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17.鞠乃と雛子の過去について

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 家を出ると雛子は鞠乃の家の前の公園に向かった。どうせもう家に入ってしまっただろうと思ったが、怖いもの見たさというのか、それを確かめずにはいられなかった。
 だからだろう。鞠乃が公園のベンチに座っていて、スマホを握りしめている姿を見つけたときは心臓が止まりそうになった。
 通り過ぎるわけにはいかず、雛子は鞠乃の前に立った。

「あっ、雛子ちゃん、お帰り!」
 鞠乃は雛子に気が付くと、怖いくらいふわりと笑った。かなり泣いたのだろう。目は充血していた。
「ごめん……」
「なにが?」
「聞いてただろ」

「しょうがないよ。雛子ちゃんは本当のことを言おうとしてくれてたでしょ? あんな風にされたらもうどうしようもなくなるでしょ?」

 鞠乃の本音がまったく見えてこなかった。
「でも、うち……」

「ううん、ってかもう、吹っ切れたよ。むしろ、わたしって実は雛子ちゃんが好きなんだって気が付いたの」

 鞠乃はそう言って目元をぬぐった。

「えっ」

 目の前の少女が何を言っているのか分からず、雛子は怖くなる。

「雛子ちゃんの声、すごくかわいくて……わたしね、なんか聞いてたら興奮してきちゃったの、ははは。だから、多分、わたし本当は女の子が好きだったんだって、さっき気が付いたの」

 雛子は顔を赤くした。自分は彼女にどんな声を聞かせていたんだろうか。あのときはどうしようもなかった。出したくて出していたわけじゃないし、聞かせたくて聞かせていたわけではなかった。
「ほんとうにドキドキしちゃったの。雛子ちゃんの声かわいかった」

 鞠乃が無理にそう思おうとしているのが分かった。好きな男子を親友に取られて、その一部始終をずっと聞かされていたのだ。
 自分はあんな男最初から好きじゃなかった。むしろ、困惑した雛子の声を聞いていたら、自分は本当は女の子が好きだとわかった。
 本気でそう思えたら、どれだけ楽か雛子にも分かった。
 だからこそ、雛子は黙って見ていることができなかった。

「違うよ。鞠乃、あんたは……」

「黙ってよ!! 否定しないでよ、バカ!! それならわたしはどうしたらいいの? 大好きな人を友だちに盗られて、あんなことまで聞かされて、大事な友だちのことも信じられなくなって……」
「ごめん……」
「だからもう良いの。谷口くんとも付き合いたかったら付き合ってくれていいよ。わたしは雛子ちゃんと今まで通り仲良しでいられる方を取るよ」
「うち、谷口とは付き合わないから。なんか急にあんな風になっちゃったけど、逆に付き合いづらいっていうか、あんな風に気まずくなるのは二度と嫌だし。鞠乃も諦めなくても良いと思うんだ。いつか気持ちが通じるかもだし」
「雛子ちゃん、人の話聞いてた? わたしはレズだって気が付いたの」
「鞠乃はレズじゃないだろ」

「だったら、確かめてみない?」

 鞠乃はニヤリと笑った。
 そこまできて雛子は気が付いた。
 鞠乃はあてつけがましく自分を非難しているだけだ。おかしな雰囲気になりそうでひやひやするのも、哀れを誘って罪悪感を背負わせるのも、全部自分に精神的負荷をかけるためのものだ。
 これは彼女なりの仕返しなのだ。

「やめろよな、ほんと。うちはレズじゃないから」
 雛子はそれだけを言うと、顔も見ずに公園を出て行った。
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