしてるの。お腹空いて死にそうなの。お肉屋さん行こうよ」
 鞠乃は言ってニコッと笑った。
「はあ……あんたってほんとよく分からないな。今月持つかな?」
 雛子は財布を開いて千円札の枚数を数え始めた。
 通学路を横道に入って、精肉店の幟を目にとめる。あれが出ているということは一応店が開いているということだ。
「おばちゃん、コロッケ二つ」
 店の前まで来ると、雛子は鞠乃の分も合わせてコロッケを二つ頼んだ。
 精肉店のおばちゃんは慣れた手つきでコロッケをフライヤーの中へと滑らせていく。白い衣の周りにふつふつと泡がくっつきはじめる。
 後方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえたのはそのときだった。

「おばちゃん、やっぱりコロッケ三つで!」
 聞きなれた明るい声がして、誰かが自分のリュックサックに手を置いた。

 振り返ると、理央がスマホを自慢げに突き出している。
「ねえ、見て。新しいスマホ買ったの。良いでしょ?」
「それ最新のやつだよね? やっぱり画質とか違う?」
「うーん、画質は分からんけど、かっこよくない? デザインがほら」
「データはどうだったんだ?」
 雛子はバツの悪そうな顔でそう聞いた。
「全部飛んだ! だから、アプリ入れ直して、連絡先を聞きなおすだけで大変だったんだよ。写真もなくなったしさ」
「そっか。ほんとごめん」
「それはもう気にしないことにしたんだよね」

「でも、大事な写真とか……」

「まあ、それはそうだけど、そういうのって考え方の問題じゃん? なくなって死ぬものじゃないし、本当に大事な記憶は自分が覚えてるもんじゃん? それ以外の思い出はまた作っていけばよくない? ほら、最初の一枚撮ろうよ」
 理央は鞠乃と雛子の間に入ると、スマホをかざして、内カメラを起動する。
「笑って、笑って。はい、コアラ」
「なんでコアラ?」
 鞠乃が思わず笑ったところでシャッターが押された。

「見てみて、この写真よくない?」

 雛子は理央のスマホを覗き込んだ。
 ほんとうによく撮れてて、みんな自然に笑えているような気がする。それこそ、中学の頃の三人が一番仲が良かったときみたいに。
 写真は嘘つきなんだろうか。一瞬の出来事を永遠のように切り取るから。壊れたスマホも、三角関係もなかったみたいに。
 それともこうして笑っているときも確かにあるんだろうか。コロッケを待っているときくらいは。
 コロッケの揚がる音が、カラカラと小気味いいものに変わっている。香ばしい匂いが漂ってきて、雛子は空腹を感じ始める。


                コロッケを待ちながら〈終〉


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2023.10.10 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

先川(あくと)
2023.10.11 先川(あくと)

温かいコメントありがとうございます。感想をいただけるのは初めてなので「感想ってもらえるんだ!?」と驚いています。
理央かわいいですよね。高校生のときはコロッケの買い食いとかしたけど、最近はほんとしなくなったなあって自分で書いてても、彼女たちの青春が眩しかったです(笑)
紫陽花さんも友だちと遊びに行ったときなど、街のお肉屋さんでコロッケを買い食いしてみては。きっといい思い出になりますよ~

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。