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10.ステーキ
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「うん、良いよ」
草薙の瞳が一瞬揺れる。
その動揺の意味を理央は知りたかった。
「部停、まだいつまでかハッキリとは分からないんだ。今日、顧問が正式に部停の期間を決めるから」
「そ、そうなんだ」
草薙の話によれば、半年間の部活動停止は顧問による暫定的な処置だったという。
実際、そのときは事実関係がハッキリしておらず、誰が賭け麻雀に参加していたのか、どれくらい常習化していたのか、どれくらいの金額がやりとりされていたのか、顧問は部員に聞き取りを行っていた。
顧問が聞き取りをしている間に、賭け麻雀に参加していた部員は、反省文を書き、奉仕活動に参加し、反省の態度を示していた。
その事態の深刻さと、部員の態度を総合して、今日の放課後にミーティングを行い、そこで部停の期限を発表するのだと言う。
それがどう繋がってくるのか分からないまま、理央は吐きそうになりながら草薙の話を聞いていた。
「だから、もしかしたら半年よりも短いかもしれないんだけど、それでもよかったら付き合ってみる?」
「うん」
理央は草薙が言い終わらないうちに頷いていた。早く頷かないと、草薙がその言葉を取り消してしまうんじゃないかと怖くなった。
「でも、付き合うってなにするんだろ」
突然、見たこともない道具を渡されたような反応だった。「これをどうやって使うんだろ」と眺めまわすように、草薙は難しい顔をしている。
もしかしたら、本気で日常の退屈さを紛らわせるために付き合うと思っているのかもしれない。
付き合った男女がするようなことは自分たちには当てはまらないと考えているのだとしたら、いくらなんでも鈍すぎる。
でも、理央はそういうところもイイと思えた。そんな調子だから草薙みたいな男が今まで誰とも付き合わずに残っていたのだ。
「じゃあ、ライン交換しよ? いっぱいおしゃべりして、たまにはどこかに遊びに行こうよ」
「そうしよっか」
二人はそこで初めてラインを交換した。
「ミーティングが終わったら、部停がいつまでか教えてよ」
「うん」
§§§
「ねえ、草薙くんってガチだと思う?」
理央は惚気きった表情で雛子を見た。
現在の議題は、草薙が童貞かどうかという話だった。
付き合うって何するんだろうと首をかしげる草薙はあどけなく、およそ男子高校生とは思えなかった。見ている理央の方が自分は穢れた存在だと感じたくらいだ。
理央は草薙がキャラを作っている可能性について考えていた。
「もし、あれがキャラだったら、それもそれであざとかわいくていいよね」
「いや、あれは絶対童貞だろ」
雛子からすれば、キャラを作ってるんじゃないかと疑うほどかわいいとも思えない。
聞いていて情けなくなってくるセリフだった。
もし、自分の彼氏が「付き合うってなにするんだろ」と言い始めたら、それは自分が女だとみられていない証拠なんじゃないか。
草薙の性格を考えれば、キャラを作っているというより、日常の物足りなさを紛らわせるために付き合うという口実を鵜呑みにしている可能性が高い。それが口実だと気づかないところが如何にも童貞っぽかった。
「やっぱりそうだよね」
「はい、ステーキ焼けたよ」
厨房から顔を覗かせたおばちゃんが紙コップにサイコロステーキを入れて持ってきてくれる。
「ありがとうございます。おおー!!」
雛子がそれを受け取り、理央が支払いを済ませた。
ステーキからは良い匂いがした。
紙コップに入っているところがまた良い。野趣があるというのか、素朴で親しみやすさがある。
ステーキには軽く焦げ目がついており、表面についたあらびき胡椒が漂う蒸気でかすんでいる。
「食べよ、食べよ」
二人ははしゃいだ声を出しながら店先の端っこに寄った。なにかいたずらをした子どものように悪い笑みがこぼれる。
「とりあえず、おめでとう!! お祝いだな」
「ありがと!! ほんとよかったよ」
「それで部停はいつまでなんだ?」
「まだ、分からない。ラインも来ないし。判決を言い渡される気分だよ」
「でも、ひとまずうまくいったということで」
「うん、乾杯!!」
二人は爪楊枝を摘まむと、ステーキを口に放り込んだ。
コロッケにはない確かな噛み応えと、濃厚な肉の甘みに二人は目を見開いた。
「ん!! ほんと美味しいね」
「もうコロッケには戻れないな」
「こんな肉、うちでも出たことないよ」
二人はうんうんと頷きながら、サイコロステーキにぱくついていく。
「あたし、決めてるんだ」
理央はふいに目が覚めたように顔をあげた。
「何を?」
「部停の間に草薙くんが、引退したらまた付き合いたいって思ってもらえるように頑張る。それで、引退まで草薙君を待つ」
「待てる? まだ一年以上あるけど」
雛子は理央の横顔を覗き込む。
「待つしかないじゃん? だから、デートに行ったらいっぱい写真を撮ろうと思うんだよね。いっぱい、いっぱいスマホに草薙くんの写真を貯め込んで、冬眠中のクマみたいに耐え忍ぶの」
理央は大事そうにスマホを握りしめる。
「良いと思う」
雛子は頷いた。
理央の思いは真っ直ぐ過ぎて、風に乗ってどこまでも突っ走っていきそうだ。
その真っ直ぐさが羨ましかった。
雛子はどこか取り残されたような気分になった。急に彼氏ができたから取り残されたように感じているのではない。自分はそこまで器の小さい人間ではない。
まっすぐ恋をして、まっすぐ失恋して、付き合うことになって、まっすぐ彼が引退するのを待つ。
理央はどんどん神聖な場所に登りつめている気がする。
理央を見ていると、自分はそうじゃなかったことを思い出してしまう。
草薙の瞳が一瞬揺れる。
その動揺の意味を理央は知りたかった。
「部停、まだいつまでかハッキリとは分からないんだ。今日、顧問が正式に部停の期間を決めるから」
「そ、そうなんだ」
草薙の話によれば、半年間の部活動停止は顧問による暫定的な処置だったという。
実際、そのときは事実関係がハッキリしておらず、誰が賭け麻雀に参加していたのか、どれくらい常習化していたのか、どれくらいの金額がやりとりされていたのか、顧問は部員に聞き取りを行っていた。
顧問が聞き取りをしている間に、賭け麻雀に参加していた部員は、反省文を書き、奉仕活動に参加し、反省の態度を示していた。
その事態の深刻さと、部員の態度を総合して、今日の放課後にミーティングを行い、そこで部停の期限を発表するのだと言う。
それがどう繋がってくるのか分からないまま、理央は吐きそうになりながら草薙の話を聞いていた。
「だから、もしかしたら半年よりも短いかもしれないんだけど、それでもよかったら付き合ってみる?」
「うん」
理央は草薙が言い終わらないうちに頷いていた。早く頷かないと、草薙がその言葉を取り消してしまうんじゃないかと怖くなった。
「でも、付き合うってなにするんだろ」
突然、見たこともない道具を渡されたような反応だった。「これをどうやって使うんだろ」と眺めまわすように、草薙は難しい顔をしている。
もしかしたら、本気で日常の退屈さを紛らわせるために付き合うと思っているのかもしれない。
付き合った男女がするようなことは自分たちには当てはまらないと考えているのだとしたら、いくらなんでも鈍すぎる。
でも、理央はそういうところもイイと思えた。そんな調子だから草薙みたいな男が今まで誰とも付き合わずに残っていたのだ。
「じゃあ、ライン交換しよ? いっぱいおしゃべりして、たまにはどこかに遊びに行こうよ」
「そうしよっか」
二人はそこで初めてラインを交換した。
「ミーティングが終わったら、部停がいつまでか教えてよ」
「うん」
§§§
「ねえ、草薙くんってガチだと思う?」
理央は惚気きった表情で雛子を見た。
現在の議題は、草薙が童貞かどうかという話だった。
付き合うって何するんだろうと首をかしげる草薙はあどけなく、およそ男子高校生とは思えなかった。見ている理央の方が自分は穢れた存在だと感じたくらいだ。
理央は草薙がキャラを作っている可能性について考えていた。
「もし、あれがキャラだったら、それもそれであざとかわいくていいよね」
「いや、あれは絶対童貞だろ」
雛子からすれば、キャラを作ってるんじゃないかと疑うほどかわいいとも思えない。
聞いていて情けなくなってくるセリフだった。
もし、自分の彼氏が「付き合うってなにするんだろ」と言い始めたら、それは自分が女だとみられていない証拠なんじゃないか。
草薙の性格を考えれば、キャラを作っているというより、日常の物足りなさを紛らわせるために付き合うという口実を鵜呑みにしている可能性が高い。それが口実だと気づかないところが如何にも童貞っぽかった。
「やっぱりそうだよね」
「はい、ステーキ焼けたよ」
厨房から顔を覗かせたおばちゃんが紙コップにサイコロステーキを入れて持ってきてくれる。
「ありがとうございます。おおー!!」
雛子がそれを受け取り、理央が支払いを済ませた。
ステーキからは良い匂いがした。
紙コップに入っているところがまた良い。野趣があるというのか、素朴で親しみやすさがある。
ステーキには軽く焦げ目がついており、表面についたあらびき胡椒が漂う蒸気でかすんでいる。
「食べよ、食べよ」
二人ははしゃいだ声を出しながら店先の端っこに寄った。なにかいたずらをした子どものように悪い笑みがこぼれる。
「とりあえず、おめでとう!! お祝いだな」
「ありがと!! ほんとよかったよ」
「それで部停はいつまでなんだ?」
「まだ、分からない。ラインも来ないし。判決を言い渡される気分だよ」
「でも、ひとまずうまくいったということで」
「うん、乾杯!!」
二人は爪楊枝を摘まむと、ステーキを口に放り込んだ。
コロッケにはない確かな噛み応えと、濃厚な肉の甘みに二人は目を見開いた。
「ん!! ほんと美味しいね」
「もうコロッケには戻れないな」
「こんな肉、うちでも出たことないよ」
二人はうんうんと頷きながら、サイコロステーキにぱくついていく。
「あたし、決めてるんだ」
理央はふいに目が覚めたように顔をあげた。
「何を?」
「部停の間に草薙くんが、引退したらまた付き合いたいって思ってもらえるように頑張る。それで、引退まで草薙君を待つ」
「待てる? まだ一年以上あるけど」
雛子は理央の横顔を覗き込む。
「待つしかないじゃん? だから、デートに行ったらいっぱい写真を撮ろうと思うんだよね。いっぱい、いっぱいスマホに草薙くんの写真を貯め込んで、冬眠中のクマみたいに耐え忍ぶの」
理央は大事そうにスマホを握りしめる。
「良いと思う」
雛子は頷いた。
理央の思いは真っ直ぐ過ぎて、風に乗ってどこまでも突っ走っていきそうだ。
その真っ直ぐさが羨ましかった。
雛子はどこか取り残されたような気分になった。急に彼氏ができたから取り残されたように感じているのではない。自分はそこまで器の小さい人間ではない。
まっすぐ恋をして、まっすぐ失恋して、付き合うことになって、まっすぐ彼が引退するのを待つ。
理央はどんどん神聖な場所に登りつめている気がする。
理央を見ていると、自分はそうじゃなかったことを思い出してしまう。
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