31 / 46
6
④
しおりを挟む
上梨小裏サイト掲示板、7月18日からのレス。
126 上梨小ななしさん
夏休み前どうよ。失踪者情報誰かある。
127 上梨小ななしさん
自習と半日ばっか。でも寄り道できんし暑いし暇。夏休み早く始まる感じだけど、何をしろと。
128 上梨小ななしさん
てか、失踪者、どうなん。ぶっちゃけ、生きてるの死んでるの。てか、誰がやったん。
129 上梨小ななしさん
こないだトイレで失踪した子の悪口言ってたやつらいた。ざまみろとか言ってた。すげー恨んでたっぽい。あいつらじゃね。
130 上梨小ななしさん
くわしく。
131 上梨小ななしさん
晒せ。
・・・・・・。
**
スマホに指をスライドさせては読んでゆく。夜の闇の中に沈む部屋で、スマホの光だけが青い。その青い光が眼鏡に反射し、痩せた顔の陰影を濃いものにしている。まるでスポットライトのように、スマホの光が彼の顔や手元だけを浮き上がらせている。一人きりの部屋で、一人きりのベッドで、彼はひたすら、そのサイトのスレッドを読んでいる。表情はないが、眼鏡の奥の黒い瞳に、若干の苦悩が見えるーーが、その苦悩は何か解決がある類のものではなく、ノスタルジーを伴う甘さを持っていた。甘かった。なぜならそれは、彼自身のことではないから。ノスタルジーは、彼の小学六年の頃を思い出させるような理不尽が、そこにあったから。彼はひたすら読み進めてゆく。その、幼稚で、思い込みが激しくて、分かりやすく皆を扇動するような、阿呆らしいスレッドを。
「わたし、ネットで名前出されちゃってて」
図書館の郷土資料館で、あの子はぽとんと落とすように言った。その横顔は白くて優しくて甘かった。女の子の香りと仕草。柔らかさ。それらのギフトは、彼のもとに来るには、あまりにも遅すぎた。もっと昔、本当に必要だった時、それは来なかった。欲しくて欲しくてたまらなかったのに、他の人はみんな、当然のようにギフトを受け取っていたのに、彼だけは恩恵にあずかることができなかった。天は、彼には振り向かなかった。どんな苦悩も悲しみも怒りも屈辱も忍耐も、幸福の取得に至ることはなかった。
「だからね、夏休みの宿題仕上げても、提出するのに学校行くこと、もうないかなあ」
へへっと笑った。理不尽な目に遭っているというのに、彼女はどこかドライでクールですらあった。時代なのだろう、と、彼は思った。今は、いじめを受けている子でも、ポーズを取る時代である。彼女はいじめを受けているようには、はた目には見えない。服装も、仕草も、喋り方も、なにもかもが、いたって普通で、みじめな感じがしなくて、尊厳が保たれているような感じがした。どのいじめられっ子もこんなものなのだろうか、と、内心驚きながら、彼は彼女を観察した。彼女は当たり前の、洒落ていて、愛らしくて、ちょっと生意気で、勝気なところもあって、ちゃきちゃきと喋ることも、自己主張することもできる、一人の女の子だ。どこにいっても、彼女を恥ずかしい子だと思う人はいないだろう。
その一見、クールで強いような印象。それはしかし、より一層深い孤独の裏返しなのだと彼は理解する。恐らく、誰も彼女の苦悩を知らない。助けてあげなくてはならないという気持ちにもならない。なぜなら、彼女は平然としているように見えるから。
彼はスレッドを読み進めてゆく。毎日のように同じ話題が続いていて、どんどんエスカレートしていく。名前はとうのむかしにさらされている。この件で晒されている名前は、彼女を含めて四名だ。この四名の女子は、おそらく、それほど仲が良いわけではないと思われる。決して、親友同士とかではないと思われる。にも拘わらず、スレッドでは勝手に、この四人をひとまとめにし、失踪した女子に恨みを持っている一団だと決めつけていた。
四人。
同じだ、と、彼は思う。三十年前と同じである。この分だと、失踪する側も同じ数かもしれない。
ふさり、と、彼の座る隣に小さなものが腰かける。冷たくて弱弱しくい「それ」。裸足の寂しい脚をぶらつかせ、おかっぱの髪の毛の隙間から石肌のように白く無機質な横顔を覗かせている。口元が覗く。にいと笑っている。いつも笑っている。三日月形に見える口元だ。笑い顔なのに、「それ」はいつだって満たされていない。いつだって欲しがっている。
「寒いよ。おなかがすいたよ」
と、「それ」は訴える。原始的な欲求だ。その欲求を満たしたいがために、「それ」は起きだしてきて、求めるものを得るためにやってくる。いつまでもねぐらに入れば良いのに、と、彼は思う。その「ねぐら」は彼の中だったはずだ。三十年間、「それ」は彼の中でぬくぬくと腹いっぱいになり、満足して過ごしてきたはずだった。けれど、どうやらもう、食べ物は尽き、温もりは冷めてきたらしい。
「俺の中にいろよ」
無感情に彼は呟く。隣にいる「それ」は足をぶらつかせている。
「どうして出てくるんだよ」
また彼は呟く。「それ」はくすくすと笑い始める。
「どうせ俺が一番おまえに相応しいんだよ。他におまえの居場所はねえんだよ」
淡々とゆっくりと、言い聞かせるように彼は言う。眼鏡の隙間から、隣にいるものに視線を走らせる。だが、見ようとしたらたちまち消えてしまうことも知っている。「それ」はそこにいるけれど、捕まえることはできない。昔は、確かに「それ」に触れることができた。学校近くの神社で「嫌われ組」が集まり話していた時、「この指とまれ」をしたことがある。みんなは仲間でトモダチだ、という約束をした時、「それ」も確かにそこにいた。そして、みんな指を握りあって約束した。もちろん「それ」の手も、その中に入っていた。
なのに、今は「それ」に触れることができない。ただ、存在を感じるだけだ。多分、「それ」は他に移ろうとしているのだ。彼の中から出ていき、別の住処を見つけようとしている。
誰にしようかな。
「それ」は食後のデザートを選ぶかのように楽し気に言う。
スレッドに名前を出されている四人の女子の中のどれか。一番居心地の良いところに居着くのに違いなかった。
加速してゆくスレッドの内容は、最初は四人のいけにえを、均等に攻撃していた。しかし次第に的が絞られていくようだった。それは、スレッドに書き込む誰かにとって、気に入らない者を確定してゆく作業のようだった。
うしろのしょうめん、だあれ。
455 上梨小ななしさん
大山みいなだろ。
456 上梨小ななしさん
大山みいなムカつく。
457 上梨小ななしさん
性格悪い。何考えてるかわかんない。嫌い。
458 上梨小ななしさん
なんか苦手。
・・・・・・。
**
やがて彼はスマホを握りなおす。深夜1時をまわっている。しかし躊躇っている時間はなかった。なぜなら、「それ」は今にも自分から出ていきそうだったから。そして、今にももっと若くて、もっと長居できる場所に移ってしまいそうだったから。
彼は、隣に座っている「それ」がどんどん消えてゆくのを感じている。
急いで彼はラインを開き、彼女に伝えたい文面を作り始めた。
126 上梨小ななしさん
夏休み前どうよ。失踪者情報誰かある。
127 上梨小ななしさん
自習と半日ばっか。でも寄り道できんし暑いし暇。夏休み早く始まる感じだけど、何をしろと。
128 上梨小ななしさん
てか、失踪者、どうなん。ぶっちゃけ、生きてるの死んでるの。てか、誰がやったん。
129 上梨小ななしさん
こないだトイレで失踪した子の悪口言ってたやつらいた。ざまみろとか言ってた。すげー恨んでたっぽい。あいつらじゃね。
130 上梨小ななしさん
くわしく。
131 上梨小ななしさん
晒せ。
・・・・・・。
**
スマホに指をスライドさせては読んでゆく。夜の闇の中に沈む部屋で、スマホの光だけが青い。その青い光が眼鏡に反射し、痩せた顔の陰影を濃いものにしている。まるでスポットライトのように、スマホの光が彼の顔や手元だけを浮き上がらせている。一人きりの部屋で、一人きりのベッドで、彼はひたすら、そのサイトのスレッドを読んでいる。表情はないが、眼鏡の奥の黒い瞳に、若干の苦悩が見えるーーが、その苦悩は何か解決がある類のものではなく、ノスタルジーを伴う甘さを持っていた。甘かった。なぜならそれは、彼自身のことではないから。ノスタルジーは、彼の小学六年の頃を思い出させるような理不尽が、そこにあったから。彼はひたすら読み進めてゆく。その、幼稚で、思い込みが激しくて、分かりやすく皆を扇動するような、阿呆らしいスレッドを。
「わたし、ネットで名前出されちゃってて」
図書館の郷土資料館で、あの子はぽとんと落とすように言った。その横顔は白くて優しくて甘かった。女の子の香りと仕草。柔らかさ。それらのギフトは、彼のもとに来るには、あまりにも遅すぎた。もっと昔、本当に必要だった時、それは来なかった。欲しくて欲しくてたまらなかったのに、他の人はみんな、当然のようにギフトを受け取っていたのに、彼だけは恩恵にあずかることができなかった。天は、彼には振り向かなかった。どんな苦悩も悲しみも怒りも屈辱も忍耐も、幸福の取得に至ることはなかった。
「だからね、夏休みの宿題仕上げても、提出するのに学校行くこと、もうないかなあ」
へへっと笑った。理不尽な目に遭っているというのに、彼女はどこかドライでクールですらあった。時代なのだろう、と、彼は思った。今は、いじめを受けている子でも、ポーズを取る時代である。彼女はいじめを受けているようには、はた目には見えない。服装も、仕草も、喋り方も、なにもかもが、いたって普通で、みじめな感じがしなくて、尊厳が保たれているような感じがした。どのいじめられっ子もこんなものなのだろうか、と、内心驚きながら、彼は彼女を観察した。彼女は当たり前の、洒落ていて、愛らしくて、ちょっと生意気で、勝気なところもあって、ちゃきちゃきと喋ることも、自己主張することもできる、一人の女の子だ。どこにいっても、彼女を恥ずかしい子だと思う人はいないだろう。
その一見、クールで強いような印象。それはしかし、より一層深い孤独の裏返しなのだと彼は理解する。恐らく、誰も彼女の苦悩を知らない。助けてあげなくてはならないという気持ちにもならない。なぜなら、彼女は平然としているように見えるから。
彼はスレッドを読み進めてゆく。毎日のように同じ話題が続いていて、どんどんエスカレートしていく。名前はとうのむかしにさらされている。この件で晒されている名前は、彼女を含めて四名だ。この四名の女子は、おそらく、それほど仲が良いわけではないと思われる。決して、親友同士とかではないと思われる。にも拘わらず、スレッドでは勝手に、この四人をひとまとめにし、失踪した女子に恨みを持っている一団だと決めつけていた。
四人。
同じだ、と、彼は思う。三十年前と同じである。この分だと、失踪する側も同じ数かもしれない。
ふさり、と、彼の座る隣に小さなものが腰かける。冷たくて弱弱しくい「それ」。裸足の寂しい脚をぶらつかせ、おかっぱの髪の毛の隙間から石肌のように白く無機質な横顔を覗かせている。口元が覗く。にいと笑っている。いつも笑っている。三日月形に見える口元だ。笑い顔なのに、「それ」はいつだって満たされていない。いつだって欲しがっている。
「寒いよ。おなかがすいたよ」
と、「それ」は訴える。原始的な欲求だ。その欲求を満たしたいがために、「それ」は起きだしてきて、求めるものを得るためにやってくる。いつまでもねぐらに入れば良いのに、と、彼は思う。その「ねぐら」は彼の中だったはずだ。三十年間、「それ」は彼の中でぬくぬくと腹いっぱいになり、満足して過ごしてきたはずだった。けれど、どうやらもう、食べ物は尽き、温もりは冷めてきたらしい。
「俺の中にいろよ」
無感情に彼は呟く。隣にいる「それ」は足をぶらつかせている。
「どうして出てくるんだよ」
また彼は呟く。「それ」はくすくすと笑い始める。
「どうせ俺が一番おまえに相応しいんだよ。他におまえの居場所はねえんだよ」
淡々とゆっくりと、言い聞かせるように彼は言う。眼鏡の隙間から、隣にいるものに視線を走らせる。だが、見ようとしたらたちまち消えてしまうことも知っている。「それ」はそこにいるけれど、捕まえることはできない。昔は、確かに「それ」に触れることができた。学校近くの神社で「嫌われ組」が集まり話していた時、「この指とまれ」をしたことがある。みんなは仲間でトモダチだ、という約束をした時、「それ」も確かにそこにいた。そして、みんな指を握りあって約束した。もちろん「それ」の手も、その中に入っていた。
なのに、今は「それ」に触れることができない。ただ、存在を感じるだけだ。多分、「それ」は他に移ろうとしているのだ。彼の中から出ていき、別の住処を見つけようとしている。
誰にしようかな。
「それ」は食後のデザートを選ぶかのように楽し気に言う。
スレッドに名前を出されている四人の女子の中のどれか。一番居心地の良いところに居着くのに違いなかった。
加速してゆくスレッドの内容は、最初は四人のいけにえを、均等に攻撃していた。しかし次第に的が絞られていくようだった。それは、スレッドに書き込む誰かにとって、気に入らない者を確定してゆく作業のようだった。
うしろのしょうめん、だあれ。
455 上梨小ななしさん
大山みいなだろ。
456 上梨小ななしさん
大山みいなムカつく。
457 上梨小ななしさん
性格悪い。何考えてるかわかんない。嫌い。
458 上梨小ななしさん
なんか苦手。
・・・・・・。
**
やがて彼はスマホを握りなおす。深夜1時をまわっている。しかし躊躇っている時間はなかった。なぜなら、「それ」は今にも自分から出ていきそうだったから。そして、今にももっと若くて、もっと長居できる場所に移ってしまいそうだったから。
彼は、隣に座っている「それ」がどんどん消えてゆくのを感じている。
急いで彼はラインを開き、彼女に伝えたい文面を作り始めた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
甘いマスクは、イチゴジャムがお好き
猫宮乾
ホラー
人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
この『村』を探して下さい
案内人
ホラー
全ては、とあるネット掲示板の書き込みから始まりました。『この村を探して下さい』。『村』の真相を求めたどり着く先は……?
◇
貴方は今、欲しいものがありますか?
地位、財産、理想の容姿、人望から、愛まで。縁日では何でも手に入ります。
今回は『縁日』の素晴らしさを広めるため、お客様の体験談や、『村』に関連する資料を集めました。心ゆくまでお楽しみ下さい。
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
【R18】彼等の愛は狂気を纏っている
迷い人
ホラー
職を失った元刑事『鞍馬(くらま)晃(あきら)』は、好条件でスカウトを受け、山奥の隠れ里にある都市『柑子市(こうじし)』で新たな仕事につく事となった。
そこにいる多くの人間が殺人衝動を身の内に抱えているとも知らず。
そして……晃は堕ちていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる