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短編:闇より昏い光の中で
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西暦2843年。
地球外より突如現れた巨大宇宙船団【十二機神船団】は、その端末である小型兵器【アダム】と【イヴ】を地球各所へ送り込み、破壊の限りを尽くしたと言われる。
船団には旗艦である【ゼウス】の他に12体の大型宇宙船が接続されており、外宇宙から飛来する途中か、それとも宇宙戦争か、定かではないが、彼らはその機能の半数を破損によって停止させており、現在でも内部から異星人の生命反応は確認できない―――
「っと、こんなもんか。」
午前の授業で出されたレポート課題、「地球と十二機神船団について」。
「約100年前に出現した敵性宇宙船団…。現在でも内部で製造された小型端末は地球の人口密集地に向かって侵攻を続けている…か。」
そう、船団による驚異は今なお健在であり、こうして学生をしている間にも、地球のあちこちで戦争は続いているのだ。
現在、人類は僅かに残された土地を協定により分割し、それぞれのエリアごとに【防壁】を築いて何とか生き延びている状態である。
更に防壁内部の訓練校に通えるのは、機神船団の兵器に対抗する能力を持ったあるマシンを操縦する才能を持った1部の少年少女たちにのみ許された特権だ。
「ヨースケ!」
陽介。自分の名前が呼ばれた事に反応し、顔を上げた。
目の前にいるのは、防壁外部のスラムよりの幼なじみ、腐れ縁…名を、霞=アンダーソンと言う少女だ。
「どうしたカスミ。レポート課題の手助けならしないぞ。」
「…ち、違うよ!…それもあったけど…」
…図星らしい。
カスミは少々苦しそうな表情をすると、持っていた保冷バッグから可愛らしい柄の弁当箱を取り出す。
「ごはん!食べよ!」
どうやら本命はこっちらしい。
俺は彼女から弁当箱を受け取ると、一旦机の上に置き席を立った。
「そうだな。昼休憩もいい時間だし、外のテラスにでも行くか?」
「おっけー!!いこいこー!」
へにゃりとした締まりのない笑顔を浮かべると、俺の手を引き教室を出る。
生徒たちの喧騒の合間を縫って外を目指す。
いつもの光景、いつものやり取り。
周りのざわめきは海の潮騒のように心地よくて、俺はきっと、いつまでもこんな時間が過ぎていくのだろう。
そう、思っていた。
―――――――――――
「今日のお弁当はね!!奮発してハンバーグ入れてみました!」
「そうか。」
嬉しそうに彼女は微笑む。
そんな彼女の笑顔を正面から受けるのは少々気恥ずかしく、俺はいつも通り右側に視線を逸らした。
「さ、食べて食べてー!」
彼女に促されるまま、最近では一般化してきた合成肉のハンバーグを口にする。
肉料理など久しぶりだ。合成とはいえ、培養元の豚肉は本能に訴えかけるようなジューシーな味わいを醸し出す。
「うん、うまい。」
「へへーん、そうでしょうとも!」
鼻高々といった様相だ。
自分がこんな淡白な言葉しか発さずとも、彼女はそれを十にも百にも換えて受け止めてくれる。
そんな、学生なら良く見られるような他愛のない会話、時間。
【それ】は、突然俺たちの日常に現れた。
『緊急警報発令。防壁内部の市民と兵士に対し、コードEが発令されました。』
赤いランプと共に、街中のスピーカーからそんな声が聞こえる。
先程の平和な様子とは打って変わったように、人々は恐慌の悲鳴を上げ、我先にと避難経路を走り始めた。
「コードE?まさか、防壁が破られたって言うのか?」
「ヨースケ!ここにいたら危ないよ!早く逃げ―――」
彼女がそう声を上げたその時、俺は見た。
ソラの上、天蓋を突き破り、こちら目掛けて降ってくる影を。
俺は咄嗟にカスミを庇い、地面に伏せる。
轟く轟音、崩れる校舎、カスミの叫び声。
様々な音がその場を支配し、俺は頭を殴られたような気分になる。
「―――ッ!!カスミッ!!大丈夫かッ!!!!」
「う、うん、私なら大丈夫…それよりヨースケ、あ、あれ…!」
気分が非常に悪いが、カスミに促されることで、なんとか俺は顔を上げた。
『はァ…はァ…グハッ…!!』
スピーカーから響く男の苦しげな声。
その先に、俺の視線の先には、【巨大な人影】があった。
「た、【タロス・フレーム】…!?どうしてこんな所に!?」
地球最後の都市軍を守る決戦兵器、ソラより来たる狂神より人類を庇護する巨人。
全環境適応型二足歩行戦車。
女神エウロペの駆りし青銅の巨人より名を冠された骨を持ち、鋼の筋肉と無限の動力で動く巨人。
訓練機ではない実戦用の機体。
旧式化し前線から退いて久しいが、その防衛能力を評価され防壁の警護に当たる機体だった。
名を【ミノタウロス】と呼ぶ。
『そ、そこに…いるのは…訓練生か…??』
今にも消えそうな声で、機体のパイロットはこちらに声を掛ける。
崩れた校舎に深く腰掛けるように倒れたその躯体は、左腕が破損し、根元から千切れていた。
青白い人工血液が滴り落ち、小さな池を作っている。
「は、はい!B-5地区の甲斐 陽介です!!」
『そ、そうか…ハァ…ち、ちょうどいい…そこの…陽介とかいう訓練生…。』
背筋を嫌な予感が通り過ぎる。
「乗れ…って言うんですか!?」
『…ああ…あいつが…【アダム】がすぐそこに迫っている…おれは、もうダメだ。目が潰れてしまったし、体の感覚が無い…【アリアドネ】で辛うじて意識がある状態だ…。』
機体を動かすためのインターフェースである【間接型擬似神経接続首輪】。
その適性があったから訓練校に入学し、機神の眷属たちと戦うため今日まで訓練をしてきた。
だが、本格的な訓練はまだした事がないし、実戦経験なんてもってのほかだった。
「…そう、ですか…。」
「よ、ヨースケ…!」
庇ったカスミが不安そうな顔でこちらを見る。
その顔を見て、俺は覚悟を決める。
この日常を、彼女を守るために。
「わかりました…乗ります!」
『そう、か。ありがとう…そしてすまない…君のような少年に…任せることになってしまった…。』
その言葉を最後に、機体背部のインジェクションポットが飛び出し、中から血まみれの男性が落ちてきた。
「はぁ…はァ…もう、私は死ぬ…陽介…あとは、頼ん…だ…。」
その言葉を最後に、名も知らぬ彼が口を開くことは無かった。
俺とカスミは彼の遺体に敬礼する。
「…カスミ。安全な場所に隠れていてくれ。」
「わ、わかったよ。でもヨースケ…死なないで…っ!」
カスミは涙ながらに、弁当の保冷バッグを離すのも忘れて、我武者羅に走り去っていく。
その姿を見送ると、俺は兵士の遺体から、首に嵌められた首輪型のマンマシンインタフェースである【アリアドネ】を取り外し、自分の首に嵌めた。
「やってやる…!!」
自分を鼓舞するように言葉を放つ。
背部のインジェクションポッドに飛び乗ると、機体のコンソールを操作する。
「起動シークエンス開始。」
音声に反応し開くコンソール。
機体のコックピット内部は訓練機と同型だったため、起動には時間がかからなくて済みそうだ。
背中が血で濡れ、気持ちが悪いのを必死でこらえる。
「機体内循環血圧低下、左腕切断確認、重量バランス調整。」
「擬似神経接続完了。タルタロスドライヴ出力安定確認。外部映像網膜投射開始。VG-7【ミノタウロス】、オールグリーン。」
機体と自分の体がひとつになったような一体感。
楔の如き双眸が淡い緑の閃光を放ち、機体の金属筋肉が軋みながら周囲の瓦礫を支えに立ち上がる。
「起動したはいいが…なにか武器は…」
満身創痍な機体を起き上がらせると、周囲の様子を確認し、武器になりそうなものを探す。
通常であれば腕部に汎用のショートバレルライフルが装備されているはずだが、それも左腕とともに切断されたと考えて良いだろう。
敵の反応にまだ距離があるのを確認すると、むき出しになった校舎の鉄骨を引き抜き、棍棒のように構えた。
「無いよりマシか…」
瞬間、コックピット内部にアラートが響き渡る。
脳の未使用領域に直接送り込まれる敵の位置情報。
訓練とは密度の違う情報量。
その感覚に吐き気を覚えながらも、何とか耐えて攻撃に備えた。
『―――ココ、こんニチわ?』
生物と機械の中間のような不気味で不快な音声が、機体外部のマイクを通してコックピット内部に流れ込んでくる。
機械の体に培養脳細胞を備えた機神の眷属、【アダム】が、どこで覚えたのかも分からない言葉を発し、刺々しい機体の鋭い腕で斬りかかってきた。
「くっ!!やらせるかッ!!!!」
冷静に攻撃を見据え、紙一重で躱す。
地面に深々と刺さる腕に冷や汗を流しつつも、マニュピレータに把持した鉄骨を振り上げ、アダムの弱点である頭部へ叩きつけた。
『―――カナしい、デす?』
不快な声だ。
アダムは脳震盪でも起こしたのか、ふらつきながらもう一方の腕をミノタウロスの左脚に突き立てた。
「ぐあっ!!!!」
痛みは一瞬だけ届き、しかし即座に安全装置が働き痛覚が遮断される。
神経接続が弱まるぶん左脚の動きは鈍くなるが、動けないのは相手も同じだ。
俺は鉄骨でアダムの自由な方の腕を叩き折ると、鉄骨を捨て、アダムの頭部ユニットを鷲掴み胸の高さほどに持ち上げた。
『ギギ―――仲良しのワ…素晴らしいコトですne?』
歪な声が流れたその瞬間、アダムの頭部に着いている巨大な眼球型のユニットが輝き、レーザーを放ってきた。
咄嗟に反応するが躱しきれず、レーザーは機体の脇腹あたりに小さな穴を焼きつけ、背後にそのまま通過する。
ミノタウロスの特殊装甲を、ただの一撃で貫く光線―――
「―――くっ…あの人がやられたのは…コレかっ!!!」
機体の左腕が切り落とされ、内部のパイロットに直接ダメージを与えた一撃。
右手を振り上げると、ギリギリと軋むほどに力と怨みを込め、雄叫びを上げながらアダムの頭部にミノタウロスの硬い拳を何度も叩きつけた。
「おおおおおおおおッッ!!!!」
『―――かみサマ、ばんz』
今際の際になにか言おうとしたのか、言い終わるより先にアダムの頭部がぐじゃり、と潰れる。
そのまま脳神経の保護殼を潰したためか、内部から脳組織と体液が流れ落ち、地面に染みを作った。
「はぁ…はぁ…た、倒した…!」
安堵の息を零す。
右手に残る生々しい感触を振り払うと、先に逃げたカスミの様子を伺うために機体を起こした。
「た、確かあっちだったか…早くカスミを連れて、シェルターに逃げないと…。」
振動を響かせながら歩く。
視界の端には、ついさっきまで日常だったハズのものがそこら中に転がっていた。
「(あれは、aクラスのジェシカ…あっちは、cクラスのリー…。)」
吐きそうに、泣きそうになる思いを堪えて、カスミが逃げた道を探し歩いた。
「(どこだ…どこだカスミ…ッ!)」
おそらくあのアダムの他に数体が街には侵入したのだろう。
破壊の後がそこかしこに見られ、またアダムの一部やタロス・フレームの1部と思われる残骸も転がっており、見慣れた街は、【戦場】と化していた。
「くそっ!!どこに行ったんだ!!!!」
思えば、これだけの破壊の跡だ。
彼女が無事でいる保証は、どこにも無かった。
「うるさいッッ!!!!」
そんなマイナスな考えを打ち消すように叫ぶと、必死に周囲を探索した。
瓦礫を退け、地面を掘り返し、大声で呼びかけ―――
―――そうして、見つけた。
「~~~ッ!?!?」
それは、地面に転がる誰かの姿。
自分の背後から光線が飛んでくるなんて、欠片も思ってなかったであろう無防備な体勢。
胸あたりから上が丸く抉られるように吹き飛び、身体に辛うじて両腕が繋がっている、無惨な死体だった。
傷口からは内臓や血液が飛び出し、鮮烈なコントラストをアスファルトの地面に描いている。
「あ…ああ…嘘だ…あああ」
自然と涙が溢れ、止まらない。
アリアドネを通じてリンクした機体からはギシギシと啜り泣くような軋音が鳴り、ぽたぽたと人工血液が傷口から流れ落ちる。
死体に覆い被さるように地面に手を着く。
ゆっくりと下に下がる視線、受け入れ難い現実。
そして―――その手には、見覚えのある保冷バッグが、力無く握られていた。
地球外より突如現れた巨大宇宙船団【十二機神船団】は、その端末である小型兵器【アダム】と【イヴ】を地球各所へ送り込み、破壊の限りを尽くしたと言われる。
船団には旗艦である【ゼウス】の他に12体の大型宇宙船が接続されており、外宇宙から飛来する途中か、それとも宇宙戦争か、定かではないが、彼らはその機能の半数を破損によって停止させており、現在でも内部から異星人の生命反応は確認できない―――
「っと、こんなもんか。」
午前の授業で出されたレポート課題、「地球と十二機神船団について」。
「約100年前に出現した敵性宇宙船団…。現在でも内部で製造された小型端末は地球の人口密集地に向かって侵攻を続けている…か。」
そう、船団による驚異は今なお健在であり、こうして学生をしている間にも、地球のあちこちで戦争は続いているのだ。
現在、人類は僅かに残された土地を協定により分割し、それぞれのエリアごとに【防壁】を築いて何とか生き延びている状態である。
更に防壁内部の訓練校に通えるのは、機神船団の兵器に対抗する能力を持ったあるマシンを操縦する才能を持った1部の少年少女たちにのみ許された特権だ。
「ヨースケ!」
陽介。自分の名前が呼ばれた事に反応し、顔を上げた。
目の前にいるのは、防壁外部のスラムよりの幼なじみ、腐れ縁…名を、霞=アンダーソンと言う少女だ。
「どうしたカスミ。レポート課題の手助けならしないぞ。」
「…ち、違うよ!…それもあったけど…」
…図星らしい。
カスミは少々苦しそうな表情をすると、持っていた保冷バッグから可愛らしい柄の弁当箱を取り出す。
「ごはん!食べよ!」
どうやら本命はこっちらしい。
俺は彼女から弁当箱を受け取ると、一旦机の上に置き席を立った。
「そうだな。昼休憩もいい時間だし、外のテラスにでも行くか?」
「おっけー!!いこいこー!」
へにゃりとした締まりのない笑顔を浮かべると、俺の手を引き教室を出る。
生徒たちの喧騒の合間を縫って外を目指す。
いつもの光景、いつものやり取り。
周りのざわめきは海の潮騒のように心地よくて、俺はきっと、いつまでもこんな時間が過ぎていくのだろう。
そう、思っていた。
―――――――――――
「今日のお弁当はね!!奮発してハンバーグ入れてみました!」
「そうか。」
嬉しそうに彼女は微笑む。
そんな彼女の笑顔を正面から受けるのは少々気恥ずかしく、俺はいつも通り右側に視線を逸らした。
「さ、食べて食べてー!」
彼女に促されるまま、最近では一般化してきた合成肉のハンバーグを口にする。
肉料理など久しぶりだ。合成とはいえ、培養元の豚肉は本能に訴えかけるようなジューシーな味わいを醸し出す。
「うん、うまい。」
「へへーん、そうでしょうとも!」
鼻高々といった様相だ。
自分がこんな淡白な言葉しか発さずとも、彼女はそれを十にも百にも換えて受け止めてくれる。
そんな、学生なら良く見られるような他愛のない会話、時間。
【それ】は、突然俺たちの日常に現れた。
『緊急警報発令。防壁内部の市民と兵士に対し、コードEが発令されました。』
赤いランプと共に、街中のスピーカーからそんな声が聞こえる。
先程の平和な様子とは打って変わったように、人々は恐慌の悲鳴を上げ、我先にと避難経路を走り始めた。
「コードE?まさか、防壁が破られたって言うのか?」
「ヨースケ!ここにいたら危ないよ!早く逃げ―――」
彼女がそう声を上げたその時、俺は見た。
ソラの上、天蓋を突き破り、こちら目掛けて降ってくる影を。
俺は咄嗟にカスミを庇い、地面に伏せる。
轟く轟音、崩れる校舎、カスミの叫び声。
様々な音がその場を支配し、俺は頭を殴られたような気分になる。
「―――ッ!!カスミッ!!大丈夫かッ!!!!」
「う、うん、私なら大丈夫…それよりヨースケ、あ、あれ…!」
気分が非常に悪いが、カスミに促されることで、なんとか俺は顔を上げた。
『はァ…はァ…グハッ…!!』
スピーカーから響く男の苦しげな声。
その先に、俺の視線の先には、【巨大な人影】があった。
「た、【タロス・フレーム】…!?どうしてこんな所に!?」
地球最後の都市軍を守る決戦兵器、ソラより来たる狂神より人類を庇護する巨人。
全環境適応型二足歩行戦車。
女神エウロペの駆りし青銅の巨人より名を冠された骨を持ち、鋼の筋肉と無限の動力で動く巨人。
訓練機ではない実戦用の機体。
旧式化し前線から退いて久しいが、その防衛能力を評価され防壁の警護に当たる機体だった。
名を【ミノタウロス】と呼ぶ。
『そ、そこに…いるのは…訓練生か…??』
今にも消えそうな声で、機体のパイロットはこちらに声を掛ける。
崩れた校舎に深く腰掛けるように倒れたその躯体は、左腕が破損し、根元から千切れていた。
青白い人工血液が滴り落ち、小さな池を作っている。
「は、はい!B-5地区の甲斐 陽介です!!」
『そ、そうか…ハァ…ち、ちょうどいい…そこの…陽介とかいう訓練生…。』
背筋を嫌な予感が通り過ぎる。
「乗れ…って言うんですか!?」
『…ああ…あいつが…【アダム】がすぐそこに迫っている…おれは、もうダメだ。目が潰れてしまったし、体の感覚が無い…【アリアドネ】で辛うじて意識がある状態だ…。』
機体を動かすためのインターフェースである【間接型擬似神経接続首輪】。
その適性があったから訓練校に入学し、機神の眷属たちと戦うため今日まで訓練をしてきた。
だが、本格的な訓練はまだした事がないし、実戦経験なんてもってのほかだった。
「…そう、ですか…。」
「よ、ヨースケ…!」
庇ったカスミが不安そうな顔でこちらを見る。
その顔を見て、俺は覚悟を決める。
この日常を、彼女を守るために。
「わかりました…乗ります!」
『そう、か。ありがとう…そしてすまない…君のような少年に…任せることになってしまった…。』
その言葉を最後に、機体背部のインジェクションポットが飛び出し、中から血まみれの男性が落ちてきた。
「はぁ…はァ…もう、私は死ぬ…陽介…あとは、頼ん…だ…。」
その言葉を最後に、名も知らぬ彼が口を開くことは無かった。
俺とカスミは彼の遺体に敬礼する。
「…カスミ。安全な場所に隠れていてくれ。」
「わ、わかったよ。でもヨースケ…死なないで…っ!」
カスミは涙ながらに、弁当の保冷バッグを離すのも忘れて、我武者羅に走り去っていく。
その姿を見送ると、俺は兵士の遺体から、首に嵌められた首輪型のマンマシンインタフェースである【アリアドネ】を取り外し、自分の首に嵌めた。
「やってやる…!!」
自分を鼓舞するように言葉を放つ。
背部のインジェクションポッドに飛び乗ると、機体のコンソールを操作する。
「起動シークエンス開始。」
音声に反応し開くコンソール。
機体のコックピット内部は訓練機と同型だったため、起動には時間がかからなくて済みそうだ。
背中が血で濡れ、気持ちが悪いのを必死でこらえる。
「機体内循環血圧低下、左腕切断確認、重量バランス調整。」
「擬似神経接続完了。タルタロスドライヴ出力安定確認。外部映像網膜投射開始。VG-7【ミノタウロス】、オールグリーン。」
機体と自分の体がひとつになったような一体感。
楔の如き双眸が淡い緑の閃光を放ち、機体の金属筋肉が軋みながら周囲の瓦礫を支えに立ち上がる。
「起動したはいいが…なにか武器は…」
満身創痍な機体を起き上がらせると、周囲の様子を確認し、武器になりそうなものを探す。
通常であれば腕部に汎用のショートバレルライフルが装備されているはずだが、それも左腕とともに切断されたと考えて良いだろう。
敵の反応にまだ距離があるのを確認すると、むき出しになった校舎の鉄骨を引き抜き、棍棒のように構えた。
「無いよりマシか…」
瞬間、コックピット内部にアラートが響き渡る。
脳の未使用領域に直接送り込まれる敵の位置情報。
訓練とは密度の違う情報量。
その感覚に吐き気を覚えながらも、何とか耐えて攻撃に備えた。
『―――ココ、こんニチわ?』
生物と機械の中間のような不気味で不快な音声が、機体外部のマイクを通してコックピット内部に流れ込んでくる。
機械の体に培養脳細胞を備えた機神の眷属、【アダム】が、どこで覚えたのかも分からない言葉を発し、刺々しい機体の鋭い腕で斬りかかってきた。
「くっ!!やらせるかッ!!!!」
冷静に攻撃を見据え、紙一重で躱す。
地面に深々と刺さる腕に冷や汗を流しつつも、マニュピレータに把持した鉄骨を振り上げ、アダムの弱点である頭部へ叩きつけた。
『―――カナしい、デす?』
不快な声だ。
アダムは脳震盪でも起こしたのか、ふらつきながらもう一方の腕をミノタウロスの左脚に突き立てた。
「ぐあっ!!!!」
痛みは一瞬だけ届き、しかし即座に安全装置が働き痛覚が遮断される。
神経接続が弱まるぶん左脚の動きは鈍くなるが、動けないのは相手も同じだ。
俺は鉄骨でアダムの自由な方の腕を叩き折ると、鉄骨を捨て、アダムの頭部ユニットを鷲掴み胸の高さほどに持ち上げた。
『ギギ―――仲良しのワ…素晴らしいコトですne?』
歪な声が流れたその瞬間、アダムの頭部に着いている巨大な眼球型のユニットが輝き、レーザーを放ってきた。
咄嗟に反応するが躱しきれず、レーザーは機体の脇腹あたりに小さな穴を焼きつけ、背後にそのまま通過する。
ミノタウロスの特殊装甲を、ただの一撃で貫く光線―――
「―――くっ…あの人がやられたのは…コレかっ!!!」
機体の左腕が切り落とされ、内部のパイロットに直接ダメージを与えた一撃。
右手を振り上げると、ギリギリと軋むほどに力と怨みを込め、雄叫びを上げながらアダムの頭部にミノタウロスの硬い拳を何度も叩きつけた。
「おおおおおおおおッッ!!!!」
『―――かみサマ、ばんz』
今際の際になにか言おうとしたのか、言い終わるより先にアダムの頭部がぐじゃり、と潰れる。
そのまま脳神経の保護殼を潰したためか、内部から脳組織と体液が流れ落ち、地面に染みを作った。
「はぁ…はぁ…た、倒した…!」
安堵の息を零す。
右手に残る生々しい感触を振り払うと、先に逃げたカスミの様子を伺うために機体を起こした。
「た、確かあっちだったか…早くカスミを連れて、シェルターに逃げないと…。」
振動を響かせながら歩く。
視界の端には、ついさっきまで日常だったハズのものがそこら中に転がっていた。
「(あれは、aクラスのジェシカ…あっちは、cクラスのリー…。)」
吐きそうに、泣きそうになる思いを堪えて、カスミが逃げた道を探し歩いた。
「(どこだ…どこだカスミ…ッ!)」
おそらくあのアダムの他に数体が街には侵入したのだろう。
破壊の後がそこかしこに見られ、またアダムの一部やタロス・フレームの1部と思われる残骸も転がっており、見慣れた街は、【戦場】と化していた。
「くそっ!!どこに行ったんだ!!!!」
思えば、これだけの破壊の跡だ。
彼女が無事でいる保証は、どこにも無かった。
「うるさいッッ!!!!」
そんなマイナスな考えを打ち消すように叫ぶと、必死に周囲を探索した。
瓦礫を退け、地面を掘り返し、大声で呼びかけ―――
―――そうして、見つけた。
「~~~ッ!?!?」
それは、地面に転がる誰かの姿。
自分の背後から光線が飛んでくるなんて、欠片も思ってなかったであろう無防備な体勢。
胸あたりから上が丸く抉られるように吹き飛び、身体に辛うじて両腕が繋がっている、無惨な死体だった。
傷口からは内臓や血液が飛び出し、鮮烈なコントラストをアスファルトの地面に描いている。
「あ…ああ…嘘だ…あああ」
自然と涙が溢れ、止まらない。
アリアドネを通じてリンクした機体からはギシギシと啜り泣くような軋音が鳴り、ぽたぽたと人工血液が傷口から流れ落ちる。
死体に覆い被さるように地面に手を着く。
ゆっくりと下に下がる視線、受け入れ難い現実。
そして―――その手には、見覚えのある保冷バッグが、力無く握られていた。
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