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18.憂鬱な放課後

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「だから、多分、永瀬も気づいていると思うんだけど、俺、永瀬のこと好きなんだ。付き合ってくれない?」

 一瞬ドキリとはしたものの、雛子は牧原からの告白をどう受け止めていいか分からなかった。
 心はあまり揺れ動かない。牧原のことは嫌いではない。谷口や草薙より、ずっとタイプだ。多分、これから好きになっていけるんだと思う。
 だけど、牧原の言う好きがよく分からない。牧原は自分の知らないところで、友だちに持て余した恋心を打ち明けたり、コロッケを三つも四つも食べたりするんだろうか。
 仮に牧原と付き合ったとする。それで自分は幸せだろうか。
 もし牧原と一緒に帰ることになったら、鞠乃と帰らなくても済むようになる。放課後、理央に一人でいるところを見られても、気を使われたりしない。
 また鞠乃の惨めったらしい顔が浮かぶ。「誰かさんに盗られないようにツバつけとこ」と言って指を舐める鞠乃。「誰かさんに盗られないように名前書いとこっと」といってブックカバーに名前を書き始める鞠乃。
 牧原と付き合えば、そんな鞠乃と一緒にいる必要もなくなる。
 なのに、泣きたい衝動に駆られた。
 あのことが今日はずっと頭から離れない。

「牧原は本当にうちのこと好きなの?」
 牧原の目を見た。
「そう言ってるだろ」
「うちは牧原の思ってるような女じゃないよ。ずるいし、意地悪だし、欲張りだし。それでも本当にうちのことが好きって証明できる?」
 自分が喋ってるような気がしなかった。これじゃあ、面倒くさいメンヘラ女みたいだ。証明なんて自分でも面倒くさい。
 雛子は突き動かされるように言葉を発した。
「証明ってどうするんだよ」
 牧原は曖昧な笑みを浮かべて言った。

「隣のクラスの北条鞠乃とセックスして。うちの見てる前で、彼女を誘惑して、その気にさせて夢中にさせてほしい」
 なぜ自分がそんなことを思いついたのか分からなかった。
 それでおあいこになるわけではないし、鞠乃がそれを望むとも思えない。自分がただ罪の意識から解放されたいだけなのかも。
 自分が本当にしたいことは時間を巻き戻して、あの日、迷い犬を見つけた日に戻ることだ。自分がリードとおやつを買いに行くと言って、きなこと鞠乃を置いて行けば、結果はまったく違うものになったはずだった。
 あの頃の鞠乃と自分に戻りたかった。鞠乃のあてつけがましい態度も、嫌味な台詞もわざとらしいお嬢様口調ももう聞きたくなかった。

「え、なんだよそれ。お前らどういう関係だよ」

 牧原の声が嘲笑を含んだものになる。親密な雰囲気が急に緊張感を孕みはじめた。
「できるの? できないの?」
 雛子は牧原を睨んだ。
 牧原の目はもう珍しいトカゲでも見つけたみたいに歪んでいる。好奇と嫌悪感と、怖いもの見たさで歪んだ瞳。
「いや、キモすぎて無理だわ。ってか、別にそこまでしたいわけじゃないんだよな。永瀬とよく目が合うって話をダチにしたら、告ったらイケるって言われたから告っただけだし。ってか、永瀬と北条はいつもそんなことしてるのか? もしかして、3Pとかもしたことあんの?」
 身体がすっと冷たくなる。
 牧原の視線は好きな人に向けられるようなものではなくなっていた。もっとほかに質問することはないの? あんたにとってうちへの興味はその程度なのか?
 打ち解けた雰囲気のまま優しく聞いてくれたら、本当のことを話してあげたのに。
 うちのこと好きって言ったくせに。
 裏切られた気分だった。

「話はそれだけ? うち、そろそろ帰りたいんだけど」
「おい、詳しく聞かせてくれよ。北条と永瀬ってどんな関係なんだよ」
 しつこい牧原を振り払うようにして、学校を出た。牧原はグラウンドまでついてきたところで、友だちに声をかけられてそのまま部活に行った。
 何から何まで最悪だ。
 頭の中はぐちゃぐちゃだった。
 自分はあんな奴と付き合いたかったんだろうか? 普通に付き合っても良いよって言ったら、全く違った関係になれたのだろうか。台無しにしたのは自分だろうか?

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