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本編

貧乳

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 サハラブドームの四階と最上階である五階は選手の住居スペースになる。
 四階までは球場の空間を確保するために構造上ドーナツ状になるが、他のフロアと異なり真っ赤な屋根の天井頭頂部が五階となる。

 当然、最上階に居を構えるのはハツメだ。
 藤堂さんの退団で繰り上がり当選的にドリーム・レッズの選手になった僕には、四階の一室がちゃんと用意されている。 
 さっきもらったIDカードは部屋のカードキーにもなっていた。
 ドキドキしながら中に入る。

 す、すごい……。

 スイートルームとまではいかないけど、高級ホテルの一室みたいに広くて豪華だった。 
 勿論、根っからの貧乏人である僕にとってこんな空間は生まれて初めてだ。
 いいのかな、さっきまで奴隷だったのにこんなにしてもらって。
 まあ、ドリーム・レッズが負けた時点でここからすぐオサラバだけれど。
 テレビがある。
 観てもいいのか? もう奴隷じゃないからいいよな?
 いや、今はいいや。
 テレビより、直接ここの情報の得ることが先決だ。

 この後の僕の予定。

 秘書の雅さんが言うには、一階のロッカールームでユニフォームに着替えて、グランドでメンバーと初顔合わせ、その後は軽い練習を予定しているとのこと。

 いよいよ、そこで六年ぶりにハツメと再会か。
 この部屋に案内してもらう間、雅さんにドリーム・レッズの戦績を訊ねた。
 僕がVIP席で観たこけら落とし興行から定休日を除く、28日間でこれまで計84試合を消化していたが、ハツメは252人の打者と対戦し、全て三球三振に打ち取っている。
 最近はスイングできる猛者もいるらしいが、バットに当てられたことはいまだない。
 ここまできたら、もはや絶対無敵のチートだ。
 そのチートキャラが何故だか世間に受けているらしい。ドリーム・レッズの中でもダントツの人気を誇っている。
 誰も暴君ハツメを止められないと思っていたら、皮肉にも敵は内部にいた。

 藤堂さんの退団の経緯はわからない。
 山根によれば、ハツメが追い出したことになっているけれど、それで一番の被害をこうむっているのは当のハツメ自身だ。
 千手は当然のこと、ドリーム・チャレンジに勝ち続けなければハツメの未来はない。
 正捕手を追い出したんだから、かなり焦っている筈だ。
 アイツは控え捕手が六年前に会った小学生だと知っているのかな。
 僕の名前くらいは伝わっているだろうけど、アイツは忘れるって言ってたし。

 コンコンと誰かがノックする。

 雅さんだ。
 そう決め込んでドアを開けると、そこには既にドリーム・レッズの真っ赤なユニフォームを着た女の子が立っていた。

「おいで。練習だよ」

――あ!

 確かこのコ、ショートを守ってた佐藤さんだ。
 美人でも可愛くもないけれど、彼女を一目見てホッとできた。
 一重まぶたで鼻が低く口が小さい童顔、肩まで伸びた黒髪は朝から櫛を通してなさそう。
 どことなく、片想いだった相手に似ている。
 あのコはもう少しだけ胸があったけどな。

「ん? わたしの顔に何かついてる? てか今、さりげなく胸も見たよね? はい、図星」

 僕はようやく正気に戻る。鋭いな。

「いや……。ちょっと知り合いに似てたから」
「ふーん。胸も?」
「どうだろうね」
「わたしの勝ち?」
「コールド負け」
「ちょ! どんだけ大きいんだよ、そのコ」
「冗談だって。1対0の接戦ってとこだ」
「何? その貧打戦のロースコア……」

 いきなり目が据わり出した。返答次第じゃタダでは済まない雰囲気だ。
 あえて言ってみたらどう出るか?

「つまり、貧乳同士の投手戦……イテッ! 初対面でいきなり蹴るか?」
「初対面の相手に貧乳と言った報いだ。今すぐ謝れ」
「ごめんなさい」

 謝ってから気づいた。下段蹴りの時点でイーブンじゃないのか?
 ともかく、これで性格はわかった。
 緊張しない分、雅さんより断然接しやすい。

「何か用なの?」
「ミヤビンに頼まれて迎えに来たんだよ。わざわざ、途中でダンジョン抜け出してさ。感謝してよね?」
「ダンジョン?」
「マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム」

 何だ、ゲームかよ。
 本当にサハラブドーム内にダンジョンがあるかと思った。

「キミ、どうやってロッカールームに行けばいいかわからないよね?」
「来たばかりだから。……雅さんは何してるの?」
「おや、案内役が巨乳じゃないと不満かな? 一応、ナビできるよ」

 僕は目の前のショートのコが胸を晒して、そこから微弱なレーダーが出ている場面を想像してみた。
 何とか笑いを噛み殺すことに成功。

「胸の大小を言ってるんじゃない。案内してくれるなら誰でもいいんだけど、雅さんはどうしてるのかなって思ってさ」
「暇人のわたしと違ってミヤビンは誰よりも忙しいんだよ。いろいろな雑務をこなしてから、遅れて練習に来るんじゃないかな」

 ハツメの秘書だもんな。そりゃ忙しいだろう。
 それなのに、僕を性接待しようとしてたんだ。いろいろ大変だな、ハツメに仕えるのも。

「ところで、新人君。キミの名前は何なの?」

 このコには伝わってなかったか。

「小泉辰弥だよ。17歳。この一年、千手の施設に隔離されてて浦島太郎状態なんだ。……つかぬことを訊くけど、この国の消費税は今何パーセントなの?」
「ショーヒゼーって何?」

 すごい。上には上がいた。

「よろしく。わたしは18だよ。"6"って呼んで」

 ロク……? ああ、背番号6ね。

「確か、佐藤聡緒さんじゃなかったっけ?」
「その糖分過多みたいな名前がイヤだから頼んでるんだ。無駄話なら歩きながらでもできる。……さっさとしないと置いてくよ?」

     *

 ミット持参で、佐藤聡緒こと"6"と共にエレベーターで一階へ向かう。
 けっこう距離があるのに、不思議と誰にも会わない。臨時休業中でも職員はいる筈なのに。

 沈黙に堪えられないので訊いてみる。

「質問してもいい?」
「エッチなこと以外なら」
「……」
「そこ、黙るな。いいよ、少しくらいなら」
「別にエッチな質問なんてしたくないよ。6の受け答えに呆れて黙っちゃったんだ」
「質問て何だい、タッちゃん?」

 いいな、このサバサバしたノリ。本当に初恋のコにそっくりだ。

「6の冗談みたいなその名前も、やっぱりハツメにつけられたの?」
「さりげなく暴言を吐くんだな、キミは。冗談じゃないから悩んでいるんだ」

 え、そうなのか?

「でもさ、雅さんや他のコ……ナスビみたいな名前は絶対に本名じゃないだろ? 雅さんもそう言ってたし」
「そうだよ。"らぼ・ラブふぉー"の元メンバーはハツメが改名させたんだ。わたしだけ本名」

 驚いた。
 その事実にではなく、6がハツメを呼び捨てにしていることに。

「6はハツメに"様"をつけないんだね?」
「つけないよ。わたしは"らぼ・ラブふぉー"じゃないし、彼女達の間に何があったのかも知らない。きっと弱みでも握られてるんだろうけど、わたしは関与しない。それにもし、ドリーム・レッズが5人で編成されていたら、わたしはまずお呼びじゃなかった。たまたま一人足らないからハツメに拾われたんだよ。文字通りね」
「文字通り?」
「そう」

 6は頭を掻きながら続ける。

「わたしは路上生活者だった。……信じられる? 10歳からつい最近まで」

 これまた強烈……。女の子なのに?
 僕の境遇より遥かに凄まじいな。

「ま、そこんとこはスルーしといて。いいんだ。ハツメが失点したらわたしは元の生活に戻るだけだし、タッちゃんも今のうちにここで贅沢な暮らしを満喫しといた方がいいよ」

 うまく想像できないな。
 これから何が起こるのかさえわからないのに。


 スタッフルームまで案内してもらい、そこで6と別れる。
 ここまで来れば男性用ロッカールームはすぐそこだから。
 ちなみに、ここまで来るにもIDカードが必要だ。

 さてと、背番号は何番だろう?
 高校野球みたいに守備番号そのままならば、キャッチャーの僕は2番……藤堂さんの番号を引き継ぐことになる。
 ロッカーに"小泉辰弥"の名前を見つける。
 てか、僕の名前しかない。男は僕しかいないから当然だけど。
 吊り下げられたユニフォームを見る。

 背番号は……7だった。

 数字だけなら人気のある番号だが、キャッチャーとしては微妙だ。
 そこまでして、藤堂さんの痕跡を消し去りたいのか。

     *

 通路を抜けてダッグアウトに着くと、そこには既に3人の女の子がベンチに座っていた。

 1人は6。
 退屈そうにアクビをして、僕の晴れ姿を見ようともしない。

 もう1人は小さなコ。
 背番号4、セカンドの二鷹翔だな。
 何故か委縮して身を縮込ませているから余計に小さく見える。
 ボーイッシュなロリフェイス、普通に可愛い。……幾つだろ?
 一瞬だけ僕を見たけど慌てて目を逸らす。シャイなのか、それとも僕がキモイのか……。

 6の言葉通り、雅さんはまだ来てない。
 サードのナスのコもどういうワケか見当たらない。

 となると、残るは1人。

 どっかとベンチの中央を陣取っている赤いロングヘアの女こそ、このサハラブドームのお姫様――ハツメだ。
 首を回して振り返る。

「……よう、久しぶりだな。だっけ?」

 悪魔のような、二つの真っ赤な照準器の瞳が的確にこの僕を捉えている。
 強引な間違え方は健在のようだ。

 そうか、覚えていたか。

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