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6.コロッケ3つ

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「あたし、今日、コロッケ三つ食べるから……」
「そんなに食べたらおかしくなるぞ」
「おかしくなりたいの! もう!」
 今日の理央は一段と荒れていた。
 学校を出たときから雛子に気づかれないようひそかにため息を漏らしていた。
 通学路ではクラスメートや教師の目を気にして、当たり障りのない日常会話をこなしていたし、本人は空気が重くならないよう、気を使っていたのだが、雛子がそれを見逃すはずはなかった。
 理央の青春方面でなんらかの進展があったらしいのだが、それが良い展開でないみたいだ。
 通学路から一歩わき道に入った途端、理央は精肉店の幟を執念深く見つめてそんなことを言い始めた。

「理央、なんかあった?」
「井上にコクられた」
「サッカー部の井上?」
「そう。なんか一回だけお試しでデートしようとか言い出して」
「それであんたはなんて言ったの?」

「なんでか分からないけど、頷いていた」
 理央は死んだ魚のような目をしていた。
「あんた井上とかタイプだっけ?」
「全然!! 悪いやつじゃないのは分かってるし、普通に友だちとして話す分にはいいんだけど、あいつと付き合うとか考えられない! だって、井上だよ? あいつサッカーバカじゃん」
「あんたの好きな男は将棋バカじゃん」
「草薙くんはいいの!!」
「じゃあ、なんでオッケーしたの?」
「分かんないよ!!」
 理央は精肉店の中に入ると、おばちゃんに「コロッケ四つちょうだい!」と注文した。

     §§§

 理央は昼休みにトイレに行った帰り、廊下で井上に呼び止められた。
 クラスが一緒だから、話しかけられても驚かなかったが、何か用があるのかと思って返事をしたのに、井上は「あのさ」とか「えーっと」と言って困ったように視線を泳がせる。
「なに? 金貸してって言っても、ムリだよ? あたしもギリギリだから」
 ウケると思って言ったのに、井上はあまり笑わなかった。

「ちょっとこっちに来て」

 井上に言われて、階段の踊り場まで連れて行かれた。
 その間も理央は告白されるとはおもっておらず、(これはマジで金借りるつもりだな。誠意の土下座だな)と人目のないところに連れて行かれた理由をそう解釈していた。
 そこで「前から好きだった。付き合ってほしい」と告白された。
 予想外の展開に理央は何をどう言っていいか分からなかった。
「え、マジ?」
 調子はずれな声が出てしまい、井上の顔が強張った。
 その瞬間、理央はやってしまったと思った。その表情を見たとき、草薙が「将棋部って恋愛禁止だから」って言ってきたとき、自分はこんな顔をしていたのかもと思った。

「マジだよ。マジ」
 ちょっと怒った口調で井上は言った。
 グサッという、井上の心にナイフの刺さる音が聞こえた気がした。
(今、あたし井上を傷つけた?)
 最初に理央はそう思った。
(ガチっぽく振ったらかわいそうだよね?)
(でも、気まずくなるのはダルいな)
 頭の中に色んな考えが浮かび、理央はどんどん追い詰められていくような気がした。

「今は彼氏とか良いかなって感じなんだよね。普通に友だちとバカやってる方が楽しい的な」
 と軽い調子で言ったのだが、それが良くなかった。
「別に俺たちだって楽しくやれるだろ? ノリとか普通に合うじゃん」
 井上の恋心はそれで諦められるものではなかったらしく、理央にそう詰め寄った。
(友だちとしてはね?)
 口に出してそう言いたかったのだが、顔を赤くしている井上を見ているうちに、彼が傷つくことを悟った。
 草薙にフラれたときから感じている痛みや苦しみを目の前の男子も味わうのだと思うと、ぎゅうっと心が軋んだ。

「井上がどうこうじゃなくてね……」

 誰もこんな気持ちになってほしくなかった。
 ご飯が喉を通らないとか、何にも手につかないとか、意味もなく世界が暗く見えるとか、ここ一週間の自分の状態を失恋なんて言葉で片づけたくなかった。
(こんな悲しいのは、自分じゃなくたってもう嫌だ)
「井上がどうこうじゃ……なくって……」

 理央がその先の言葉を見つけようとしていると、井上が理央の腕を掴んで言った。
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