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本編

怨敵

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「出世したな、タレメ様」

 ハツメはフフンと余裕の笑み。

「一緒にするな。オマエが出世しなさ過ぎなんだ。どうだ、今年は甲子園に出れそうなのか?」
「高校にも通ってないのに出れるワケないだろが。オマエが相棒捨てて困ってるみたいだから、こうしてわざわざ来てやったんだ。感謝しろよ」

 ついさっきまで目を背けていた翔がハラハラと僕の顔を見ている。
 悪いけど、キミ達とは違うんだ。ハツメなんて怖くないから。
 6は我関せず。
 首を元に戻したハツメは、僕を見ないで話を続ける。

「どうやら、アタシからのは受け取らなかったみたいだな?」

 雅さんのことだ。

「まあね。髭の濃いマッチョなら喜んで受け取ったんだけどな」
「わかった。早急に手配させよう」

 う、嘘だよな?
 だったら、雅さんに童貞奪われた方がいいに決まってる!

「ところで、聞いた話だとオマエはまだ250キロ程度のボールしか捕球できないようだが?」
「まあな。悪いけど、パスボール連発で振り逃げどころか、その前にたった1球で僕は病院送りかもしれない。期待に添えず済まないね」
「このアタシが搬送などさせるものか。出棺準備なら喜んでしてやるが?」
「死なせる前提でここに呼んだのか?」
「冗談だ」

 ちっとも冗談に聞こえない。

「オマエも知ってるだろうが、興行再開まで猶予がない。今からブルペンでアタシの球を受けさせてやる」

 その言葉に僕は感激した。
 捕れもしない312キロを体感するのはかなりの恐怖だが、ハツメのあの芸術的なフォームを間近で見れることに、心を躍らせている自分がいる。
 けれど、癪なのでそんな気持ちはおくびにも出さない。

「ブルペン? そこのマウンドで投げればいいじゃないか?」
「雅が来たら、今からグランドはコイツらの遊び場と化す。アタシはコイツらに邪魔されず、オマエの調教に専念したい」

 調教ときたか。女帝にふさわしい表現だ。

「少しは警戒しろよ。ブルペンに移動したら、オマエは僕と2人きりになるんだぞ?」
「は? オマエ、ホモなんだろ?」
「本気にするなよ。男になんか興味ないって。実際はこのハーレム状態に発情しまくってるんだ。……あ、オマエだけは別だけどな」
「語るに落ちるとはこのことだ。ならば、何ら問題ないじゃないか」

 既に右手にグラブをはめているハツメはゆっくり立ち上がり、「ついて来い」と僕を追い越してダッグアウトの奥へ引っ込んだ。
 すれ違う間際、赤いロングヘアがかすかに僕の鼻に触れた。
 ワザとか? いろんな意味で挑発してやがる。
 6は僕にヒラヒラと手を振り「いってらっしゃい」のポーズ。マイペースでいいな。
 一方、翔はまるで僕をケダモノでも見るようにビクビクしている。
 敵をビビらせるための”発情”が意外なところで尾を引いてしまっている。
 しかもマズいことに「ハツメは別」と言ってしまった。
 つまり、翔や6は性の対象と見なしているってことだ。ハツメを愚弄する目的だったにせよ、我ながら馬鹿な発言したもんだ。

 弁解したいけど、そんな暇はない。
 すぐにでもハツメの後を追いかけないと。
 ここに来たばかりの僕には、ブルペンがどこにあるかわからないんだから。

 
 相手は髪の毛からスパイクまで真っ赤だから見つけるのは簡単……かと思いきや、例によって通路が真っ赤に塗られているので、体色変化したカメレオンのように捜し出すのは厄介だ。
 それでも、ハツメの居場所がすぐにわかったのは階段を下りる足音が聞こえたからだ。
 一塁側ダッグアウトを抜けて左に進んだところに階段が見える。
 どうやら、ブルペンは地下にあるようだ。

 いた!

 追いついた僕はハツメに続く。
 階下には背番号1を覆う揺れる赤……不覚にも腰まであるロングヘアにグッときた。
 確かに六年前に比べたら色っぽくなっている。おしりとかプリプリしてるし……って、何考えてんだッ! 相手は怨敵ハツメだぞ!
 僕は慌てて目を背ける。
 いざ近づくときまずいな。
 喋るとムカつくけど、沈黙はもっとムカつく。恰もハツメ相手に緊張してるみたいじゃないか。

「オイ」
「……」
「何か喋れ」
「何も喋るな、クズ人形」

 会話が途切れる。誰がクズ人形だ。
 ここで黙ってしまうと、僕がハツメに屈した形になってしまう。

「オイ」
「不必要に喋るな。アタシを誰だと思ってる?」

 知るか!

「さっきも言ったけど、無防備すぎやしないか? 護衛もつけずに2人きりになるなんて」

 機械じゃない、華奢な右肩がピクッと動いた気がした。

「……雅には手を出さなかっただろ?」
「だからって、オマエにもそれが当てはまると思うなよ?」

 歩みを止めたハツメが僕を見上げる。真っ赤な瞳のタレ目で。

「では、このアタシを襲うつもりか?」

 いや、そう訊かれると……。
 ここは怯んでもらわないと困るんだが。

「そんなの自分でもわかるかよ! いつスイッチが入るか……今からでも遅くない。誰でもいいから連れて来るぞ?」

 誰のためでもない、僕は自分のために人を呼ぼうとしている。

「かまわん。抵抗してやるからいつ襲ってもいいぞ? アタシのロボットアームの威力をもってすれば、オマエ1人くらい楽に殺せるからな」
「強がんなよ。投げる時以外、その自慢の左腕は動かないんだろ?」

 この発言にハッと息を呑むハツメ。
 タレ目を丸く見開いて明らかに狼狽している。
 赤い屋根に巣食う女帝、こんな一面を僕に見せるのか。……案外、可愛いな。

 長い沈黙の後、

「……情報源は山根か?」
「そうだよ」
「くだらん」

 ハツメはそう吐き捨て、そのまま逃げるように階段を下りていった。
 効果あり過ぎだな。
 そしてまた、僕は女の子から変態扱いされてしまった。

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