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4.コロッケ1つ
4-1
しおりを挟む「おばちゃん、コロッケ二つね」
「はいよ」
あれから二日たった。休日の間、雛子はショッピングをしたり、カラオケに行ったり、とにかく理央を外に連れ出した。
忙しくさせて悲しむ暇を与えないつもりだろう。
理央にはそれがありがたかった。
すぐに立ち直ることは不可能だが、形だけでも日常生活に戻ろうとしている。
その日常生活が厄介なのだが。
授業中も前の席の草薙がどうしても目に入り、そのたびに軽く汗ばんだシャツや、首筋にあてた手のほっそりとした指を見ては、ぎゅうっと胸を締め付けられる。
すぐに告白の瞬間が思い出されて、まるで今まさに告白するかのような動悸に襲われる。
そして、記憶の中で、もう一度草薙にフラれる。それを授業中に何度も繰り返し、ひそかにため息をつく。
フラれた日よりも、酷くなってるかもしれない。
それでもとにかくやることはいつも通りやっていこうと決めたのだ。
「はあ……、夏休みまでこの状態が続くと思うと耐えられないんだけど……。だってさ、授業受けてるだけで草薙くんが目に入るんだよ?」
コロッケを待つこの時間は本音を言うことができた。
「目が悪くなったとか言って、前の席にしてもらえば」
「それじゃあ、草薙くんが見えないじゃん!!」
「どっちなんだよ……」
雛子は呆れて目をすがめた。
「はあ……いっそのこと彼女がいるって言われた方が楽だったかも。だってさ、恋愛禁止ってことは卒業までずっと付き合えないってことだもん」
理央はため息をついた。
「まあ、確かにほかに彼女がいるとかだったら、奪いようがあるもんな」
「でしょ? それに他の女の子に負けたんなら何とでも言い訳ができるじゃん? 好みは人それぞれだし。でも、あたしは将棋に負けたんだよ? 将棋に負けるとかギャルとして屈辱じゃね?」
「ほんそれ。理央より将棋が好きとかあり得ねえわ。なんだよ、将棋って。あんな木片を板に叩きつけて何が面白いんだよ」
「木片じゃなくて駒ね? 板じゃなくて、盤。それに将棋ってすごく奥が深いらしいよ。見たことあるような局面でも、駒が一マス違うだけでも、全然結果が変わってくるんだって。その一マスの影響がどこに出るか分からない中、それでも自分の知識と読みを頼りに、突き進んでいくしかないところがスリリングらしい」
「あんた、自分で言ってて意味分かってるの?」
「んにゃ。草薙くんが言ってたのをそのまま言っただけ」
「だろうな」
「でも、将棋について語る草薙くん、なんか知的でかっこよかった……」
あの日、将棋の面白さを得意げになって語る草薙を思い出し、理央はうっとりと目を細めた。
「しっかりしなよ、理央。はっきり言って将棋について語る男なんてまったくかっこよくないからね? ただの陰キャだろ」
「草薙くんは特別だから!」
「理央、そんなふうに幻想を抱き続けたら一生立ち直れないぞ?」
「立ち直れるよ!! 完全に立ち直ることはできなくても、時間が経てば、きっと今よりは楽になれるはず。そのうえで、あたしはシンセイでフカシンな草薙くんを遠くから眺めて生きるの」
「理央、なんかおかしいって」
「なにが?」
理央の語る「草薙くん」は実際の彼を離れてどんどん理想化されていた。それは失恋したその日から酷くなり、昨日なんかは突然「草薙くんはうんことかしないかもしれない」などと言い出すありさまだった。
「正直言って、理央、なんかストーカーとかになりそうだよ?」
「え、ストーカー、まさか」
理央はにへらと笑い、ぱたぱたと手を振った。
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