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18.憂鬱な放課後

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「やっほー! 雛子、どうしたの? 今日は鞠乃っちと帰らないの?」

 後ろから急に肩を叩かれ、怖い顔のまま振り向いてしまった。冷たい視線をごまかすことができないまま、理央を見た。
「理央……、草薙はどうしたの?」
「さっきまで一緒にいたけど、雛子がなんか凹んでそうだったから。一人で帰って貰った」
 理央は気にした様子もなく隣を歩きはじめる。
 理央の無神経さが妙に癇に障った。
 自分のことを心配して追いかけてくれたのだろうが、その気まぐれを許すことができなかった。
「で、どうしたの?」

「別に」

 雛子は不機嫌な表情を隠さない。
「あたしと雛子の仲じゃん? なんでも相談してよ。さっき、ライン来てたんだけど、今日カラオケ半額だって。ちょっと寄ってく?」
 理央は言って、スマホを取り出した。
「草薙を一人で帰らせるなんてかわいそうだろ。草薙と帰ってやりなよ」
 雛子は取り繕った笑みをむける。
「えー、でももうこっちまで来ちゃったし」
「うちは本当に大丈夫だから。草薙と帰りな。ほら、連絡してあげるよ」
 雛子は理央の手からスマホをひったくると、友だちリストから草薙のアカウントを見つけて、通話をかけようとする。

「ちょっと!! 勝手にやめてよ!!」

 理央が甲高い声をあげ、雛子の手からスマホを取り返そうとする。
 雛子は逆の手に持ち替えて、彼女の手を避けた。
 怒った理央はさらに身を乗り出し、雛子の手を引っ掻くようにしたスマホを奪い取ろうとしたときだった。
 スマホは雛子の手から滑り落ちて、車道側に転がった。
わざと落としたわけではなかった。
 それだけは絶対になかったと誓える。理央に奪われないように必死だったし、そのときはとにかく誰とも一緒に居たくない一心で、そこまで意地悪なことを考える余裕もなかった。
 まずい、と思ったときにはスローモーションになっていた。
 車道に転がったスマホ、不意に耳をついたエンジンの音、スマホを追いかけて泳ぐ理央の手。
 バキッという嫌な音が響いて、数秒後にはもうスマホは車に轢かれていた。

「あああああああ、あたしのスマホ!」
 理央が悲壮な声をあげた。
 慌てて拾い上げてホームボタンを押すも、画面は明るくならない。ガラスは粉々に割れているし、地面に強く押し付けられてか、大きく陥没してる個所もある。

「ごめん……わざとじゃないんだ」
 雛子は真っ青な顔で言った。
 理央は雛子の言葉を無視して、スマホからメモリーカードをとりだそうとした。取り出し口は壊れていてうまく開かない。爪でこじ開けて、メモリーカード掻きだすと、半分を内部に残して、欠けた破片がこぼれ落ちた。
「うっそ……割れてるんだけど……」
「ほんとごめん」
 雛子は謝ることしかできなかった。
 確かに、気まぐれで自分を気遣った理央に腹を立てていたのは事実だし、スマホだってわざと壊すつもりはなかった。とはいえ、結果的に自分がしてしまったことに比べれば、どれも言い訳にならないことだった。

「あり得ないんだけど! 人のスマホ触るとか普通ある?」
 立ち上がって雛子を睨みつける。
「うちもちょっと気が滅入ってて」
「そういうことするやつだとは思わなかった。分かるじゃん? 大事なものだって! もう聞けなくなった人の連絡先とか、大事なメモとか、写真とかいっぱい入ってるんだよ?」
 理央の目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「うん、だから、ごめん……」
「ほんとに許せない!! データ取り出せなかったらマジで絶交だから」
 理央はそれだけを言い捨てると、スマホを握りしめて走り去ってしまった。
雛子はため息をつく。
 すぐに携帯ショップに駆け込んだところで、どうにかなるとは思えなかった。あれだけひどく潰れていたら、メモリーカードも内部データも取り出せる状況にないだろう。
 スマホの中にどんなデータが入っていたか、雛子は思い浮かべることができた。
 どこかに出かけたときは、みんなで自撮りを撮ったし、気軽にはいけないお洒落なカフェで頼んだケーキセットとか、夜遅くまで学校に残ったときに撮った夜景とか、それこそコロッケを四つも頼んだときにも写真を撮ったはずだ。
 草薙とのデートのときに行ったお店の写真も、見せてもらったことがある。

「将棋部の部停が解除されたら、一年間、冬眠中のクマみたいに耐え忍ぶんだ」

 理央、そういって草薙の写真を一生懸命貯めていた。
 それらはもう二度と撮ることはできない。
 ときどき見返して思い出すことも、誰かと写真フォルダを見せあいながら、これは何の写真で、これはどんな思い出と話し合うこともできない。
 どうしてこう自分はダメにしてしまうんだろうか。
 大切な友人を二人も失った。
 もう理央とも以前の関係には戻れないだろう。たとえ自分を許してくれることがあったとしても、それは許したというだけで、なかったことにはならない。
 もしかしたら理央も鞠乃みたいに、事あるごとにチクチクと自分を責めるようになるのかもしれない。
 嗚咽がこぼれた。
 もとに戻したいと思った。
 仲が良かったころに。なんでも話せて、本気で親友だと思えた頃に。
 友だちだったら許しあえるとか、また仲直りできるとは思えなかった。たとえ、そうであったとしても傷は残る。

 はあ、最悪だ。
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