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本編
似非野球
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ドリーム・チャレンジ……山根は聞きなれない言葉を発した。
「何ですか、ソレ?」
「今から催される出し物だよ」
「野球とは違うんですか?」
「言ったろ? ここでは一般的な野球はやらない。そもそも、我がドリーム・レッズ、それに一般応募で選ばれた対戦チームはそれぞれ6人しか用意されないんだ」
6人? ふざけるな。
山根の不敵に笑んだ顔から、僕はサハラブドームのグランドに目を移す。
赤と緑のツートーン。
互いの自己主張が強すぎて、ガラス越しに見てもまだ目が慣れない。
そこにあるべき筈、企業広告の看板さえ一切ない、徹底した補色コントラストだ。
ピッチャーとキャッチャーを除き、残る野手はたったの4人。
センターまでの距離が122メートル、両翼は100メートル。プロ野球が使用する標準サイズの球場だ。
無茶だろ。点が入りすぎる。
「今日から一日三試合、定休日を除きここサハラブドームでドリーム・チャレンジが開催される。イニング中のルールは野球と何ら変わらない」
一日三試合? 本気かよ。
いや、それより……。
「野球は9人でやるものです。DH制なら10人ですが」
「知ってるよ。野球の原型クリケットは11人だ」
豆知識はいらない。
「ミニ野球なら、わざわざこんな本格的な球場を造らなくてもいいじゃないですか? 野手が4人ってランニング・ホームラン連発ですよ」
「それは困るな。一点でも失えば、我がドリーム・レッズは即解散だ。完成したばかりのサハラブドームを権利丸ごと、そっくりそのまま手放すことになる」
今、何て言った?
一点でも失えばチームは解散? サハラブドームを手放す?
そんなの結果は見えてる。
400億円が一瞬でパーだ。ああ、僕の分も入れたら403億か。
それでいて、「困る」と言った山根は少しも困った様子を見せていない。
「一点失ったら負けって、ヘタしたら試合が一回表と一回裏だけで終わってしまいますけど?」
「ドリーム・チャレンジに表も裏もないよ。ドリーム・レッズは攻めない」
「……は?」
「守備のみだ。スコアレス――失点せずに三つのアウトを取れば自動的に我々の勝ちとなる。最短だと僅か三球で一試合が終了する可能性だってある。だから、カウントボードはあっても、サハラブドームにスコアボードは存在しないんだ。必要ないからね。あの巨大なスタジアムビジョンも、リプレイを映す画面の役割しかない」
なるほどな。それだと、一日三試合の決行も頷ける。
「この3万の大観衆はドリーム・チャレンジのルールを知ってるよ。事前に特番を組んで対戦相手を募ったし、プライムタイムに何本もCMを流した。入場時にパンフだって配布している。知らないのは、一年間隔離生活を送ってきたキミだけだ」
その一年をこの数分で取り戻せってか?
ドリーム・チャレンジ……ルールは単純。
攻撃のみの相手チームが6人なのは当然だ。
ツーアウト満塁の状況になって初めて最後の6人目が出場できる。その6番目の打者が出塁しようがアウトになろうが、どのみちその時点でゲームセット……7人目は不要だ。
挑戦者チームは失うものが何一つない。参加して負けても「残念だった」で済む。
だが、守備のみのドリーム・レッズが対戦相手に人数を合わせる必然性は全くないし、リスクだって大きすぎる。そこまでして、望み通りの宣伝効果は得られるのか?
奴隷の僕にとって千手の行く末などどうでもいいが、パーツとしてそこに組み込まれていると多少は不安になってくる。
「何て情けない顔をしてるんだ?」
山根が僕の肩に手を置く。
「私が『絶対に負けない』と言ったことを、もう忘れてしまったのかい?」
「どこからその自信が出てくるんです? 勝ち続けたいなら、絶対にあと3人追加すべきです」
「わかってないな」
山根は呆れ顔で嘆息する。
「ハンデなんだよ。"我が作品"に外野手は必要ない。それどころか、内野手もほぼ素人の集まりだ。これくらいしないと、誰もドリーム・チャレンジに参加してくれないだろう。そうなると、"我が作品"は広告塔として何の意味も成さなくなる。私にはそっちの方がよっぽど恐怖だ」
「そろそろ教えてくださいよ。『我が作品』て何ですか?」
「少しは想像力を働かせたまえよ、小泉君。キミはこの一年間、隔離施設で何をやっていた?」
甘いんだって。
高くなり過ぎたこの男の鼻、ポキリと折ってやらなきゃ気が済まない。
「山根さん。ストレートだけに的を絞れば、200キロなんて野球経験者なら訓練次第で当てることができます。もしも打球が外野に飛んだら、その時点で試合終了ですよ?」
「小泉君」
「何です?」
「だから、キミはサブ止まりなんだ」
「え……」
「これから試合に出てくるメイン捕手は312キロ……我が作品が投げるMAXを確実に捕球できるんだ。わかるかい? たった200キロをキャッチできたくらいで、天狗になられても困るんだよ」
そうだったのか……。
僕がサブと呼ばれる理由が今ハッキリとわかった。
そして今日、この場に僕が呼ばれたことも……。
鼻を折られたのは僕の方だ。
球場の照明が一瞬消えた。
いよいよ、ドリーム・レッズのメンバーが発表される。
「何ですか、ソレ?」
「今から催される出し物だよ」
「野球とは違うんですか?」
「言ったろ? ここでは一般的な野球はやらない。そもそも、我がドリーム・レッズ、それに一般応募で選ばれた対戦チームはそれぞれ6人しか用意されないんだ」
6人? ふざけるな。
山根の不敵に笑んだ顔から、僕はサハラブドームのグランドに目を移す。
赤と緑のツートーン。
互いの自己主張が強すぎて、ガラス越しに見てもまだ目が慣れない。
そこにあるべき筈、企業広告の看板さえ一切ない、徹底した補色コントラストだ。
ピッチャーとキャッチャーを除き、残る野手はたったの4人。
センターまでの距離が122メートル、両翼は100メートル。プロ野球が使用する標準サイズの球場だ。
無茶だろ。点が入りすぎる。
「今日から一日三試合、定休日を除きここサハラブドームでドリーム・チャレンジが開催される。イニング中のルールは野球と何ら変わらない」
一日三試合? 本気かよ。
いや、それより……。
「野球は9人でやるものです。DH制なら10人ですが」
「知ってるよ。野球の原型クリケットは11人だ」
豆知識はいらない。
「ミニ野球なら、わざわざこんな本格的な球場を造らなくてもいいじゃないですか? 野手が4人ってランニング・ホームラン連発ですよ」
「それは困るな。一点でも失えば、我がドリーム・レッズは即解散だ。完成したばかりのサハラブドームを権利丸ごと、そっくりそのまま手放すことになる」
今、何て言った?
一点でも失えばチームは解散? サハラブドームを手放す?
そんなの結果は見えてる。
400億円が一瞬でパーだ。ああ、僕の分も入れたら403億か。
それでいて、「困る」と言った山根は少しも困った様子を見せていない。
「一点失ったら負けって、ヘタしたら試合が一回表と一回裏だけで終わってしまいますけど?」
「ドリーム・チャレンジに表も裏もないよ。ドリーム・レッズは攻めない」
「……は?」
「守備のみだ。スコアレス――失点せずに三つのアウトを取れば自動的に我々の勝ちとなる。最短だと僅か三球で一試合が終了する可能性だってある。だから、カウントボードはあっても、サハラブドームにスコアボードは存在しないんだ。必要ないからね。あの巨大なスタジアムビジョンも、リプレイを映す画面の役割しかない」
なるほどな。それだと、一日三試合の決行も頷ける。
「この3万の大観衆はドリーム・チャレンジのルールを知ってるよ。事前に特番を組んで対戦相手を募ったし、プライムタイムに何本もCMを流した。入場時にパンフだって配布している。知らないのは、一年間隔離生活を送ってきたキミだけだ」
その一年をこの数分で取り戻せってか?
ドリーム・チャレンジ……ルールは単純。
攻撃のみの相手チームが6人なのは当然だ。
ツーアウト満塁の状況になって初めて最後の6人目が出場できる。その6番目の打者が出塁しようがアウトになろうが、どのみちその時点でゲームセット……7人目は不要だ。
挑戦者チームは失うものが何一つない。参加して負けても「残念だった」で済む。
だが、守備のみのドリーム・レッズが対戦相手に人数を合わせる必然性は全くないし、リスクだって大きすぎる。そこまでして、望み通りの宣伝効果は得られるのか?
奴隷の僕にとって千手の行く末などどうでもいいが、パーツとしてそこに組み込まれていると多少は不安になってくる。
「何て情けない顔をしてるんだ?」
山根が僕の肩に手を置く。
「私が『絶対に負けない』と言ったことを、もう忘れてしまったのかい?」
「どこからその自信が出てくるんです? 勝ち続けたいなら、絶対にあと3人追加すべきです」
「わかってないな」
山根は呆れ顔で嘆息する。
「ハンデなんだよ。"我が作品"に外野手は必要ない。それどころか、内野手もほぼ素人の集まりだ。これくらいしないと、誰もドリーム・チャレンジに参加してくれないだろう。そうなると、"我が作品"は広告塔として何の意味も成さなくなる。私にはそっちの方がよっぽど恐怖だ」
「そろそろ教えてくださいよ。『我が作品』て何ですか?」
「少しは想像力を働かせたまえよ、小泉君。キミはこの一年間、隔離施設で何をやっていた?」
甘いんだって。
高くなり過ぎたこの男の鼻、ポキリと折ってやらなきゃ気が済まない。
「山根さん。ストレートだけに的を絞れば、200キロなんて野球経験者なら訓練次第で当てることができます。もしも打球が外野に飛んだら、その時点で試合終了ですよ?」
「小泉君」
「何です?」
「だから、キミはサブ止まりなんだ」
「え……」
「これから試合に出てくるメイン捕手は312キロ……我が作品が投げるMAXを確実に捕球できるんだ。わかるかい? たった200キロをキャッチできたくらいで、天狗になられても困るんだよ」
そうだったのか……。
僕がサブと呼ばれる理由が今ハッキリとわかった。
そして今日、この場に僕が呼ばれたことも……。
鼻を折られたのは僕の方だ。
球場の照明が一瞬消えた。
いよいよ、ドリーム・レッズのメンバーが発表される。
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