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1.コロッケ2個

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「それだよ、それ!! それがやりたいの!! 雛子ってマジ天才じゃん」
「でもさ、その状況に持っていくのってかなり難易度高くない?」

 雛子の言うとおりだった。

 理央と草薙は普段からよく話す間柄ではない。
 そのうえで当たって砕けろの捨て身の告白を避けるなら、ごくごく軽い感じでなんとなく付き合う方向に持っていくしかないのだが、そのためには自然な流れで二人きりにならなくてはいけない。
 そのうえで、会話が弾み、どちらかが学園生活の漠然とした退屈を打ち明ける。
 日常に刺激が欲しいだとか、何か忘れてる気がするとか、このままじゃダメな気がするとか、とにかく日常に物足りなさを感じていることを打ち明ける。
 そこでとっさの思い付きを口にしたみたいに『付き合ってみない?』と提案する。
 この場合、目的は学園生活の退屈を紛らわせることだから、必ずしも互いに好きでいる必要はない。

「確かに、まずどうやって二人きりになるかだよね」

「放課後は? 草薙は普段、誰と帰るの?」
「だめ、草薙くん部活入ってるから」
「ふーん、何部?」
「将棋部」
「将棋部!?」
 雛子は目を丸くした。

「意外だよね。草薙くんが将棋部だなんて」

 理央はどこか誇らしげに笑った。
「いや、草薙が将棋部なのは意外でも何でもない。あんたが将棋部の男に入れあげてるのが意外なんだわ。そんな男、ゼッタイ退屈だよ」
「そんなことないし! クラスでも、サッカー部の男子とも仲良かったりするんだよ」
「ふーん」
 そんなことを話している間に、コロッケが揚がる。
「はい、コロッケ三つね」

 精肉店のおばちゃんは紙袋の中にコロッケを入れると、それをビニール袋に入れて雛子に手渡した。
 理央は赤い財布の中から百四十円を取り出すと、それを雛子に渡す。雛子はそれを受け取り、自分の財布から出した七十円と合わせておばちゃんに渡す。

「いつも、ありがとね」
 おばちゃんは言ってお金を受け取った。
「いただきます」
 二人はおばちゃんにそう返事をすると、客の邪魔にならないよう店先の端による。
 雛子はコロッケを一つとりだすと、中に入っている茶色い再生紙で包み、後の袋を理央に渡す。
「ゆっくり食べてね? あたし今から二つ食べるんだから」
「分かってる」
 理央も同じようにして再生紙で包んだコロッケにかぶりついた。
 明日の告白をイメトレしているのか、心ここにあらずといった表情だった。
 告白すると決めた理央は今からもうドキドキしてるはずで、それを抑え込もうと、あるいはやっぱりやめようと弱気になる自分を奮い立たせるためにコロッケを二つ食べる。
 一個七十円のコロッケだから、二個食べるくらいなんでもないのだが、それでも二個食べるということが、何を意味するかくらい雛子にも分かる。
 希望と絶望で心の中はぐちゃぐちゃで、立っているのさえ苦しいはずだが、それが羨ましい気がしてくる。

「うちも彼氏つくろうかな」

 雛子は理央の横顔を見ながらつぶやいた。
「んー! 今日もこのコロッケマジでうまいね」
「あんたは深刻なのか、気楽なのか全く分からんわ」
「コロッケを食べるときはコロッケに集中する。それがあたしのモットーなの」
「それには同意するけどさ」
 二人はそれから黙々とコロッケを食べた。
 雛子は理央に言われた通り、一つのコロッケをゆっくり味わって食べる。
一方、理央はむきになったように、コロッケにかぶりついていく。
 コロッケを食べ終わると、店先のゴミ箱にゴミを捨てる。
「ごちそうさまでしたー!」
 二人は改めて精肉店のおばちゃんに言った。
「またね、気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
 精肉店から少し歩いたところにバス停があって、そこで二人は別れることになる。
 理央はバスに乗って帰り、雛子は駅に向かってもう少し歩く。
 バスが来るにはもう少し時間があり、理央はバス停のベンチに腰を下ろした。

「もし、あんたが草薙と付き合ったら、一緒に帰らなくなったりするのかな」

 雛子は言った。
「もうしっかりしなよ!! 草薙くんは部活だって言ったじゃん?」
「しっかりするのはあんただよ。あんたは草薙の部活が終わるのを待つの」
 言われた途端、理央の目元が赤らみ、口はおぼつかなそうに緩んだ。どこか泣きそうな表情だった。
「え……、うそ。そんなことしていいの?」
「彼女だったらそれくらいするでしょ」

「ないない!! あたしが雛子を一人にするわけないじゃん」

「いいや、あんたは絶対あたしを見捨てるね。いいよ、うちは鞠乃と帰るから」
「大丈夫だって」
「でもさ、一応、これで最後だと思ってお別れしておこうよ」
 雛子はさらりと言った。
 雛子は感傷的な気分になりたいわけではなかった。
 仮に理央と草薙が付き合って、一緒に帰ることになっても、休日は一緒に遊ぶこともあるだろう。
 理央が草薙の惚気を聞かせる相手は自分だと言うことも分かっていた。
 でも、明日になって「今日から草薙くんと一緒に帰るから」と理央が言い出したとき、傷つかないよう心の準備だけはしておきたかった。

「最後なんて大袈裟だよ」

「実際、もし草薙と付き合うことになったら、もうしばらくはうちと帰らないかもよ?」
「ほんとに?」
 理央は雛子を見つめた。
「絶対ないとは言い切れないでしょ」
「もう期待させないでよね! うまくいくかなんてわかんないんだし」
「理央なら絶対うまくいくよ。あんたのクラスで、あんたよりかわいい女子いないし」
「そう? 草薙くんもそう思ってくれてるかな?」
「それは分からん。趣味は人それぞれだから」
「なによそれ」
 励まそうとしたのだが、期待させすぎるのも酷だと思って言葉を濁す。

「まあ、そういうことだから。うちに気使わずに、青春すればいいよ」

「うう……悲しいこと言わないでよ。週末は絶対遊ぼうね?」
「おうよ。いっぱい惚気聞かせてくれ」
 そのときちょうどバスが来た。
 バス停でバスが止まると、人が下りるのを待って理央が乗り込む。
 理央が名残惜しそうに手を振り、雛子が笑ってそれに応える。

「さてと」

 雛子は理央の乗ったバスが行ってしまうのを見送ってから、駅に向かって歩き出した。
「鞠乃と帰るならたっぷり胃薬が必要だな」
 雛子はそう呟いて、駅へと向かった。

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